(2010年8月23日更新)
2002年の大改革で「教養実学」へと航路を鮮明に
21世紀社会が求める「バランスの取れた教養人」の育成をめざす
伝統を継承しつつ、社会のニーズに積極的に応える
いまから8年前の2002年、跡見学園女子大学はマネジメント学部を開設するとともに、文学部(国文学科、美学美術史学科、英文学科、文化学科)を統合して人文学科とし、さらに臨床心理学科を設置しました。この改革は、単に新学部・学科の創設に止まるものではありません。21世紀にあるべき大学像を明確に見据え、その実現のための航路へ大きく舵を切ったことを意味するのです。
跡見学園女子大学のめざす新たな航路とは、「伝統を継承しつつ、現代社会のニーズに積極的に応える」こと。激動の明治時代、しかも女性の高等教育が芽吹き始めたばかりの時代に、学祖である跡見花蹊が実践した「純粋学問・応用学問に実践的分野も射程に入れたバランスのよい教育」を現代の視点から捉え直し、その21世紀版ともいえる「教養実学」を具現化していくことです。
本学の起源は、学祖・跡見花蹊が1858年(安政5年)に父・跡見重敬とともに大阪中之島に開いた私塾に遡ります。明治維新後、東京に居を移した跡見花蹊は、1875年(明治8年)に神田中猿楽町に跡見学校を創立し、それが跡見女学校に継承され、現在の跡見学園女子大学の礎となりました。1890年(明治27年)の「跡見女学校学則」によれば、当時の跡見女学校はすでに数学、漢学、国史国文などの教養科目、琴、点茶、挿花、絵画などの芸術科目、裁縫、習字などの実践科目をカリキュラムとしていました。このことからも、花蹊は「バランスの取れた教養人」を育成しようとしていたことが伺えます。教養教育を行いながらも、社会との接点を大切にする教育=「教養実学」こそ、本学を支えてきた精神であり、100年をはるかに超える歴史のなかで脈々と受け継がれてきた「伝統」といえます。
「社会人形成科目」と「ライフデザイン」が意味するもの
跡見花蹊が生きた明治の時代と現代では、社会や産業、地球環境をはじめ人間がおかれている環境は大きく異なります。時代が変化するスピードも圧倒的に速くなっています。その一方で、時代を超えて不変なもの、不変であるべきものもあるはずです。私は学長として跡見学園女子大学はその両方を正しく捉えることができる大学、そして21世紀の「教養実学」の具現化に向けて真摯に挑みつづけることができる大学でありたいと願っています。
大学は古典教養のみを教えていたのでは時代遅れになります。即戦力としての就職のための教育では専門学校には一歩遅れをとることも事実です。でも、すぐに役立つ知識は、すぐに役立たなくなってしまいます。逆にすぐに役に立たない知識は、一生役に立つものになります。例えば、私は学長として、国文学を専攻する学生ほど海外留学をしてほしい、英語を勉強してほしいと考えているといったら、真意をご理解いただけるのではと思います。跡見学園女子大学がめざす教育とは、大学本来のあり方である幅広い視野に立った長期的に「役立つ」教養であり、長い人生のなかで自分の力で幸福を感じることができる人間を養うことなのです。
その一環として、跡見学園女子大学では2006年の改革において、自律し、自立した社会人となるための基礎教育=「社会人形成科目」を全学共通科目に設置しました。自律し自立した社会人となるためには、現代を生きる女性としての見識と、社会人が身につけておくべきマナー、そして自分の生き方を「ライフデザイン」し、それを実践していくための意欲と能力が必要です。社会人形成科目では、「ソーシャルマナー」「ライフプラン・キャリアプラン」「花蹊の教育と女性の生き方」の3つの講義により、優れた社会人のための基本を身につけていきます。
1年次から「自分探しと自分育て」を実践
1年次の最初から学ぶ「ソーシャルマナー」は、人と接するときのマナーや立ち居振る舞い、身だしなみ等に焦点をあてています。この講義では、マナー教育では実績のあるJALアカデミーが講師として学生を指導します。「ライフプラン・キャリアプラン」のテーマは、「自分探しと自分育て」。人生設計のためのモティベーションを引き出すための科目であり、大学4年間における目標・課題と行動プランを作成、自己の生き方の基軸を確立し、大人の女性へと成長することをめざします。また、跡見学園女子大学では1年次からキャリアガイダンスを行うとともに、将来に対する悩みや不安、目標の立て方などのさまざまな問題を、キャリアアドバイザーや就職担当者がていねいに受け止め、個別にアドバイスを行っています。さらに3年次には自分の良さや将来の可能性を発見し、それを人に伝えるための「自己表現プログラム」やキャリアセミナー・就職活動準備講座を実施しています。さらに、実践的なスキルを身につけ、さまざまな資格取得をサポートするために多彩な「応用実践科目」を開講、資格取得に高い実績をもつ資格の学校「TAC」と提携し、資格取得や就職活動に役立つ特別演習を開講しています。
「花蹊の教育と女性の生き方」は、“大先輩”から女性の生き方を学ぶものです。学祖・跡見花蹊の「人となり」とその教育を振り返り、建学の精神を明らかにしていきます。跡見学園の歴史をその時代背景とともに知ることで、花蹊がめざした教育と現在の跡見学園女子大学の教育とのつながりを理解します。その上で、大学で学ぶことの意味を明らかにし、自律的で自立した女性になることをめざします。
4年毎に改革を続行、健全な振り子こそ前進の推進力
私は、「改革」というものは一度大ナタを振るえば終わりとは思っていません。たえず「これでいいのか」という厳しい視点を自らに突きつけ、ビジョンや目標と照らし合わせながら、新たな実践を加えていくことが大切だと考えています。
跡見学園女子大学では2006年に文学部にコミュニケーション文化学科を、マネジメント学部に生活環境マネジメント学科を設置しました。前者は文献研究を超えた多様なコミュニケーション手段を学ぶもので、手話の授業を採り入れたほか、元NHKのアナウンサーを講師に招請しました。後者は、生活者の視点から社会におけるマネジメント・スキルを修得するもの。マネジメント学部開設時からの「ケースメソッド」に加え、行政者の観点に生活者の視点を加えることでいっそうのバランスを実現したものです。
2010年には文学部に日本のポップカルチャーを世界に発信できる人材を育成する現代文化表現学科を新設。あわせてマネジント学部に経営学の一分野として観光業界で必要なスキルを習得する観光マネジメント学科を開設しました。どちらも人材養成の目的を明確にした学科であり、社会のニーズに積極的に応えるという本学の姿勢を明確に示したものと自負しています。
率直にいってこれらの改革、特に2002年に官界・実業界・教育界など幅広い分野から有識者を集め、彼らの広い視野と多様な視点を活かしての大改革時には、学内外から「何もそこまで変えなくても」、といった反対意見が数多く寄せられました。無借金経営で経営基盤の安定した大学であり、社会から一定の評価を獲得している大学であるのに、そこまで冒険をする必要があるのかといった意見です。しかし大学は単なる学問研究の府ではなく社会的な存在であるからこそ、打つべき杭を打ち続けることが大切と、私は考えています。
「教養」と「実践」の二つのミッションのうち、跡見学園女子大学はいま「実践」の方へやや振れています。本学は今後も検討・準備を経て4年毎の見直し・改革を実践しますが、私はあえて振り子を振り続ける覚悟でいます。なぜなら、真の最適なバランスと前進は、健全な振り子があってはじめて実現できるものだからです。

【Profile】
山田徹雄(やまだ てつお)氏
跡見学園女子大学学長、教授・商学博士。 1947年神奈川県茅ケ崎市生まれ。1971年早稲田大学商学部卒業。1975年~77年DAAD留学生としてエアランゲン・ニュルンベルク大学に学んだ後、1979年早稲田大学大学院商学研究科博士課程を満期退学し、跡見学園女子大学専任講師に就任。2002年から4年間入試部長として入試改革に努め、2006年からの4年間は副学長として、新学科の立ち上げに取り組んできた。2010年4月より現職。




