「学びのプロ」はいつか卒業しなければならない
■原子力と宇宙開発──コピー文化がもつ弱点

――小惑星探査機はやぶさが帰還して1年が過ぎました。少年少女たちはもちろんのこと、日本人全体に明るい希望を与えたプロジェクトでした。その一方で今年は、震災と原子力発電所の事故がありました。地震予知はできず、原子力の安全神話も吹き飛びました。ある意味、科学技術の明暗、二つの側面を目の当たりにした1年だったと思います。このあたりを振り返って、あらためて科学技術と社会の関係を、先生はどういうふうにお考えでしょうか?
地震というのは地球の中で起こる運動ですが、地球のメカニズムは、実は地球の表面だけにいてはよくわからないものなのです。それを知るためにはどこに行くかというと、やはり宇宙に行くことが大切。「はやぶさ」のように小惑星に飛び、そこから試料を持ち返ることで、逆にいうと、私たちは惑星の成り立ちや地球の組成を知ることができるようになります。宇宙研究は、地震・津波を含めた地球のメカニズムを知るための手がかりということもいえるわけです。
原子力については、海外からの技術導入、二番煎じの文化の弱点ということを考えます。宇宙開発でもそうなんですが、ロケットの部品などは、アメリカで打ち上げられた実績のあるものを信奉して使わざるをえないんです。全部自前で作り出せば、それに越したことはありませんが、日本に宇宙開発の需要がそんなにあるわけではないですからね。
実は、原子力にも同じことがいえます。福島の原発は、海外の技術を導入したわけですが、なぜそれを使うのがベストなのか、技術的な評価が十分だったとはいえない。そういう弱点を最初から持っていた。二代目文化、コピー文化の悲しさってことですよね。その点で宇宙開発と原子力は、共通しているんです。
――原子力発電は自前で開発しようという動きはなくはなかったらしいですが、結局は、買った方が早いと。一台目はそのまま使って、二台目からは自分たちでそれを真似して作るという、コピー文化でしたね、たしかに。
結局、そういうことをやっているツケというのが、どこかに来るんですよ。だから、僕は、オリジナルが大切だといつもいうんです。一台目じゃないといけない、つねに世界初をめざすべきだと。オリジナルの技術に挑戦すればこそ、何が足りないのかということがわかるはずなんです。
■「学びのプロ」を卒業して、真にオリジナルなものを生み出すとき
――いま宇宙開発と原子力の話をされましたけども、日本の技術のかなり多くのものに当てはまる話ではありますね。
もっと広いですね。日本だけでなく、もっと広い極東文化全体にいえることかもしれないし、もちろん科学技術に留まる話でもありません。結局、みんな「学びのプロ」になってしまっている。学ぶこと自体が目的になってしまっている。そういう文化って、中国、韓国にも共通したところがあるように思います。
高度成長期までは、その「学びのプロ」が功を奏したわけです。勤勉な国民性と相まって、大きな経済成長を成し遂げることができた。しかし、それだけでは次第に競争力がなくなってしまいます。だって、学ぶものがなくなったら、どうしていいかわからなくなりますから。だからこそいま「学びのプロ」からの質的な変換を図らなければいけないんだと思います。
――それでも「はやぶさ」プロジェクトは、日本の宇宙開発の中では、オリジナリティに溢れる独創的なプロジェクトでした。日本人ってすごいことを考えるんだな、と世界の人が評価したわけですよね。宇宙開発分野でも日本からオリジナリティの技術が生まれる、その兆しを感じた人も多かったと思います。
そういうふうに受け取ってもらえるのが、一番ありがたいです。おっしゃる通り、「はやぶさ」はどこにも模範や手本がなかった。終始一貫オリジナリティでやり遂げた活動でした。そういう活動を、もっと広げていけば、さきほどの日本文化の質的な変換は可能だと思います。
――技術的には相当な無理難題を与えて、それを一つひとつ解決していったプロジェクトだったと聞いています。川口さんもディレクターとして、人の真似をするな、独創的なアイデアを出せということを厳しく指導されたとか。
まあ、私は天邪鬼ですからね(笑)。もともと無謀な話なんですよ。リスク・マネージメントの観点からいうと、相当無理をしている。最後まで飛んだからいいようなものの、もし堅実で分別のある企業経営者だったら、とてもやれないものだったと思います。
ただ、分別のある経営者でも、ほんの僅かな部分でいいんですけどね、そういう無謀な投資をしていかないと、技術は開いていかないという気もします。
――そういう意味では、「はやぶさ」は日本の科学技術、あるいは社会のあり方、そういうものがもしかしたら変わるきっかけ、ヒントを与えてくれたプロジェクトかもしれませんね。
宇宙開発にはさまざまな目的があります。表看板は科学と技術の発展ですが、さらに日本という国家の国際的地位の向上という目的もあります。つまり一目置かれる国になる。要するに技術安全保障っていうことです。
もう1つの目的は、間違いなく人材育成です。宇宙開発は産業としてはそれ自体は大したことはないけれど、若い人たちに対しては大きな刺激を与えられることは事実です。別に宇宙開発でなくてもよい。「はやぶさ」からヒントを得て、もっと広い分野、エネルギーでも環境でもいいんですが、そういうところでオリジナリティのある技術を開いていってほしいと思います。
――高校生向けに講演をされることも多いですよね。若者たちの関心はどうですか。
実は講演をしていて、一番がっかりするのは、優秀な高校生であればあるほど、反応が弱いということなんです。例えば進学校などに行くと、生徒らはまず静かにメモを取り始めます。僕は、メモを取るなというんですけどね。一生懸命メモなんて取っても意味がないんですよ。僕の話で勉強するんじゃなくて、もっと刺激を受けて、その反応を見せてほしい。
逆にレスポンスが非常によいのは、団塊の世代で、60歳を超えた人たち。元気ありますよ。どんどん質問が出ますからね。企業や自治体に呼ばれて講演するときも、実際に来てくれる方はお年を召した方ばかり。一番僕が話を聞いて欲しい世代が少ないんですよね。これは、逆転してもらわないとね(笑)。
だから最近は考え方が変わってきました。一時は、高校からの依頼はとても全部引き受けられないから、手分けしようと思っていたんですが、これじゃダメだなと。高校生とか、そういう若い層に訴えないと将来が危ないなと思って、最近はできる限り講演を僕が引き受けるようにしています。
「はやぶさ」や宇宙開発の話をして、彼らの好奇心を引っ張り出したい。新しい発想力、想像力を引き出したい。その力を養うためのインスピレーションを感じてもらいたい。そういうものが出てくると、きっといいことがあるんだと、そういうことを知ってもらいたいんです。
■「待っているだけではダメだ」ということにいかに気づくか、教えるか

――進路指導では将来的な職業選択ということが大きなテーマになります。川口さんはどのような過程で、現在の研究者という職業を選んだのか。そのプロセスをちょっとお聞きしたいんですが。
高校生のうちから自分の将来を決めて行動するというのは、とても難しいことだと思います。「俺は将来の職業をこう決めたんだから、それに沿って進路を選ぶ」なんていう高校生が現れたら、それはそれで驚きです。ふつうは、たまたま高校の成績とか得意分野がそうだったから、そちらの方へ伸ばして、そこで何らかの職業にぶつかるという感じでしょう。だから、判断時期というのは、もう少し遅くて当然なのかなと思います。
私自身、宇宙をやろうと思ったのは、大学院に入る時ですからね。それまでは広い意味での「乗り物」をやりたいとは考えていましたけれど、宇宙探査機とか人工衛星に絞ったのは、けっこう後のことなんです。
――大学・大学院時代の先生からの影響というものはありましたか。
どうだったかな。大学時代は、実に講義には出ない学生でしてね、まあ、教科書があるような授業は出なくてもいいと思ってましたからね。自分が教える立場になってみて、その考えはだいぶ変わってきましたけれど(笑)。それはともあれ、最終的に進路を選ぶときは、人からこういわれたからということはないですね。むしろ、人がやらないんだったら、こっち行ってみようかみたいなところがありました。
自分の職業につながるような進路を選ぶときというのは、もはや教育を受ける側ではなくなる、ということだろうと思うんです。先生からの教えを待つことはもはやできない。自分から取り組まなければいけない、という意識。待っているだけじゃダメだってことがわかるというんでしょうか。
――逆説的にいえば、優れた教育者というのは、学生たち、教え子たちに、待っているだけではダメだというのをどこかで早く気づかせることのできる人のことをいうのかもしれませんね。
それができたら、素晴らしいことですね、
■奇抜なアイデアの尊重。自由でオープンで裁量権のあるプロジェクトは成功する
――「はやぶさ」は減点方式ではなく、加点方式で成功したプロジェクトとおっしゃっています。プロジェクト・マネージメントについてもぜひお話を聞きたい。これは進路指導というプロジェクトに取り組む高校の先生方にも参考になる話だと思います。
「はやぶさ」は完全にマトリクス方式で作られたプロジェクトですね。正式な所属部署を飛び越えて、それらを横断する形で、臨時に作られたプロジェクトでした。これには良い面と悪い面があります。
良い面というのは、メンバーは他に本業のようなものを持っていて、「はやぶさ」にはいわばパートタイムで参加している。だからこそ、いろんなところで起きた問題を共有しながら、他のところから情報も入れて、オープンに議論できるんです。そうした活動を通じて、ソリューションを身につけていきました。一方でマトリクス方式には、責任者がはっきりしないという悪い面もあります。
高校の進路指導の場合はどうなのでしょうか。もちろん進路指導部という分掌組織はあるのでしょうが、その先生方もクラスをもっているわけですよね。逆に進路指導室の先生だけが進路指導をやっていて、クラス担任はそれをしないということではない。そういう意味では、進路指導というのは、僕のいうパートタイムで人が集まるマトリクス型のプロジェクトなのかもしれません。
そうだとすると、ある学年で問題があったら、それを持ち寄って解決することもできるのでしょうね。むしろそのほうがよいと思います。進路指導の人が進路指導のことばかり考えていると、おそらく硬直化していくと思うんです。
プロジェクトの運営でもう一つ大切なことは、参加される先生方が積極的に意見を出し合えるような環境を作るということなんです。「はやぶさ」でも、みなさんが参加されているこの場で方針を決めますよということを徹底しました。他で決めるんじゃないですよと。そのように方針を示すと、メンバーは積極的に意見を出すようになります。必ずしも直接担当の分野じゃないところに対しても、いろんな意見を出し合うようになります。これは大事なポイントです。
――せっかく議論したのに、別のプロセスや論理で、会議の内容が反故にされてしまうようだと、現場の人はモチベーションを維持できませんね。
そうなんですね。意見は聞いとくみたいな。後は、校長と教育長が決めるみたいな感じになってくると、そこで一生懸命に意見を出しても、結局、反映されないじゃないかみたいなことになっちゃいますよね。
――自由な環境と参加者の主体性が欠かせませんね。当事者意識、さらにリーダーシップが生まれることで組織は活性化する。
やはり、自分たちの頭で切り開いていくことが大事です。進路指導も、どこからか受け売りのものをコピーして持ってくるだけだと、良くないですね。一見奇抜にみえるようなアイデアも尊重したほうがよい。いやむしろ、奇抜であれば奇抜であるほど、評価されるみたいなことがあってもよい。いま僕らは「はやぶさ」の後継機のことを検討しているんですが、たくさんの奇抜なアイデアのなかからこそ、ほんとうの独創的なものも出てくるんですね。
――「はやぶさ」の往還の過程でも、とっさのアイデアが飛び出して、危機を救ったことが何度もありましたね。緊張感で張り詰めた管制の現場でよくこんなアイデアを出せるなと思うんですが、きっとそれは、そのプロジェクトが平常時でも奇抜なアイデアをみんなで議論する風土があったからこそ、なんでしょうね。
実際に飛行しているときもそうでしたが、探査機やロケットを開発している段階でも、つねに斬新な考え方が溢れ出してくるように、プロジェクトを運営してきたつもりです。そうした自由さと自分たちが決めるんだという意識が、結果としてプロジェクトの成功を導いたのだといまは考えています。

【profile】
かわぐちじゅんいちろう●1955年青森県生まれ。京都大学工学部卒業。1983年、東京大学大学院工学系研究科博士課程修了後、旧文部省宇宙科学研究所に入り、2000年に教授就任。現在、独立行政法人宇宙航空研究開発機構宇宙科学研究所宇宙航行システム研究系教授、月・惑星探査プログラムグループ プログラムディレクタ、「はやぶさ」プロジェクトマネージャー。工学博士。
(初出日:2011.7.08) 取材・文/広重隆樹 写真/冨永智子
※会社名、肩書等はすべて初出時のもの




