本人が山に登りたいという気持ちが
日本人を強くする
■高い大きな山に向かって監督が登る姿を見て、選手たちが動き出した

──サッカー監督としてチームを引っ張っていく上で、一番大切にされたことは何ですか。
チームをひとつのところへ持っていこうとするとき、目標は絶対的に大事なものです。その目標をスタッフと選手全員が信じて、本気でチャレンジしたときにはすごい力を生み出します。2010年6月の南アフリカW杯で、私は「ベスト4」という目標を掲げました。目標を掲げた当初、マスコミはもちろん選手も半信半疑でした。しかし、「本気でベスト4を目指してみないか?」と問いかけ続けていると、本気になる選手がひとり増え、ふたり増え、気が付けば、全選手が「ベスト4」を目指すようになっていったんです。
そのように変化し成長している組織では、監督がくどくどと選手に指示を出す必要なんてありません。世界で勝つために、自分に何が足りないか、チームのために自分は何をしたらいいのか、選手自らが自分で考えて取り組むようになるからです。
しかし、たとえ目標が勝つことであっても、その「目標」をどういう「目的」のために達成しようとしているのかという部分が明確でないと人はついてきません。目的は目標とはまた別のものであり、目的は目標よりも大きなものだと思います。より大きな目的を達成するために、その途中途中に目標が設定されるべきなのです。
もちろんその目的は、選手たちを育ててやりたいとか、幸せにしてやりたいとか、ファンを喜ばせてやりたいなど、自分のため以外のことでなければなりません。間違っても、自分が有名になりたいとか、金持ちになりたいとか思って指導していては、そんなものは選手にすぐに見透かされ、誰もついてこなくなります。リーダーにとって必要なことは、私心のない志高い山に登る姿を見せることなのです。
監督がその山に必死になって登る姿をみて、「この人について行こう」と、選手やスタッフはついてきてくれるのです。
──選手を選抜したり、起用する上ではどういう判断が重要になりますか。
これまでのサッカー監督経験の中で、有名選手を試合に呼ばなかったり、使わなかったりしたことは幾度もありました。当然、僕の采配に対するバッシングは大変なものでした。外国人監督なら選手を切った後は母国に帰ってしまえばよい。しかし、日本人監督はその後も、狭いサッカー界で暮らしていかなければならないのです。
選手を使う、使わないは、もちろん小さな私心、こざかしい目標のためではない。より大きな目的の前で、あえてその選手を使わないという決断をしてきました。もちろん選手もファンもそのときは不満だらけでしょう。しかし、彼らはいつかわかってくれると思って、私はそれを信じて決断しています。
■異文化交流を通した勉強が、直感の精度を高める
──ところで、岡田さんはスポーツ界はもちろんのことですが、ビジネスや文化のリーダーたちとの交流関係が広く、色々な分野のことをよく勉強されていますね。
僕はわりと理屈で選手を納得させるのは得意なほうです。上からこうやれああやれと、きっちりとしたヒエラルキー(階層構造)をつくって指導してきました。日本のサッカーではそれである程度の結果が出るものなのです。ただ、これでほんとうの指導をしているといえるのかどうか、いつも悩んでいたことはたしかです。勝っても勝っても苦しんでいました。
なんとか自分の指導の限界を超えられないかと思って、横浜Fマリノスの監督を辞めた後1年間勉強しました。経営者のセミナーに通い詰め、脳科学や心理学などの学者たちと話をしました。座禅はずっと前からやっていたけれど、新たに琉球空手や古武術から気功まで、何かヒントをあるんじゃないかと思っては、いろいろ習いました。
僕はもともといろんなものに興味があって、同時に自分なんてたいしたことのない人間だという思いがつねにあるものですから、変なプライドに縛られたりすることってないんですよ。
Jリーグの監督をやっているときも、対戦相手の年若い監督が面白いサッカーをやっていたら、すぐに電話して平気で「教えて」と聞けるんです。そういうことは、僕は全然平気なほうなんです。
──そうした“異文化”交流を通して学んだことは何でしょうか。
監督という仕事は、決断することがメイン。しかも答えがないところで決断しなければならないという宿命を背負っています。選手を交替させるのに、Aという選手とBという選手、どっちを使ったらいいか。論理的に考えますが、どれだけ考えても、Aを使ったら勝率6割、Bを使ったら4割などという数字で答えが出るものではないんです。
特に、ここで勝てば優勝だとか、ワールドカップ出場がかかっている重要な試合だとかは、その決断の瞬間は怖いですよ。ほんとにビビるぐらい怖い。それでも決断しなくてはならない。どっちにするか、そのときは直感なんです。
直感っていっても、何もないところから直感なんて出ないですよ。しかし、これまでさまざまな経験や勉強したことが、ある一瞬、ピンと線を結んで、一つの確信を生むことがあるんですね。それが判断に結びつく。それが直感、インスピレーションだと思うんです。
勉強したことが、直接結果につながるということはほとんどないんだけれど、最後の決断するときの、直感の精度を高めるには役立っているのだと思います。勉強が、直感による判断のためのベースをつくる、といったらいいのかな。
──結果がもし外れたとしても、自分では納得がいく?
別の選択をしていたらなあ、などと後悔するのは、真の意味での決断とは呼ばないですね。必ず勝つ方法があったら、それはもうスポーツではない。試合ですから、必ず勝ち負けがある。試合中99%押していても、たった1本のシュートにやられることだってあるんですから。結果は神様しかわからない。その采配が下ったら、後はもう受け入れるだけ。そういう気分ですね。
■もし岡田監督が高校進路指導の先生になったら……
──高校生の先生方、特に進路指導の先生には次の社会に生徒をつないでいく役割があります。もし、岡田さんが進路指導を担当してくれといわれたら、どんなことをしますか。

僕が進路指導ですか。うーん(笑)。ただ、Jリーグの選手も高卒で入ってくる人が多いので、高校の指導現場のことは僕なりに想像できるつもりです。しかし、教育、あるいは選手を育てる、変えるということは、口で言うほど簡単なことではないですねえ。
教育の語源はラテン語のeducareで、もともと「引き出す」という意味ですよね。ところが、それを入れよう詰め込もうとする人が多い。実は僕もそうしていた時期が長くありました。入れようと思って入るものではないんですね、教育って。
こんなエピソードがあります。横浜F・マリノスの監督についたとき、ミスター・マリノスと呼ばれてずっとレギュラーをはっていた選手がいました。しかし、この選手のプレイに僕は満足できなかった。「お前のポジションではこういうプレイをしてくれないと俺は使わないぞ」とはっきり言った。その選手にも自分の頑固なサッカー哲学がありますから、けっして「監督に合わせます」とは言わなかった。
だから僕は1年間彼を使わなかった。もちろん素晴らしい選手なので、他のチームから移籍のオファーがくる。ただ移籍金が高いのでなかなかそれを払えるチームがないんです。
僕は本人を呼んで、「お前も悔しいだろう、いつか見返してやりたいと思うだろう。お前が移籍するというのなら、チームとかけあって移籍金を下げるよう交渉する。もちろんこのチームに残ってもいいけれど、今のままでは使わない」と言った。僕はてっきり彼がチームを出ると思った。そうしたら僕のところに来て、「やらせてくれ」と…。
次のシーズンから彼はがらっとプレイスタイルを変えたんです。あれだけガンコに自分のサッカー哲学を貫いていた男が…。周りも「どうしたんですか。彼に何を言ったんですか」と聞いてくる。僕は何もしていないですよ、たんに彼を1年間使わなかっただけ。ともあれ、僕の就任2年目は彼の変身のおかげで優勝したようなものでした。
サッカー場の芝生って、水と肥料をやるときれいな緑色になる。でも、そういう芝生はスパイクが深く入るとずるっと剥けてしまうものなんです。逆に水と肥料を断つと、2日間で真っ茶色になる。これを「枯れたふり」という。それでもしばらく水と肥料をやらないでおくと、芝生の根が必死で栄養を求めて根を張るようになる。そうすると、しっかりスパイクが入ってもしっかりそれを止めるような強い芝生になります。
もちろん、ずっと栄養を断ったままではほんとに枯れてしまいますから、その程度はみなければなりませんけれど、栄養をつねに注入すればいいというものでもないんですね。
教育もそれに似ている。学校の先生が、生徒に教えよう、知識やノウハウを入れよう入れようと思っても、なかなか入らない。生徒が自ら求めて、それらを求めようと動き出さない限り、無理なんです。
巧みなコーチングの手法でその選手を変えていくことはもちろんできます。しかし、それには限界がある。本当の意味での一番強い変革というのは、本人がどうしても変わらなくてはいけない。そう思って動き出す環境を与えてやることだと思います。
だから、監督でも学校の先生でも、できることは選手たちが伸びるために後押しをしてあげる環境を与えることじゃないかと思うんですね。
──もし岡田さんが、高校の先生になったら、けっこう厳しい指導になりそうですね。グラウンドで生徒をカラカラに乾かすような。
いやいや。野外教育で山の中に連れ出して、そこに放り出しちゃうとかね(笑)。今、僕は青少年の野外活動施設や学習環境づくりに力を入れているんです。その目的は、厳しい大自然の中に身を置くことで、「生きる力」を取り戻すこと。僕にできるのは、そのためのチャンスを与えることじゃないかと思って……。チャンスを与えれば、今の若者、けっこう強いですよ。便利、安全、快適な、のほほんとした社会でチャンスを奪われているだけなんだと思う。
■大自然のなかで感じる、自然の脅威、人間の力の限界
──人間の生命としての本能を刺激されれば、自ら水を栄養を求めていくようになると。

我々がこれまで営々とつくりあげ、豊かだと思ってきた社会。しかしそれがかえって人間の生きる力を弱めているという気がしてならないんです。
僕らが子どものころはまだ生きていく中で山あり谷ありがあって、例えば鉄橋の上を歩いて遊んだ。気を抜いて落ちたらほんとに死んでしまう。そうした恐怖が、生きる力の源になった。
いまはこれやっちゃいけない、あれやっちゃいけない。山も谷もない。真っ平らなんですよ。引きこもっても生きていける。フリーターやっても生きていける。けっして彼らが悪いんじゃない。チャンスがないだけなんですよ。今は山や谷がないから、若者は自分で山をつくらなくちゃいけない。それが夢や目標にチャレンジするということです。
そんな大それた夢や目標でなくてもいいんです。カラオケに1週間かよって、好きな曲をマスターするとか、そんなことでもいい。そうすると、今度はギターを弾いてみようかとか、次の一歩が出てくる。能書きを垂れているだけでは何も進まない。とにかく一歩踏み出してみること。
──しかし、人類は自然の恐怖から逃れるために、便利・快適・安全を求めてきたという歴史もあるわけですね。
そうした科学技術の進歩の根源は何かと言えば、それもまた人間の欲ですよね。この欲がないと人間ではない。僕は55歳だけれど、昔だったらとうに死んでいる年齢。科学技術のおかげで生かしてもらっているということはあります。
ですから、科学技術は大切です。しかし、そのリミット、限界もあるということに気づいて欲しいんです。
医学や遺伝子工学の発展はたしかに素晴らしい。そのお陰でいくつもの命が助かったことでしょう。しかし、例えば臓器移植が発展したときに何が起こったか。自分の子どもは臓器移植をしないと死んでしまう。しかし、血液型がちょっと特殊なので、容易に臓器ドナーが見つからない。両親はその子どもを助けるためにもう一人子どもをつくった。そしてその赤ん坊の臓器を姉に移植をした。アメリカで実際に起きた話です。
これは臓器移植という医療行為の限度を超えているとは言えないか。
それだけじゃないですね。人工妊娠中絶された胎児の臓器の売買がアメリカで問題になっていました。これって限度を超えていないですか。
原子力発電も然りでしょう。人類はこれでエネルギーを得ながらも、まだ核廃棄物の処理のしかたを知らないわけです。地中深くに埋めれば安全だというけれど、それってほんと?いまの世代が電気を使いたいために、その廃棄物を子どもたちの世代に残していく。これも限度を超えてはいませんか。
僕は学生時代から環境問題に関心を持っていて、かれこれ35年もやっているんで、そっちのほうはうるさいんだけれど(笑)。
なんで僕が野外活動をやっているかといえば、野外に出て自然に触れて、生きる力をつける。そして強くなってもらいたいと思うと共に、絶対自然には勝てないという限度を知って欲しいからでもあるんです。
森の中に入って一人で寝る。そこでは人間の地位や名誉や肩書きや、ましてやお金持ちかどうかも、何も関係ない。たんなる無力な存在です。熊が襲ってくるかもしれない。いくらお金があってもだめです。熊はお金払っても許してくれないから(笑)。地球の中で、人間というのはそういう存在であるということを、身を以て体感して欲しいと思って、僕は子供たちを野外活動に連れ出すんです。
■災害からの復興に向けて、いまスポーツにできること
──3.11の大震災のあと、岡田さんは被災地に入ってサッカースクールを開いています。復興に向かう人々に対して、スポーツが与える力ということについて、最後にお話しください。
僕は実はスポーツってそれほどの力はないと思っていたんですよ。今回の地震が起きたときも、僕はスポーツをずっとやってきていているのに何もできない、何の役にも立てないという焦燥感、無力感があったんです。そうしたら地震発生後3週間ほどたったときに、僕の野外活動の仲間たちから、被災地でサッカーを教えないかという話があった。
ボールを買って、米や水、自分の寝袋を自分の車に積んで、東北の被災地各地まで走って、サッカースクールをやりに行きました。最初避難所に入ったとき、よく来てくれたとみなさん喜んでくれるし、写真を撮ったり握手をしたりするんだけれど、そのときはほんとうの笑顔じゃなかったですね。
ところが、子供たちを集めてサッカーを始めたら、避難所の大人がみんな出てきて歓声を上げる。うわっーて、そのときこそ最高の笑顔でしたよ。それを見たときわかった。先の希望が持てないとき、大人たちの唯一の希望は、子供たちの、若者たちの、生き生きとした笑顔なんですよ。スポーツにはそれができる。笑顔を増やす力があるんです。
永田町や霞が関で復興を考えるのも大切です。しかしどんな素晴らしい復興のルートをつくっても、今日の一歩を踏み出させないと進めない。その一歩を踏み出す力をスポーツが、いや音楽や文化もそうだと思いますけれど、与えてくれる。
今の世代は、自分の山をつくらなくちゃいけないから大変だといったけれど、スポーツをやれば、自然と勝ちたいという目標が生まれる。自分でめざす山をつくることができるんです。スポーツはある種の夢であり、目標であり、それに向かって生きる力を発揮することができるフィールドなんだと思います。

【profile】
おかだ・たけし●1956年生まれ。大阪府出身。早稲田大学政治経済学部卒業。日本代表のサッカー選手として24試合出場。90年現役引退後、指導者としてのキャリアをスタート。98年ワールドカップ・フランス大会日本代表監督。2010年の南アフリカ大会では日本代表を海外開催で初となるベスト16に導いた。現在は日本サッカー協会理事、サッカー解説者などを務めながら、青少年の野外活動施設・学習環境づくりにも注力。近著にメンタル・トレーニングの第一人者白石豊・福島大学教授との共著『日本人を強くする』(講談社)などがある。
(初出日:2011.12.15) 取材・文/広重隆樹 写真/冨永智子
※会社名、肩書等はすべて初出時のもの




