生命とは動的平衡。
人間も細胞と同じく
他者との関係で生き方が決まる
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■生命とは動的平衡を保とうとする、柔軟で可変的な存在である。

──福岡さんが著書や講演などで繰り返し提唱している
「動的平衡」とはどんなものなのですか?
我々生物の体は細胞レベルで常に壊されながら新しく作り変えられており、一瞬たりとも固定していません。このような常に動きながらもバランスを取っている状態のことです。
私がこの動的平衡というコンセプトで一番伝えたいことは非常にシンプルで、みなさん自分が自分であることに何の疑いも持っていませんが、それは実は間違いだということです。
私たちは60兆個の細胞でできていて、ミクロの目で見ていくとその細胞は分子からなっていて、分子は原子からなっています。その場の瞬間で見ると細胞はプラモデルのようにさまざまなパーツが組み合わさってできているように見えるけれど、実はその内部は常に動いていてものすごい速度で入れ替わっています。例えば消化管の細胞などはわずか1日で、筋肉の細胞は約2週間で半分ほどが入れ替わります。細胞内のDNAも壊されながら再構築されており、体全体が絶え間なく更新されているのです。
よって、細胞レベルでは昨日の私は今日の私ではないし、1年も経てば全く別人になっているわけですよ。だから久しぶりに会う人によく「お変わりありませんね」などと言いますが、実はお変わりありまくりなわけです。
私が私であることの証明だと思われている記憶だって物質的な物が脳のどこかに保存されているわけではありません。脳内の神経細胞同士の関係の中に保存されているにすぎず、その都度思い出したものが記憶として定着するのですが、その際に少しずつ変容しています。みなさんも記憶違いといったことを経験したことがあるでしょう。また、あまり思い出さない記憶は時間と共に次第に薄れ、最終的には消えていきます。
つまり、私が私であるということを担保している物質的な基盤は何もないということなんですよね。だから銀行の窓口などで「ご本人様確認をさせていただきます」などとよく言われますが、実は物質レベルでは「本人様」を確定するための物は何もないので、生物学的には不可能なんですよ。指紋や網膜パターンも分子レベルでは入れ替わっているので徐々に変容していますし。そこで運転免許証や保険証や誕生日や暗証番号などの外部の情報に仮託して自己同一性を担保しているだけなんです。
■「自己の内部を見つめて自己実現」というモデルはそろそろやめたほうがいい

──自分は常に入れ替わっている流動的な存在だとすると、人の生き方に関してもこれまでとは違った見方ができそうですね。
そうですね。生物学的な視点では自己同一性や一貫性などは幻想にすぎないので、自分の内部を探しても「本当の自分」なんてものは見つかりません。だから学校や社会でもアイデンティティを確立しなさいとか自己実現のために頑張りなさいなどとよく言われますが、あまり意味はないんです。
それは細胞の社会を見てみるとよくわかります。細胞の一つひとつは精子と卵子が出会ってできた受精卵が分裂したもの。DNAもすべての要素もコピーされていくのでそれぞれの細胞は最初はみんな等価です。どの細胞も何になるかは決まっていないし、何にでもなりうる可能性を持っています。今話題のいわゆる万能細胞、ES細胞あるいはiPS細胞と呼ばれる状態です。しかしその後細胞同士がコミュニケーションを取り、「君が脳細胞になるなら私は皮膚の細胞になる」、あるいは「君が血管になるなら私は骨の細胞になる」というふうに自分の意思だけで決めるのではなく、互いに補い合って自分の役割を決めていく。それによって、多細胞はそれぞれが専門化し、ひとつの統制の取れた生命体を形成しているわけです。
この細胞のアナロジーはまさにこれから自分がどうなっていくのか、いくべきなのかと考えている高校生や大学生にとってひとつのモデルになりうるんです。
すなわち、細胞と同じように、人も何にでもなれる可能性を秘めていて、自分と他者との関係のあり方の中で自分というものは定位していく。言い換えれば、自分が何になるか、自分の将来は他者との関係性の中で決まっていくんです。だから若者が社会に出るときに一番大事なのは、まず関係を作ること。しかもそれは時間の流れとともに変化する動的なものなので、動きながらその都度考えていけばいい。よって一度決めたら変えちゃだめだというふうに固定的に考えることもないし、自己を見つめないとダメだということもない。
逆に自分の中に「本当になりたいもの、なるべきもの」があるような気がしてそればかりを問い続けると永遠に自分探しを続ける旅人になってしまいます。それは細胞にたとえるとどの部分にもなりきれず無目的にただ増え続けるがん細胞のようなものです。
だから学生たちにはよくこう話しています。「自分の中を探すだけではなくてとりあえず何か職業に就きなさい。そうするとそこに関係が生じて、役割も見えてくる。そこに意味や価値を見いだせたらそのままの道を行けばいいし、違うと思ったら修正すればいいわけだから」と。それが本来の人間らしいキャリアデザイン、キャリアデベロップメントであり、自分が将来なるものはあらかじめ決まっているといった天命のようなもので自己実現を目指していくというモデルはそろそろやめたほうがいいと思うんです。
──細胞からキャリアの作り方みたいなものも学べるんですね。
もちろん人間社会のすべてを細胞のアナロジーとして語ると不正確になってしまう面もありますが、元々私たちは多細胞生物であって人間一人ひとりも大きな人間社会におけるひとつの細胞みたいなものだと考えられるので、細胞のモデルはある程度は使えると思いますね。
大事なのは流動的で可変的ということなんですよ。役割が固定してしまう社会は不自由な社会ですよね。日本も昔は一度階層が決まったらそこから脱出できない不自由な社会でしたが、次第にどんな家に生まれても何にでもなりうる社会に変化し、自由と平等が生まれてきたわけです。
自分にとっての自由と平等とは何かを考えることもまさにキャリアデベロップメントの根幹に関わる大事なことです。そのためには世界のあり方を知らなければならない。それは知識をただ覚えるということよりは今ある知識がどういうふうに成り立ってきたか、時間の軸で学ばなければならないと思うんですよね。それが真の教養であって、「物知り博士」のようなただいろんなことを知っていることにはあまり意味がないんですよね。だから学生時代の勉強の仕方はとても重要だと思います。
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【profile】
ふくおか・しんいち●1959年東京生まれ。京都大学卒。ハーバード大学医学部研究員、京都大学助教授等を経て、現在は青山学院大学総合文化政策学部教授。「生命とは何か」を分かりやすく解説した著作を数多く著す。ベストセラー『生物と無生物のあいだ』ほか、『動的平衡』『世界は分けてもわからない』『フェルメール 光の王国』など著書多数。最新作『動的平衡2』は最新の遺伝子研究事情がわかるほか、生きる希望が湧いてくる内容となっている。1月20日に東京・銀座にオープンした「フェルメール・センター銀座」の監修・および館長もつとめる。(http://www.vermeer-center-ginza.com)
(初出日:2012.2.10) 取材・文/山下久猛 写真/冨永智子
※会社名、肩書等はすべて初出時のもの




