高校トップが語る「明日の学校」

Vol.6 狭山高校(大阪・府立) 校長 竹本三保先生

2012年4月に大阪府立狭山高校に着任した竹本三保校長は、女性海上自衛官の草分けとして道を開き、女性初の地方協力本部長を務めたキャリアを持つ民間人校長である。海上自衛隊退官後、「教育」に身を投じた理由とは? また、民間人校長として着任したからこそ見える教育現場の課題とその課題解決への取組みについて伺った。


竹本三保先生

【Profile】たけもと・みほ●1956年、京都府生まれ。79年、奈良女子大学文学部教育学科卒業。同年、海上自衛隊幹部候補生学校入校。80年、横須賀教育隊教育第2部教官(3等海尉)。88年、プログラム業務隊本部プログラム第1科(3等海佐)。97年、中央通信隊群司令部計画幕僚(2等海佐)。2006年システム通信隊群司令部首席幕僚(1等海佐)。08年、自衛隊青森地方協力本部長。2011年3月に発生した東日本大震災では、地方協力本部長として初めて即応予備自衛官(普段は別の職業に従事し、訓練召集命令で出頭する非常勤の特別国家公務員)を災害召集し、救助活動に尽力した。同年12月中央システム通信隊司令を最後に退官。12年4月より大阪府立狭山高校校長に着任。著書に『任務完了 海上自衛官から学校長へ』がある。



国を支える柱は「国防」と「教育」。
学生時代からの思いに挑戦するために、
海上自衛隊退官後、民間人校長に

 海上自衛隊員から、なぜ民間人校長へ?これは、私が校長に着任してから、常に受けてきた質問です。確かに、自衛官が公立高校の校長になるのは初めてのことです。けれども、学生時代から国を支える柱は「国防」と「教育」だと考えてきた私にとっては、いよいよ人生のもう一つのミッションに挑戦するときがきたというだけで、それほど意外なことではなかったのです。

竹本三保先生 ちょうど政治・経済に興味が湧いてきた14歳の頃で、「海に囲まれた貿易立国の日本にとって、海上防衛は最も重要である。」という当時の中曽根防衛庁長官の言葉を聞き、日本にとって大切な海上防衛の仕事に就きたいと考えるようになったのです。

 ところが、私が高校を卒業した当時は防衛大学校入校も男子のみ、海上自衛隊の募集も男性のみ。そこで大学に進み、「国防」と同じように大切だと考えていた「教育」を学ぶことにしました。大学時代に一番力を入れたのは教育実習です。実習に行ったのは大学の附属高校でしたが、自分の母校から、「ぜひ来てくれ」と言われました。申し出を断腸の思いで断わり初志貫徹で、ようやく女性にも門戸が開かれた海上自衛隊へ。再び「教育」に関心が向いたのは、50歳を迎え定年を意識してからのことでした。航空自衛隊の先輩が奈良県立高校の民間人教頭になられたという話を聞き、そういう道もあるのかと、家族がいる関西で唯一、民間人校長の公募があった大阪府の試験を受けました。教育の場として高校を選んだのは、10代のうちに人生の目標を確立できる人間を育成していきたいと考えたからです。

 合格後、10校以上の高校で研修がありました。その研修では、公立学校の存在意義についても深く考えさせられました。大阪府立高校の校長になるということは、大阪府民の税金を用いて、大阪府の、ひいては日本の将来を担う若者をいかに育てるかということです。これは、自分の全身全霊を傾けて取組まなければとてもできない崇高な使命です。大阪府立狭山高校に着任したとき、私は先生方に「熱くなってください。」と言いました。それから2年半、教員の平均年齢53歳の高校が、少しずつ変わりつつあります。

  

「国際感覚を備えた地域の若きリーダーの育成」を目指し、
着任1年目から「さやまグローカル」プロジェクトを開始

 大阪府立狭山高校の設立は1980年。一応、ほぼ全員が大学等をめざす進学校ではありますが、これまではこれといった特徴のない高校です。しかし、歴代の校長の中には、大阪狭山市にある唯一の府立高校ということで、地域との関わりを重視した取組みをしたり、韓国やオーストラリアの学校と国際交流を進めようとした校長もおられました。特徴がないのではなく、イメージをうまく伝えられていない高校だったのです。

 校長着任後、最初に取組んだのは、この学校でどんな人材を育成していくのかを明確にすることでした。国際交流と地域連携は、これからの社会を考えたとき、とりわけ重要なテーマです。そこで、「国際感覚を備えた地域の若きリーダーの育成」を目標にし、それをアピールするために「グローバル」と「ローカル」を合わせた「さやまグローカル」という新たな概念を作りました。以前からの取組みをさらに発展させるために、大阪府教育委員会の校長マネジメント推進予算を獲得し、校内に「グローカルルーム」を整備しました。この部屋では、ネイティブの先生を囲んで希望する生徒を対象にお昼休みにイングリッシュ・ランチをしたり、海外の姉妹校とインターネットを通して交流したり、PTAの方々がカフェを開くこともあります。いわば、一歩足を踏み入れれば、世界や地域とつながる空間というわけです。最初は、「校長は何をやってはるんやろ?」と見ていた先生方も、今ではこのグローカルルームを積極的に活用してくれています。そして何より、生徒達から好評なのがうれしいですね。

竹本三保先生
 また、私の着任前から決まっていた文系・理系コースの間に文理系のコースを設定する構想に関しては、「さやまプロフェッショナル」と名付けて、看護師、管理栄養士、理学療法士などの資格取得を目指すコースにしようと位置付けをはっきりさせました。出身中学校別に代表を決め、全権大使のように中学校訪問をさせる取組みは長年続けてきたものですが、これには「さやまプレス」という名前を付けました。そして、国際社会で生きていく生徒達に日本人としてのしつけをしっかり教育したいという思いから、校則に公共性をプラスした「さやまスタンダード」も作りました。

 指揮・統率に関しては、自衛隊時代から「自己の役割を分析して方針を決定すること」「長期的視点に立つこと」「イメージをしっかり描き、意図を伝達すること」「周りの力を引き出して融合すること」などを原則としてきました。それは教育の分野でも変わりません。方針やイメージがはっきりすれば、生徒達や先生方もやるべきことが自然とわかってくるものなのです。

  

教育現場の課題は、明治以来の1対40の授業をどう変えていくか。
現在、タブレット端末を使った「さやまアクティブ」構想に邁進中

 校長となって高校に研修に行き、何より驚いたことは、いまだに明治以来の1対40の授業が行われていることでした。全員に同じことを教えていくのは、大量生産時代の授業です。高度成長が終わり、成熟期になったら、時代のニーズも変わる。それなのに教育はまったく変わっていない。私が校長になって、特に力を入れて取組みたいと考えていたのは、しつけ・公共性教育と、生徒の主体性を伸ばす新しい教育体制作りでした。

竹本三保先生 「さやまアクティブ」と名付けた新しい教育体制に関しては、着任1年目に電子機器を用いた共同的な学びの導入校である広島県立廿日市高校を自ら視察し、今年は1月にICT教育で有名な千葉県立袖ヶ浦高校へ藤瀬淳首席と情報処理部員を派遣し、現場の実践を学んで来ています。「グローカルルーム」には電子黒板やタブレット端末で授業ができるように整備しました。昨年からは、私自らオリジナルの授業観察評価シートを作り、先生方のICTの活用やグループワークについて討議を重ねています。今年5月には、タブレット端末80台を導入し、今は先生方に貸し出し、その活用法を模索してもらっているところです。

 公立高校で生徒に購入してもらうというのは難しいことですが、できれば来年度から、1年生にタブレット端末を購入してもらい、授業を始めたい。いずれ一般的になることなので、先鞭を切ってやろうと思っています。ただし、間に合うかどうかはわかりません。生徒が自分で買って満足感を得るには、少なくとも数名の先生が授業で使わないと、だめですから。

竹本三保先生 自衛官と教師という文化の違いもありますが、先生方はじっくり考えて取組むタイプが多い。でも私は、走りながら考えてきました。特にICT関連やアクティブラーニングの導入に関しては、スピード感が必要だと思うからです。その一方で、先生方の力を引き出すために、1対1で向き合ってじっくり話を聞くことや、先生方の意見を聞くために作文を書いてもらうことも着任1年目から続けてきました。

 今年の作文テーマは、「『チームさやま』の一員として何ができますか?何がしたいですか?」です。民間人校長は3年が一区切りですから、私にとっては、今年度がこの高校で校長を務める最後の年になるという思いがあるからです。「さやまアクティブ」という大きな仕事もスタートしたばかりなので、「まだいてください」という声もあります。でも私は、3年一区切りでいいと思っています。自衛官は配置にもよりますが、1年か2年で転勤です。だからこそ、長期的視点に立って、自分がどの時点を担当するのかを見極め、自分が何をすべきなのかを考え、実行する力がついてくる。さらには、次に継承していくために努力もする。短い期間でも、出会った仲間と一丸となって取組むことで、結果が出せるというのは、人生の大きな喜びです。

 「チームさやま」で何ができるのか、どこまでこの学校を変えていけるのか、初めて与えられた「校長」というミッションを、任務完了まで全身全霊を傾けて遂行していきたいと考えています。



Personal file

竹本三保先生●趣味/自然の中でのスポーツ(ゴルフなど)、変身を楽しむ(自衛官時代に青森に勤務して始めた津軽三味線を、着物を着て弾く、ロングドレスを着て、『第九』の合唱団で歌う等)、転勤の度に挑戦してきたご当地検定。大阪府立狭山高校の校長着任後も、「さやま検定」を受けました。
●好きな言葉/「初心忘るべからず」「一隅を照らす」「アイデアとチャレンジ」自衛隊時代の先輩から言われた指導方針「明るくさわやかに己の本分を尽くせ」。己の本分をつねに見極める大切さと同時に、笑顔がなければ仕事は動かないことを教えてくれた言葉です。
●人生の師/山本五十六、中曽根康弘元首相。
●好きな本/アルビン・トフラー「未来の衝撃」「第三の波」、司馬遼太郎「坂の上の雲」等。



狭山高校

【School Data】
普通科 男女共学
URL   http://www.osaka-c.ed.jp/sayama/index.html
大阪府大阪狭山市半田4丁目1510


(初出日:2014.7.3)取材/キャリアガイダンス編集顧問 角田浩子・まとめ/丸山佳子・撮影/有田聡子
※肩書等はすべて初出時のもの