高校トップが語る「明日の学校」

Vol.8 山田高校(高知・県立) 校長 濱田久美子先生

2014年4月に高知県立山田高校に着任した濱田久美子校長は、家庭科教諭として17年間の教員生活を送った後、高知県教育委員会へ。行政の立場で新しい高校づくりや新制度整備などに取り組んできた改革のエキスパートである。「地方のごく普通の高校を、特色ある高校に改革する」。そうしたミッションを携えて着任した校長1年目の仕事について、うかがった。


濱田久美子先生

【Profile】はまだ・くみこ●1957年、高知県生まれ。93年、鳴門教育大学大学院学校教育科修了。81年、高知県立須崎高等学校久礼分校着任。家庭科教諭として教師生活をスタート。84年より14年間、高知県立安芸高等学校勤務。98年、高知県教育委員会事務局教職員課管理主事。99年、文部省教育助成局派遣研修生。2000年、高知県教育委員会事務局教職員課中高一貫教育推進室指導主事。02年、同教育委員会事務局総務課教育企画室長。03年、同教育委員会事務局高校教育改革課専門企画員(新しい学校づくり担当)。04年、高知県立大方商業高等学校教頭。05年、高知県立大方高等学校昼間部・通信制課程教頭。06年、高知県教育委員会事務局生涯学習課長。11年、高知県教育センター所長。14年4月より現職。



「北極星を探せ!」を合い言葉に、
果敢にチャレンジすることが、普通の学校を元気にする

 「北極星を探せ!」。
 この言葉は、今年4月に校長として赴任した私の、学校改革1年目の合い言葉です。なぜ、北極星なのかというと、教職員が考えている今後の本校のイメージが1つにまとまっていないと感じたからです。

 本校は、地方の、ごく普通の公立高校です。生徒数減少や学区制廃止などによって入学定員の充足率が低下し、多様な生徒の入学への対応、進学実績の低迷改善など、課題は山積みです。こうした課題に対しては、これまでも「知力・体力・心を磨き、社会や地域に貢献できる人材の育成」を目指し、高知工科大学との連携や国際交流活動、地域への貢献活動に取り組んできています。しかし、教職員が実践していく中で、それぞれの目指すところに微妙なズレが生まれてきていると感じました。

濱田久美子先生 学校経営はトップダウンで仕掛けることができますが、実際はボトムアップでなければいけません。そしてその方向は、全員が納得できるものでなければならないと考えています。多数決ではなくて、あくまでも団体戦なのです。チームで北極星を目指すことが重要です。しかし、どうしても管理職と教職員間にズレが生じてしまう。その原因の一つに、学校において校長が自分の思いを語る時間が、月1回の職員会議以外にほとんどない。本当に少ないということがあると思います。

 そこで私は、着任直後から「校長より」と題した校内メールで、改革への思いや今日誰と会ってどんな話をしたか、県の動きはどうかなどオフィシャルなことを発信しています。また、「図書便り」の中に「HAMAKUMIだあ!」というコーナーを作ってもらい、私がどういう人間で、どういう本を読み、何を考えているのかなど、フランクに発信するようにしました。

 改革への思いとして最初に発信したのは、本校の特色の見直しです。高知県というのは高知市に一極集中しているのですが、ここ香美市には、保育園・幼稚園から県立大学、特別支援学校まであり、校種が全部揃っている高知市以外の唯一の市です。しかも、本校は普通科4クラス、商業科1クラスの1学年5クラスあり、郡部の普通科高校では生徒数を一定確保できる学校です。また、女子駅伝が強く、全国都道府県対抗高校女子駅伝には25回連続出場をしていますし、アジア大会の陸上競技(近代五種)で銀メダルを取り、ロンドンオリンピックにも出場した卒業生がいる。世界に通用する選手を育成しているクラブがある。そのうえ、南海トラフによって高知市内が機能を果たせなくなったときは、この香美市が応援に行くことになる。いわば、新たな拠点になれる場所なのです。

 このフィールドを生かし、「自ら考え、創造し、試行錯誤しながら答えを導く力」、「失敗を恐れず何事にも果敢にチャレンジし生き抜く力」や「他者と協働しながら創意工夫をし、新たな価値を生み出す力」など、正解のない時代、グローバル社会に必要とされる能力を育成していくための教育に取り組んでいきたいというのが、私の思いです。

 先生方に私の思いを伝え、また、「改善したいこと」「やりたいこと」をあげてほしいとお願いをしてきました。熱心な先生方からは、すでにいろいろな提案をいただいています。たとえば1学期には、2年生の学年主任が「夏休みに進学合宿をやりたい」と言ってきました。「いいねえ、やりましょう。」と答える。すると、1年生の学年団から「来年は、私たちもやるんですか?」との疑問の声が上がる。「違います。2年になったときに必要なことをやればいい」と答えましたが、学校というのは新しいことをやるとなると、「来年もやることになるのか」「何のためにやるのか」「効果はどうか」などを議論したあげく、やらないことが多いんですね。でも私は、やることが大事だと思っています。生徒や先生が「やりたい」と感じたことを積極的にやってほしい。3年間一貫して取り組まなければいけないことと、そうではないことを分け、やらなければいけないことと、やりたいことを分けて、果敢にチャレンジする。失敗を恐れずまずやってみる。同じ失敗を繰り返すと課題になってしまいますが、失敗がないと、成功もないですから。この果敢なチャレンジこそが、普通の学校が元気になる方法だと思うのです。

  

WinWinの関係で
高大連携の強化と地域への貢献活動の活性化を図る

 校長になっての具体的な取り組みのひとつは、本校のすぐ近くにある高知工科大学との連携強化です。大学の先生による講義などは今までも行っていましたが、話す内容はお任せしているという形でした。これでは、どの大学の先生でもよいということになってしまい、連携の成果も見えにくい。できれば、山田高校の生徒たちが工科大を志望するようになり、地域のために働きたいと思ってくれるような講義内容や教育活動にしたいと考え、4月からプロジェクトを立ち上げました。

濱田久美子先生 すでに実施したのが、本校の生徒の基礎学力を定着させるために、教員志望の工科大学生に本校に来てもらい、加力補習プラス工科大を志望する生徒の進路相談をしてもらう「高知工科大学生研究室」の設置です。これまでは夏休みに1学期に赤点を取った生徒を対象に集中した加力補習を行っていましたが、それでは遅いので、中間試験後にも実施するようにしました。現在、この制度に登録してくれている工科大の2、3年生は5人。教員を目指す大学生は、生徒の実態や教師の実情を経験でき、自分が教員に向いているかわかる。一方、本校の生徒たちも、先輩がそばにいることですぐに質問ができ、モチベーションが上がる。WinWinの関係が築けており、来年度は年間を通して工科大生に常駐してもらいたいと考えていますし、工科大生が企画する様々な活動に、もっと高校生を巻き込んでほしいなと思っています。

 来年度の「総合的な学習の時間」のキャリアプログラムに関しては、1~2年の学年主任と、研修企画担当で3年の学年主任、教頭、工科大の先生を交えて、ランチミーティングをしながら検討を重ねているところです。

 私が実現させたいプランとして、飛び抜けて優秀な成績や特異な才能をもった本校生徒が、工科大1年の授業を受けて単位を取得し、それを高校の単位としても認定していくという制度を実現させたいと考えています。そうなれば、高知県初。ほかにはない本校の大きな特色になるはずです。

 また、国際交流活動についても、92年から行ってきたフロリダ州のラーゴ高校への生徒派遣を、2年に一度から毎年にしたい。昨年、高知工科大学の中に開設された国際交流センターの留学生との交流に取り組みたい。国際交流センターには20カ国余の人たちがいる格好の勉強の場。すでに、ルワンダで教員をしている工科大の卒業生から、ルワンダの学校の生徒と文通をしないかという話が持ち上がり、本校の生徒80人ほどが、英語で手紙を書いています。素晴らしい大学が近くにあるならば、実質的な附属高校のようにしていく。こうした発想は、これからの特色ある学校づくりには欠かせません。

 同時に、地域貢献活動も、特色づくりの大きな柱になります。

 本校近くには、ゑびす商店街があります。残念ながらシャッター通りになりかけているのですが、本校では活性化の一助として、学校をあげて商店街のイベント「ゑびす昭和横町」に参加しています。今年は吹奏楽部が演奏をしながら、書道部が書道のパフォーマンスを行ったり、絵本の読み聞かせや小学生対象のクイズラリー、生徒会主催の出店、地元企業と連携して商品開発した「生姜入り仲良し饅頭」の試食販売などをやりました。地域の課題が、地元の学校の課題であるという考えのもと、生徒もこのイベントの実行委員として企画段階から参加します。熱い大人たちに触れて生徒は成長し、商店の人にも喜ばれ、これもWinWinの関係です。地元小学校への学習サポーターとしての生徒派遣、科学教室や漫画教室の開催、保育園・幼稚園、高齢者福祉施設や特別支援学校でのボランティア活動など、生徒たちが企画の段階から参画できることを、これからも増やしていきたいと考えています。

  

グローバル時代、正解のない時代を生き抜くために、
「さまざまな大人に出会う機会」をつくることも校長の仕事

 ここまでお話ししてきたことは、従来まで本校でやってきたことを整理し 直し、成果を上げるべく軌道修正してきたことですが、私が校長になって新しく始めたプロジェクトに「さまざまな大人と出会う機会」を増やすことがあります。本校の生徒たちは、生まれ育ったこの地域が大好きだけれど、あまり視野が広くない。しかし、グローバルな時代を生き抜く大人へと成長してもらわなければならない。また、正解を出すことばかりやっていたのでは、正解のないところでは生きていけない。そこで、さまざまな経験をもつ大人の話を聞く機会を増やしたいと考えたのです。

濱田久美子先生
 これは、私一人の裁量でもできることなので、校長の仕事としてやっています。本年度は、『名犬チロリ 日本初のセラピードッグになった捨て犬の物語』の作者、大木トオル氏の講演会、高知県出身の堀内美佳氏の講演会『全盲の私がなぜタイに図書館を作ったのか』、元・杉並区立和田中学校校長の藤原和博氏の特別授業、校友会のメンバーによる職業人講話なども行いました。どの回も、生徒たちが瞳を輝かせながら、興味深く聞いてくれたことがうれしかったですね。

 私は、教員としては2校の経験しかありません。大学卒業後、着任した最初の高校で3年、その次の高校で14年。14年間いた高校では、内地留学の期間を除き、毎年ホーム担任をしてきましたが、1年から3年まで持ち上がりで担当したのは一度だけで、とくに、3年間を一緒に過ごした生徒との時間は濃密で忘れられません。その後は教育委員会に移り、新しい制度や新しい学校を作ったり、改革、改革の毎日でした。そうした仕事も、やりがいは教員時代と変わりません。高知県中の子どもたちを幸せにするために、何かができるわけですから。でも、子どもたちとはかかわれなかった。

 今、校長として学校に戻ってきて思うことは、教職というのは、子どもと笑ったり泣いたりしながら感動できる、入学式から卒業式までの四季を子どもたちと感じられる素晴らしい仕事だということです。そして、希望して教育委員会に移ったわけではなかったけれど、そこでの数々の経験が、本当に自分を成長させてくれたということです。

 安芸高校時代にインテリジェントスクール構想の提案をしたときは、この予算なら実現できるのか?」と問われ、「ハイ」と答えたら、大きな予算がつき実現しました。高知県教育委員会生涯学習課で勤務したときは、高校中退対策として、ニートや引きこもりへの支援を含めた「若者学び直し事業」を立ち上げ、「これで絶対できるのか?」と問われ、「ハイ」と答えて実現につなげました。

 教育を変えていくには、綿密な企画のもと、覚悟をもって提案することが大切です。校長としても、覚悟をもって新しい提案をし続けていきたいですね。



Personal file

濱田久美子先生●趣味/読書、旅行
●好きな言葉/「素直な気持ちで衆知を集める」(松下幸之助)、「学ぶとは、心に誠実を刻むこと。教えるとは、ともに希望を語ること」(ルイ・アラゴン)
●人生の師/小島一久先生(高知県教育委員会委員長・元安芸高等学校長・高知追手前高等学校長)、松原和廣先生(高知市教育長・元大方高等学校長)、中澤卓史氏(前高知県教育長)、津野真知子先生(元高知女子大学家政学部講師)、横山玲子先生(元岡豊高等学校教頭)、河野公子先生(元文部科学省初等中等教育局視学官)、藤原和博氏
●座右の書/『道をひらく』松下幸之助著、『「青春」という名の詩—幻の詩人サムエル・ウルマン』宇野収・佐山宗久著
●教職を選ばれた理由は?/専業主婦だった母から「これからの女性は仕事をもち、経済的に自立しなければ行けない」と聞かされて育ったこと。幼少の頃の愛読書が『赤毛のアン』であり、小学校時代に坪井栄の『二十四の瞳』がTVで放映されるなど、小学校教員は憧れの職業であったこと。中学校では英語の教員に憧れ、高校では数学の教員になりたかったが、第一志望の大学に合格できず、地元の県立女子大学家政学部に入学し、高校の家庭科教員になった。その後、鳴門教育大学院に留学し、家庭科の教員を育てたいと考えたこともあった。
●教師としての原動力は?/採用されて最初の勤務校はいわゆる生徒指導困難校だった。 その中でも荒れた学年のホーム担任を任されたが、教員として未熟であったため、生徒たちに信頼されるはずもなく、次々と起こる生徒指導に右往左往するばかりで退学を余儀なくされた生徒も出た。「本当は辞めたくなかった」という生徒の言葉が今も忘れられない。それ以降、自分のホームからは絶対に退学者を出さないという気持ちで努めてきた。また、「生徒たちを幸せにしたい。教育によって生徒を幸せにする。教育こそが生徒を幸せに導く」という思いが私の教員としての原動力となっている。



山田高校

【School Data】
普通科・商業科 男女共学
URL   http://www.kochinet.ed.jp/yamada-h/
高知県香美市土佐山田町旭町3丁目1-3


(初出日:2014.11.17)取材/キャリアガイダンス編集顧問 角田浩子・まとめ/丸山佳子・撮影/中岡邦夫
※肩書等はすべて初出時のもの