高校トップが語る「明日の学校」

Vol.9 松本秀峰中等教育学校(長野・私立) 校長 小宮山 淳先生

1999年に制度化されて以降、増え続けている中等教育学校は、今後の学校教育の在り方を考える上で大きな柱である。松本秀峰中等教育学校は、2010年に長野県で初めて開校した中等教育学校だ。小児科医として子どもの成長を見つめ、大学で医学部長、学長として高大連携事業にかかわってきた経験から、「考える力と豊かな人間性を育成するためには、とりわけ中等教育が重要」と語る小宮山淳校長に、脳の発達に合わせた教育についての興味深い話をうかがった。


小宮山 淳先生

【Profile】こみやま・あつし●1939年、長野県生まれ。69年、信州大学大学院医学研究科博士課程内科系専攻修了後、信州大学医学部副手。同年6月より、医学部助手(小児科学講座)。73年3月〜74年8月まで米国南カロライナ医科大学へ研究休職。75年5月より信州大学医学部附属病院講師(小児科)。85年8月、信州大学医学部助教授(小児科学講座)。90年11月、同大学医学部教授。91年10月より信州大学附属病院で中央材料部長、輸血部長など歴任。95年11月、同病院院長。99年7月、信州大学医学部長。2003年6月、信州大学学長。09年、学校法人松商学園学園長・松本秀峰中等教育校校長に着任。



丸暗記の「意味記憶」ではなく、将来、活用できる「エピソード記憶」を磨くには、
脳がもっとも発達する中高の6年間で「考えさせる」ことが大切

 私が信州大学で高大連携事業にとりくんでいた10年ほど前、それぞれの学部の学部長から、「入学してきた学生の、学ぶ姿勢ができていない」「創造性がない」「暗記偏重の学習しかしてきていないので知恵になっていない」という話がよく出ました。そのときに、ある高校の校長が、「そう言われても困る。学ぶ姿勢ができていないのは中学校の問題だ。うちの高校では、1年の1学期を使って、生徒たちの勉強の仕方を暗記偏重から論理的に考えるように変えている」と話をされた。その高校は今、進学実績など素晴らしい成果を上げています。そうか、考える力をつけるためには、中学から学び方をトレーニングしなければいけないんだ。それは、子どもの脳の発達を考えれば理にかなっている。そんなことを考えているときに、この学校の校長の話をいただいたのです。

小宮山 淳先生
 人間の記憶の仕方は、成長とともに変わります。耳にしたことをそのまま丸暗記するのが、「意味記憶」。やがて自分の体験ができてくるようになると、物事を系統立て、論理立てて記憶する「エピソード記憶」が加わります。小学校までは勉強も意味記憶だけで勝負できますし、中学生ぐらいまでは記憶もよく保たれますが、それ以上は発展していきません。丸暗記では知識としてしか役立たないからです。

 一方、論理立てて覚えるエピソード記憶は、知恵となって広く活用することができます。ただし、エピソード記憶を磨くためには、理性や向上心、判断力、論理的思考を司る脳の前頭前野を使って考え、鍛えていかなければなりません。人間の脳の神経細胞はもともと余分にあり、使わないと刈り込まれていきます。余分にある前頭前野のニューロンが刈り込まれ、剪定されてしまうのが、実は中学後半から高校時代。この時期に前頭前野を鍛えないと、脳の働きが悪くなるということが、脳科学の観点から指摘されています。

 幸い、中高一貫教育では、子どもたちの脳がもっとも発達する6年間に、継続的な授業改革によって効率のよい授業を実践できる。これは、豊かな人間性を育成する上で素晴らしいことだと思っています。


中等教育で自信を植え付けることが豊かな人間形成の基礎になる。
そのためには、生徒を「勇気づける」こと

 本校では、建学の精神に「大きな夢と確かな知性・国際性を持ち、他の存在や異なる価値観を尊重する自由で強靭な精神によって、未来の日本や世界をリードする人材の育成」を謳っています。建学の精神が羅針盤であり、その元に、7つの教育目標があります(1.授業改革、2.特性・個性・才能の発見と育成、3.確かな学力と進路実績、4.チャレンジ精神と豊かな感受性、5.国際性の育成、6.創造と感動から生きる力を、7.自由と規律のバランス)。

 そして、この教育目標を実現して行くために、授業改革を目指す意欲ある教師を公募することから、本校はスタートしました。週6日制で、主要教科の授業時間は他校よりも1.2~1.5倍ほど多く、さらに「秀峰セミナー」と称した課外講習もありますが、先生たちも情熱をもって生徒に接してくれています。

 授業は、一方通行ではなく、双方向の「考える授業」。とにかく生徒に考えさせる。学校生活の中でも、先生があれこれ指示をするのではなく、生徒に考えさせながら、特性・個性・才能を発見し、豊かな人間性を育成していく。まず、人間性を豊かにしておかないと、後のことがついてこないですね。そのためには、中等教育の時期に「自分はこれだけは強い!」という自信を、生徒に植え付けることが大切です。

 私は、中学時代に陸上、幅跳びをやっていました。大会に出場しても、いつも予選敗退でしたが、あるとき、いい成績が出た。そのときに、「小宮山、お前はやる気になればできるヤツだな」と先生に言われ、すごく励まされた。「おれは本気になればできるはずだ!」と思うと、解けなかった数学の問題が解けたり、まったく勉強していなかった古文のテストで、ヤマ勘が当たったり。自分がポジティブになると、運を引き寄せるということもあるわけですね(笑)。

小宮山 淳先生
 自信がもてるものがあると、それが心理的な「安全基地」となり、そこを踏み台にして、新しいところへ飛び込むことができる。自信を育てるためには、「勇気づけなさい」とある心理学者は言っています。褒めることと、勇気づけは違います。「テストで95点取って、すごい」と褒めるのは、褒める側の勝手な評価に過ぎません。勇気づけとは、長所を引き出すこと。何も成功していなくても勇気づけはできる。その小さな積み重ねが大切です。

「なぜ?」を考える授業、自尊感情を育む仕掛け、
保護者を巻き込んだキャリア教育で、自己を高めていく向上心の「基本」をつくる

 では、どのような形で「考える授業」を行っているのか。その好例が、4年生の1学期に行っているイギリスでの海外研修です。ケンブリッジ・カレッジのプログラムに参加し、能力別に分かれて英語の授業を受けるのですが、そのとき、上位クラスの先生たちは、すべて「WHY?」で、話しかける。「なぜ、英語を勉強するの?」。生徒が「将来、国際的な仕事がしたいから」と答えると、今度は「なぜ、国際的な仕事をしたいの?」と問う。ノーベル平和賞を受賞したマララ・ユスフザイさんを教材に取り上げ、「なぜ戦いが起きるのか?」「なぜ教育権を求めることが必要なのか?」と生徒に質問したり、また、ある先生からは「なぜ、日本は女性の社会進出が遅れているのか?」と言った質問が飛び出したりする。答える生徒たちは大変です。しかし、「なぜだろう」と考えることで、脳が鍛えられていく。最後に英語で1分スピーチをやるんですが、みんな、見違えるように堂々と話すようになります。本校でも、こうした双方向の授業を取り入れています。

 また、校長として私がやることも、いくつか企画しました。そのひとつが、水曜日の午前中にやっている「ふれあい集会」です。部活動でよい成績を残した、英語のスピーチコンテストで入賞した、作文コンクールで最優秀賞に選ばれた、ボランティアを行ったなど、生徒たちのさまざまな活動を表彰し、拍手を贈り、表彰された生徒はコメントをする。ただし、メモを見ながらのコメントは禁止。自分が考えてきたことを大勢の前でしゃべるということをやらせています。すると、生徒の意外な一面が見えてくるんですね。最初はうまく話せなくても、コメントして拍手をもらうことで、自尊感情が生まれてくる。それが狙いです。

 土曜日には、「校長オフィスアワー」と題し、生徒と気軽に話す時間も設けています。試験の後はテスト結果を見せにくる生徒もたくさんいますし、先日は、生徒会の生徒たちとスポーツイベントの内容を相談しました。今の中学・高校生には、起立性調節障害という病気が多い。初期対応がよければ簡単に治るのですが、うまくいかないと、起きられない、学校に遅刻する、勉強に遅れる、不登校になるということが起きてくる病気です。そうしたことを防ぐためのカウンセリング的な意味も含めて行っているんです。

小宮山 淳先生 PTAの活動についても、本校では生徒が中心にいるという考え方から「PST」として活動を行っています。保護者が講師になる「秀峰アカデミア」では、茶道、華道、着付けなどを生徒に教えてもらったり、自分の仕事についての話もしていただいています。これも、身近なキャリア教育の一環です。

 そうした活動をしているからでしょうか。先日、生徒に「将来、どうするんだ?」と訊ねたら、「お前が大人になる頃は職業の大半は変わっているから、今から細かく固めるなと親に言われました」と答えが返ってきました。教育熱心な保護者が多い証拠ですね。この生徒のご両親は、米国デューク大学の研究者、キャシー・デビッドソン教授が、2011年8月のニューヨークタイムス紙のインタビューで「2011年度にアメリカの小学校に入学した子どもたちの65%は、大学卒業時に今は存在していない職業に就くだろう」と語った言葉を引いて、子どもに諭しているわけです。

 つまり、キャリア教育にしても、これから先は固まったものではだめで、イメージする力、創造力がなければうまくいきません。どんな発明でもイメージから始まります。医学の世界で最先端の研究をするときは、自分の専門に閉じこもっていたら、何もできない。周辺のことをぱっと取り込んで最先端のことをやって行く。幅広い興味がなくてはいけません。

 本校でも、論理的に考える力、つまりエピソード記憶を磨くことの次に重要なことは、イメージする想像力と、ものをつくる創造性の育成だと考えています。そして、生涯、自己を高めていく向上心の「基本」を、この時期に身につけてほしいと考えています。向上心の基本として私が大事にしているのは、4つのC。Creativity(創造性)、Communication(伝達能力・共感力)、Critical thinking(批判精神)、Continuous learning(学び続ける姿勢)です。それがあれば、大学に入ることがゴールにはならないはずです。

 目指すところは、生徒の目標を叶えてやれる進学校です。今はまだ5年生までしかいませんから、目指しているだけで、結果は出ていません。1期生は、お兄さんお姉さんがいないので、多少のんびりしている面もありますが、「自分で考える」という秀峰の校風は広がりつつある。最後の1年で生徒がどう成長していくか、成長させられるか、楽しみですね。

重い病と闘いながらも、子どもたちは学ぶことで将来を夢見る。
無限の可能性を秘めた子どもたちの教育は、絶対に諦めてはいけない

 私は病院で勤務をしているときに、小児科の子どもたちのために院内学級をつくりました。小児がんの治療をしていると、吐き気もするし、ものすごく辛い。でも、子どもたちは吐き気止めの薬を飲んでまで、院内学級に出てくるんです。あるとき、重度の脳炎を患った幼稚園の女の子が入院してきました。3週間も意識がなくけいれんが続いておりご両親が覚悟を決められるほどでしたが、治療の甲斐あって目がぱっちり開いた。ところが、後遺症で、言葉は非常にゆっくりしかしゃべれない。その子が小学校2年生になったときに、「私は命を助けてもらったので、医師になりたい」と言ったんです。2浪して、医大に入って眼科の先生になりました。子どもというのは無限の可能性を持っているといいますけれど、それを目の当たりにしたというか、本当に、絶対諦めてはいけないということを学びましたね。

 院内学級で病と戦いながら勉強していた多くの子どもたちは、当時、夢のように語っていたことを今、実現している。音楽家になりたいと言っていた子がコンサートの招待状をもってきてくれたり、結婚相談にも来る。「病気があるから結婚は無理だと親に反対されています。先生、どうでしょう」と相談に来た子に、「もう大丈夫だよ。今まで頑張ってきたきみなら、これからも頑張れるよ」と言ったら、彼と飛び上がって喜んでいました。

 そうした経験が、私の原動力ですね。大学生というのは、学ぶ場さえ与えておければいい。しかし、中等教育は、教師の力量、人柄、意欲がものすごく大きいと思います。小児科でも、病気を治すだけでなく、子どもたちの心のケアも含めた成長医療が大事です。私が診療した子どもたちが親になるところまでみたら、小児科医としては卒業。今は、この新しい教育の現場で子どもたちの成育を見届けたいですね。

Personal file

小宮山 淳先生●趣味/里山の散策、スポーツ(とくに野球)観戦
●好きな言葉/「学びて思わざれば則ち罔(くら)し 思いて学ばざれば則ち殆(あや)うし」(論語)
●好きな本/オーストリアの精神科医、心理学者ヴィクトール・E・フランクルの著書−−−−『「生きる意味」を求めて』『それでも人生にイエスと言う』『意味への意思』『意味による癒し ロゴセラピー入門』『夜と霧 ドイツ強制収容所の体験記録』
心理学者、河合隼雄の著書−−−−『こころの処方箋』『生きるとは自分の物語をつくること』『こころの子育て』『子どもの宇宙』『子どもと学校』『大人になることのむずかしさ』『いじめと不登校』『昔話の深層』『コンプレックス』『ユング心理学入門』



松本秀峰中等教育学校

【School Data】
普通科 男女共学
URL   http://www.shuho.ed.jp/
長野県松本市埋橋2丁目1−1


(初出日:2014.12.2)取材/キャリアガイダンス編集顧問 角田浩子・まとめ/丸山佳子・撮影/中村健二
※肩書等はすべて初出時のもの