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新宿調理師専門学校 校長 上神田梅雄氏

(2016年3月18日更新)

“人としての倫理と道徳を躾け、調理師として必要な知識と技能を授ける”

調理師免許は大切なものではありますが、
しかし“免許が良い料理を作る”訳ではありません

 全国には多くの調理師専門学校が有り、高校にも調理師科が有り、増えつつあると言っていいと思います。「学校を選ぶ基準を教えて欲しい・・」と問われたら、興味のある学校に「実際に行って、見て・聴いて、雰囲気を味わって、そして自分の感性に合ったところを選ぶ・・」とお応えするしかないです。
 国で定められた履修(実習)時間、僅か1年或は2年間で、調理師としての高い技量がそうそう容易く身に付くものではありません。
 どの学校も、学びの環境を整え、先生も熱心に学生を教育すると思います。
通う利便性や授業料、学校の教育方針、実際に通い学んでいる在校生の様子、自分の性質との相性はどうか。他人のせいにしない、自己の責任に於いて選ぶ、それが有意義な学校生活を送れることに繋がります。
 誤解を恐れずに申し上げるならば、国家資格である“調理師免許”の取得だけが目的だったら、学校はどこでも良いのですから・・・。自分がどんな調理師を目指しているのか、その夢(目標)の実現に向けた学校選びが出来たらいいと思います。


調理師とは、
食卓に素敵な笑顔の花を咲かせる仕事です

 私は本校の卒業生です。卒業後に38年間、ずっと飲食サービス現場の料理長として、腕を振るって来ました。5年前に校長として着任し、“師生同汗” の想いで、後輩にあたる生徒達と共に学んでいます。
 “食は命”に直結しています。「食を知らずして、医を語るなかれ・・」という言葉が有るぐらいです。現代文明の利便さに慣れた我々の食生活は、コンビニやスーパーの売り場には食品があふれ、食べ物がごく当たり前のように手に入る、とても有り難い環境ですが、そのためにかえって“食への向かい方”がとても粗末に、そして品性を失っているように感じます。私は“食への向かい方がその人の人格を表す”と感じています。
 人間以外の動物も生きて行くために、食料(餌)を食べます。その中で、人間だけが“調理”という技術・技能を食材に施し「食品」に変えて食べている生き物です。「食品」と呼ぶ場合と、「料理」と呼ぶ場面、どこか違いますよね・・・。どちらも食べ物ではありますが同じではない・・。おふくろの味と称された我が国の“家庭料理”は、見返りを期待しない愛情で仕立てられた、とても品性の高い愛情料理だと思います。和食がユネスコ無形文化遺産登録された・・・、と安閑と喜んではいられません。登録された和食の骨格を成すのは、家族の健康を考え、旬の恵みに感謝し、無償の愛情で仕立てる“家庭料理”だからです。残念なことに“絶滅”が心配される現状です。
 民族の先祖がこの国土の気候、各地の風土に適した食の智慧を培い、継承してきてくれました。我々はこの宝を、子々孫々にしっかり守り伝える責任があります。美しく盛りつけた料理は、食べる人の身体を養うだけに留まらずに、人間だけが持つ“心の胃袋”まで満たしてくれます。召し上がる方を喜ばせ、幸せにするからです。
 そのためにこそ、技術・技能の研鑽と努力の真の意義は有ります。
 料理を見ればその人がわかるといいますが、それは調理師のやさしい心遣い、品性や職業への誇りと責任感が、その人の料理に現れるということなのです。


“心の偏差値を上げる”
教導育成の強化推進

 相手を思いやる「やさしい心」、「柔らかい心」、その裏付けには「妥協しない心」「挫けない強い心」が必須条件だと、学生たちには厳しく感じるぐらいしつこく伝え続けています。学生たちの将来を考えると、“心の教育”だけは譲れないのです。これは私のこれまでの修行経験から気づき、学んできた事でもあります。料理は、食べる人に幸せを感じていただきたいという心を表現する行為です。相手に合わせられる「優しい心、柔らかい心」が必要です。召し上がってくれる方がいてこそ、はじめて料理が作れるわけです。
 どんなに技術が高くても、独りよがりの料理では自己満足の域を出ません。
 本校で特別授業と称した「農体験授業」「防犯ボランティア活動」「早朝の街頭清掃」「被災地への炊き出し活動」「ナイトウォーキング」「雪国体験研修」などの実践体験は、どれもこれも“心を育てる”ことが目的です。「調理師の育成は 調理師が責任を持って・・」という気概を持って取り組んでいます。
 職場では厳しい指導もあるでしょうし、繁忙期には寝る時間を削ってまでも働かなくてはならないこともあるでしょう。
 しかし、「自分の店を持ちたい」あるいは「料理長になりたい」といった夢(目標)を見失うことなく、あきらめずに夢を追い続け、そして夢を掴んで欲しいと強く思います。


“手から 手へ”という
スクールスローガンに込められた思い・・

 さて調理師学校を卒業した人は、当然ほとんどの人が“飲食サービスの業界”へ就職します。大きくは「和食・洋食・中華・製菓」のようなジャンル分けになり、職場の種類では「ホテル・レストラン・喫茶・旅館・割烹・結婚式場・集団給食」など多種多様です。従って、調理師は就職に困ることは、ほとんどありません。
 常に10~20倍以上の売り手市場といえる状況だからです。しかしそこには、就職してもすぐに辞める者が多いからという、切ない側面もあります。継続してこそ技術が身に付き、一人前と評価されるようになる仕事です。
 本校の校風を表す “手から手へ”というスクールスローガンには、保護者さまの手からお預かりした大切な学生は、一人前の調理師にしっかり育ててくれると信頼している料理長さまの手にしか渡しません、というわれわれの強い願いと祈りが込められています。学生が通う学校の教育理念や校風等に理解があり、採用しようとしている学生たちがどんな学びをしているのかにも関心と興味を示す料理長さんは、必ず我々の学校を訪ねてくださいます。
 単なる労働力として、学校に求人票を提出して来ているのではないか・・・と、疑われるようなところへは、大切な学生を決して奨められません。
 調理師という職業は、人を幸せにして差し上げることを、直に実感できるとても魅力的で、生涯を捧げるに値するすばらしい仕事です。調理師という人生に真剣に取り組み、“私の天職”と誇りを持って言える後輩達が一人でも多く出現して、業界で活躍することが楽しみです。
 「打てば響く元気な返事」と「明るい笑顔の挨拶」と「使う前より、きれいにする後片付け」の愚直な実践あるのみ、特別な素質は要りません。誰にでも出来ることばかりです。素直な気持ちで、謙虚に努力し続けた者だけに、“匠”の扉を開くことが許されるのです。


上神田梅雄氏

【Profile】

新宿調理師専門学校・校長 上神田梅雄(かみかんだ•うめお)氏
調理師松和会相談役
1953年岩手県生まれ。20歳で調理師を目指し上京、新宿調理師専門学校夜間部入学、卒業と同時に故•西宮利晃氏に師事し、12年間修業を積んだ後、銀座の会席料理店で料理長となり、その後24年間•5企業にて総料理長として腕を振るう。2011年、(学)新宿学園 新宿調理師専門学校•校長に就任、現在に至る。

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