大学は、“個人のキャリア自律”の実現を支える改革を(大久保幸夫)

2025年。企業のビジネス環境や、それに対応した雇用・人事管理のあり方が大きく変化していく中で、個人の働き方やキャリア観はどう変わっていくのか。変化に対応するため、大学にはどんな改革が求められるのか。労働・雇用問題を取り扱うリクルートワークス研究所の大久保幸夫所長に展望を聞いた。(聞き手/本誌編集長小林浩)

産業構造の変化により、人材の“プロ化”と働き方の“多様化”が進む

2025年の企業や雇用の状況は、どのようになっているのでしょうか。

 今回のテーマである2025年に向けた大学改革の方向性をお話しする前に、その前提として、企業のビジネス環境や個人の働き方がどう変化していくのかをお話ししたいと思います。

 近年、経済のサービス化やITの進展により、企業の盛衰のテンポが格段に速まっています。アパレルのSPA(製造小売業)や飲食チェーン等が典型例ですが、サービス産業は、製造業等とは違った発達の道筋をたどります。一つのサービスのパターン(業態)を確立できたなら、それをできるだけ速いスピードでまずは日本全国、さらには海外へと展開していきます。展開の過程では類似のサービス事業者と激しい競争が起こり、競争に負ければ急拡大したチェーンを一気に縮小することもある。「5年前に急成長していた企業が、もう衰退してしまった」といったことが頻発します。変化のスピードが激しく、変動も激しくなってきています。

 そうした事業環境で競争に勝っていくには、スピーディーな事業展開が非常に重要になります。新卒を正社員採用して、一から育成していたのでは間に合わないという場面も出てくる。また労働人口が減少する中、事業に必要な人員を確保するためには、女性や高齢者、外国人も今以上に活用していかなければならない。それぞれ求める働き方や制約が違いますから、標準的な労働形態で正社員として雇用するだけではなく、多様な労働形態で人員を構成する必要が出てきます。

 サービス企業同士は、提供するサービスの質でも厳しい競争にさらされることになり、競争に勝ち抜くため、高度な知識・能力を持ったプロフェッショナル(プロ)が事業に参画することを求めていきます。こうしたプロは、高度な人材であるほど正社員として雇用することになじまなくなっていくでしょう。真のプロほど、仕事のプロセスやかけた時間ではなく、仕事の内容で契約を結び、結果を正当に評価されることで報酬を得たいと考えるようになるからです。

 こうしたプロ人材は、正社員として雇用されるよりも、個人事業主であったり、数人のプロ同士で会社を設立したりという道を選んでいくでしょう。米国でもこの10年、フリーランスで働く人が急激に増加しています。企業にとっても、必要に応じてプロ人材と契約を結ぶほうが、素早い事業展開が容易になります。プロ人材側も仮にある企業の事業が縮小し、仕事を失うことになっても、自分の専門性を活かせる別の企業と契約を結べばいいというようになっていく。サービス経済が進展する、変化のスピードが速く変動も激しい環境では、雇われない働き方は企業側と個人、双方にメリットがあるのです。

 プロ人材への志向や働く人材の多様化が、正社員中心だった日本型人事管理を、多様な働き方に対応する方向への移行を促すことを述べてきました。こうした人事管理のあり方の変化は、正社員の新卒一括採用という慣行にも影響を及ぼすでしょう。大学を卒業してすぐに正社員として就職するというルートは、今後細くなっていく可能性があります。現在大学による学生の就職支援は、新卒一括採用を前提に進められていますが、それも変化が求められるかもしれません。

そのような時代には、個人の働き方はどのように変わっていくのでしょうか。

 日本型人事管理の変化を、別の側面から見てみましょう。かつての日本企業は、多くの社員に45歳くらいまでは課長、次長クラス程度へは昇進の可能性があり、そのことが企業への忠誠心や仕事へのモチベーション維持に貢献していました。

 ところがここ10年、多くの企業で30代くらいから次世代リーダー候補の選抜が始まり、管理職になれる人・なれない人が早い段階でくっきり分かれるようになってきました。例えば40代の管理職比率は、20年前に比べて3割減っているというデータがあります(図表1・2)。「遅い昇進」という慣行がなくなってきていることと、賃金カーブのフラット化が進んでいることは、ここ10年における日本型人事管理の大きな変化といえます。

 所属する企業でリーダーにはなれないとするなら、自分はいったいどんな職業人生を歩んでいくのか。会社と相談しながら、自律的にキャリアプランを考えていくことが、より多くの社員に求められるようになってきています。

 こうした状況に加えて、先に述べたように変化のスピードが速く変動も激しい中で1つの企業で正社員として長期に雇用され続けることが難しくなっていること、プロ人材への需要が高まる中、どの専門性の山を登っていくのかを自ら決めていく必要があることなど、働く人々にキャリア自律を求める方向に、社会は動いてきています。

 それなのに、働く人々のキャリアへの意識はさほど高まっていないことを示唆するデータがあります。厚労省の実施する能力開発基本調査に、「職業生活設計は自分で考えたいか、会社に提示してほしいか」を聞く質問がありますが、「自分で考えたい」という回答はここ十数年、60%後半から70%の間を推移し、あまり変化がありません(図表3)。

 社会の要請はあるのに、働く人々のキャリア自律への意識は高まってこない。その背景にはキャリア設計の問題の複雑化があると考えています。キャリア設計は単に自分の仕事への志向だけで決めていくわけにはいきません。結婚するのか、するとして共働きを目指すのか、育児や介護などとどうバランスをとっていくのかなど、職業生活以外の部分にも目を配りながら、複雑な方程式を解いていく必要がある。あまりの問題の複雑さに、自らのキャリアと正面から向き合えていないことが、働く人々のキャリア意識が高まらないことにつながっているように思えます。

“キャリア形成”の主導権は、企業から個人へ

個人の力だけでは難易度の高い、“キャリア自律”を実現していくために大学ができることは何でしょうか。

 個人のキャリア自律の実現シナリオとして、私は大きく2つの段階があるのではないかと考えています(図表4)。まず、働く人々やこれから職業を選ぼうとする学生のキャリア自律を促進するためには、その前提として、職業能力の「見える化」が必要です。多くの人が会社員になっていることを考えれば、会社で仕事をして、成果を出すために必要な職業能力こそ「見える化」する必要があるでしょう。ですが現在既にある一般的な職業評価モデルは、企業からは「使えない」という評価を受けています。逆に「使える」とされているのは、自社の職務に関する職業能力を、自分達独自で体系化したような評価モデルです。

 例えば、「コンサルタントレベル1」のように、ある会社のある段階の職務に必要な職業能力には、いくつかの要素が含まれています。その中にはその企業ならではの特殊な能力もあるでしょうが、どの企業にも共通するような一般的な能力も組み合わされているはずです。こうした一般的な能力育成の部分を大学が受託し、企業向けにカスタマイズしていく形で参画していく。または社会人の受け入れ枠を充実させ、大学で一般的な能力を付加的に学んでもらうことも考えられます。このような形で職業能力の見える化や育成に貢献していくことが、改革の第1段階です。

 第1段階の取り組みを通じて、大学における職業能力評価や職業教育の手法は進化していきます。知識や経験が蓄積され、「あの大学で学んだことは、会社での仕事に非常に役に立つ」という段階に至れる可能性があります。ここまで来ると、その大学で学位を得ることが企業の採用基準にも設定されるようになる。これが第2段階となります。

 この段階になれば、大学にはプロを育成する様々なコースが存在するようになります。コースの教員は大学のプロパーばかりではなく、そのコースを卒業した学生が企業に入って経験を積んでトップクラスのプロになり、その後大学に戻って次世代のプロを教育するようになるでしょう。第2段階まで進んだ大学が各地に存在し、キャリアの道筋として一般的になっていけば、キャリア意識のあまり高くない学生や社会人であっても、自然にキャリア自律を実現していけるようになるはずです。

職業能力の体系化と育成手法が確立できれば大学で学ぶことや学位が、職業人としての能力保証になっていく

人口減少時代を迎え、大学経営も厳しさを増していきます。前述のようなビジネス環境や働き方の変化を想定して、大学はどのような改革の方向性が考えられるのでしょうか。

 日本の大学の大半は地方にあります。またそうした地方の大学ほど今後の経営は厳しくなっていくでしょう。こうした地方の、比較的小規模な大学を念頭に置くと、改革の方向性は2つ考えられます。

 第1の道は、ニーズはさほど多くないが全国的に求められている職域に特化し、上記のように職業能力評価や職業教育を充実させていくことです。「その大学に行かなければ、その職種のプロになるのは難しい」という地位を築くことができれば、全国から学生を集めることが可能になるでしょう。ですがこの道はどの大学にも適しているとはいえません。オンリーワンを目指すわけですから、自ら個性を創り出していく必要があります。大学経営のイノベーションが必須で、地位の確立にはかなりの難しさが伴うでしょう。

 もう一つの道は、大学が存在する地方のニーズに特化していく方向です。大学を中心に半径数十キロ、学生が通学可能な圏内に存在する企業や産業のニーズを調べ上げ、その要望に応えていきます。大学の職業能力評価や職業教育改革の第1段階で、企業の一般的な能力育成の部分を大学が受託し、企業向けにカスタマイズしていく可能性を述べましたが、そうしたサービスを提供する相手が、地元企業となるイメージです。

 多くの大学にこちらの道をお薦めしたいのは、同じ道を進む仲間が得やすいからです。日本の大学の大半は地方に存在しますから、それぞれの大学がそれぞれの地方のニーズに寄り添っていくことが可能になります。大学同士がお互いをベンチマークし、成功事例を学び合うことも容易になるのです。

 2018年には18歳人口が大きく減り始めます。これまでは若年人口の減少を大学進学率の上昇がカバーする形で、大学への少子高齢化の影響はマイルドなもので済んでいた部分がありますが、いよいよ本格的に厳しい環境を迎えることになるでしょう。大学における職業能力評価や職業教育の改革に関していえば、2025年の段階で、第1段階がかなりの大学に広がっているような状況にならなければ、大学も、そして企業も新しい成長の道筋を描くことは難しいのではないでしょうか。大学の改革には時間がかかることも考え合わせると、一刻も早く今回示したような改革の方向性を実行に移していく必要があると考えています。

(まとめ/五嶋正風 撮影/西山俊哉)

【PROFILE】
大久保 幸夫(リクルートワークス研究所 所長)
1983年株式会社リクルート(現株式会社リクルートホールディングス)入社。1999年にリクルートワークス研究所を立ち上げ、所長に就任。現在、労働政策審議会職業能力開発分科会、ダイバーシティ経営企業100選運営委員会等の委員を務める。著書に、『会社を強くする人材育成戦略』、『キャリアデザイン入門 I・II』(日経文庫)ほか。専門は人材マネジメント、労働政策、キャリア論。