「ミッションの再定義」を経て「社会変革のエンジン」に(国立大学の第3期中期計画に向けて)

1. 転換期を迎える国立大学

 「国立大学」が「国立大学法人」に変わってから、11年が経過した。現在の国立大学は、6年間を一つのサイクルとして中期目標を設定しており、平成28年度には、3回目のサイクル、「第3期中期目標期間」がスタートする。本稿では、第3期中期目標期間のスタートに向けて進めている国立大学改革の背景、趣旨を述べたうえで、いくつかの特色ある大学の取り組みの一端をご紹介したい。

「ミッションの再定義」と国立大学改革プラン

 図表1は、これまでの国立大学の歩みをまとめている。国立大学が平成16年に法人化され、制度へ適応する「始動期」から始まり、平成22年度からの第2期においては、法人化の長所を生かした改革を本格化する時期であった。が、国立大学改革を進める傍らで大学を取り巻く環境を見てみると、少子高齢化の進展、世界のボーダーレス化によるグローバルへの対応、新興国の台頭等による競争の激化など、急激に社会が変化する時代に入り、この流れの中でどのような役割を果たしていくのかが改めて問われる状況になった。

 このような中、第3期に向けた改革を進めるため、平成25年11月に国立大学改革プランをとりまとめた。このプランでは、第3期に目指す国立大学のあり方として、「各大学の強み・特色を最大限に生かし、自ら改善・発展する仕組みを構築することにより、持続的な“競争力”を持ち、高い付加価値を生み出す国立大学」を掲げ、機能強化を実現するための喫緊の課題である「強み・特色の重点化」「グローバル化」「イノベーション創出」「人材養成機能の強化」に焦点を当て、取り組みを進めることを打ち出した。また、第3期には、大学が自主的・自律的に改善・発展をしていくことが極めて重要であることから、このような取り組みを促す仕組みを構築するため、第2期後半の3年間を「改革加速期間」として、5つの取り組みを重点的に進めることとした。

 この改革加速期間における取り組みの一番目として掲げたのが、「社会の変化に対応できる教育研究組織づくり」である。この組織の見直しを進めるに当たって、平成24年度から、各大学と文部科学省が意見交換を行い、研究水準、教育成果、産学連携等の客観的データに基づき、各大学の強み・特色・社会的役割を整理する「ミッションの再定義」を行った。この内容を踏まえ、文部科学省では、各分野における振興の観点を平成26年7月に提示し、各大学では、分野ごとの「ミッション」を踏まえ、学部・研究科等を越えて、人材や予算、施設・スペース等の学内資源を最適化する取り組みを進めて頂いている。文部科学省においてもこうした取り組みのほか、大学の枠を越えた連携や教育機能強化等に対し支援を行うことにより、各大学の第3期に向けた新たな組織づくりへとつながっている。

 このほか、本稿では詳細を割愛するが、年俸制やクロスアポイントメント制度を活用した人事給与システム改革、平成27年4月に施行された学校教育法・国立大学法人法の一部改正法によるガバナンス改革も重要なポイントとなっている点は触れておきたい。

2. 第3期に向けた見直しのポイント

 国立大学改革プランでは、各大学が改善に取り組んだ内容を第3期に実装するため、第3期の中期目標・中期計画の策定に関し、平成26年度中に組織業務の見直しに関する視点を提示し、平成27年度には中期目標・中期計画の見直し方針を提示すること、また、改革加速期間中の取り組みの成果を基に、国立大学法人運営費交付金の配分方法等と各大学の取り組みに応じた評価方法について検討することとしている。

第3期中期目標・中期計画の策定の本来の趣旨とは

 国立大学の中期目標・中期計画は、中期目標期間の6年間の各大学の活動目標を網羅的に示す重要なものである。この策定に当たっては、大学の自主性・自立性を尊重する観点から、一般の独立行政法人制度と異なり、各大学が自ら中期目標・中期計画の素案を策定することとなっていることから、まず組織及び業務全般に関する見直しの視点を国立大学法人評価委員会から平成26年9月に提示頂き、これを踏まえて平成27年6月に通知を発出した。

 その内容は教育研究の質の向上や法人のガバナンスの充実から、法科大学院、附属病院や附属学校の機能の充実・強化まで幅広く盛り込まれている。このため、この通知の内容は、全法人を対象に見直すべき点を全般的に示したものであり、全ての項目が個々の法人に一律に当てはまるものではなく、各法人の状況に応じて該当する内容は異なってくるものである。こうした内容と併せて特に今回強調しているのは、大学として特に重視する取り組みについて、明確な目標を定め、その目標を具体的に実現するための手段を策定し、その手段が遂行されているかどうかを検証することができる指標を設定すること、いわゆるPDCAを意識した目標設定を行う点と、より戦略性が高く意欲的な目標・計画を積極的に設定することを期待している点にあるといえる。これらは、中期目標・中期計画を設定する本来の趣旨を実質化していくためにも極めて重要な作業であるが、第2期までは必ずしも十分であったとは言えない点があった。今回実際に各法人から提出頂いた素案を見ると、客観的な指標の設定や戦略性の高い目標設定については、各法人の努力と意欲的な内容が盛り込まれていることがうかがえる。

 一方で、この通知に関しては、特に組織の見直しについて、これまで進めてきた本来の見直しの趣旨とは異なる捉え方がされてしまった点があった。改めて文部科学省の考え方「新時代を見据えた国立大学改革」の概要をここで示しておきたい。

■新時代を見据えた国立大学改革(概要)

 世界規模で急激に変化する社会の中で、今、我が国は、科学技術イノベーションの創出、グローバル化を担う人材の育成、震災の経験を活かした防災対策、高齢化と人口減少の克服、活力ある地方創生等、大きな課題に直面している。国立大学は若者の育成に重要な役割を果たす国の中核機関である。変化を柔軟に受け止め、教育組織の在り方の見直しを含め、積極的に自己改革を進めることが求められている。

 そういった状況の中で、従来型の教育を続けていて、新しい時代に求められる「真の学ぶ力」を育てられるだろうか。教育の質的転換は不可欠だ。初等中等教育改革とともに、大学における教育改革を、高大接続改革の視点に立って一体的に進めることが重要で、国立大学には改革をリードしてほしいと考えている。

 既にこうした課題に果敢に挑戦している国立大学がある。例えば、宇都宮大学は、平成28年度に地域デザイン学科を新設する予定だが、教育学部(新課程廃止)と工学部の定員を再配分し、社会制度や防災など重層的な地域課題に対応できる人材を養成しようとする計画だ。

 新時代のニーズと各大学が培ってきたリソースを踏まえ、文理の枠組を超えて、グローバル化、イノベーション、地方創生など我が国が直面する重要課題に対応した新学部を作ったり、海外大学と連携して国際的な教育研究拠点となることを目指したりする動きも次々に出てきている。こうした改革の芽は是非伸ばしていただきたい。(平成28年度に向けての各大学の構想では、全体の約1割、約150の学科が再編される予定である。)

 今回の通知は、国立大学がどういう教育を行い、学生をどう鍛えるか、そのための組織は今のままでよいのか、全ての組織を対象に、大学自ら見直しを行っていただきたいというのがその趣旨である。

 文部科学省は、国立大学に人文社会科学系の学問は不要とは考えていないし、すぐに役に立つ実学のみを重視しようとしている訳でもない。予測困難な時代を生き抜くためには、答えのない問題に対して自らの力で主体的に解決していく力、リベラルアーツ教育を通じて人間性の幅や厚みを身につけさせることが必要だ。人文社会科学系の学問はその重要な一翼を担うものである。(図表2参照)一方で、特に教員養成大学・学部と人文社会科学系を取り上げているのは、教育の面から改善の余地が大きいと考えるためだ。

  • 教員養成大学・学部については、教員養成を目的としない「新課程」を廃止し、教員養成の質の向上に注力していくことが課題である。
  • 人文社会科学系は、専門分野が過度に細分化されていること(たこつぼ化)や、学生に社会を生き抜く力を身につけさせる教育が不十分であること(学修時間の短さ、リベラルアーツ教育の不十分さ)等が社会一般だけでなく学術界からも指摘されている。養成する人材像を明確化して、それを踏まえた教育課程を実施できる組織であるかが課題だ。

 新時代の大学教育の形や組織の在り方について、各大学には英知を絞ってほしい。文部科学省は、新時代を見据えた改革に取り組む大学を積極的に支援していく考えだ。

国立大学法人運営費交付金の配分方法の見直し

 国立大学法人運営費交付金は、現在の国立大学を財政的に支える最も基盤的な経費であり、国立大学改革を第3期において実装するうえで、どのような配分方法を行うのかは大きな課題である。第2期の見直しとは異なり、今回は有識者による議論をオープンな場で行い、方向性を示して頂いたうえで具体的な設計を行うこととした。「第三期中期目標期間における国立大学法人運営費交付金の在り方に関する検討会」では、平成26年11月から10回にわたり議論を行い、翌年6月に審議まとめを公表した。

 このまとめにおいては、第3期に国立大学が目指す姿や、継続的に運営費交付金が減少する中で第2期の配分方法が十分に機能しなかったことを踏まえ、よりきめ細かな配分方法を実現し、その透明性を高めることが提言された。改善のポイントは大きく2点であり、1点は、予算上、3つの重点支援の枠組みと国立大学に共通する課題等に関し重点支援を行う仕組みを導入すること、もう1点は、学長がリーダーシップを発揮しながら学内資源配分等の見直しを促進するため、学長の裁量による経費を新たに区分して設けること、である。

 図表3をご覧頂くと、財政面では学部等の構成によって国立大学もいくつかのグループに分けることができるが、それぞれの収入や支出の状況は大きく異なっている。このような状況の下、基盤的経費という運営費交付金の性格に基づき各大学の運営を担保しつつ、それぞれの強み・特色を強化するという改革の方向性の実現を考えた場合、86ある国立大学には複数の枠組みを設けることでよりきめ細かく支援を行っていくことを明確に示すことが適切であると考えたところである。このような枠組みは大学の活動を制限するという意見もあるが、この選択は大学が行うこととし、その選択を尊重することとした。また、多くの大学では、既に学長名を付したプランやビジョンを通じ、重点的に取り組む内容を内外に分かりやすく発信することが行われているように、中期目標・中期計画に網羅的に記載された内容のうち、どの取り組みをどのタイミングで実施するのかは、戦略的な法人運営と大きく関わっている。こうした重点的な取り組みを財政面でも明示したうえで、文部科学省が支援することが各大学のマネジメント強化に役立つと考えている。

 また、学長の裁量による経費は、これまでも学内で確保されてきていたが、運営費交付金が減少する中では経費の捻出が難しくなり予算の硬直化を招くこととなるため、第3期には改革を進めるうえで必要な大学全体に活用する経費として新たに区分を設けることとした。

 さらに、評価についても、国立大学、文部科学省とも十分な経験が蓄積できている状態とはいえないが、世界ランキング等の最近の状況を鑑みれば、日本の大学に合った評価方法を模索していく取り組みは重要である。第3期の運営費交付金の仕組みにおいては、評価方法にも工夫を加えることとした。重点支援については、これまでの実績をベースとして各大学がビジョンと戦略、その進捗を計る指標を設定し、取り組みの進捗状況確認と合わせて指標を活用した評価を実施することを想定している。また、学長裁量経費については、裁量経費の性格を考慮し、一定期間取り組んだ内容を評価する方法を取り入れることとしている。いずれについても、各大学が自ら設定した中期目標の達成に向け、創意工夫の取り入れやすい方法を工夫しつつ、予算配分に資するようにしていきたいと考えている。

3. 各大学の機能強化の取り組み

重点支援の3つの枠組みによる機能強化

 今回の運営費交付金の見直しにより、3つの重点支援の枠組みを各大学が自ら選択し、文部科学省が支援を行うことになる。平成28年度の概算要求においては、86大学全てがいずれかの枠組みを選択し、その結果は図表4の通りとなった。

 重点支援①には、地方に所在する総合大学、単科大学を中心に最も多くの55大学が選択した。例えば熊本大学では、発生医学やエイズ学研究等の世界レベルの先端研究を先鋭化することで大学全体の機能強化を先導し、次世代を担う研究領域を育むとともに、人材育成のパラダイムシフトを敢行し、地域の問題をグローバルに考える人材育成を推進することを掲げ、これらの教育・研究成果を積極的に地域に還元することにより、これからの地域創生の中核となる“地域に根ざし、グローバルに展開する未来志向の研究拠点大学”を目指している。3つの戦略の一つ、「熊本大学の“特色”を生かした「くまもと」の4つの豊かさへの貢献」では、地域課題に対する最適な知的・人的資源の提供プロセスを決定するシステムを「くまもと地方産業創生センター」に構築し、経済、環境、文化、知識の4つの豊かさに貢献する取り組みを構想している。また、熊本大学で注目したいのは、評価指標の設定方法であり、例えば強み・特色のある研究分野では、世界のトップ大学の実績をベンチマークとして、第3期の到達目標を設定している等の工夫がされている。

 重点支援②は、特色のある専門系の大学を中心に15大学が選択をした。東京芸術大学は、我が国唯一の国立総合芸術大学の強み・特色を踏まえ、「世界」と「日本」の2つの視点を戦略実行に係る「ダブルスタンダード」として、「世界的」でもあり「全国的」でもあるオンリーワンの教育研究を推進すべく、3つの戦略を掲げる。ロンドン芸術大学、パリ国立高等音楽院等と連携した国際共同カリキュラムの構築や飛び入学を起点とした早期教育プログラムの導入等を通じた世界トップアーティストの戦略的育成、国内全域の芸術文化潜在力を生かした全国的な活動の展開、国際プレゼンス向上や教育研究成果を国際芸術市場に戦略的にプロモートするシステムの構築等に取り組むこととしている。

 重点支援③は、研究力に実績のある大学を中心に16大学が選択をした。九州大学では、全ての分野で世界ランキング100位以内に躍進することを目標に、第3期には卓越した成果を創出している海外大学と伍して、全学的に世界で卓越した教育研究、社会実装を推進することを目指している。具体的には、マサチューセッツ工科大学等の世界トップレベルの海外大学等とのネットワーク形成やグローバル人材育成を目的とした新学部の設置等による国際的評価の向上、基幹教育を基盤に学部専攻教育から大学院教育に至る体系性のあるカリキュラムの再構築等を通じた教育力の向上、久山町コホート研究、水素エネルギー研究等の特色ある研究分野を軸とした先端・融合研究や独創的・学際的な学問領域の研究等を推進し、人類が直面する課題解決につながる最先端研究と実証実験等を通じて、オープンイノベーションの中核となる研究成果の実用化、社会実装へとつなげる構想である。

 このように、各大学においては、これまでの実績を生かし、各大学の置かれた状況を分析しながら、今後の6年間の展望を描いており、今後の活動に期待の持てる内容となっている。

新たな教育研究組織の創設が、大学を活性化させる

 また、第3期がスタートする平成28年度には、数多くの大学で学部・大学院の教育研究組織の再編が予定されている。近年、設置または設置予定の主な新学部を示したのが図表5である。第2期に入り、平成24年度に設置された山梨大学生命環境学部から始まり、平成26年度には鉱山学の伝統を生かして設置された秋田大学国際資源学部や、地域性を生かして人文社会科学系グローバル人材を育成する長崎大学多文化社会学部、平成27年度には地域の課題対応という同様の観点がありつつ、「協働を通じた地域活性化を担う人材」に着目した高知大学地域協働学部と「国際社会や科学技術に関する総合調整に貢献する人材」に着目した山口大学国際総合科学部がそれぞれ誕生した。平成28年度には、さらに8学部が新設の予定である。特定の専門分野による学部ではなく、地域の特色や社会的課題と向き合う人材育成を目指し、芸術、地場産業、農林水産業、社会福祉、まちづくり等に着目した多彩なラインアップとなった。また、千葉大学では、日本発の文化や先端技術を理解し、国際課題の発見・解決能力を有するグローバル人材を育成する国際教養学部の設置が予定されている。なお、宇都宮大学、宮崎大学等では、地域の高等教育機関の事情から、廃止される教育学部の「新課程」がいわゆる事務系人材の重要な育成機関となっていたことを踏まえ、新学部においても人文社会科学分野を重要な要素としてカリキュラム編成が行われている。

 第3期には、これらにとどまらず、平成29年度以降も新たな学部や大学院、研究所等の再編が予定されている。こうした新たな学部のメリットは、これまでと異なる挑戦の場を提供してくれることにある。新たな場での刺激が全学的に影響を及ぼすことは必至であり、大学の創意工夫による今後の動きに大いに期待したい。

4. 第3期のキーワードは「組織による経営力」

 文部科学省では、この6月に「国立大学経営力戦略」を発表した。ここで「経営力」という言葉を使用しているのは、第3期以降も国立大学がより一層活躍していくためには、“経営”の観点からも一定の自立性を確保することが必要であるためであり、これは国立大学の法人化が目指していたことをさらに実装していくために最も鍵を握ると考えたからである、と個人的には理解している。

 そして、「組織による経営力」を考えるうえでは、国との関係にとどまらず、「国立大学は社会と共にある」ことを考えなければならない。そのステークホルダーは国民全体といえる。我が国社会の活力や持続性を確かなものとするうえで、新たな価値を生み出す礎となる「知」とそれを担う人材が重要であることは論を俟たない。これらを生み出す大学において、これまでの蓄積を生かし、新しい時代の教育研究の形をどのように創っていくか。各国立大学は、英知を絞って頂きたいと考えている。社会が大きく変貌している現在、国立大学も「社会変革のエンジン」として「知の創出機能」を最大限に高められるよう、自ら変わらなければならない時期に来ていると言えよう。文部科学省は、平成25年11月の「国立大学改革プラン」の策定以降、各国立大学と共に、その強み、特色、社会的役割を踏まえながら、これからの時代の新たなニーズと真摯に向き合う国立大学を目指し、機能強化の取り組みを進めてきた。これらは18歳人口の減少が本格化する前に個々の大学が体力のある組織づくりを行うことでもあり、大学に存在する有望な“芽”を育てる教育研究の自由を戦略的に確保することにもつながる。そして、このような組織づくりは、「社会の力」を得た大学自身でしかなしえない。国立大学改革は、まさに第3ステージに入る。これからも、全ての国立大学が構想力を発揮し、主体的・戦略的な改革に取り組んで頂くことを期待しており、引き続き大学との丁寧な議論を重ねていきたいと考えている。

吉田 光成(文部科学省高等教育局国立大学法人支援課企画官)