2016年度就職活動は分散化・長期化

要因は時期変更の混乱と高水準の求人倍率

2016年度卒業生の就職・採用活動は、その開始時期変更が内閣総理大臣より経済団体及び大学等に要請され、就職問題懇談会においても実施が申し合わされた。活動を振り返ってみて、その実態は例年とどう変わったのか。就職みらい研究所の岡崎仁美所長に今年度の就職・採用戦線の状況を聞いた。(聞き手/本誌編集長 小林 浩)

― 今年度の就職・採用戦線は、活動開始時期の後ろ倒しによって、例年とは違う状況が見られたのではないかと思います。実際には、どのようなことが起こっていたのでしょうか。

 今年度の就職・採用戦線においては、時期変更が大きな焦点だったわけですが、それと並んで大きなポイントだったのは、「求人倍率が非常に高かった」ことです。

 今年度の大卒求人倍率は、1.73倍(図表1)。これがどれくらい高い数値かといえば、例えば2000年代の平均は1.3倍程度であり、また、2011年~2014年は1.3倍を下回っていました。ところが昨年度に1.61倍と跳ね上がり、そこから引き続く上がり基調の中での1.73倍というのは、「今年は良い人材が採りづらいのでは」と企業が危機感を募らせるのに十分な数値だったといえます。

 ただし、大卒求人倍率は業種間で差があり、高かったのは建設業(6.18倍)や流通業(5.65倍)。変わらず低いのは、金融業(0.23倍)、サービス・情報業(0.56倍)。製造業は1.73倍と、希望する学生数よりも求人数のほうが多い状態ですが、建設業・流通業ほどの需給ミスマッチはありません。さらに、従業員規模別でも差があり、「300人未満企業」は大卒求人倍率が3.59倍なのに対し、「5000人以上企業」は0.70倍でした(図表2)。

 今年度の大卒求人倍率の上昇の背景には「中途採用の採用難」があります。今年度の有効求人倍率(新規学卒者及びパートタイムを除く)は1.01倍と、バブル期以来の高水準でした。労働市場全体での「人手不足感」が高まる中、通常は新卒採用を行わない中小企業の一部が大卒市場に進出したのです。

 時期変更に関しては、2013年度にも広報活動開始の2カ月繰り下げがありましたが、今回は「広報活動開始が3カ月繰り下げ」、「採用選考活動開始が4カ月繰り下げ」と(図表3)、3年前と比べても大幅な変更だったことが、各方面に様々な影響を及ぼしたように思います。

 最大の影響は企業の採用活動時期が「分散化」したことです。それは就職内定率の推移から見て取れます(14頁、図表4)。採用選考が「4月開始」だった昨年度は、4月の18.5%から5月の47.7%へと一気に上がり、その後少しずつ上昇する曲線を描きました。一方「8月開始」となった今年度は、4月7.5%から始まり、8月65.3%まで直線的な右肩上がりという様相を呈しました。これは「毎月コンスタントに内定が出た」ことを示しており、企業の内定出しの時期が一時期に固まったのではなく、分散していたと言えます。

 別の観点からいえば、今回の時期変更という政府要請に従った企業もあれば、従わず8月以前から内定を出した企業も少なからずあったということ。実情として、8月まで「待てなかった」のでしょう。企業の焦りが見て取れます。

 内定出しの「分散化」は、学生の就職活動の「長期化」をもたらしました。それは就職活動実施率に表れています(14頁、図表5)。昨年度までは、5月以降に急激に下がる傾向がありました。ところが今年度は、4月から8月にかけてゆっくりと下がり、8月1日時点で就職活動を行っていた学生の割合は68.7%。その後、8月を超えて急激に下がっていきました。内定を得ていない学生のみ長期間活動していたわけではありません。内定取得者のうち、8月1日に就職活動を行っていた人は、実に56.3%にものぼりました。

 なぜ内定を持ちながら活動を続けた学生が多かったのかというと、8月に大手企業の選考が控えていたからです。

 昨年度までは概ね、先に大手企業の採用が決まり、その後から中小企業が決まっていくという流れでした。それが今年度は逆転し、中小が先、大手が後という構造変化が起きました。そのため、「中小企業の内定は勝ち取ったが、大手も受けたい」という学生は就職活動を終えることができず、その結果活動が長期化し、そういう学生を企業も追いかけ、また大学もサポートの手を緩めるわけにはいかなかった。だから企業からも大学からも、「今年の就職・採用活動は長かった」という声が多く聞こえたのだろうと思います。

― 学生の実態として、例年と違ったのはどういう部分だったのでしょうか。

 ひとつは、重複内定者の割合が増えたことです。10 月1 日時点で2 社以上から内定を取得している学生の割合が、2015 年度には51.1%だったのに対して、2016 年度は61.6%(就職みらい研究所「就職プロセス調査」)。これは非常に高い数値です。企業の採用意欲が高かったことに加え、就職活動期間が長かったことも影響していると考えられます。

 もうひとつは、地域差が見られたということ。例年、就職内定率の推移において地域間格差はあまり見られないのですが、今年度は「関東先行」が顕著でした(15頁、図表6)。就職内定率を月ごとに追いかけていくと、5月頃から9月頃までにかけて、他地域よりも関東の大学生の値が明らかに上回っていたのです。いくつもの要因が重なった結果ではありますが、ひとついえるのは、これは学生の実態というより、企業の採用活動が「首都圏中心」の傾向が強かったということです。

 これは定性的な情報から集約した考察ですが、今年度は全般的に企業による大学訪問が強化されているものの、その地域格差は鮮明だったようです。企業が採用活動に充てられる時間は有限。であれば都心に近い大学をこまめに回り、遠隔地は劣後に置くと考えることは容易に想像できるでしょう。あと、気になっているのは、今年度の採用活動は非常に“コンサバティブ”であった、ということです。これまでは採用競争が激しい時期は、奇抜なアイデアを駆使した採用手法等が編み出されやすいのですが、今年度はあまり目にしませんでした。それも時期変更の対応に追われた企業に「余裕がなかった」表れでしょう。

― 今年度の就職活動について、「学業優先」や「留学促進」といった本来の目的は達成されたのか、大学側の声を教えて下さい。

 今回の時期変更を評価する声として、3年次の学業が阻害されなくなったという意見があります。しかし当然ながら、その分、4年次の卒論の時期に就職活動がぶつかることになりました。それをトータルにどう評価するのか、どう対応していくのかは、今後の課題と言えるかもしれません。

 留学促進という観点については、無論、今年度のようなスケジュールが何年にもわたって定着していかなければ、政府の考える「留学生増加」といったシナリオは実現しないでしょう。

 しかし、そもそもその前提となっている、「就職活動に不利だから留学しない学生が多い」という認識は改めるべきだと思います。学生が留学に消極的になる主な理由は、様々な統計が示すように、経済力や語学力の問題です。実態として採用場面において、留学が不利に働いているかといえば、むしろトレンドは逆であるといえます。通年採用は幅広く定着していますし、留学生枠を設ける企業も増えています。その意味で、「留学生マーケット」は採用市場の中で成立しつつあります。そのマーケットで勝負できる学生は、時期的な制約をあまり受けないはずです。

 今の社会の風向きを見ても、グローバル人材を採用したいという意欲は、大手企業だけでなく、中小企業も非常に旺盛です。「留学で就職が不利になる」という思い込みをしている大学や大学生がいるならば、非常にもったいないことだと思いますね。

― 今回の時期変更に関して、「おわハラ」といった企業の焦りを物語るような現象も取り沙汰されました。企業の反応は、全般的にどうだったのでしょうか。

 率直なところ、今回の時期変更は、企業の採用実務担当者にはとても評判が悪かったと言ってよいでしょう。

 企業は、当初から2016年度採用戦線を悲観していました。2015 年の1月に行われたアンケートで、今年は「選考応募者数が減ると思う」「内定辞退者数が増えると思う」「採用活動期間が長くなると思う」「採用人数が減ると思う」と予測する企業が例年以上に多くありました(就職みらい研究所「就職白書2015」)。また、採用活動をほぼ終えた段階でアンケートをとってみると、「前年より内定辞退率が上がった」という企業が約50%、「前年より採用効率が下がった」という企業が約60%、「以前のルールが良い」という企業が75%以上に上りました(リクルートワークス研究所「採用見通し調査」)。企業からの評価は、概ね厳しいものだったといえるでしょう。

 「おわハラ」に関しては、9月1日までに企業から「就職活動の終了を求められた」学生は13.2%、「他企業への就職活動の制限となるような拘束を受けた」学生は11.7%(就職みらい研究所「就職プロセス調査」)。経年比較ができないため、はっきりとは言えませんが、「大手が後」という構造変化が起き、重複内定者の割合が高まったこと等を考え合わせれば、少なくとも「就職活動を早く終えてほしい」と願う企業は増えたといってよいでしょう。

 しかし、だからといって、それを学生に強要するような企業ばかりではありません。むしろ「おわハラ」という言葉が注目されるようになったことも相まって、企業は極めて慎重にコミュニケーションをはかっていたように思います。また、大学の就職指導の現場の方からは「学生が気にしすぎている」という話もうかがいます。「それはハラスメントでも何でもなく、企業が本当にあなたを欲しくて言っているのだから、あまり被害者意識を持たないように」とアドバイスすることも多いようです。

― 来年度、選考期間が2カ月繰り上げになるとの報道発表もありましたが、今後に向けて大学生や大学は、どのような心づもりをしておけばよいでしょうか。

 今後の企業の動きとして予測できる点はいくつかあります。まず来年度に関しては、時期変更の有無に拘わらず、企業の採用活動は全般的に早まるでしょう。なぜなら今年度、採用充足度の低い企業が多かったと見られるからです。「今年はうまくいかなかった」と認識している企業は、来年度は改善活動に努めるはずです。そうした動きは企業個々のものですし、企業の採用活動は、これまで以上に企業ごとに異なるものになっていくことも予測されます。一方で、「厳選採用」の傾向は今後もある程度続くでしょう。採用基準を緩めて、何がなんでも数だけは確保するという企業は、今後も少数派だと思われます。

 以上のような点を押さえたうえで、何かアドバイスできることがあるとすれば、まず大学生に対しては、自分の価値観や志望動機を確認するためにも、インターンシップ等の機会も活用して、実際の企業に触れてもらいたいですね。自分の方向性を決めないままオンシーズンに突入することだけは避けるべきですから、そうならないためにも必要なことだと思います。就職活動が始まると、エントリーシートの提出や適性検査等、次から次へと取り組むべきことがあります。その際にいちいち躓いてしまわないよう、準備できるものはしておくことが大切です。さらに、志望する業界や企業に関しては、うわさレベルの情報に惑わされず、自分の手で一次情報を探ってもらいたいですね。

 大学に対しては、まずは時期変更の周知徹底をきちんと行って頂きたい。しかし、また時期変更がなされたところで、産業界全体が一糸乱れず動くとは考えづらい。むしろ方向は多様化の流れといえ、またこうした就職・採用活動スケジュールは、暫く模索の時期が続く可能性もあります。だとすれば、各大学のなすべきことは、そうした「時期」のみに惑わされることなく、あくまでも各大学の掲げる人材育成の理念を就職という場面でも貫いていくことではないでしょうか。即ち、「キャリア教育」と「就職支援」をいっそう充実させる以外にないように思います。この混迷の時期にきめ細やかな就職支援はやはり必要でしょうし、頼もしい社会人へと脱皮させるキャリア教育も不可欠でしょう。その両輪をいかに活性化できるかが、それぞれの大学の存在価値を大きく変えていくだろうと思います。

【PROFILE】
岡崎仁美(就職みらい研究所 所長)
1993年(株)リクルートに新卒入社。以来一貫して人材関連事業に従事。営業担当として中堅・中小企業を中心に約2000社の人材採用・育成に携わった後、転職情報誌『B-ing関東版』編集企画マネジャー、同誌副編集長、転職サイト『リクナビNEXT』編集長、『リクナビ』編集長を歴任。2013年3月、就職みらい研究所を設立し所長に就任。