教養教育に裏付けられた、「専門性」「行動特性」の育成と証明

大学・短期大学への進学率が半数を超え、ほとんどの学生が卒業後、社会に出て働くこととなる今、大学教育は、どのような力を学生につけて卒業させることが良いのだろうか。“学ぶ”と“働く”の接続を考えるにあたっては、卒業後の学生を採用し、受け入れる側の企業の視点は外せない。本記事では、企業が採用時に、大学における学生の学びや経験に何を期待しているのか、評価するポイントや基準はこの数年で変化しているのかなど、複数の企業に取材する中で見えてきた最新状況をまとめた。

3社に1社は、大学の成績表を見ている

 日本の採用選考では大学の成績等の学業の成果を重視しないというのが長年の慣行となっているが、これは国際的に見ても珍しい。学業成績を重視しない背景には様々な事情があるだろう。大学の成績評価自体の精度に不満があるからかもしれないし、さらに言えば、大学のカリキュラムや教育方法に信頼感を持っていないのかもしれない。

 あるいは伝統的な新卒一括採用と結びついた入社後のOJTなどゼロからの育成には「真っ白で純粋無垢な人材」を企業が欲しているという事情もあるだろう。

 その結果、実際の採用では「大学の偏差値」と「人柄(ポテンシャル)」の大きく2つを指標に採用する傾向が長らく続いてきた。偏差値の高い大学出身者は地頭力、つまり学習能力が高く、論理的思考力があると見なす。一方、人柄はエントリーシートや面接を通じて判断してきた。

 しかし、そんな中でも成績表を提出させている企業もある。例えば「リクナビ2016」において、応募書類について表記している企業のうち、成績表の記載がある企業は37%となっており※、3社に1社以上は提出を求めているという状況だ。では、企業は成績表をどのように見ているのか。

※2015年10月29日時点

成績表を見る目的やポイントは、企業により異なる

 総合商社の採用担当者はこう語る。「成績表を提出させている理由は、ほかのクラブ活動やボランティア活動等と同様に、大学時代にどんなことをどれだけやったかを知る参考資料になるからだ。面接では成績を見ながら具体的に取り組んだ内容を聞くなど、本人の人となりを知るツールになる。受け答えを聞きながら、総合的に選考している」。

 また大手製薬会社の人事担当者は、成績表を学生のインプット能力の一つとして評価しているという。「大学の成績や英語のスキルレベルは見ている。何に対してどれだけ頑張ったのかという努力の結果の一つが成績評価である。しかし、こうしたインプット能力も大事だが、もっと大事なのは新しい何かを創り出すアウトプット能力であり、それは成績表では分からない。面接では何を作り上げたのか、なぜそれに取り組んだのか、その結果、自分が得たものは何かという3つの質問を繰り返していくことでアウトプット能力も確認している」。この2社においては、成績はあくまでも選考ツールの一つという位置づけだ。

 一方でより学業を重視する企業もある。大手ゼネコンの採用担当者は「理系に限らず、文系学生も成績表をベースに質問し、大学の学業など専門領域を深掘りできているかどうかを見ている。専門を極めれば、ものの見方であるとか、社会や経済の底流にある物事の本質を見抜く力が養われてくるものだと思う」と指摘する。求める人材像にふさわしい基本的な資質・能力を見極める手段として成績を重視している。

 また、一部ではあるがビジネスの必要性から学業成果を重視する企業もある。近年は職種別採用も少なくないが、大手消費財メーカーでは通常の採用枠とは別に財務・経理、マーケティングに通じた学生を採用している。

 同社の人事部長は「特別枠の採用では専門の学業能力を重視し、面接でどの程度の能力があるかを確認している。欧米企業に比べて日本人の専門能力が劣っていると感じている。一定レベル専門性を確立できなければ世界で勝負できないからだ。グローバルで活躍するには若いうちから専門性を磨いていかないと、競争に負けてしまう」と、その理由を説明する。

ビジネス環境の変化を受け、「専門性」「行動特性」への要求はより具体的に

 安定した経営の時代とは異なり、多くの企業がビジネス環境の大きな変化の波にさらされている。新たな商品・サービスを創造したりビジネスモデルを転換していくには、地頭と人柄の良い人材を採るといった従来型の選考スタイルのままではいけないとの危惧がある。そのような考え方から、専門性や行動特性をより重視した戦略採用を実施しているのが日産自動車だ。

 同社は10年ほど前からマーケティング&セールス、商品企画、開発・研究、経理・財務、人事等の職種別採用を実施している。さらに4 年前から人材要件を明確化し、各部門の担当者が直接大学の研究室やゼミ等に足を運んで学生を獲得する「戦略採用」を展開している。そこでは専門の学業成果に加えて、洞察力やリーダーシップ等のヒューマンスキルも深くチェックする。ホームページ上で募集し、面接を経て合否を判断する従来型の選考方式も実施しているが、今では戦略採用が新卒採用数の8割を占めているという。ビジネス環境の変化や市場競争の激化を背景に、単なる「良い大学」「大学の偏差値」といった指標ではなく、成績も含めた「専門性」重視の傾向が強まっているのも確かだ。また、従来の「人柄」に対しても、抽象的な要件ではなく、自社の業態や仕事・職種に求められる人材要件をはっきりと定め、それに合致した「行動特性」を備えた学生を選ぶ傾向が強まっている。ここで言う「行動特性」とは、学生が大学までの学習や活動から身につけてきた、再現性のある能力、コンピテンシーのことである。

 筆者はカレッジマネジメントにおいて2008 年から2012 年にかけて『本当に欲しい人材』という連載記事を担当し、20 の業界、60 社以上の企業を対象に業界や企業が新卒人材に求める資質・能力は何かを追及してきた。その中から、企業が求める主な能力・資質をまとめたのが図表1である。

 採用の際、各企業はこれらの要素の中から特に重視するものを絞り込み、あるいは優先順位をつけ、その能力や資質の有無を、学生の「行動特性」を通して見極めようとしている。

 それらが実際の採用現場ではどのように行われているのか、次の章から見ていきたい。

募集職種に即した人材かどうかを大学時代の学習を含めた経験や成果を“通して”判断

 アビームコンサルティングの募集職種は「コンサルタント職」。同社の人事グループ統括林崎 斉執行役員は「アビームのコンサルタントはプロフェッショナルとして、クライアント企業の変革の構想策定から実現までを支援する。クライアントのリアルパートナーとして、コンサルティングサービスを担える人材がターゲット」と語る。

 今年度の採用数は130人強。選考プロセスはエントリーシートと適性検査による事前審査と複数回の面接を経て合否を決定する。エントリーシートでは「自分で考え行動し、結果(成果)を残した最も大きな経験は何か、苦労や困難を乗り越えた経験は何か」を書かせる。適性検査では構造理解や計数処理などコンサルタントとしての基礎的能力を見ている。

 面接ではエントリーシートの記載内容を深掘りする応答を通じて「面接官の意図を汲みとり論理的な回答ができるか」「チームワークを重視し、周囲を巻き込んだリーダーシップが取れるのか」などを重視している。単に勉強ができるだけの人はいらない。「事前に周到に準備していても、コンサルティングの現場では新たな課題に遭遇する。課題解決にむけて、誠実に取り組み、クライアントの期待以上の成果を上げることがコンサルタントの使命。サービス業であるコンサルタントに求められる究極の人材要件は、クライアント、同僚、上司等、仕事をする上で関わりを持つ全ての人からリスペクトされる人材であることである。そのために自分を常に磨き続け、チャレンジを繰り返しながら自分を高めていく努力を惜しまない人、失敗しても、立ち上がって仕事に向き合える人かどうかを見ている」(林崎執行役員)。

 面接では評価シートを用意し、論理的思考力やチームの一員として成果を出せるのかといった指標ごとに評価をつける。判定は「評価点数の達成度で決めてはいない。例えばある項目では現時点では基準に達しないが、別の項目では評価できる人材であれば、次の面接に進めることは可能。面接官の裁量に任せている」(林崎執行役員)という。

 同様に面接重視で学習成果を見ているのがセブン-イレブン・ジャパンだ。ターゲット人材は、フランチャイズの加盟店に対して経営コンサルティングを行う「店舗経営相談員(OFC/ オペレーション・フィールド・カウンセラー)」候補である。店舗経営相談員は一人が7〜8店舗を担当し、加盟店のオーナーのカウンセリングや店舗に対する多角的なアドバイスを行う職種だ。

 人事部採用担当の森 信樹アシスタント総括マネジャーは「店舗経営相談員は加盟店オーナーさんの立場に立ってアドバイスを行う、当社の経営の根幹をなす仕事。

 ヒューマンビジネスが主体であり、選考ではコミュニケーションが円滑にとれるのか、相手の立場に立って物事を考えることができるかの2点を重視している」と語る。同社においては昨年、選考前に実際の業務を知ってもらう「OFC(店舗経営相談員)体感セミナー」を全国で実施した。仕事に対する理解を深めることで学生と会社のマッチング度合いを高めるのを目的とし、志望者6000人が受講した。

 選考プロセスは毎年変更している中で、昨年の面接回数は4回。エントリーシートと適性検査を経て面接に進むが、昨年は初回の面接から最後の面接まで一対一で個別に向き合う形式で実施した。

 「コミュニケーション力と相手の立場に立つ姿勢を基軸に面接するが、学生の具体的な経験や自分なりの軸についてより深く語ってもらい、論理的に話ができるのか、本人の人となりを見極めている。面接官も学生と真摯に向き合い、店舗経営相談員での体験談や苦労話等をしながら具体的な仕事のイメージを理解してもらうようにしている。学生も複数回の面接で色々な話を聞くことで店舗経営相談員の仕事に対する理解も深まってくる。選考というよりは入社前研修に近い姿勢で接している」(森アシスタント総括マネジャー)。

求めているのは、就業スキルではなくチャレンジし、失敗してそれを乗り越えた骨太の経験

 セブン-イレブン・ジャパンも面接では学生時代の様々な経験を聞いているが、特に重視しているのは「何か一つのプロジェクトを成し遂げたというスポットの経験ではなく、4年間を通して継続的に努力し、失敗してもなぜ失敗したのかを掘り下げて考え、次の行動につなげることができたのかという点。我々の仕事においても消費者のニーズは多様であり、それに応じて自分なりに考えて提案し、地道に改善を繰り返すことがカウンセリングにおいて大事だからです」(森アシスタント総括マネジャー)と指摘する。

 ただし、求める行動特性を知る手がかりとなる経験を学生の誰もが積み上げているわけではない。森アシスタント総括マネジャーは「学生に求めているのは入社研修で得られるような就業スキルではない。大学時代にしかできない、軸を持った骨太の経験であり、しかも失敗してもチャレンジし続けるような連続性のある経験をしてきてほしい」と要望する。これは学生本人だけではなく、大学教育の観点からも重要な指摘だ。

 アビームコンサルティングの林崎執行役員も「多くの学生に会って感じるのは、失敗することを恐れているのか、チャレンジした経験を持つ人が少ないように思う。失敗の中から学ぶことのほうが多いはずですし、成功者の大多数は、多くの失敗を経験している人でしょう。大学において、チャレンジングな課題を与えるのは難しい部分はあると思いますが、可能な限りその機会を提供してほしいですし、意図的に、失敗させることも経験させてほしい。失敗を次の機会に活かしていく、そうした経験がなければ国際的なビジネス競争には勝てない。」と指摘する。

人間力のベースとなる教養教育への期待も大きい

 両社に限らず、学業成果やその他の活動を含めた大学時代の学習成果に対する企業側の要望もある。大手鉄道会社の採用担当者は「学生時代には体系だった学問領域を徹底的に学ぶことが必要だと思う。キャリア教育を行うことも否定しないが、それは、決して小手先の就活テクニックを学ぶことではない。エントリーシートの書き方よりも、その根底にある論理的思考力や文章作成能力等の基本を徹底してほしい」と要望する。

 また、教養教育やリベラルアーツ教育に対する期待も大きい。セブン-イレブン・ジャパンの中田智史人事部採用担当マネジャーは「教養力が培われた学生ほどすごいなと感心することが多い。教養教育やリベラルアーツは物事を見極める視点や発想に必ず生きてくると思う。大学時代の日々の学習や経験を通してぜひ磨いてほしい」と指摘する。

 メガバンクの採用担当者も「教養教育は人としての倫理観や思慮深さ、人間的豊かさを養うなど人格形成に役立つもの。教師が一方的に教える知識の伝授だけの講義だけではなく、もっと熱く議論する場を増やしてほしい。それを重ねることで、コミュニケーション能力が身につくと同時に自分の軸を確立していくことにもつながる」と指摘する。

“働く”につながる「専門性」と「行動特性」をいかに大学教育を通して育成し、それを証明するか

 昨今の変化として、今の若年層の育成体系は、従来の様々な部署を経験してマネジメント職を育成するゼネラリスト養成型と、早期に専門教育を修得させてプロフェッショナリティを高めるスペシャリスト育成型の大きく2つに分かれている。その結果、専門性重視のポテンシャル人材とリーダー候補の行動特性を絞り込んだ選考がより鮮明になりつつあるように思う。

 大学での“学び”と社会に出てからの“働く”をスムーズに接続するためには、こうした動きに対して、大学は、正課内外の学習や経験を通して、学生の「専門性」を深化させると同時に、企業が求める人材像にもつながる「行動特性」をどのように育成するかという設計図が必要になるだろう。そして、見てきたように、企業は自社の求める人材像と学生の資質の適合性を、大学時代の学業成果や経験を“通して”見極めようとしている。選考における成績表の提出やエントリーシートに記入させるエピソード等はそのためのツールだが、単なる成績表の数字や学生の自己アピールにとどまらず、専門領域の具体的な成果や学生の「行動特性」を表現するリアルで客観的な情報を企業は求めているように思う。

 従来の、ゼミ発表や卒業論文といった専門領域のアウトプットに加え、昨今増えている企業や地域と連携したプロジェクト型の学習やアクティブラーニング型の授業、留学等を通して学生がどのような能力を身につけ、何ができるようになったのかについて、そのプロセスの評価も含めて大学がきちんと証明・保証して社会へ引き継いでいく方法を考えることも、今後は必要になっていくのではないだろうか。

溝上 憲文(人事・雇用ジャーナリスト)