大学を強くする「大学経営改革」[44] 「長期&中期計画」を活用した実践的改革アプローチ 吉武博通

ビジョンや中長期計画が有効に機能しているか

 前号では、大学を巡る直近の動きを整理し、大学改革の実行と成果が厳しく問われていることを強調したが、経営体的側面と共同体的側面を併せ持つ大学で、具体的な成果に結びつく改革を成し遂げることは容易ではない。

 多くの大学でより良き大学を目指した改革諸施策が展開されているが、学内外で変化を実感できるまでに至らないだけでなく、現場の疲弊感、軋轢や相互不信をもたらすケースも少なくない。

 次々に示される答申や報告書、種々の教育改革プログラム、他大学の取り組み事例など、改革に関わる情報は溢れ、個々の意義や自校のキャパシティを十分に考慮することなくそれらを取り入れれば、成果以上に疲弊感が生じる可能性はある。

 大学が有する力を効果的に引き出し、改革成果に結びつけるために「長期&中期計画」を活用できないかというのが本稿の問題意識である。国立大学法人は文部科学大臣、公立大学法人は設立団体の長が認可した6カ年の中期計画に基づき業務運営を行うこととなっており、それに加えて独自のプランを策定する大学も少なくない。多くの私立大学においてもビジョン(将来構想)や中長期計画を策定し、計画的に改革に取り組んでおり、それらの構想・計画をウェブ上で公開する大学も増えてきている。

 本稿では、大学改革を進めるうえで、これらの計画が有効に機能しているのか、不十分であるとすればどのような課題があるのかについて、国公立大学法人の中期計画を手がかりに論点を整理した後、大学改革を推進する上で中長期計画がいかなる意味を持つのか、固有の組織特性を有する大学でこれらの計画を有効に機能させるために何が必要で何に留意すべきかについて検討していくこととする。

国公立大学法人の中期計画システムを通して計画の意義と課題を考える

 国立・公立大学法人において、経営・教学を合わせた業務運営全般について6カ年で取り組むべき施策を明記・公表し、その実施に責任を負う中期計画システムが定着しつつあることの意義は大きい。

 部局単位での合議を基本とする共同体的性格と事務組織を中心とする行政機関的性格を有しながら運営されてきた国公立大学を、共同体の良さを残しつつ、全学的視野を強めた経営体に転換していく上で、中期計画は重要な役割を果たしており、学長・理事長のリーダーシップを支える有力なツールにもなっている。

 その一方で、課題も明らかになってきた。教育、研究、社会連携、国際化、業務運営、財務、自己点検・評価と情報公開、施設設備・安全管理・法令遵守という枠組みの中で、ともすると施策を網羅的に羅列したメリハリの乏しいものになりがちという点がその一つである。施策には本来強弱や優先順位があってしかるべきだし、施策相互の関係を含む計画の構造化が必要だが、公表資料の中にそれらの要素を見出すことは難しい。

 また、評価で不利にならないように挑戦的な施策を避けたり、減点に繋がらない無難な表現を用いたりという傾向も窺える。数値目標を含めた具体性のある計画が必要であるとの認識は深まりつつあるが、大学の業務は数値目標に馴染まないといった意識も根強い。

 近年、大学でもPDCA(Plan-Do-Check-Action)が重視される傾向にあるが、実行成果を適正に評価・確認し、有効な行動に繋げない限り、サイクルを回したとは言えない。認可と評価を受けるための計画を超えたものに昇華できるかどうかが国公立大学法人の中期計画の課題と言える。目標の賦与と評価は国・設置団体、計画と実施は法人という枠組みの中でやむを得ない面もあるが、サイクルを回す中で教育研究の質と経営力を着実に向上させるために中期計画がエンジンとして機能するメカニズムを埋め込む必要がある。

 計画への関心や関与の度合いが同じ学内でも大きくばらつくことをどう考えるかも重要なポイントである。企業等の組織では、全社・部門・個人の各レベルの目標が同じベクトル上にあり、かつ整合的であることが不可欠だが、そのことを大学という組織に全面的に当てはめることは適当ではない。そうであるべき領域と教育研究の特質を踏まえた大学固有の領域をいかに調和させるかの工夫が要る。

 また、法人化以降、計画疲れや評価疲れを指摘する声も多い。競争的資金へのシフトに伴う申請書・報告書作成業務の増大などの要因も大きいが、計画や評価に深く関わる教職員の疲弊感が増す一方で、無関心な教職員もいるという状況は健全な姿とは言えない。

競争と選別の時代を生き抜くためにビジョンと戦略は不可欠

 私立大学のビジョンや中長期計画については、ウェブやリーフレットの形で学外に公開されているものも少なくない。その情報だけで全体像を掴むことは難しく、計画の期間や位置づけ、枠組みや内容など大学ごとに異なる面も多いが、概観した限り、国公立大学法人の中期計画システムについて指摘した事柄の一定部分が、私立大学にも当てはまるように思われる。

 法人と大学のトップが別で、法人主導で計画がまとめられた場合、教育研究の現場にどう浸透させるかという問題が残るし、教学主導の計画の場合、経営資源の配分など経営としての裏付けが問われることも考えられる。このような問題を考えるうえでも、大学におけるビジョンや中長期計画の意義・目的を明らかにしておくことが必要である。

 18歳人口の減少を進学率の向上で補う時代は終わり、資金の供給元である家計や国・自治体の財政力も著しく低下している。加えて、グローバル化により国家間で人材育成力を激しく競う時代になってきた。競争と選別の時代を生き抜くためのビジョン、その実現の道筋である戦略の重要性が格段に高まってきている。

ポジショニングと経営資源配分は中長期を描くにあたっての車の両輪

 ビジョンや戦略における最も重要な要素の一つが「ポジショニング」である。機能別分化や個性化、ミッションの再定義が求められていることがそのことを象徴している。高等教育を取り巻く時代の文脈を読み、自校の強みと弱点を客観視しながら、どこに位置取りすれば、社会的存在価値を高めることができるかを明らかにしなければならない。

 先を競うように法科大学院設置を決めた発想や学生の集まりそうな学部新設に邁進する姿勢を一括りで批判できないが、戦略的思考を欠いた横並び的発想や場当たり的な判断が数多く見られることも事実である。このような発想や行動は、大学の社会的使命という観点からも、経営という観点からも望ましいものでなない。

 その一方で、自校が立つべきポジションを決め、学内外に明示することは容易ではなく、言葉で表現してみるとどの大学も似通ったものになりがちである。最も重要なことは、自校の立つべきポジションを地に足をつけて考え抜く、場合によっては走りながら考え続けるということである。

 大学の目指す方向が明らかになったら、次に求められるのは「経営資源の配分」である。長期的に収支・財務状況を見通し、持続的優位性を確立できるポジションを固めるために経営資源をいかに効果的に配分するかを考えなければならない。一定の精度の見通しを持たなければ、どれだけの資源を投入できるかの判断もつかず、必要以上に抑制的になったり、実力以上の投資を行ったりという状況を招来しかねない。

 国公立大学法人の運営費交付金や私立大学の補助金など見通しを立てにくい要素もあるが、経営資源投入の裏付けがない計画は真の経営計画とは言えない。

 特に留意すべきは長期的視点に立った人件費投入のあり方である。人件費総額を抑制しながら、教員については比較的安易に後任補充や増員を行い、その残余で職員人件費を賄うという構造になりがちである。派遣・契約職員への置き換え、アウトソーシングなどはその流れの中の施策と思われる。

 教育研究の高度化や業務運営基盤の強化のために、教員・職員という人的資源を長期的かつ戦略的にどう投入するかといった発想がこれまでにも増して必要である。

コミットメントが伴わなければ真の計画とは言えない

 大学におけるビジョンや中長期計画の意義・目的の3つめは「コミットメント」である。法人と教学、大学執行部と部局、教員と職員など、大学には異なる性格や立場を有した様々な組織と職種が存在するとともに、教育研究の特性上、とりわけ部局や教員の自主性・自律性が尊重されなければならない。

 このような特質を持った組織の運営は、時々の要請や事情で定められた複雑な規則に基づき、合議を中心に運営されており、スピード感のある改革には不向きな面がある。理事長や学長のトップダウンを強めようとすればコンフリクトが生じやすく、その解消に時間や労力を使うことにもなりかねない。

 計画にはコミットメントが伴わなければならない。計画を通して誰が誰に何を約束するかを明らかにすることができれば、各組織や個々人の責務はより明確になり、組織運営や職務遂行における自主性・自律性を高めながら、全体を一つの方向に向かわせることができる。

 例えば、法人と大学の間で教育研究について重点目標を定め、大学がその達成に向けて十分に努力していることが認められれば、法人は計画どおり経営資源を投入する。不十分と判断すれば投入を縮減する。大学と学部・研究科等の関係、学部・研究科と学科・専攻の関係、学科・専攻と個々の教員の関係も基本は同じである。

 計画は一般に、全社・事業部・部・課・社員と上から下に目標をブレークダウンしていく形をとるが、この階層構造と目標を介してヨコでコミットし合う構造を巧みに組み合わせることで、大学の組織特性にふさわしい計画体系となるのではないかと考えている。

長期計画の計画期間は10~15カ年程度中期計画は4~5カ年程度が望ましい

 ポジショニング、経営資源配分、コミットメントという3つの点に絞って、大学におけるビジョンや中長期計画の意味を考えてきたが、これらの要素を十分に意識して検討・策定することで、目標に向かって大学全体を大きく動かす力を持った計画になり得ると考える。

 ここで本稿のタイトルに「長期&中期計画」という表現を用いた理由を述べておきたい。本来は、ビジョン、戦略、計画という3つの概念を用いて論じるべきだが、大学のビジョンは往々にして抽象度の高い理念的なものになりがちであり、大学名を変えたらどこの大学でも使えると評されることも少なくない。そのために、将来像としての輪郭をより明確にしたポジショニングを意識したビジョン、経営資源配分のあり方を含む道筋としての戦略を合わせて、本稿ではあえて長期計画と呼ぶことにした。

 計画期間については、教育研究体制に本質的な変革を起こそうとすれば、定年退職や転出などで教員の一定数が入れ替わるためにある程度の時間が必要になる。その一方で、計画としての現実感も求められることから、10~15カ年程度が一つの目安になると思われる。

 また、中期計画については、企業で多く見られる3カ年は大学にとって短すぎるし、国公立大学法人の6カ年は実行計画としては長すぎることを経験的に感じており、中期計画は4~5カ年とし、それを2~3回繰り返すことで長期計画を実現するという方式が望ましいのではないかと考える。

 実際には、創立何周年など特定の年を最終年度に定める大学もあり、計画システムの定着度や事情もそれぞれに異なることから、一つの考え方として提案することとしたい。

計画策定プロセスは人材育成の場であり組織の風通しを良好にする機会でもある

 最後に、これらの計画を実際に策定するにあたっての要点を述べて本稿を括りたい。

 第一は、計画の構造を明確にすることである。大別すると全体計画、部局(学部・研究科等)別計画、機能別計画の3つの計画で構成することになり、全体計画は法人・大学が一体的に運営されているかどうかで、一つの全体計画となるか、法人と大学の2本立てとなるか異なってくる。3つの計画のそれぞれの役割と相互関係については図示したとおりである。


図表 大学における「長期&中期計画」の構造(法人と大学の一体運営の場合)


 第二は、内部環境と外部環境のそれぞれについての現状と将来を、可能な限りデータを用いて客観的に分析することである。ここでいう内部環境とは経営及び教育研究面での強みと課題であり、外部環境とは国内外の社会・経済状況、国・自治体の財政状態、地域の状況、18歳人口と進路状況、雇用環境、諸外国の高等教育状況等々である。

 第三は、どのようなプロセスでかつ誰が書き手となって策定作業を進めるかという点である。学内外の多様な知恵や意見を持ち寄ることと多数決の合議で決めることは全く異なり、後者を中心に策定作業を進めたのでは一貫性のある説得力あるストーリーは書けない。理事長・学長、部局長(学部長・研究科長)、機能部門長(財務・人事・教育・研究担当理事等)が自らの責任の下に検討チームを編成し、原案を練り上げる必要がある。理事会や教授会に適宜経過を報告し、理解と協力を得つつ最終案の承認を得ることでフォーラマイズすることになる。

 検討チームは異なる年代層の教員と職員で編成し、その中からチーム長の下で意見をまとめながら実際に書き上げる教員と職員を選ぶ必要がある。その資質を有する人材を選ぶのが計画の完成度を左右するポイントでもある。検討チームは人材育成の場でもあり、この体験を通して、専門分野や担当業務を超えた俯瞰的視野、組織を運営するための思考の枠組みなどが養われる。

 また、検討段階で理事長・学長、部局長、担当理事などが現場の教職員と対話を重ねることは、学内の風通しを良好にすることに繋がるし、実行に備えた理解活動にもなる。

 第四は、具体的なアクションに繋がるレベルにまで十分に落とし込み、かつ全体、部局・部門、実務のそれぞれのレベルで達成度を客観的に評価できる計画に仕上げておくことである。確認(Check)しようのない計画では評価もできず、PDCAを回すこともできない。

 計画は諸刃の剣でもあり、策定や評価自体が自己目的化し、実行ためのエネルギーが大きく減殺されるリスクを内在させている。そのことを強く意識しながら、自校にふさわしい計画体系の構築を目指していく必要がある。



(吉武博通 筑波大学 大学研究センター長 ビジネスサイエンス系教授)


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