大学を強くする「大学経営改革」[49] 「働くこと」のこれからを考える 〈後編〉大学の人的資源の持続的な開発に資する人材マネジメントをどう確立するか 吉武博通

教職員の意欲・能力こそ大学の競争力の源泉

 前号では、大学はこれまで働くことに正面から向き合ってきたのだろうかという問題意識に基づき、職業や雇用を巡る環境の変化と課題を、統計データと労働法制の動向などを通して確認したうえで、大学教育や大学マネジメントを問い直す契機とすべきと述べた。

 それを受ける形で、今号では、教職員の雇用や働き方の視点から大学にふさわしい人材マネジメントを確立するために何が必要か、経営学における人的資源管理の枠組みを用いて考えてみたい。

 人的資源管理は、企業経営の領域で発展してきた概念であり、ヒト、モノ、カネ、情報などの経営資源のうち、ヒトつまり人的資源をいかに確保し、育成し、効果的に活用して、企業価値の最大化に繋げていくかを目的とするものである。

 人格を含む労働者そのものを資源とするのではなく、労働者が有する潜在的な職業能力や職務遂行能力を資源とするのが人的資源管理の考え方である。人的資源を保有するのが、意思も感情もある自律的な人間であるがゆえに、他の資源の管理とは異なる考え方や方法が必要になる。

 大学は、企業以上に総費用に占める人件費の比率が高く、提供するサービスの質は教職員の意欲や能力によって決まるといって過言ではない。そうであるにも拘らず、多くの大学において人的資源管理という発想の下、体系的・計画的な人事管理が行われてきたとは言い難い。

 その背景に大学教員という職種の特殊性と学問の自由の尊重がある。一方で、教員といえども雇用契約の下、労働法制や就業規則等の適用を受けながら働く労働者であることに変わりはない。教員の側はこの2つの立場を都合よく使い分け、経営側もこの問題に正面から取り組んでこなかったという点も否めない。

 職員についても、潜在的な職務遂行能力を顕在化させ、教育研究の高度化や経営力の強化に積極的に活用していこうとする、経営としての意思や具体的な行動がこれまでは不十分であったと思われる。先行する大学もあるが、あるべき姿やそれに向けた道筋・手順を見いだせていない大学が多いように見受けられる。

能力を高め、引き出すことが人的資源管理の本質

 ここで、経営学における人的資源管理の基本的な枠組みを簡単に整理しておく。

 佐藤・藤村・八代(2011)は、人事労務管理という用語を用いたうえで、それを雇用管理、報酬管理、労使関係管理の3つの管理領域に分けて、次の通りに機能を整理している。

  • 雇用管理:採用管理、能力開発、配置・異動、労働時間管理、雇用調整、退職管理など
  • 報酬管理:人事考課、昇進管理、総人件費管理と個別賃金の決定、付加給付の管理など
  • 労使関係管理:個別的労使関係と集団的労使関係の管理

 そのうえで、人的資源の特徴は、他の経営資源であるモノやカネと異なり、時間とともに職業能力の水準や内容が変化し、その水準が低下することもあるため、人的資源の持続的な開発が欠かせないとし、能力開発機会の提供に加えて、労働者の能力開発意欲の維持・向上が不可欠と述べている。

 同書では、労働者の能力開発意欲と開発された能力の活用意欲を合わせて勤労意欲と呼んでいるが、この意欲を引き出すことが人的資源管理の重要な目的であり、報酬管理や労使関係管理がその役割を担うことになる。

 この枠組みを大学に用いる場合、教員と職員の職務・キャリア特性を考慮した検討が必要となるが、個人の主体性や自律性を尊重したうえで、能力を高め、引き出すことが人的資源管理の本質であるとすれば、根本において教員か職員かの違いはないと考えるべきであろう。

 なお、人的資源管理という用語の持つ無機質さを多少なりとも和らげるため、これ以降、タイトルにも掲げた人材マネジメントという表現を用いて議論を進めることにする。

5つの視点から雇用と働き方のこれからを考える

 雇用を取り巻く環境変化や社会的要請を踏まえると、使用者・雇用者とも、以下の5つの視点を重視して、雇用と働き方のこれからを考える必要がある。それに基づき、それぞれの組織にふさわしい人材マネジメントの確立が求められている。

 1つめは、雇用の流動性である。本年6月に閣議決定された日本再興戦略においても、「行き過ぎた雇用維持型から労働移動支援型への政策転換(失業なき労働移動の実現)」が謳われている。前号でも述べたが解雇規制の緩和は経済界からの強い要望である一方、様々な問題を抱えたテーマでもあることに留意する必要がある。

 ただ、長期雇用も大企業や官公庁等が中心であり、外資系企業や中小企業では雇用の流動性は高いといわれている。大企業でも出向・転籍や統合再編に伴う所属異動など、一社で定年まで勤めあげるケースは少なくなりつつある。

 政府が描くような雇用吸収力のある成長分野が容易に育つことは考えにくいし、長期雇用の優れた点も十分に評価されるべきだが、雇用の流動性が高まる方向に向かうことは必至と考えられる。

 2つめは、雇用形態の多様化である。とりわけ、非正規雇用の活用のあり方は引き続き重要な課題である。本年7月に公表された総務省「平成24年就業構造基本調査結果」によると、雇用者に占めるパート、アルバイト、派遣社員、契約社員等の非正規雇用の比率は38.2%と、5年前の平成19年に比べ、さらに2.6ポイント増加している。特に、雇用者に占める非正規雇用の比率が男性は22.1%であるのに対して、女性は57.5%であり、女性の活躍促進との関係を含めて、その活用のあり方や正規雇用との均衡処遇などが大きな課題となっている。

 3つめは、ダイバーシティである。女性の活躍促進、高齢者雇用、外国人雇用、障がい者雇用など多様な人材の活用が、社会的要請のみならず、組織目的実現のためにも一層重要になってきている。

 とりわけ、女性の活躍促進について、日本再興戦略は、「出産・子育て等による離職を減少させるとともに、指導的地位に占める女性の割合の増加を図り、女性の中に眠る高い能力を十分に開花させ、活躍できるようにすることは、成長戦略の中核である」と強調している。

 また、高年齢者雇用安定法は、65歳年金支給開始に対応するため、定年年齢の引き上げ、継続雇用制度の導入、定年制の廃止のいずれかの方法で65歳までの雇用確保措置を採るべきことを求めている。定年のみならず人事・給与制度の根本的な見直しが必要な課題といえる。

 4つめは、ワーク・ライフ・バランスである。女性の活躍促進をはじめ前述の3つの要素全てに関わる課題である。個人の生活の質を維持・向上させるという観点からだけでなく、仕事と生活を調和させることで、仕事の質や生産性も高まるという発想でこの課題に取り組む必要がある。

 その一方で、長時間労働とそれに伴う心身への影響は、深刻な問題として指摘され続けてきた。職場のストレスは、男女ともに、仕事の質、仕事の量、人間関係の3つの要因が上位を占めている。仕事で健康を害することは、仕事と生活の調和以前の問題である。このような現実的問題の解消なしに、ワーク・ライフ・バランスの実現はできない。

 5つめは、キャリア開発である。長期雇用の中、雇用者は使用者の用意した人材育成システムの中で、職務遂行能力を高めながら組織内キャリアを歩むのが一般的と考えられてきた。しかしながら、近年では、働く者個人が自らのキャリアをより能動的に設計し、エンプロイアビリティ(雇用され続ける能力)を高めながら、社内か社外かを問わず、自らキャリアを切り開くことが求められるようになってきた。

 そのことを重視して、従来の能力開発からキャリア開発という枠組みで人材育成システムを再構築する企業も増えている。キャリアという用語は使う者の立場や使われる文脈によって、その意図するものが異なることが多いが、能力開発からキャリア開発へという流れは強まるものと思われる。

 これらの5つ以外にも、例えば、IT革新と仕事の変容など考慮すべきことは少なくない。特に、IT化を先進国の失業問題の構造的要因に挙げる見方もある。仕事はどこまでコンピュータに置き換わり、人間が担う仕事はどう変化し、そのためにいかなる教育が必要かといった課題も視野に入れておく必要がある。


図 人材マネジメントの枠組みと視点


長期雇用の利点を活かしつつその問題を克服する

 大学における教職員の雇用と働き方のこれからを考える際にも、これらの視点は重視されなければならない。

 雇用の流動性について、大学教員はより良い研究環境を求めて大学間を移動するため、勤務する大学への帰属意識が低いといわれる。その一方で、帰属意識の問題は別にして、専門分野間、大学間、職階間で流動性に開きがあり、教授昇任以降は総じて定着率が高く、大学教員といえども年功序列的要素を含む長期雇用の傾向があることを認識しておく必要がある。また、職員については、近年、企業経験者等の中途採用も増えているが、定年までの長期雇用が概ね定着している。

 長期雇用は安心して仕事に専念でき、知識・経験も蓄積されるなど優れた面を有する一方で、人事の停滞や一定の年齢・役職に到達して以降の動機づけの難しさなど、組織活力に負の影響をもたらす面も大きい。この問題の克服は大学マネジメントの重要な課題である。

 雇用形態の多様化については、本連載(本誌164号)でも取り上げたが、現在の大学は多くの非正規雇用の教職員の働きによって成り立っており、外部委託(例えば図書館や情報システムなど)への依存度も高まりつつある。特に非正規雇用の教職員の処遇は、労働法制の趣旨に則り適切に行う必要があり、正規雇用・非正規雇用・外部委託間の分担・協働のあり方は教育研究・学生サービスの質と経営効率に深く関わっている。

キャリア意識に対する共通理解がすべてのベース

 大学は、国立大学職員の大学間異動などを除くと、転勤は少なく、季節性はあるものの、景気変動による業務量の増減なども少ないことから、仕事と生活を両立させやすい職場であるといえる。従って、職員の女性比率は高く、国公私立大学合わせた約8万人の事務系本務者の45%、私立に限れば男女ほぼ同数(平成24年度学校基本調査より)となっている。

 一方、国公私全体の女性本務教員比率は21%、教授に限ると13%にとどまり(同調査)、外国人教員比率とともに、その引き上げが課題となっている。

 このような状況の中で、役職登用を含めて女性の活躍を促し、男女を問わず仕事と生活の調和が保てる環境が整っているかについて、配置・育成・処遇、労働時間、管理監督者や職場の意識などを多面的に点検してみる必要がある。

 最後に、職員のキャリア開発について考えてみたい。大学職員のキャリア意識は、就職動機と職場内外の環境・経験により形成されるものと考えられるが、個人ごとの意識の違いは大きく、そこに人材育成や組織運営の難しさがあると思われる。就職時に抱く大学職員像は時代とともに変わってきただろうし、どのような上司・先輩の下で働いたかによっても意識は異なってくる。

 個々の職員が働くことの何に最も価値を置いているのか、それは仕事の与え方や処遇の仕方などで変わっていくものなのか、本人と上司の間で共通理解を図ることがすべてのベースとなると思われる。

有機的なシステムをどのように作り上げるか

 多くの大学が改革の名の下に様々な施策を打ち出し、展開しているが、強固な人的基盤がなければ、それらを根付かせ、大学の価値向上に繋げることはできない。人材マネジメントの確立が急務であることは繰り返すまでもない。

 教員については、自主性・自律性と教育研究の特性を尊重する観点から教授会自治が人事など重要な役割を担うことになるが、教育研究現場が抱える今日的な課題は、教員間の負担の不均衡、人事の停滞による閉塞感、管理運営業務の増大など、教授会だけで円滑に解決できるものばかりではない。若手教員が発言しにくい状況は常に起こり得るし、教員間の利害に関わる場合、部局内に摩擦や亀裂が生じることもある。

 教授会が担う採用・昇任等の教員人事以外に、人材マネジメントとして何が必要かを改めて整理し直し、それらを教授会、部局長、大学執行部、法人等がどう分担・連携しながら、有機的なシステムとして全体を整合的に機能させることができるか、個々の大学の実情に即して検討していく必要がある。

 そのために、例えば人事や教学を担当する理事の下に、専門分野・年代・職階などが異なる教員から成るプロジェクトチームを編成し、人事・教務部門等の職員が事務局となって、節目ごとに教授会の意見を聴きながら検討を進めるという方法も考えられる。

検討プロセス自体が経営層・教職員の育成機会

 職員に関する人材マネジメントについては、職員組織の規模や経営層の関心・見識などにより、大学間で差異が生じる可能性が高い。

 事務系本務者約8万人を学校数783で単純に割れば1校あたりの事務系職員は100名程度になる。大規模校は人事制度を企画できる専任の部署を持ち、独自の人材育成システムを整備することもできるが、職員数で見る限り、それが難しいと思われる大学のほうがはるかに多い。

 もちろん、規模の大小だけで育成力が決まるものではなく、経営層の関心の深さやロールモデルとなる人材の存在なども育成環境に大きな影響を与えるが、人材マネジメントをシステムとして整え、それが職員に見え、適切に運用されることで、持続的に能力を高め、引き出すことができる。

 人事制度を企画する専任部署の有無に関わりなく、教員の場合と同様に、担当理事の下、部署・年代・役職などが異なる職員を集め、先進的な大学や企業の事例なども学びながら、自校にふさわしいシステムを検討させる方法もある。節目ごとに部課長に報告し、意見を求めることで、この層の育成や意識づけに繋げることもできる。

 人材マネジメントの確立をプロジェクトとして捉えることで、検討プロセス自体を経営層や教職員の育成の機会とすることもできる。その中で、雇用と働くことのこれからを考え、大学教育の改革にも活かしてほしい。


【参考文献】
佐藤博樹・藤村博之・八代充史(2011)『新しい人事労務管理(第4版)』有斐閣



(吉武博通 筑波大学 大学研究センター長 ビジネスサイエンス系教授)


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大学を強くする「大学経営改革」[49] 大学の人的資源の持続的な開発に資する人材マネジメントをどう確立するか 吉武博通