大学を強くする「大学経営改革」[51] リーダーシップの本質を理解し、その育成の在り方を考える 吉武博通

ガバナンスの構造を変えることでリーダーシップが発揮されるようになるのか

 大学のガバナンス改革を巡る議論において、最も強調されている点は学長のリーダーシップの確立である。現在の大学は、学長がリーダーシップを発揮しにくい構造にあり、その構造を変えることで、改革を加速させるべきとの認識がその背景にある。そのために、学長の選考方法や任期の在り方、学長補佐体制、人事・予算・組織再編等に係る学長権限の在り方、学部長の選考、教授会の役割などの見直しが必要とされている。

 問題意識や方向性について異論はないが、学長のリーダーシップとはそもそも何であり、構造が変わることがリーダーシップの発揮にどれだけ繋がるのかについては、掘り下げて検討しておく必要がある。

 組織変革において、トップのリーダーシップが最も重要な要件であることは明らかであるが、前号でも述べた通り、それにふさわしい人材の育成・登用は容易ではない。学長を補佐する体制という視点からだけでなく、組織内の随所にリーダーシップを発揮できる人材を擁し、彼ら彼女らがトップの方針に逸早く反応するとともに、自らも変革の起点となる、そのような組織でなければトップやその周辺だけが空回りする、掛け声だけの改革に終始してしまう。

 リーダーシップは組織のトップなど特別な地位にある者だけに求められるものではない。学長のリーダーシップという表現も、ある時は学長に期待される役割を意味していたり、ある時は力(パワー)を意味していたり、本来の意味のリーダーシップとは異なる使われ方をしている場合が少なくない。

 学長固有の権限が限られる、教授会が強く学部が言うことを聞かないといった根強い問題意識や見直しの必要性は十分に理解できるが、学長権限が拡大し、教授会の役割が限定されれば、リーダーシップが発揮し易くなると考えるのは安易であり、リーダーシップの本質に照らしても正しい理解とは言い難い。

 そこで、本稿ではリーダーシップとは何かについて、その本質を掘り下げて検討してみたい。学長のリーダーシップを考える上で必要なプロセスであるだけでなく、部署や役職などに関係なくリーダーシップを発揮できる人材を組織内で育てるためにも重要な視点と考えている。

 また、大学教育の在り方を考える上でも、リーダーシップを巡る議論は種々の有益な視座を提供してくれる。教育目標や育成すべき人材像の中にリーダーシップを掲げる大学も少なくない。自己の自律性を高めながら、他者に働きかけ、他者と協力し合って様々な問題を解決することが求められる社会や組織にあって、リーダーシップは不可欠な要素であり、その重要性は一層高まるものと思われる。

 リーダーシップをトップマネジメントに係る問題としてだけでなく、全ての構成員が当事者として考えるべき問題として、さらには大学教育を考える上での重要な要素の一つとして検討する契機となることが本稿の目的である。

リーダーシップと力(パワー)を峻別して議論することが重要

 リーダーシップを論じるに先立ち、それと深い関わりを持ち、ともすると混同されがちな力(パワー)について、スティーブンP.ロビンス『組織行動のマネジメント』(高木晴夫訳、ダイヤモンド社2009年)に基づいて、その概念を確認しておきたい。

 同書では、力を、「AがBの行動に影響を与え、AがそうさせなければしなかったであろうことをBにさせる能力」と定義づけ、「リーダーは集団の目標を達成するために力を用い、力とはその達成を容易にする手段である」としている。

 その上で、力の源泉を公式の力と個人的な力の2つにグループ分けし、公式の力として、強制力、報酬力、正当権力、情報力の4つを、個人的な力として、専門力、同一化による力、カリスマ性の3つを挙げる。

 公式の力のうち、強制力は、例えば解雇や降格に対する恐怖心から従わざるを得ないような力を指し、報酬力は、昇進・昇給や認知など、好ましい結果を期待して従う場合の力を指す。インセンティブなどはこれに相当する。正当権力とは、公式の集団や組織の地位・役職に就くことによって得られる権力であり、その地位・役職が高ければ、同時に強制力や報酬力を得ることもできる。情報力は、情報にアクセスしたり情報をコントロールしたりすることで生じる力である。

 大学のガバナンス改革を巡る議論の多くは、この公式の力、とりわけ報酬力や正当権力などに焦点が当たっているように思われる。従って、リーダーシップの確立やリーダーシップを発揮し易い体制という表現は正確さを欠き、ロビンスの整理に基づけば、集団の目標の達成を容易にする手段について、議論をしていることになる。

 それ自体は重要であり、大学改革を加速させる必要条件と考えることもできるが、いかに学長補佐体制を強化したとしても、トップが把握できる情報は限られ、その理解力や判断力にも限界はある。だから、企業のような社長を頂点とする階層組織においても、トップダウンのみならず、ボトムアップやミドルアップダウンという様々な階層を起点とするアイデアの創出と改善・改革の取り組みが不可欠なのである。

 そのような認識に立って、次にリーダーシップとは何かについて考えてみたい。

リーダーの特性に着目した研究からリーダーの行動に着目した研究へ

 リーダーシップについては、心理学や経営学の分野で研究が進められてきたが、優れたリーダーと認められる人々の能力、資質、パーソナリティなどに着目することから研究は始まった。特性理論と呼ばれており、当初は十分な説明力を有していたとはいえないが、ビッグ・ファイブと呼ばれるパーソナリティーの5要素モデルと結び付くことで、より確かなフレームワークに発展してきたといわれている。5要素とは、外向性、人当たりのよさ、誠実さ、安定した感情、経験に開放的、というものである。

 特性理論に次いで登場したのが、行動理論と呼ばれる、有能なリーダーの行動に着目した研究である。オハイオ州立大学の研究では、リーダーシップ行動を「構造づくり」と「配慮」という2次元に集約している。構造づくりとはリーダーが目標達成や課題解決に際して、自分とフォロワーの役割を明瞭に定義して、組織をまとめて一つの方向に導こうとする行動である。また配慮とは、フォロワーの立場や状態に気を配り、励まし、元気づけるような行動を指す。

 ほぼ同時期に行われたミシガン大学の研究では、リーダーシップ行動を、フォロワーに関心を寄せる「従業員志向型」とタスクの達成を重視する「生産志向型」の2つの側面に分け、従業員志向型のリーダーの方が組織を高業績に導く可能性が高いことを明らかにしている。

 三隅二不二博士が提唱したPM理論も、リーダーシップ行動を、目標達成を意味するP(Performance)行動と集団維持を意味するM(Maintenance)行動の2次元に集約し、説明しようとするものである。

 これら3つの研究に代表されるように、行動理論は、目標や課題という仕事に直結する行動と、フォロワーへの配慮や集団の維持に直結する行動の2つの側面でリーダーシップ行動を説明するものが多く、神戸大学の金井壽宏教授はその著書『リーダーシップ入門』(日経文庫2005年)で、これを「不動の二次元」と呼んでいる。

図表 金井(2005)によるリーダーシップ研究の2軸のまとめ

条件適合理論から変革型リーダーシップ論へ

 行動理論に続き、組織の置かれた状況によって望ましいリーダーシップは異なるとの考え方に基づいて提唱された理論が条件適合理論(コンティンジェンシー理論ともいう)である。

 フィードラーは、リーダーとフォロワーの関係(フォロワーがリーダーに対して抱く信用、信頼、尊敬の度合い)、タスクの構造(目標達成に向けた手順や職務範囲の明確化の度合い)、職位パワー(リーダーが持つ権限など影響力の度合い)の3つを重要な状況要因として挙げ、フォロワーとの関係が良く、タスク構造が明確で、職位パワーも十分であれば、リーダーシップを発揮し易い状況にあるとしている。

 その逆に、リーダーにとって好ましい状況でなければ、フォロワーを強力に引っ張る達成志向型のリーダーシップ行動が有効であり、中間的な状況においては、関係重視型のリーダーシップ行動が効果的であるとしている。

 もう一つの代表的な条件適合理論がパス・ゴール理論と呼ばれるものであり、有能なリーダーは道筋(パス)を明確に示してフォロワーの目標(ゴール)達成を支援するという考え方に基づくものである。その上で、リーダーシップ行動を、指示型、支援型、参加型、達成志向型の4つに類型化し、組織の置かれた状況や成員の特性に応じて異なるリーダーシップが必要になると論じている。

 そして近年、環境変化の速度が増し、多くの組織が変革を求められるなか、組織変革を主導する変革型リーダーシップに関心が集まるようになってきた。

 コッターは、マネジメントとリーダーシップを明確に区別した上で、既存のシステムを動かし続け、複雑な状況にうまく対処するのがマネジメント、効果のある変革を生み出すのがリーダーシップとの認識を示している。両者は異なる目的を持つが、相互に補完し合う関係にあり、組織を動かす人間はマネジメントとリーダーシップの両方の責任を負わなければならないと主張する。

 コッターが考える変革型リーダーシップの要件を先の2次元で表すと、アジェンダ設定とネットワーク構築ということになる。計画・予算やビジョン・戦略を含む課題を設定し、その遂行に向けて組織内外の人々を巻き込むことが変革を主導するリーダーに求められることになる。

リーダーシップは言語化プロセスを介在させ、実践と内省を繰り返すことで身につく

 ここまで主なリーダーシップ理論の要点を概説してきたが、特性理論から行動理論を経て、条件適合理論、変革型リーダーシップ論に至る変遷、及び達成志向型(構造づくり、生産志向、P行動など)と関係重視型(配慮、従業員志向、M行動など)という2次元については、特に押さえておく必要がある。

 ただ、これらの理論はリーダーシップを一定の分析枠組みに基づいて説明することに主眼があり、考え方として理解できたとしても、これだけでリーダーシップが身につくものではない。前掲の金井(2005)において、理論と同等以上に重視されているのが、実践家が生み出す持論である。

 同書では、その例示として、ペプシコのR.エンリコ、GE社のJ.ウェルチ、ヤマト運輸の小倉昌男、パナソニックの創業者松下幸之助のリーダーシップ持論が紹介されている。

 例えば、ウェルチの持論である、①自らが活力に満ちあふれていること(Energy)、②目標に向かう周りの人々を元気づけること(Energize)、③タフな問題に対しても決断できること(Edge)、④言ったことをとことんまで実行していくこと(Execute)、という4Esと前述の理論を突き合わせてみると共通する要素もあるし、個性が表れている面もある。

 また、小倉昌男の経営リーダー10の条件では、第1が論理的思考で、以下、時代の風を読む、戦略的思考と続くが、その順番の付け方や8番目の明るい性格など興味深い。宅急便の誕生は、時代の風を読みつつ、自分の頭で論理的に考え抜き、戦略的に手を打った結果である。また、明るい性格については、内向的だったといわれる小倉氏が自らの心がけとして敢えて掲げたと解することもできる。

 金井(2005)は、自分のリーダーシップの持論を探ること、言語化して自覚すること、言語化したらその通り実践を深めることの重要性を強調する。

 リーダーシップは様々な経験の中で実践と内省を繰り返すことで身につくものと考えられる。その際に抽象的概念化または言語化と呼ばれるプロセスを経るからこそ、深く内省することができ、言語化し自覚することでより高いレベルの実践が可能となる。

リーダーシップを育て根づかせる環境は変革と高度化が求められる大学に不可欠

 リーダーシップを定義づけると、「組織や集団の目的を達成するために人々を動機づけて特定の行動や貢献を導き出そうとする影響プロセス」(塩次喜代明・高橋伸夫・小林敏男『経営管理(新版)』有斐閣2009)ということになる。人々の自発的な貢献意欲や主体的な行動を引き出そうとする点で、力(パワー)による影響力の行使とは異なる。

 確かに力でも人を動かすことはできる。しかしながら、力では金井(2005)がいう「絵を描いて目指す方向を示し、その方向に潜在的なフォロワーが喜んでついてきて絵を実現し始める」という状況は生み出せない。

 フォロワーが喜んでついてくるためには、何が必要なのだろうか。究極的には「信頼」だと考えられる。リーダーが示す方向性、道筋や手順、実行力、危機対応力、自己の利益のためでなく、組織全体の利益のための判断・行動といった点に信頼を寄せることができなければ、自発的・主体的に行動し、貢献しようとは思わないだろう。

 翻って、大学はどうか、力を用いることで人を従わせようとしていないか、力とリーダーシップを混同していないか、リーダーシップが育つ環境が整っているか、改めて確認してみる必要がある。力の意義や効用を否定するものではない。人を動かすために力は必要であるが、それに依存し続ける限り、リーダーシップは根づかない。

 日常的な改善への取り組みを含めて、より多くの構成員がリーダーシップを発揮する機会を持ち、範となる人材がおれば、直にそのリーダーシップに触れられる。リーダーシップ理論や実践家の持論を学び、経験と学びを通して得られたものを言語化し、自分なりの持論を構築する。それを互いに伝え合い、実践と内省を繰り返すことで、より高いレベルに引き上げていく。

 リーダーシップを育て、根づかせるためには、それにふさわしい環境が必要であり、このような観点から、組織・業務運営や人材配置・育成の現状を点検し、その在り方を検討することが重要である。

 これらの事柄は、学生の教育を考える上でも有益な示唆を与えてくれる。課外活動のみならず、授業に主体的に参加し、積極的に発言し対話すること、抽象概念化や言語化する能力を鍛えることなど、リーダーシップを培うために教育の場でできることは少なくない。

 リーダーシップの本質を理解し、その育成を考えることが、変革と高度化が求められる大学にとって極めて重要であることを強調し、稿を括りたい。



(吉武博通 筑波大学 大学研究センター長 ビジネスサイエンス系教授)


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