大学を強くする「大学経営改革」[54] 人事管理を確立して強い職員組織をつくる 吉武博通

職員は教員と並ぶ大学の競争力の源泉

 人材育成を担うべき大学は、その構成員である教職員の能力を十分に伸ばし、引き出せているだろうか。本連載では様々な角度からこの問題を論じてきたが、今回は職員の人事管理に焦点を当てて、現状の課題を整理し、今後のあり方を考えるうえでの視点と方法論を提示することにしたい。

 経営的側面はもとより、教育、研究、学生支援、国際化、地域・社会貢献など大学の幅広い領域において、組織的な取り組みの強化が求められる中、職員の業務は多様化・高度化し、役割の重要性は飛躍的に増している。教員と並び、大学の競争力を左右する最大の経営資源であることは言うまでもない。

 国公私立を問わず、その認識は広く共有されつつあり、SD(Staff Development)はFDと並ぶ重要な能力開発への取り組みとなっている。大学や機関・団体等が提供するプログラムも増え、自ら積極的に自己啓発に励む職員も多い。

 このような状況を、職員の能力や組織の生産性の持続的向上を通じて、大学の競争力強化に着実に繋げていかなければならないが、現状はどうであろうか。

 4年前の調査であるが、東京大学大学院教育学研究科大学経営・政策センターが、国公私立大学737校に調査票を配布し、5,909名(回収率33.5%)の回答を得てまとめた『大学事務組織の現状と将来—全国大学事務職員調査—(報告書)』(2010年6月)を手掛かりに検討してみたい。

否定意見が目立つ職場の人事制度に対する考え

 その中で、「職場の人事制度に対する考え」で注目すべき回答結果が示されている。

 回答は、「そう思う」、「ある程度そう思う」、「あまりそう思わない」、「そう思わない」の4つから選択させるものだが、「能力や適性が生かされた人事異動が行われている」に対して、「そう思う」はわずかに2.0%、「ある程度そう思う」の28.7 %を加えても、肯定意見は約3割にとどまっている。国公私で大まかな傾向は変わらないが、私立大学では肯定意見が28.8%とやや低く、「そう思わない」が27.1%を占めている。

 また、「一定のキャリアモデルが示されている」に対しては、「そう思う」1.4%、「ある程度そう思う」16.4%、「あまりそう思わない」50.4%、「そう思わない」31.1%と、否定意見が8割を超えている。国立における否定意見75.2%に対して私立における否定意見が83.9 %に上っていることにも留意する必要がある。

 この調査は、「全国の大学事務職員に、仕事やキャリア感についての実態や意識などについて尋ね、今後の大学経営における大学事務組織のあり方を検討することを目的とした」ものであり、25問の質問項目のうち、「自分の職場に対する考え」や「現在担当している仕事に対する考え」では、総じて肯定意見が否定意見を大きく上回っている。それだけに、職場の人事制度に対する否定意見の多さが際立つ。

 また、「大学運営の現状に対する印象」では、「大学の経営方針が全学で共有されていない」が7割を超え、「企画調査能力をさらに強化する必要がある」が9割近くに達している点などは留意しておく必要がある。

 組織は共通目的を実現する装置であり、その構成員はそれぞれに異なる能力、価値観、動機、パーソナリティーなどを有している。組織が掲げる目標とその構成員である個々人の目標をどう調和させるかに人事管理の本質がある。その点に重大な問題を抱えていることを本調査結果から読み取ることができる。

 仕事にやりがいを感じ、自身の能力をさらに向上させ、経営や教育研究の高度化に貢献したいと考える職員は多く、学ぶ気持ちさえあれば学内外に様々な学習機会も用意されている。その一方で、大学や上司は自分に何を期待し、どうすれば評価され、どのようなキャリアを歩むことになるのか、職員の側から見て不透明な面も少なくない。

 大学自体が大きな変革期にあることがその背景にある。国立大学は法人化から10年を経過し、部課長以上は異動官職、課長補佐以下は生え抜きという人事慣行が崩れつつあるものの、人事管理の発想を転換し、新たな枠組みを構築するまでには至っていない。公立大学も8割が法人化し、設置自治体からの派遣職員がプロパー職員に置き換わりつつあるが、キャリアモデルが明確に示されているとは言い難い。

 私立大学についても、法人化のような体制変革こそないが、理事会、教員、職員の間で、あるいは世代間で、職員が担うべき役割、求められる能力、育成のあり方などに関する認識のギャップが生じ、それが前述の調査結果に繋がっているものと考えられる。この点は、国公立大学にもあてはまる面がある。職員に期待する一方で、積極的な行動や新たな試みを出過ぎたこととして抑えるような体質も残っているように思われる。

職員が担う機能の明確化と期待する職員像の明確化

 これらの問題を解消するためには、次の2つの事柄を明確化し、立場や世代間で認識の齟齬が生じないように、大学全体で徹底し共有化する必要がある。

 その一つは、職員が担う機能の明確化である。決定権限は事柄の性格と重要性により定められるが、職員組織の責任で起案または実施するもの、教員と職員が恊働して起案または実施するもの、教員の業務を支援するもの、という3つのカテゴリーで業務全体を再整理する必要がある。

 特に、教学事項の多くは教員が合議で決し、職員はその支援や決定事項の処理に従事するという、上下ともいえる関係が続いてきたが、教員と職員がそれぞれの機能と能力を発揮し、恊働して企画し実施する方が効果的な業務は少なくない。また、支援業務も、専門性を活かした機能的な支援と、教員の指示に従う事務支援の2つが考えられる。業務の性格と職員の役割を明確化することで、当事者意識を持って能動的に判断し行動する職員が育つ環境も整う。

 もう一つは、大学が期待する職員像の明確化である。どのような大学でありたいのかを明示したものが大学の基本理念だとすると、そのために職員にはこうあってほしいと思う大学としての意思表明が期待する職員像である。育成や評価の大本となる人事管理の憲法ともいえるものである。単なる作文に終わらせることなく、全構成員が常にそこに立ち返るよう、徹底し定着させなければならない。

職員が担う機能の明確化と期待する職員像の明確化

 そのうえで、職員の人事管理を制度と運用の両面から点検し、改善・充実を進めるとともに、必要ならば抜本的な再構築を目指すべきであろう。移行期の措置や職員・組合の理解など配慮すべき点は多いが、競争力の源泉である職員の人事管理を、業務の高度化、個人のキャリア形成、経営の効率化という3つの視点から捉え直すことの意味は極めて大きい。

 検討にあたっては、採用・退職等の雇用管理、配置・異動・昇進、育成、評価、報酬、福利厚生、労働時間管理など、人事管理全体の枠組みとそれを構成する制度・施策の目的を体系的に理解したうえで、多様な意見を聴取しつつ、自校の規模や状況に即した実効性の高い案を練り上げていくことが重要である。

 また、部署、職階、年齢、性別などが偏ることなく、前述の東大が行ったアンケート結果で否定意見が多かった2項目に着目すると、人事管理の中でも、配置・異動・昇進、育成、評価などに、多くの職員が疑問を感じている様子が窺える。人事管理の根幹ともいえる部分であり、経営層、管理職層、人事部門と職員の間の信頼関係が十分に築かれていないと見ることもできる。

 人事管理は、経営の要請と個人の期待・希望を如何に調和させ、全体のベクトルを合わせていくかが問われる領域であり、全ての個人の満足や納得を得ることはできないが、より良い解を見出す努力を続けること、職員の側にその真摯さが伝わることで、組織に対する信頼も醸成されていく。

 重要なポイントは、職員に対して、①どのようにすれば評価され、より良い処遇が得られるのか、②どのようなキャリアパスが期待できるのか、を示すことであり、③部署、職階、年齢、性別等を超えて広く学習の場を整え、④人事管理に関わる経営層・管理職層・人事担当者に対する教育を徹底することである。そのうえで、⑤職員個々の貢献と処遇の均衡が図られているかを節目ごとに確認する必要がある。

職能資格制度で柔軟な役職登用を促進する

 一つ目については人事等級制度をどう設計し運用するかという課題が中心となる。人事等級制度は、当該組織における従業員の相対的な位置を明らかにし、処遇に繋げるもので、制度として確立し、運用ルールを明らかにすることで、人事の公平性を担保し、個々の従業員の成長や貢献を促すことを目的とするものである。

 人事等級制度には、能力を基準とする「職能資格制度」、職務の重要度を基準とする「職務等級制度」があり、最近では、職務等級を大括りにし、果たすべき役割に応じて等級を区分する「役割等級制度」も見受けられる。

 それぞれに長短があるが、ここでは職能資格制度について検討してみたい。この制度では、例えば、主務補、主務、主任、主事補、主事、統括主事、参事補、参事、統括参事、参与などの職能資格を設定、それぞれに能力要件と最短経過年数を定め、給与も基本部分は資格を基準に決定される。下位資格の最短経過年数を短め(例えば2~4年)に設定することで成長を促すのが一般的である(下図参照)。


図 本稿で考える職能給制度のイメージ


 この制度の利点は、給与が職能資格に連動していることから、処遇条件の変更を意識することなく、異動を柔軟に行えることである。また、ポスト制約から昇進機会が限られていても、昇格により処遇できるため、知識や経験は豊富でも組織を率いるのが不得手な人材を組織単位長以外の立場で活用できる。組織上、いかなる役割を付与するかなど工夫が要るが、一般企業では部下を持たず、担当部長や担当課長として単独で仕事をこなす社員は多い。

 その一方で、昇格運用が年功序列的になりがちという問題も指摘されているが、職能資格で序列や処遇の安定を一定程度保ちつつ、能力・適性に応じた柔軟な役職登用を可能にし、人事評価基準もより明確になるという点で、大学にとって導入のメリットは大きいものと思われる。

キャリアモデルを示し、キャリアパスを描く

 人事等級制度を整備することで、昇格というタテの序列をどう歩むかが見え易くなり、ヨコの異動も行いやすくなる。キャリアの見通しが利くようになり、選択肢も増えることになる。それを受けて大学は、前述の期待する職員像に基づき、いくつかのキャリアパスモデルを検討し、職員に示すことが望ましい。慣行に縛られたり、その時々の事情に合わせたり、一貫性のある方針で人事を行うことは難しいが、当面の課題への対応と将来に向けた職員の成長という短期と長期の視野に基づく戦略性が求められる。キャリアモデルの検討は人事の基本方針を定めるプロセスの一環でもある。

 また、職員自身も、自らの能力や適性、どのような働き方をしたいのかを考え、主体的にキャリアパスを描くべきである。ちなみに、前出の東大アンケートによると、職員の多くは将来も大学職員を続け、現在勤務する大学で働くことを希望しており、キャリアパスについては、約9割が幅広い業務を経験して、将来的に専門的な仕事をしたいと考えている。その一方で、「昇進・昇格を目指したい」は肯定意見と否定意見がほぼ半々で拮抗している。

 職員がキャリアパスを歩みながら自らを成長させていくためには、OJTを基本に据えつつ、Off-JTが補完し後押しをする学習環境を整えていく必要がある。OJTについては、日々の業務経験や職場の支援が効果的な学習に繋がっているのか、ジョブ・ローテーションが成長を促進しているのかといった点に重きを置いて、大学として職員を見守り、支援していく必要がある。

 Off-JTについては、学外で提供されている教育・研修機会に関する情報を幅広く把握・評価し、学内で用意できる研修と組み合わせ、体系性のある教育・研修プログラムを整備していく必要がある。特に、教育・研修の対象者や受講者は経験年数の浅い中堅以下の職員に偏る傾向にあり、経営層や管理職層をはじめとする中堅以上の職員が腰を据えて学ぶ機会は少ない。

 この点は、今後の教育・研修を考える上で大きな課題であり、前述の④で示した点とも深く関わってくる。中堅以下の職員の中には、学外の様々な教育・研修機会を活用し、自己啓発に励む職員がいる一方で、そうでない職員もいる。自己啓発にどう取り組むかは個人の選択の問題であるが、教育・研修機会の活用度が大きく異なることで、関心のずれや認識のギャップが生じ、組織運営に少なからぬ影響をもたらすことも危惧される。

 人事管理は制度自体も重要であるが、運用が成否を決めるといっても過言ではない。考課・昇格や異動・昇進に関わる経営層、管理職層、人事担当者への一定の信頼がなければ、職員の力を引き出し、能力の持続的向上を促すことはできない。これらの観点から、教育・研修のあり方を根本的に見直し、再整備する必要がある。

貢献と処遇の均衡を見極める冷徹さも必要

 最後に、教員も職員もその雇用のために費用が投じられていることを常に意識し、貢献と処遇の均衡がとれているかを冷徹に見極めることが不可欠であることを付言しておきたい。

 年功序列的な組織では、経験・年齢を重ねるに従って処遇水準が高まる一方で、能力は頭打ちになり、処遇が貢献を上回り、その差が拡大していく傾向にあるといわれている。経験・年齢の低い時期はその逆で、トータルでは均衡がとれているともいわれているが、ある断面で処遇に見合う貢献が認められない職員が多く、その状態が続けば職場の士気は低下するだろう。

 職能資格制度の活用で改善される面もあるが、最終的には処遇を切り下げるか、貢献度を引き上げるしかない。現実的に前者が困難であれば、処遇に見合う貢献を引き出さなければならない。それが学納金や税金で大学を運営する者の責務である。

 人間は何歳になっても知性を高め、成長することができるという研究成果も示されている。個人差は大きいと考えられるが、職員の成長と貢献という点で、注目すべき見方である。

 人事管理は人間を理解することから始めなければならない、とあらためて思う。



(筑波大学 大学研究センター長 ビジネスサイエンス系教授)


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