大学を強くする「大学経営改革」[59] 生産性向上は現在の大学における最大の経営課題の一つ 吉武博通

「時間」も重要な経営資源である

 経営資源とは、ヒト、モノ、カネと情報の4つの総称とされているが、大学においても人員、スペース、予算の配分は、学内運営の最大の関心事の一つである。

 今日、国のレベルでは、改革に積極的に取り組む大学を重点的に支援する等、予算配分のあり方が見直されつつあり、大学においても、学長のリーダーシップに基づく経営資源の戦略的配分が求められている。

 このように、競争的環境を作り出し、資源配分を重点化することで改革を加速させようとの動きが定着し、今後さらに強化されるものと思われるが、これらの動きが教育研究や経営の高度化に結びついているのか、これまでの経過も振り返りつつ、冷静に見極める必要がある。

 その際、考慮すべきは、改革を検討し実行するのは生身の人間である教員と職員であり、人員も時間も限られているという点である。確かに予算は改革を促進する有力な手段であるが、改革の形を整えることに労力と時間が過剰に使われた場合、差し引きはどうなるのであろうか。「時間」も重要な経営資源である。

「生産性」を持続的に高める取り組みが必要

 文部科学省科学技術政策研究所(現在は科学技術・学術政策研究所)「大学等におけるフルタイム換算データに関する調査」(2011年12月)によると、2002年調査で47.5%であった大学教員の研究時間割合が、2008年調査では36.1%と、11.4ポイント減少しており、それは教育時間及びサービス時間割合の増加によるところが大きいとしている。また、同研究所による「科学技術の状況に係る総合的意識調査(NISTEP定点調査2013)」(2014年4月)においても、研究時間を確保するための取り組みが著しく不十分であるとの認識が示されており、十分度を下げた理由の例として、人員削減に伴う教員等の負担の増加、組織改革に伴う各種会議等組織の管理業務の拡大、入試等各種委員の仕事の負担、優秀な研究支援者の継続雇用が困難、等が挙げられている。

 東京大学大学経営・政策研究センター「全国大学事務職員調査」(2010年6月)によると、法人化によって業務量が増えたと答えた職員は、「そう思う」と「ある程度そう思う」を足すと約4分の3にのぼる。また、日本能率協会「大学事務組織の人事・教育制度に関する全国大学調査」(2012年11月)では、回答257校のうち95%が人事・教育領域の課題として「業務の効率化・迅速化」を挙げている(「かなり重視」51.8%、「やや重視」43.2%)。

 教員も職員もやるべき仕事が増え、要求水準も高まるという状況が続く一方で、人員増も期待できないとした場合、生産性を向上させるほかに解はない。

 このような考え方に対しては、教育研究を目的とする大学に「生産性」は馴染まないとの反論が予想される。確かに、労働者1人あたり(または労働者1人1時間あたり)の付加価値としての労働生産性を前提にした場合、分母の投入量(例えば教員数や職員数)が明らかでも、分子の付加価値の測定は容易ではない。

 しかしながら、政府や家計の負担に基づき、経営資源が投入されている以上、一定の投入量(分母)でより大きな付加価値(分子)を生み出すという意識は大学においても重要である。「個々人のレベル」で、「職場レベル」で、そして「大学(全学)のレベル」で、生産性を持続的に高める取り組みが必要である。

個々人の生産性を如何に高めるか

 第一の要点は、個々人のレベルの生産性の向上である。そもそも大学教員が行う研究において、生産性は極めて重要な要素である。研究テーマを定め、先行研究に当たり、仮説を構築した後に、研究方法を検討し、調査や実験によって検証し、考察を加えて、その成果を発表するというプロセスの中には、文献・情報の収集・整理やデータ解析等習熟度によって作業時間に大きな差が生じる要素も多い。それらを短時間に終えることができれば、思索により多くの時間をあてることもできる。

 職員についても同様である。同じ業務を担当させても仕事の速さや正確さで個人差が生じることが多い。処理すべき仕事の中での優先順位づけ、個々の仕事の処理に必要な知識・スキル、判断や行動を支える考え方や価値観等が、個人レベルでの生産性を左右する重要な要素となる。

 大学であってもほかの機関であっても、組織全体の生産性を決める第一の要点は「個々人の生産性」である。故に優れた資質を持つ人材の採用とその後の教育訓練が何にも増して重要になる。

 教員の場合、採用後の教育訓練は難しく、自己研鑽に依る面が大きいため、採用時における資質と能力の見極めが特に重要になる。そのうえで、自己研鑽を促すために、大学がどう関わることができるかを考えていく必要がある。

 職員については、仕事を通した訓練(OJT)と研修等による訓練(Off-JT)の両方が必要であるが、事務職員数だけで見た大学組織は比較的小規模(26年度学校基本調査による私立大学の1校あたり事務職員数は約88名)であり、OJTかOff-JTかを問わず、教育訓練の環境を組織内で整えることが難しい大学も多いものと考えられる。個々の大学を超えた人材育成の仕組みを構築することで、これらの課題を克服する必要がある。

新たな発想で学部・学科運営を根本から見直す

 第二の要点は、職場レベルの生産性の向上である。教員組織であれば学部や学科のレベル、職員組織であれば部や課のレベルである。

 学部・学科の運営においては、規則や前例に則った手続きと教員間の公平が何にも増して重視され、業務の効率性や組織の生産性は脇に置かれることが多い。学部長や学科長が、事実上の持ち回りを含めて、短期間で交代することで、前例踏襲が優先され、改善が手付かずになってきたという面もあるだろう。それでいて教員からは「会議が多い」、「会議が長い」、「雑務が多い」といった声がしばしば発せられる。

 学校教育法の改正(2015年4月1日施行)による教授会の役割の見直しを機に、これまでの公平性に加え、生産性も重視する観点から、会議や意思決定のあり方を含めて学部・学科の運営を根本的に見直すことが望まれる。

 検討にあたって、若手教員や若手職員を中心にしつつ、助言役の教授や課長も加えたワーキング・グループを編成し、原案を練らせることも一つの方法と思われる。過去の発想に縛られることなく、新たな発想で教育研究の環境や管理運営の仕組みを考えることで、当事者意識も醸成される。

 その際の要点は、①真に合議が必要な事項を絞り込み、学部長や学科長に委ねる事項を増やす、②職員組織で対処可能なものは職員組織に任せる、③そのうえで、必要な事項は報告し、共有する、④若手教員を含めて職階に拘らず自由に意見が言える場を用意する、⑤教員と職員がそれぞれの役割を果たしながら協働して学部・学科運営に当たる、等であろう。

 学術の中心としての大学において「自由」は特に尊重されるべきだが、過去に定めた手続きや前例に縛られながら、次々に投げかけられる要請や課題に対処する中で、自由な発想や豊かな知識を育む環境が損なわれつつあることを危惧する。効率化できる部分は徹底的に効率化し、自由の基層としての時間と精神のゆとりを生み出していく必要がある。

部課長の意識と運営能力が生産性向上の鍵

 次に、職員組織における職場レベルの問題として部や課の運営について考えてみたい。ここでは、部長や課長がどれほど強く生産性を意識し、日々の運営の中で実践できるかが鍵となる。

 生産性の観点から部課長層の役割を考えると、その第一は、個々人の生産性が高まるように、人材育成の環境を整えることであろう。特に課長は、配下の職員に期待する役割と能力を見極めたうえで、仕事の与え方を工夫し、先輩・同僚による支援・助言に目配りし、研修の機会を与える等、学習を通した成長を後押しする必要がある。

 優れた経営であると世界が賞賛する企業に共通する要素の一つが、人材育成の重視である。シニアマネジャー以上の最大の役目の一つが人材育成と言い切る企業もある。

 第二に、組織として、仕事の優先順位を明確にし、力の注ぎ方に強弱をつけ、ムダな仕事を減らしていかなければならない。特に課長は、計画的な業務遂行を徹底し、上手に段取りをつけ、配下の職員が手戻りなく、円滑に仕事が運ぶように気を配る必要がある。

 部課長自身が、仕事の目的、内容、重要性を十分に理解するとともに、効果的に運営できる能力を身につけておくことが前提となる。部下から見た上司の有能さが試されることにもなる。

 第三は、仕事の適切な配分と職員間の連携・協力の促進である。同じ部内でも課ごとに忙しさが異なったり、課内でも特定の職員だけが常に長時間残業を強いられたりという状況は、どの大学でも程度の差こそあれ生じているものと思われる。また、大学の場合、時期によって業務量が大きく変動するという特質も抱えている。

 人員に余裕があれば、相互に補い合うことができるが、次々に新たな業務が加わり、業務量も増加する一方で、人員の抑制や削減が続くと、特定の仕事を一人で担当するケースが増え、量的にも質的にも協力し合うことが難しくなる。

 課長は、配下の職員の業務実態を的確に把握し、負荷バランスを考慮しながら仕事を配分しなければならず、部長は、課を超えた職務分担の組み替えや連携・協力の促進にこれまで以上に気を配る必要がある。

 第四は、動機づけである。効率的かつ円滑に仕事が進む状態は働く者側にとっても望ましいはずだが、仕事の仕方を変えることの煩わしさや心理的抵抗もあって、改善が進まないことが多い。キャリア意識や仕事に対する姿勢が職員間で異なることが、職場全体での改善活動を困難にしている面もある。

 一人ひとりが自発的に改善を重ね、組織全体としても協力して改善に取り組むという方向に、職員をどう動機づけるか。そのためには、身の回りの小さな改善を通じて、仕事を変えるとはどういうことかを実際に体験させるとともに、改善することが、組織のみならず、個人にとっても望ましい効果をもたらすことを実感させる必要がある。

 ゆとりある働き方をしたい、残業を減らしたい、学生に接する時間を増やしたい、より創造的な仕事に注力したい等、個人が望ましいと考える働き方や仕事の仕方を理解し、その実現を後押しする形で改善を促すことが重要である。そうすることで自発的に改善に取り組む姿勢が生まれ、徐々に定着していくものと思われる。

 生産性向上のための部課長の役割について、4つのポイントを述べてきた。現状からするといずれも高いハードルかもしれないが、この方向で部課長を育てることが大学業務の足腰を鍛え、生産性向上につながるものと考えている。

大学全体で「よりよく考える」ことを習慣づける

 第三の要点として、生産性向上のために、大学(全学)のレベルで何を為すべきか考えてみたい。

 まず、学術の中心である大学において生産性向上がなぜ必要なのかを明らかにする必要がある。その理由は冒頭に述べた通りであるが、そのこと自体、教育研究の本質に抵触するものではなく、自由の基層としての時間と精神のゆとりを生み出していくために不可欠な取り組みであること、生産性向上は組織のみならず個人にも望ましい効果をもたらすこと等を筋道立てて説明することが大切である。

 そのうえで、どのような取り組みを展開するかについて、全体像を明らかにする必要がある。具体的には、①生産性向上に向けた大学としての方針、②仕事を行う際の判断基準や行動基準、業務改善の視点や方法、③これまで述べてきた、教員・職員個々人に期待する事柄、学部長・学科長が取り組むべき課題、部課長に期待する役割、④それらを後押しするための全学的な促進施策、⑤全学レベルで取り組むべき象徴的な改善施策、等である。

 このうちの②については、民間企業に学ぶべき点が少なくない。なかでも「トヨタ生産方式」の思想である「日々改善」と「よい品(しな)、よい考(かんがえ)」は企業を超えてあらゆる組織に応用できる。それを具体化したものが、「5回のなぜ」(なぜを繰り返すことで正真正銘の真因を見つける)であり、「仕事を正味作業・付随作業・ムダに分ける」等である。これらはごく一部に過ぎないが、このような考え方が徹底され、改善が日々繰り返されることで、品質と効率が追求されているのである。

 ⑤の全学レベルの象徴的な改善施策としては、会議・意思決定の見直し、書類作成の見直し、組織間重複の解消、役職階層の圧縮、形骸化した業務の廃止、標準化、IT化、外部化(アウトソーシング)等が考えられる(より一般的な業務改善の視点については、日本能率協会牧野光昭氏作成の図を参照)。


業務価値向上の視点~組み合せて実施することが多い


 なかでも、会議・意思決定については、全学の会議を棚卸しし、会議の廃止、附議基準・開催頻度・構成員等の見直し、運営方法の改善等に集中的に取り組む必要がある。

 また、大学では膨大な量の書類が作成、複写、配布されている。その全ての工程で教員や職員の貴重な時間が費やされている。その一方で、ある施策について、なぜそれが必要なのか、その背景や目的、考え方、予想される効果と課題等が筋道だって記述されていることは意外に少ない。相手に意図を伝え、考えを共有することよりも、手続きや形を整えることを重視してきた結果であろう。

 生産性を向上させるということは、トヨタでいうムダをなくし、付随作業を効率化し、正味作業に集中することで、ヒトと時間という限られた経営資源を有効に活用することである。そのためには、教育研究のみならず大学業務のあらゆる場面において、「よりよく考える」ことを習慣づける必要がある。


 トップやその周辺のスタッフが新たな指示を出したり、組織や制度を変更したりする度に、現場では一定の業務が発生する。国も同様であり、政策が打ち出される度に、大学には新たな業務が発生する。これらが繰り返されると、現場の負荷は増大し、成員の疲弊感や組織の活力低下をもたらすことになる。

 「時間」は有限の資源である。新たな仕事を処理するためには、それに見合う仕事の廃止または効率化が必要である。このようにして仕事を入れ替えながら、教育研究の高度化や経営力の強化を進めていかなければならない。生産性向上は現在の大学における最大の経営課題の一つである。



(吉武 博通 筑波大学 ビジネスサイエンス系教授)


【印刷用記事】
大学を強くする「大学経営改革」[59] 生産性向上は現在の大学における最大の経営課題の一つ 吉武博通