大学を強くする「大学経営改革」[61] 社会から支持される大学であるために─仕事との関係における大学教育の意義と課題─  吉武博通

ステークホルダーとの対話の積み重ねが不可欠

 前号では高等教育の費用負担問題を取り上げたが、家計や財政の現状を踏まえると、個々の大学の存続や大学システム自体の持続可能性の確保のために、社会の支持が一層重要になってきたことは言うまでもない。

 その一方で、大学と社会の対話は多くの場合、それぞれの主張を述べ合うだけであったり、印象論や抽象論の域にとどまったり、噛み合った議論が十分に展開されているとは言い難い。大学自体が多様である上に、何をもって社会とするのかも、論じる内容や文脈によって異なる。

 高等教育に関する政策が次々に打ち出され、国公私立を問わず、大学はそれに翻弄されている面も否めない。リーダーシップの発揮を求められる学長は、国の政策動向を学内に伝え、それに沿った改革を促そうとする。役職教員や幹部職員等にはその意思が多少は伝わるものの、現場に行けば行くほど何のための施策かの理解も不十分なまま、ただ忙しく働かされているといった感覚だけが増していく。このような状況が際限なく繰り返されているように思えてならない。

 国の政策の背景には、財政当局や産業界等からの強い要請があると言われている。しかしながら、産業界の声とされる事柄も、個別に経営者の話を聞くとかなりニュアンスが異なっていることが多い。業種、規模、経営者個人の考え方等によって、大学に対する期待や要請が異なるのは当然である。

 むしろ、個々の大学がステークホルダーである多様な主体と直接に対話を重ね、五感をもって社会の様々な問題を感じ取らなければならない。対話を通してそれぞれの主体による大学への理解も深まる。このような地道な対話の積み重ねなくして、社会に支持されることは難しい。

大学の在り方を問い直す2つの大きな改革

 現在、国のレベルにおいて大学の在り方を問い直す2つの大きな改革の検討が進んでいる。一つは「高大接続システム改革」であり、もう一つは「実践的な職業教育を行う新たな高等教育機関の在り方」に関する検討である。

 「高大接続システム改革」については、2013年10月の教育再生実行会議第四次提言や2014年12月の中央教育審議会答申を受けて、現在その具体的方策の検討が進められている。その目的は、義務教育段階を基盤として、高等学校段階以降の教育において、「学力の3要素」である、①十分な知識・技能、②それらを基盤にして答えのない問題に自ら答えを見出していく思考力・判断力・表現力、③これらの基になる主体性を持って多様な人々と協働して学ぶ態度を、一人ひとりの生徒・学生に身につけさせることにある。

 そのために、高等学校教育改革、大学教育改革、大学入学者選抜改革をシステムとして一体的に行うとした上で、アドミッション・カリキュラム・ディプロマという三つのポリシーに基づく大学教育の質的転換や認証評価制度の改革、個別大学における多面的・総合的評価による入学者選抜方法、「大学入学希望者学力評価テスト(仮称)」の導入をはじめとする諸施策が検討されている。

 本改革の前提となる問題意識や基本的な考え方について理解を示しつつも、限られた時間の中での制度設計や実現可能性に懸念を示す声は少なくない。

 「実践的な職業教育を行う新たな高等教育機関の在り方」については、社会や産業の急速な変化に伴う人材需要に即応した質の高い職業人の育成という点において、現行制度上の学校種だけでは限界があるとの認識のもと、社会人の学び直し需要や地方創生への対応等の観点も踏まえ、高等教育体系を多様化し、実践的な職業教育を行う新たな高等教育機関の制度化を図るものである。

 現在、大学体系の中に位置付ける方向で、目的、教育内容・方法、修業年限、学位・称号、質の保証システム等、制度化に向けた検討が行われている。

 本改革に関連して、経済同友会は2015年2月27日付で公表した意見の中で、「現状の学術重視型の大学を頂点とする一つ山構造から、実践的な職業教育を提供する実学重視型の高等教育機関を大学またはそれに相当するハイレベルなものとして位置づけ、二つ目の高い山を成長させていくことを目指すべき」との考えを示している。

 「学術重視型の大学を頂点とする一つ山構造」という現状認識の妥当性、「実践的な職業教育」の具体的な内容、二つ山構造とすることの意味と問題等、議論を尽くすべき事柄は多いが、職業能力の育成について、現在の大学教育に対する根強い不満があることは明らかである。

経済成長への貢献に対する期待にどう向き合うか

 これらの背景にあるのは、厳しい時代を生きるこれからの世代に「生きる力」を身につけさせること、国内需要の縮小とグローバル化が進む経済において国の成長力を確保すること、そのために教育改革は待ったなしであること、といった強い問題意識である。

 国の成長力について、経済指標の推移を確認すると、1995年時点で世界経済の17.2%を占めていた日本の名目GDP(ドルベース)は、2013年において6.5%となり、同時期に中国は2.3%から12.1%に急成長を遂げている。

 また、一人当たり名目GDP(円ベース)の国別比較において、日本は1995年度の世界3位から2013年度は19位まで大きく順位を下げており、同時期に、雇用者報酬も270兆円から248兆円に減少している。

 成長には、環境・資源問題、過度な競争や利益追求等負の側面も少なくないが、財政及び社会保障システムの持続可能性、社会活力の維持、国際社会でのプレゼンスの確保などを考えると、適度な速度での成長は今後も必要と思われる。

 経済成長を支える3要素のうち労働投入量と資本投入量の増加が期待できない中、全要素生産性(TFP:Total Factor Productivity)をいかに高めるかが問われており、そのために政府は、成長戦略において、イノベーションの促進や人材力の強化等を打ち出し、大学にも一層の貢献を求めている。

 言うまでもなく、大学における教育研究の目的は経済成長への貢献にとどまるものではない。個人の精神的豊かさ、社会の文化的豊かさ、人類社会の未来を拓くことへの貢献は大学の大きな使命であるが、成長なしにその活動を支えることが一層難しくなりつつある現実も踏まえておく必要がある。

変革の担い手となり得る人材への期待が高い

 マクロからミクロに視点を移し、大学卒業後の最大の進路先である企業が、実際にどのような人材を求めているのか、具体的に見てみたい。

 本誌が2008年5-6月号から2012年9-10月号にかけて連載した「本当に欲しい人材」は、20の業界をとりあげ、ジャーナリストの溝上憲文氏が合計60社以上の人事担当者へのインタビューを通じて、企業の求める人材像と能力要件等を業種ごとにまとめたものである。多少時間が経過しているものの、企業の生の声を集めたものとして興味深い。

 まず、多くの業種・企業が、経営環境に関する認識として、国内市場の縮小や成熟化、新興国を中心とする海外需要の拡大、国内外における競争の激化、の3点を挙げている。その上で、顧客のニーズを探り、従来の発想にとらわれない新たなビジネスモデルを構築し、スピーディに実行すること、加えてこれらの活動を世界各地でグローバルに展開することを、主たる経営課題として挙げている。

 求める人材像についても、「過去の延長線での経験や価値観では判断できないようなビジネスの変化に対応する新しい価値を生み出す力」(エレクトロニクス業界)、「モデル自体を変革し、新たなビジネスモデルを考え、それを実行するリーダーシップを持った人材」(百貨店業界)等、変革の担い手となり得る人材への期待が大きい。

 また、「事業投資の観点から金融知識など非常に幅広いスキルが要求されてきており、多岐にわたる事業のどこに行ってもビジネスを作れる人材が求められている」(総合商社)、海外ビジネスを担える人材として、「生産技術やマーケティングができる人、あるいはM&A等のプロジェクトを率いていく能力をもった人材をいかに確保・育成していくか」(化学業界)等、事業をグローバルに展開する上で、より高度な知識・スキルを重視する傾向も見られる。さらに、「海外であっても日本と同じように仕事ができる人」(建設業界)、「言語能力はもちろんのこと、ストレス耐性や異文化を受容できる柔軟性等の素養を持っている人」(化学業界)であること等も重視されている。

 従事者が増加するサービス業では、「何より人と接することが好きというホスピタリティ精神を持った人であることが第一条件」(フィットネスクラブ業界)、「パート、取引先の派遣社員など雇用形態が異なる人達との協働」(百貨店・流通業界)、「入店状況や雨が降った場合の対応、アルバイトが欠員となる場合の採用等常に先手を打って対策がとれるかどうか」(外食業界)といった点も重視されている。

 これらを含めて、各企業が重視する要素について、上記連載に登場するキーワードで並べてみると、

  • 自立(律)、主体性、能動性、成長意欲、目的意識、前向き、情熱、熱意、気概、チャレンジ精神
  • 好奇心、探究心、夢中になる、学ぶ意欲、問題意識、情報収集力
  • 論理的思考、本質を見抜く、考え抜く、多面的に捉える、全体を俯瞰、豊かな発想、クリエイティビティ、仕組みを構築する構想力
  • プライオリティ、判断力、決断力、機転の良さ
  • 行動力、スピード、根気、最後までやり抜く、使命感、責任感、バイタリティ、ストレス耐性
  • 共感、人望、顧客からの信頼、周囲を巻き込む、協力・協働、チームワーク、コミュニケーション、伝える力と聞く力、ネットワーク
  • 誠実、思いやり、公正、倫理観、善き市民、多様性の尊重、ワークライフバランス
  • 異文化受容、言語能力、グローバル対応力
という8つのカテゴリーに大別することができる。

企業で大きく成長できる人材の輩出を求めている

 このインタビューはいわゆる大企業を中心に行われているため、中小企業を含めた全体的な傾向を、労働政策研究・研修機構(2013年12月)「構造変化の中での企業経営と人材のあり方に関する調査」結果に基づき確認しておく。

 この調査の有効回収数は2783社で、雇用者300人未満の中小企業が約6割、300人以上1000人未満の中堅企業が約3割、1000人以上の大企業が1割弱である。この中で、競争力をさらに高めるため強化すべきものとして最も多くの企業が挙げたもの(複数回答)が、「人材の能力・資質を高めるための育成体系」(52.9%)であったという点に注目したい。

 また、正社員にこれまで求めてきた能力・資質と今後求めるものを問うた質問(複数回答)では、これまでは、「専門的な知識・技能、資格」(62.1%)、「業務を完遂する責任感」(61.9%)、「組織協調性、柔軟性、傾聴・対話力」(56.4%)の順であったのに対して、今後求めるものでは、「リーダーシップ、統率・実行力」(52.1%)、「専門的な知識・技能、資格」(49.9%)、「業務を完遂する責任感」(49.7%)の順になっている。いずれもポイントを低下させているが、「ストレスコントロール力」、「事業や戦略の企画・立案力」、「新たな付加価値の創造力」等は位置づけを高めている。

 企業は人材育成の余裕をなくし、即戦力を求めており、大学にも即戦力の養成が期待されるとの主張がなされることが多い。確かに即戦力を期待する企業も少なくないが、大企業のみならず中堅・中小企業も含めて人材育成を一層重視する傾向が表れている。その中でどれだけ大きく成長し、変革や事業創出を担う人材として活躍できるか、その可能性の高い人材の輩出を大学により強く期待しているように思われる。

自校の教育に今何が求められているのかを問い直す

 このような要請に大学教育はどう応えていけばよいのだろうか。

 大学の規模、学部・学科構成、選抜性の高さ、学生の意識・学力等によって、どのような教育を提供できるか、いかなる教育が有効かは大きく異なる。

仕事との関係において大学教育が何を重視すべきか(概念図)

 企業が重視する要素についても、大学で習得した方が良いものと、仕事を通じて身につくものがあり、大学では前者の能力と後者の土台となる基礎力を養うことに重点を置くべきであろう。

 このような前提で、仕事との関係において大学教育が何を重視すべきか、これまで整理してきたことを基に考えると、その第一は、好奇心・探究心を養い、興味・関心の幅を広げ、自発的に学ぼうとする意欲を引き出すことである。「面白さを知る力」と言い換えることもできるが、与えられた仕事に主体的・能動的に取り組むためにも、仕事に意味や面白さを見出すことが不可欠である。

 第二は、思考力を養い、論理的思考、俯瞰的視野、本質を見抜く力、考え抜く習慣等を身につけさせることである。仕事の表層だけを理解して、処理を繰り返すだけでは、顧客や周囲からの信頼は得られない。従来とは異なる発想で新たな価値を創出するためにも、物事を多面的に捉え、深く掘り下げて考えることが必要である。

 第三は、行動と協働の機会を用意し、体験を通して仕事における行動と協働のための土台づくりをさせることである。これらの力が本格的に身につくのは実際の仕事を通じてだが、その段階への円滑な移行のためにも、大学段階での体験は有効であろう。

 第四は、仕事をすること、他者と協働すること、社会で生きること、生涯を通して成長すること等について、その意味や重視すべき事柄を考えさせた上で、大学で学ぶことや社会で仕事をするにあたっての目的意識を醸成することである。

 第五は、グローバル化やIT化等、急速に変化する社会に目を向けさせ、その中で何を重視して生きるべきかについて考えさせることである。それを通して、倫理観、多様性の尊重、異文化受容等の重要性も理解させていく必要がある。

 とりわけ、第一と第二については、それを身につけるのに大学ほどふさわしい場所はない。その役割が果たせていないとすれば、高等教育機関として存続する意味はない。最大の問題は、学ぶことの面白さと考えることの大切さを伝えることのできない教員にある。その役割を果たしている教員もいるが、不十分な教員も多い。

 目新しい施策を次々に取り入れて、消化不良に陥るよりも、自校の教育に今何が求められているのかについて、教員と職員が協働してその根本を問い直すことこそ求められているように思う。



(吉武 博通 筑波大学 ビジネスサイエンス系教授)


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