理系学生の就職・採用の新たなスキーム 加茂倫明

産学連携の人材育成を実現するためのプログラムの開発・整備や、個別の研究室の研究内容に関する企業に向けた情報発信等が求められる


図 戦略の基本理念
株式会社POL 代表取締役CEO
加茂倫明氏
灘中学校灘高等学校卒業。東京大学工学部3年休学中。 高校時代から起業を志し、
国内外3社での長期インターンを経て、2016年9月に株式会社POLを創業。
株式会社POLは、主に理系の大学院生を対象としたスカウトサービス「LabBase」を運営。
登録している学生数は2023年卒の学部3年・修士1年合計で1万4000人以上(累計4万人以上)。導入企業数は400社以上。


 理系学生の就職や採用に関して、今、何が課題となっていて、それに対してどのような動きがあるのだろうか。理系学生に特化してそれぞれの研究内容に関する独自のデータベースを作成し、企業が自社の求める専門性を持つ学生を検索してアプローチできるスカウトサービス「LabBase」を運営する株式会社POLの代表取締役CEO、加茂倫明氏に話を聞いた。

専門性のマッチングに大きな課題がある

 理系の新卒採用においては、大手企業を中心に「修士以上」が条件とされているケースが多い。そのため、文系学部と比較すると遥かに大学院進学率が高く、理学部や工学部等の学生は、平均すれば4割程度、国立大学や私立上位層の大学に限定すれば6~9割が修士に進学している。修士課程や博士課程で研究に取り組んできた大学院生は、当然ながら研究対象となる分野に関して一定の専門性を持っており、企業にとってもそれは魅力であるはずだ。しかし、現状の新卒一括採用システムの下では、個々の学生が持つ専門性と、企業が求める専門性とのマッチングが十分に実現できていないことに課題があると加茂氏は指摘する。

 「大学院での研究はピンポイントのテーマに取り組むことが多いため、それをそのまま就職後の業務で活かせるケースは現状では少ないです。では、企業側はどのような観点で学生の専門性を評価しているかというと、その分野に関する素養であるとか、研究を通して獲得した問題解決能力、論理的思考力を見ていることが多いですね。新卒一括採用の下では、このように求める専門性の抽象度を高くせざるを得ず、ざっくり網を掛けるような採用になっているのが現実です。そうなると、学生が研究を通して身につけた専門性と企業、特に現場が求める専門性とのマッチングの精度はどうしても低くなってしまいます。この課題は以前からあり、今も全体的に見れば、状況が大きく変わっているとはいえません」。

AI、DS等の分野以外でも、新たなジョブ型採用が進む可能性はある

 ただし、今、メンバーシップ型雇用からジョブ型雇用への移行を志向する企業が増えている中で、一部の職種の採用においては明確な変化も起きているという。

 「今、多くの企業にとってDX(デジタルトランスフォーメーション)は喫緊の課題ですが、対応できる人材はまだまだ少ない。そのため、ここ2~3年の動きとして、データサイエンス、AI等の情報系の分野に関しては、枠を設けて、ジョブ型採用を導入する企業が増えています。その場合は、企業側も大学院での研究内容を評価しますし、高度な専門性を持つ学生を年収1000万円で採用する企業等も出てきています。学生も大学院で研究してきたことを直接業務に活かせますから、専門性のマッチングがうまくいっているケースといえます」。

 このように、あくまで分野限定でジョブ型採用が動き始めているというのが現状だが、この流れは他の部門・職種にも波及していくのだろうか。

 加茂氏は、様々な課題はあるものの、情報系以外の理系分野でも、今後はジョブ型採用が加速していく可能性は十分あるという。

大学の研究も企業の研究開発も“ニッチの集合体”

 「大学の研究室における研究も、企業の現場における研究開発も“ニッチの集合体”です。学生が大学院での研究を活かせる職場も、企業の現場が求めるピンポイントの専門性を持った学生も、それぞれ丹念に探せば見つかる可能性はあるのです。しかし、企業側は、人事部を主体とした採用活動に個々の現場のニーズを反映し切れていない傾向があります。人事部は、機械系の採用でも、情報系の採用でも一括して同じメッセージを発信していますから、学生は就職後の仕事を具体的にイメージしづらい。また、学生側も、現状では自分が取り組んだ研究に関して整理して提示する手段も機会もないので、マッチングがうまくいかないのです。このニッチとニッチがダイレクトに合致することは少なくても、ある程度近い領域同士で結びつけていくことは十分可能で、そのようなジョブ型採用の新たなスキームが浸透していけば、よりマッチングの精度を高めていくことはできます。当社のスカウトサービスもまさにそこを志向しています」。

 企業にとっては、個々の現場が必要としている人材を効率的に採用するためには、ジョブ型採用の導入は合理的な選択だ。しかし、欧米のようなジョブ型雇用への完全な移行は、組織全体の大改革を必要とするうえ、日本人の国民性やもともと日本企業が持っている強みとはなじまない面もあるといわれている。つまり、多くの企業にとっては、従来のメンバーシップ型も残しつつ、ジョブ型とのハイブリッドをいかに図っていくかが現実的な課題。既存社員を含む組織改革は難しい舵取りが必要となるため、今後どのようなペースでジョブ型雇用が拡大していくかは不透明な面もある。しかし、専門性が明確な理系の新卒採用に関しては、比較的ジョブ型への移行は進めやすいだろうと加茂氏は見ている。

学生も仕事への専門性の活用を重視

 では、学生側は大学院で獲得した専門性を仕事に活かすことに関してどのように考えているのだろうか。

 LabBase がHR総研と共同で行った「2022年卒理系院生の就職活動動向調査(2021年1月)」によると、「仕事内容に自身の専門性を活用することの重要度」に関して、「重要である」「やや重要である」と回答した学生は、合計で74%に上る(図1)。また、「活かしたい専門性の内容」については、「これまでに培ったPCスキルや論理的思考力等を活かしたい」が37%と最も多いが、「学部や大学院での専攻で培った知識を活かしたい」(32%)、「研究活動で培った知識や経験を概ねそのまま活かしたい」(19%)との回答も一定数に上っている(図2)。このように、PCスキルや論理的思考等、汎用性の高い力のみならず、自身が取り組んできた学びや研究に関する個別性の高い専門性を仕事にも活かしていきたいと考える学生も決して少なくない。つまり、ピンポイントのマッチングに対するニーズは企業のみならず、学生の側にもあることが分わかる。


図1 仕事内容に自身の専門性を活用することの重要度、図2 活かしたい専門性の内容


ダウントレンドにある学校推薦制度

 ところで、理系の学生の就職の主たるチャネルとしては学校推薦制度をイメージする人も多いだろう。教授が研究室に所属する学生を企業に推薦する推薦制度は、ある程度精度の高いマッチングを実現できる仕組みではある。しかし、トヨタ自動車が、2020年に技術系新卒採用での学校推薦を廃止したことを受けて、POLが理系人材の採用を担当する人事を対象に実施した調査によると、同制度は明らかにダウントレンドにある。

 図3に示したように、既に59.6%の企業が、「推薦制度を利用していない」と回答。また、実施している企業に関して、応募人数の増減を尋ねたところ(図4)、「変化していない」が47.5%と最も多いが、「3年ほど前から増加している」との回答は12.5%にとどまり、「減少している」との回答が合計で40.0%に上った。


図3 推薦制度の利用状況、図4 推薦経由での応募人数の変化


 「推薦制度は、学生にとっては、就職活動に時間や労力をかけずに就職できるというメリットがあります。また、企業も、既に採用実績がある研究室の学生であれば、学生の専門性が分かるのでマッチングの精度を高めやすいですし、研究室とのパイプも構築できます。一方で、学生にとってはデメリットもあります。推薦を受けた以上、大学や教授と企業との関係もあって辞退しづらいですし、推薦先はどうしても大学や教授とつながりがある企業に限られますから、魅力的な新興企業等が選択肢に入らなくなる。そのため、推薦制度に頼らない学生が増えているというのが現状です」。

 主体的に就職やキャリアを考える学生が学校推薦制度を敬遠するようになると、企業にとっても同制度は魅力的なチャネルではなくなってくる。多様な学生を採用するという観点からも、採用における推薦制度への依存度は今後も低下していく可能性が高いと見られる。

企業は採用への現場の関与が重要に

 こうした背景もあり、前述のようにマッチングのための新たなチャネルの拡大が求められるようになるわけだが、ここで企業側にとって重要になるのが、採用における現場の関与度を高めることだと加茂氏は指摘する。

 「企業の採用には『アトラクト』と『見極め』という2つの側面があります。今までアトラクトの部分は人事が発信していましたが、それだと前述のようにメッセージが大括りになってしまう。自分の専門性を活かしたいと考えている学生に事業や仕事の魅力を正しく伝えるには、各現場の社員が個々の事業や仕事の魅力であるとか、求められる専門性や具体的なジョブの定義等をきめ細かく発信して学生に届ける必要があるでしょう。また、応募してきた学生の専門性の見極めに関しても、当然、人事よりも現場のほうが分かりますから、こちらの関与度も高めていく必要があります」。

 この方向性で採用活動を行っていくとなると、既存のスキームでは限界がある。テクノロジーを活用したスカウトサービス等の新たな手法を導入すれば、欲しい専門性を備えた個々の学生に対して、ピンポイントにカスタマイズした情報を届けることも可能となり、現場の負荷を高めることなく、採用活動への参入を促すことができるという。

学生が企業現場の技術者・研究者と共に実務に関わる仕組みも有効

 さらに、加茂氏は、その先にある新たな採用スキームの可能性も示唆する。

 「例えば、フランスでは、博士課程の学生が、同時に企業にも在籍し、研究と関連する実務を経験しながら、アカデミックな研究にも取り組むという仕組みがあります。それ以外にも共同研究や長期インターンシップといった方法もあるかと思いますが、学生の段階で企業現場の技術者・研究者と共に実務に関わることで、学生は仕事を、現場の社員は日常業務の中で学生の専門性を見極めることができます。そのうえでマッチングを図れば、より精度は上がります。いずれ理系の専門人材の採用は、このようなかたちに変わっていくのではないでしょうか」。

 大学には、今後そのような産学連携の人材育成を実現するためのプログラムの開発・整備や、個別の研究室の研究内容に関する企業に向けた情報発信等が求められる。また、学生に対しては、大学院での研究が仕事に直接活かせる道があることを前提として、自らの研究内容を整理し、プレゼンテーションできるよう指導することも大切になってくるだろう。

 理系人材の就職・採用はまさに大きな変化の途上にある。企業にも、大学にも、学生にも、変わりゆく先を見据えた取り組みが求められている。


(文/伊藤 敬太郎)


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