時代を見越した新学部設置で志願者増へ/椙山女学園大学

 椙山女学園は1905年、椙山正弌・今子夫妻によって名古屋裁縫女学校として開学し、「女子により高い教育機会を」提供することを理念として発展してきた。現在では、幼稚園、小学校、中学校、高等学校、大学、大学院を擁する総合学園であり、大学は日本の女子大で最多の7学部10学科で約5500名の学部学生が学んでいる。

 開学100周年を迎えた2005年以降も、2つの新学部を設置し、志願倍率も伸びている。どのような戦略によるものなのか。成功の秘訣は何か。椙山正弘理事長にお話を伺った。

相次ぐ学部・学科の新設・改組で志願者増へ

 図表1に学部学科の変遷を示した。女性のライフスタイルや価値観の多様化に対応して、特に1980年代後半以降に学部改革が熱心に行われてきた。1987年には学際学部である人間関係学部を日進キャンパスに日本で最初に設置した。この学部は、早稲田の人間科学部、上智の比較文化学部と同時期に、3大学3学部のみに認められた最初の学際学部であり、中でもこの人間関係学部が最も早く認可された学際学部のパイオニアで、多くの大学でこうしたタイプの学部が増えるきっかけにもなった。その後も1991年には家政学部を生活科学部に改組、2000年には短期大学部を発展的に改組転換した形で文化情報学部を開設、2002年には生活科学部生活社会科学科を現代マネジメント学部に、文学部を国際コミュニケーション学部に改組した。学部学科の再編や名称変更によって、将来目指すべき道を高校生にわかりやすく提供している。


図表1 学部学科の変遷


 椙山理事長は2005年から理事長に就任し、再び、学部・学科の新設や改組が始まった。2007年には教育学部を新設した。従来の学部で教員免許状を取得する場合、中学校・高等学校に限られていたが、保育園、幼稚園、小学校の教員養成の道も開いた。同年、生活科学部の食品栄養学科を管理栄養学科に名称変更し、管理栄養士養成に特化するようになった。2010年には看護学部も開設するなど、特定の職業に明確につながる専門的学部の新設が相次いでいる。このように同大学は、常に、社会の流れや時代の変化に対応して、大学改革を行ってきたことがわかる。また、現在、設置申請中であるが、2011年には文化情報学部に新しくメディア情報学科(仮称)を設置する予定である。文化情報学部の入学定員は現在200名だが、2学科で120名ずつ、合計40名の入学定員を増やす予定だ。

 こうした学部・学科の増設・改組は志願者の獲得という目に見える成果にもつながっている(図表2)。理事長が着任した2005年には大学全体の志願倍率は3.6倍であったが、今では4.8倍へと伸びている。とりわけ最近、新しく設置された教育学部と看護学部の人気が高く、最新の志願倍率がそれぞれ8.7倍、6.7倍と順調なスタートを切っている。


図表2 学部別の志願倍率の推移


危機感から攻めの姿勢で学部設置へ

 これほど多くの志願者を惹きつけている教育学部と看護学部の設置は、どのような背景で進められたのか。理事長に着任した2005年頃は、図表2を見ても明らかなように志願者数が落ち込んでおり、「立てなおさなければ」という強い危機意識をいだいたことが大きいようだ。学内では、定員を減らして当時の学生数を保つ努力をしたほうが良いという消極的改革案を考える教職員もいたが、攻めの姿勢でやろうと方針転換を図り、どうしたら大学を良くできるのかを考えて相次ぐ新学部設置を進めてきたのだという。

 教育学部設置については、長い間、政策によって制限されており、設置ができない状況であった。しかし、団塊世代の先生方の一斉退職、少人数教育のための加配といった背景で教員不足が起こり、2005年3月、新たに教育学部を設置できるよう制度改正が行われた。こうした社会と学生のニーズを受けとめ、その2カ月後の同年5月には教育学部設置に向けて早くも準備を始め、2年間準備をし、2007年に開設した。以前から教員養成の学部をぜひ作りたいと考えていたわけではなかったが、制度改正のニュースを聞いてすぐにチャンスと考えて決断したという。理事長ご自身が教育学分野の研究者であり、この分野に詳しいこともスピーディーな決断と実行に影響しているのではないかと思われる。

 もうひとつの看護学部についても2年ほどの時間をかけて検討を行ってきた。看護学部の設置に踏み切った理由はいくつかあるという。看護師の養成は、厚生労働省所轄の専門学校による養成と文部科学省所轄の大学における養成があるが、これまでの主流であった3年制の専門学校から、4年制大学で学際的に教育する方向へとシフトしており、時機を得ていると考えた。実際に、他大学の看護学部をみれば、志願者はとても多く、学生のニーズは間違いなく高いのだが、それにもかかわらず、名古屋地区の私立大学で看護学部をもっている大学がなく、伝統的女子大学で看護学部をもっている大学もほとんどなかった。また、特に東海地方では看護師不足が叫ばれており看護学部出身者は卒業後の出口ニーズもきわめて高いことも重要なポイントであった。こうした条件を総合的に考えて、看護学部の開設を決断した。開設を計画した当初は、実習施設と教員の確保が大きな課題だと心配する声もあったが、名古屋大学医学部附属病院をはじめ、名古屋市内の基幹病院による全面的な協力もあり、多彩な実習先を確保することができた。またこうした協力の下、多分野で活躍している教員の方々の招聘もでき、順調なスタートをしたところだ。看護学部においても他学部と同様の教養科目を設置し、高度な医療・看護知識だけでなく、幅広い豊かな教養も学ぶ椙山らしいカリキュラムも魅力だ。

理事長主導の大学改革

 以上の学部設置はどのように進めてきたのか。新学部設置のアイデアは、いずれも理事長個 人によるものであり、その時々の社会の動きを見ながら、設置の判断をして、準備も理事会主導で行ってきた。

 具体的には、理事長が教育学部、看護学部を作ると決断した時点で、理事会の下に「新学部設置準備委員会」の設置を提案し、理事長自ら委員長になって検討してきた。もちろん、計画を進めながら、適切な時期に、理事会に報告しながら進め、その一方では、大学自身の方向性の問題であるため、大学協議会(各学部教授会と連携して大学全体の重要事項を審議する学長の諮問機関であり、各学部の代表者が出ている組織)を通じて、各学部にも情報提供するようにして進めてきた。すでにある学部学科の改組ではなく、新しい学部を作るということで、理事会主導で進めれば、既設教授会に諮らなくてもよいため、こうしたやりかたが可能だったのかもしれない。さらに、新学部の教員のリクルートにも理事会自ら積極的にかかわっているなど、理事会主導の側面が強い点に特徴があるように思われる。というのも、理事会主導の側面が強いのは、新学部設置だけではないからだ。同大学には大学改革審議会という、大学で現在変革すべき課題を扱う組織があり、理事会の下に置かれている。例えばここでは既設学部学科の全学共通教養教育の内容をより統一するように審議している。椙山女学園の教育理念である「人間になろう」に基づき全学共通科目「人間論」を設置しているが、各学部で内容のばらつきが大きいことから、より共通化を図るべく大学改革審議会でまとめてシラバスを作り、組織的に教育改善に取り組んでいる。こうした教学関係の組織が理事会の諮問機関として設置されているのは比較的珍しいことのように思われる。理事長自身が創業者の孫にあたるいわゆる「オーナー系私学」だ。創設者は59年間理事長を務めたが、現理事長もその後半はほとんどかかわってきており、教育理念を体現している面もある。このように経営陣が安定的で教育方針も明確であることが理事会主導の意思決定と執行という特徴につながっているのかもしれない。

付加価値をつける大学

 以上は新学部のことであるが、既設学部もほぼ安定して志願者を惹きつけている。「就職の椙山」「マナーの椙山」といったブランドを耳にするが、就職の良さも同大学の特徴であり、全国の女子大学の中でもトップクラスの就職率を誇ってきた。ある調査によると、卒業生1000人以上の全国の女子大学の就職率(卒業者総数に対する就職決定者の割合)は、2003年から2006年は全国1位、2007年は全国2位の実績だという。

 なぜ就職に強いのか。この理由を椙山理事長は大学の中で付加価値をつけている成果だという。入学時点ではかなわなくても、大学卒業時には対抗できるだけの力をつけている。例えば、教養、マナー、面接などの講座をキャリアサポートセンターで行い、エクステンションセンターでは、ファイナンシャル・プランナー、簿記、宅建、秘書検定など、約20の資格取得対策講座を提供している。ダブルスクールで学ぶ場合と比べると、2分の1から3分の1ほどの価格で提供している。こうした努力も大きいが、何よりも重要なのは学部学科の教育の中で力を入れている点である。各学部学科で教材や内容は異なるが、卒業研究をかなりしっかり指導しており、この過程で、就職時・就職後に高く評価される実践力が身についているのではないかとのことであった。卒業研究の発表会を毎年行っており、理事長もいつも見に行くが、きわめてよい出来のものが多く、感心しているという。確かに同大学の自己点検評価報告書を見ていても、教育活動に丁寧に力を入れているのはよくわかる。

 例えば、生活科学部では毎年度初めに専任教員と非常勤講師が集まり、担当科目についての互いの教育内容や方針を語り合い、整合性のとれた授業展開がなされるように意思疎通の機会を設けている。また、卒業研究についても7月、11月に学科全体での中間発表会を開催し、指導教員以外の複数の教員による質疑応答を学生に課して、多面的な指導を行い、2月に卒業展を開催し、教員間・学生間における切磋琢磨の精神を培う努力をしている。国際コミュニケーション学部では、学生による科目選択の幅の広さという特色を生かしつつも、学生が迷わず4年間一貫して科目選択できるように、新入生に対する履修指導、卒業論文準備科目の履修者割振りプロセスなど、複数の機会を作り丁寧な履修指導を行っている。文化情報学部の演習科目では、少人数編成を原則として丁寧な指導を心掛け、個々の学生の能力に応じた教育効果を評価している。1年生の必修科目「プレゼミ」で科目履修の心得、図書館での資料収集方法、文献の読み方、レポートの書き方や学部で学べることを教えた上で、2年生以上のゼミ指導へと発展させている。どの科目でもわかりやすい授業になるように、教員の間で常に情報交換して教育効果を上げる工夫をすると同時に、学生の欠席状況調査も教員間が共有して、欠席の多い学生に指導教員が個別指導しているようだ。教育学部の講義科目でも履修者が100名を超えないように必修科目を1コマ開設したり、多くの演習科目等で最大20名程度の規模でフェイス・ツゥ・フェイスの授業が可能となる少人数教育を各学年に少なくとも1つは開設したりすることで、各学生の個別指導、自己実現に寄与できる体制をとっている。以上は一例にすぎないが、各学部学科での教育で学生に付加価値をつけるように努力しており、それが一定の成果を上げているようだ。就職率もよいが、それだけでなく就職先で卒業生の活躍が立派で評判が良いことも自慢だそうだ。女子大学であるので、「力仕事は男性で女性はその補助」といった役割分担は全くなく、学生時代に力仕事でも何でも自分たちでやることが、実践力のある学生の育成につながっている面もあるのではないかと理事長はうれしそうに、何人もの卒業生の活躍の話を聞かせてくれた。

 2007年に開設した教育学部では1期生が4年生になったが、もちろん全員の就職を目標としている。名古屋市では「教師塾」という、教員希望の学生を1年早く集めて養成をする取り組みをしており、この塾で学んだ学生の約9割は採用が決まっているという実績があるが、椙山から15名と最も多くの学生が選ばれ参加しており、幸先が良いと期待をしているそうだ。

成功の秘訣は何か

 これまでの成果をどう見るかを伺ったところ、「時代に合った、先を見越した教育内容とその充実にむけて常に努力することが重要だ」と繰り返し主張されたが、それがうまくいかない大学も多い。何がうまくいっている秘訣なのか。

 最も大事なのは、世の中のニーズに合っているか、ニーズの先取りをして着実にやっているのかという点であるが、こうした潜在需要を探りあてるための部署やスタッフも特においておらず、理事長自身が様々な情報を集める努力をしている。人と話し、こうした情報を積極的に集めることによって、発想が生まれるのだという。

 理事長をサポートする職員について尋ねてみた。以前は新学部設置の文部科学省との折衝も自身で行っていたが、最近は職員にすべて任せているという。学部の設置書類がホームページで公開されているので、他大学のものとも読み比べてみたが、椙山の場合、教育学部、看護学部の設置の際に留意事項も全くついていない珍しいケースであり、スタッフの優秀さを改めて実感したという。職員採用については、新卒者採用が原則で、現在は、卒業生、それ以外の新卒、中途採用がそれぞれ3分の1ずつくらいの割合だという。職員の能力開発については、事務局長のもとで非常に熱心に行っているようである。様々な研修会を開くだけでなく、提案型事務職員への意識改革を狙い、ワーキンググループを作って改革案を策定したり、専門知識の増加のために自主的な勉強会を行ったり、活発な活動が事業報告書にも記載されている。また、3カ年の「事務局中期目標及び中期計画」を定めて、教育研究の発展のために事務組織として何ができるのかをまとめている。

 同大学で特徴的な点として、自己点検評価報告書である「椙山女学園大学 大学年報」をほぼ毎年まとめている点も挙げられる。ホームページでたくさんの報告書を見つけた時には驚いた。7年に一度受けることが制度的に義務付けられている認証評価は2006年に受けたが、そこで指摘されたことをどこまで改善したのかを毎年、年報を作って点検活動しているそうだ。毎年の区切りでこうした自己点検評価の活動をすることが教職員の意識を高めている点もあるのかもしれない。

 最後に、今後の課題についても尋ねてみた。女子大学という基本方針は変えず、1学年1400名ほどの現在の規模を維持しながら、今ある学部学科の内容の充実を図っていきたいという。時代の要請で内容を変えなければならないものも出てくるかもしれないが、まだはっきり見えていない。何年も先までの中期計画などを立てて思い描いてもその通りになるとは限らないので、今後も、社会の状況を見ながら、どのように変化するのかを常に考え続けていくという。学部設置などで失敗していないことが教職員の信頼を得る上できわめて重要なので、今後も完璧にやらないといけないと意気込む。今後の展開も楽しみだ。


(両角亜希子 東京大学大学院教育学研究科大学経営・政策コース講師)


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