4年間一貫教育の充実化を目指したキャンパスの再配置/青山学院大学

 青山学院大学は2012年4月より人文・社会科学系学部生が1年生から4年間青山キャンパスで学ぶ、就学キャンパスの再配置を行う。青山という立地を最大限に生かしたこの展開に注目が集まっている。同大学は2003年に文理融合型の相模原キャンパスを開学し、同時に独自の全学共通教育システム「青山スタンダード」を導入、2008年には新設学部(総合文化政策学部と社会情報学部)を設置、2009年には文学部を改組し、教育人間科学部を設置するなど(図表1)、近年になって急速に改革が加速している。この改革の背景や狙いについて、伊藤定良学長に話をうかがった。

図表1 年表

就学キャンパス再配置への経緯

 学内で就学キャンパス再配置の話が動き出したのは、2006年11月に法人から提示された21世紀の青山学院のあるべき姿、進むべき姿を明らかにするために策定した「アカデミック・グランドデザイン」のなかで、人文・社会科学系学部を2年次から青山キャンパスに移す方針が掲げられたことだった。

 伊藤学長は2007年12月に学長に就任すると同時に、この法人の方針と大学前執行部による教育研究の充実という方向性を引き継ぎ、検討を始めた。執行部を立ち上げ、大学を「創造の場、学びの場、出会いの場」を総合する知の共同体として発展させるべく、当初はその実現のために教育研究機能の質の向上にとりかかった。具体的には、1年生が相模原、2年から4年生が青山という、「1・3制」にむけてカリキュラム改訂、ハード面の対応などのシミュレーションや議論を始めた。しかし、新執行部で法人側と就学キャンパスの課題、教育の質向上の問題などについて話し合いを重ねた結果、「やはり4年間一貫教育が望ましい」という結論になった。

 そして、青山キャンパスに新しい教育研究棟を建設して、教室を確保し、教育の質を保証できることが明らかになった段階で、4年間一貫教育の実施を全学部教授会の審議にかけた。

 全学部教授会での審議では、相模原キャンパスが2003年に開学して間もないことでもあり、当然様々な意見があり、慎重に考えるべきだという議論も出た。しかし、全体としては、新設学部構想を含めた相模原キャンパスの再開発を確認するなかで、21世紀にふさわしい知の共同体を構築するためには、4年間一貫教育体制をとる必要があるとの認識が強まった。こうした議論を重ねて、全学の合意をとり、人文・社会科学系学部の1・2年生の約7000名が青山キャンパスで学ぶことになった(図表2)。

図表2 就学キャンパスの再配置

改革の原動力

  • 教育上の問題意識
  •  こうした就学キャンパス再配置という大改革がなぜ決断されたのか。最も大きな原動力は、4年間一貫教育で教育の質の高度化を図りたいという教員の思いであったようだ。

     学長自身も4年間一貫教育に強いこだわりをもっている。学長が同大学に着任したのは1978年。厚木キャンパス開校の4年前で、4年間、青山キャンパスで1年生から大学院生までの教育に携わっていた。入学したばかりの1年生が好奇心に充ち溢れて研究室にやってきて、先輩たちからいろいろ学ぶ。教員もそうしたやり取りのなかに自由に出入りし、「それに興味があるなら、この本が面白いよ」と対話する。そして3、4年生が卒論の悩みを抱えるようになると、大学院生に相談するなど、学年を超えて、また同じ研究室内でも分野を超えて相互交流があった。学びの場は講義だけでなく、学生たちは先輩から学び、知的にも精神的にも成長するし、そうした環境で育った学生は現在もいい仕事をして活躍しているという。「4年間一貫教育が実現すれば、あの時のキャンパスの学年や分野を超えた交流をもう一度取り戻し、大学教育の良さを全面展開できるのでは」と当時の姿が頭をよぎり、2012年のキャンパス再配置を決断したという。学長は「私たち自身は必ず認識の盲点をもたざるをえない。学生たちは学生同士や地域から学び、自分にない発想に気づかされることにより、いろんなことに共感でき、人間的に成長できる。こうした学び・出会いの場としての大学を充実させたい」と意気込む。

     現実的な問題としても、1・2年生と3・4年生でキャンパスが分かれていると、どうしても教育内容の重複が生じていた。4年間一貫教育であれば、こうした重なりをカリキュラムの多様化・合理化・柔軟化に振り向けることができることにも魅力を感じた。

     他の教員たちも学長と同じように、課外活動における学生交流、学部間交流の活性化や大学院教育との接続を視野に入れた一貫教育の可能性にも期待する面が大きかったのではないかという。だからこそ、インフラ整備への不安を感じながらも「是非やるべきだ」という声は人文・社会科学系学部の先生の間で大きかった。

  • 志願者拡大も視野に
  •  こうした教育上の問題意識が大きかったが、当然のことながら、優秀な学生を迎えたいという学生募集上の課題もあった。厚木キャンパスに移る前の志願者数は5-6万人であり、移転後しばらくは高い志願者を維持していたものの厚木キャンパスへのアクセスの悪さ等もあって志願者が減り、一時は3万人台にまで落ち込んだ(図表3)。相模原キャンパスの開設により、やっと4万人台に復活したものの、厚木キャンパスに移転して以来の「神奈川県や東京多摩地域からの学生の比重が増加し、それ以前は多かった千葉県や埼玉県からの学生の激減」という傾向に変わりはなかった。人文・社会科学系学部の学生が青山キャンパスで学ぶようになれば、結果として、こうした地区からの学生を確保できると同時に、これまで手薄であった北関東(茨城、栃木、群馬)へも拡大が図れる。受験者数が増えればいい意味で選抜ができて、質の高い学生が集まることが予想される。

     就学キャンパス再配置の計画は2008年11月にプレスリリースしたが、2009年には早くも効果が表れ、志願者数も久しぶりに5万人を超えた。また大学だけでなく、中等部・高等部の志願者も増えるなど、学院全体で早くも効果を実感しているという。

     教育上の問題意識や学生募集の危機感がきっかけになったというのはよく理解できるが、なぜ今になって動き出したのか、たずねてみた。学長自身の正直な実感として「2006年11月に法人より提示されたアカデミック・グランドデザインが直接的な推進になったのは確かですが、相模原キャンパスの開校により、青山キャンパスからのアクセスが良くなり、やっと大学全体を見渡す余裕が学内に出てきて、専門職大学院の設置、第二部(夜間部)の募集停止と新設学部の設置、就学キャンパスの再配置という最近の改革につながったのではないか」とのことであった。


    図表3 志願者数の推移


  • 法人と大学とが連携した改革
  •  教育面、学生募集面での問題意識が改革の原動力として重要であったが、こうした問題意識を就学キャンパス再配置という形で実現し、これを推し進める上で、外からは見えにくいが重要な役割を果たしたのが、法人と大学とが連携して推進している学内改革である。

     就学キャンパス再配置が掲げられた学院の「アカデミック・グランドデザイン」は学院全体の長期計画という位置づけのものだが、2008年5月の「理事長声明」に手直しされ、中期計画、短期計画(事業計画)にブレイクダウンされており、これを毎年見直し、チェックするというシステマティックな改革の流れが作られている。学院全体で課題を共有し、毎年、現状と課題を明確にするための工夫だ。この長期計画は大学をはじめとする各単位でまず議論し、意見集約をした上で課題として学院に提示したものをベースに策定されており、現実に即した内容になっている。伊藤学長は学長就任後に「基本方針」をまとめたが、この内容は理事長声明の中で大学の課題として位置づけられ、法人はそれをサポートする。

     理事長声明では、学院全体で174の課題が掲げられ、大学はそのなかで126の課題を担う。今年度、大学が取り組むのは37項目であるが、状況を見て手直しをしながら進めている。この進捗状況については、課題実行・評価委員会が点検の責任を負っている。

     この理事長声明を実行する際に、教職員から率直な意見、提案、問題点や現状をきくために、理事長をはじめ法人執行部との懇談会を、教員23回、職員21回に分けて実施したという。学内の1260余人の全教職員が、最低1回は面談した。懇談会に欠席しても欠席した人だけを集めてもう1度懇談会を開き、理事長と直接に話す機会を設けたという徹底ぶりである。これほど規模の大きな学校法人で、このやり方をしているのはきわめて珍しく、改革に対する理事長の強い意欲が感じられるが、全学の課題を吸い上げ、改革していくサイクルを作る上で、重要な役割を果たしている。

相模原キャンパスの強化と再開発

 こうして実現に向けて動き出した就学キャンパスの再配置によって、青山キャンパスは学術文化創造の都市型キャンパスとして、世界に文化を発信する形で発展させていく計画だ。青山近辺には、国会図書館、劇場、博物館やアトリエなどの文化的資源が充実しているし、こうした生きた教材を日常的に活かしていくことが可能になる。136年の歴史をもつ同法人自体も貴重な資料をたくさん保有しており、こうした文化財を公開する場を作りたいと学長も強い思いをもっている。4年間一貫教育により、学部教育と大学院教育の連動のあり方についても可能性は広がると意気込む。

 現在の課題は、相模原キャンパスの再開発をどのように進めるのか、という点だ。相模原キャンパスの特性を生かした新設学部が必要だと考え、新設学部検討委員会で議論しているという。

 7000名もの学生が一気に青山キャンパスに移動するので、全学的に、教養教育(青山スタンダード)の再配置、遠隔授業の導入や時間割の見直し、科目の整理などの調整作業を行っており、また、事務組織の配置、教室確保のために2012年1月完成予定の大学A棟を建設中など、ソフト・ハード両面からの対応に全学をあげて取り組んでいる。

 相模原キャンパスの充実・強化にグローバル化は不可欠であり、相模原の新設学部は、グローバル化を意識した学部になるという。今年度中に方向性を固める予定だ。同大学では法人と大学共同の「グローバル化推進プロジェクトチーム」を発足させて月に1回の議論を重ねている。学院の総力をあげてこの問題に戦略的に取り組んでいる。協定校をどう増やすか、海外のサテライトオフィスをどうするか、日本語教育をどうするかなど、7つのチームに分かれて意見交換しており、このなかで、相模原キャンパスは留学生が落ち着いて勉強するのに最適な環境であり、新設学部の中に留学生を意識した内容を入れたいと議論しているという。留学生を迎える努力を各学部だけに任せるのではなく、最近は大学全体で協定校を増やす努力も行っている。現在、サテライトオフィスを台湾に、リエゾンオフィスをソウル、上海、バンコク、モンゴルに置いてアジアとの連携を強めており、学長自身昨年はオックスフォード、デュッセルドルフ、ハノイ、台北に行って国際化を推進している。こうした取り組みの中で「海外の大学から学ぶことが多く、直接のつながりを作っていかないとグローバル化に対応できない」と学長は述べる。英語による授業、日本の文化を日本語で理解させる授業など、様々な可能性が検討されている。この流れの中で、相模原キャンパスと青山キャンパスは、それぞれグローバル化に対応した人材育成の場としてさらに発展させていきたいという。

 今回の就学キャンパス再配置をきっかけとして、教育研究の高度化にどのようにつなげていくのか、今後さらに大きな発展が期待される。


(両角亜希子 東京大学大学院教育学研究科大学経営・政策コース講師)


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