生活を総合的に捉え、1学部体制へ再編/東京家政学院大学

 東京家政学院大学は、1923年にスタートした家政研究所が起源である。関東大震災後の人々の生活が危機にさらされたのを目のあたりにした大江スミが「生活を総合的にとらえる」を建学のミッションとして掲げ、この理念のもとに発展を遂げてきた。2010年4月から、従来の家政学部、人文学部、短期大学を改組・統合し、現代生活学部の1学部5学科制とする大胆な学部学科の再編を行い、さらに2011年度から、2学科(現代家政学科と健康栄養学科)を発祥の地である千代田区三番町キャンパスに移転する。移転を計画した経緯や問題意識、大学の将来ビジョンについて天野正子学長にお話をうかがった。

「生活者」の視座を打ちだす「現代生活学部」へ

 2010年度から、現代生活学部1学部5学科体制に移行した。今、なぜ1学部体制なのか、そのねらいを尋ねてみた。

図表1 年表

 家政研究所から専門学校(1923)へ、1950年には短期大学の開設、さらに1963年以降、大学に家政学部、人文学部、さらに大学院を開設し、専門の教育と研究の体制を整えてきた(図表1)。社会の動きをとらえる広い「知識」(Knowledge)、その知識を実際の生活に生かす「技術」(Art)、知と技を人々の幸せのために使う「徳性」(Virtue)という大江スピリット(「KVA精神」)は、単なる実際的知識や家事技術という特定の分野をこえた生活の「総合性」をもっていたが、拡大の過程で細分化されていく傾向にあった。

 もともと「生活」がカバーする分野は広く、総合的である。生活には3つの構成軸がある。一つは、人が生まれて成長し、老いていくというライフステージ軸、二つ目は、家庭から地域、学校、職場、地球社会へとつながる人間関係軸、三つ目は、過去から現在、そして未来へとつながる生活文化の歴史的な時間軸である。

 現代生活学部の5学科は今一度、生活の総合性という理念に立ち返り、この3つの軸のそれぞれの場面で、「生産と効率」本位ではなく生活者の視点から、第一に様々な生活課題を実践的に解決し、新しい生活を提案する専門家の養成を、第二に雇用危機や生活危機など生きづらさをかかえながら、懸命に生きる人びとの生活支援の専門家を育てること。それが、1学部5学科体制に生まれ変わる理由である。「環境や食の安全が脅かされる時代だからこそ、改めてKVAスピリットに立ち戻り、現代的な生活課題へトータルに対応できる高度な専門家を育てたい」。天野学長は、現代家政学部新設のねらいをこう語っている。

2キャンパスで、学科の個性を生かす

 東京家政学院大学は1984年から町田キャンパスを中心に教育活動を展開してきた。2011年から発祥の地である千代田区三番町に新キャンパスを開設し、2キャンパス体制になる。現在、三番町にあった短期大学の校舎を全面改修するなどリニューアルを行っている。

 5学科を学科の性格によって、三番町キャンパスと町田キャンパスに配置し、立地を生かした発展戦略を考えている。町田キャンパスでは、生活デザイン学科、児童学科、人間福祉学科が、三番町キャンパスでは、現代家政学科、健康栄養学科が本格的な展開をする。


図表2 学部の再編と2キャンパス制へ


地産地消の郊外型・町田キャンパス

 風と土と空間にめぐまれた町田キャンパスは、「地域の大学化、大学の地域化」をキーワードに地域密着型の発展を構想している。生活デザイン学科の母体となった分野の研究室では、現在、多くの企業との連携で成果をあげている。学問の性格として、1人の研究者が製品開発だけでなく、流通、商品のパッケージに至るまでトータルにプロデュースする総合性を持っているため、企業との連携もさかんだ。地産地消をキーワードに自治体や地元企業、農家との連携で土地の特産品を開発するなど、その連携は衣食住の全分野に広がり、成果も広く社会に公表され、評価されている。こうした連携の成果は短期間では築き上げることのできない教育研究の貴重な財産である。連携を深め、確実な成果をあげるためにも、現在のフィールドである町田・八王子・相模原地区での展開が必要である。生活デザイン学科は、衣食住とものづくりを実践的に学ぶ分野である。例えば食とものづくりの分野では、八王子でできた産物のレシピを開発し、この地の土を地元の窯で焼いた陶器を器にして食するという楽しい実習がある。こうした実験、実習、演習、制作などの教育には充実した設備も不可欠だ。

 児童学科では、地域の親子や幼稚園・保育所との連携、土と緑という自然環境の利点を最大限に生かす教育活動の展開が重視される。特に子どもの健やかな成長には、広い地面と広々とした空間をもつ町田キャンパスがよく似合う。

 実践力を身につけたソーシャルワーカーの育成が課題の人間福祉学科では、すでに充実した実習設備を備えている町田キャンパスの利用が不可欠である。また実習先となる福祉現場が大学に近い郊外に立地しており、町田キャンパスでの展開が効果的だ。

新ライフスタイル発信の都市型・三番町キャンパス

 他方、千代田区三番町キャンパスは、「新しい生活スタイルの提案・発信型」というキーワードでの展開を目指す。

 現代家政学科は、生活ビジネス、食文化、リビング、ファッションなどの分野を体験的、実践的に学ぶ学科である。例えば生活ビジネスについては、直接、企業の現場に出かけ、街中で人々の暮らしに触れ、生産・流通・消費の現場をトータルに体験することが生活者の視点を育てる。実習の場としては、これらの現場環境が集約されている都心が最も適したフィールドである。町田キャンパスでも生産や消費は体験できるが、流通はよく見えない。また、三番町キャンパスはその利便性から充実した講師陣を招いてのセミナーも開催しやすい。こうしたセミナーには学生が企画段階から参加し、一連の過程を経験させることで、課題解決力を身につけさせる。例えば「消費者教育を考える」セミナー、「お茶からみる現代生活」というテーマでのセミナーを開催したが、企業の商品開発戦略に影響される受け身の消費者ではなく、商品を使う側の立場をもちこんで生産の場をどう変えていくのかという「生産消費者(プロシューマー)」の視点を、現実に即して学生に考えさせるタイムリーな機会となった。

 健康栄養学科は管理栄養士を養成する学科である。科学の進歩、医療の高度化、食生活の多様化など、生活環境が急速に変化するなかで、最先端の医療現場、生活現場の多様なニーズに触れることが欠かせない。また一般病院から専門病院のそろう都市部で、実習経験を積むことができる意義は大きい。

 こうした2学科の展開だけでなく、立地を生かして「地域の生涯学習の拠点」づくりや、町田の学生がサテライトキャンパスとして三番町の就職部を活用するなど、多様な形での活用を検討中である。例えば、地域の金融機関と信頼関係を育んできた現代家政学科は、地域の産物を使ったメニューを中心に多くの相談が各研究室に持ち込まれており、中小企業やレストランと連携して、生産から流通にいたるすべてのプロセスをトータルにプロデュースする試みを検討中である。こうした総合的専門教育が社会に通用する専門家を育てていく。この大学はもともと就職に強い点に強みがある。情報や求人会社数にもめぐまれる点でも、町田キャンパスの学生たちを含めて、三番町を有効に活用する予定だ。

 5学科2キャンパス体制だが、「生活」というキーワードで統合させるには、キャンパス間の連携も不可欠だ。連携は基本的には、教員たちが両キャンパスを移動することで行い、学科横断型の総合的教養教育の充実を図っていきたいという。専門教育を生かすには人間形成教育が欠かせないからである。

学生募集の危機感と理事会主導の経営改革

 こうした全学を巻き込む大改革がなぜ可能だったのか。2つの要素があったようだ。

 一つは、学生募集上の強い危機感だった。天野学長が着任した昨年の時点で、定員割れがひどく、充足率は67%ほどであった。定員割れは特に人文学部で深刻だった。「家政」と名のつく大学では人文学部はアピール力が弱く、しかも立地の点で町田は高校生に敬遠される面があった。そこで2008年頃から大学内で検討された最初の改革案が、人文学部と家政学部の統合であった。ちょうど同じ頃、理事長を中心に、構造改革中期計画「KVAルネッサンス」が打ち出され、同大学、短期大学、筑波学院大学、中・高等学校という法人全体でKVAスピリットに基づく改革を推進しようという動きが活発になる。

 大学から始まった改革案が法人全体の動きにつながり、短期大学も含めた改革案として具体化していく。法人全体の議論に広がり、理事会のもとに改革推進本部が作られる。大学内の検討メンバーも改革推進本部の構成員になり、理事長を中心に法人全体での議論を重ね、キャンパス移転と短期大学の募集停止は同時に決定される。改革推進本部ができたことの効果は大きく、特に経営感覚にすぐれた現理事長のリーダーシップが大きな役割を果たしたという。もともと会計学分野が専門の理事長は、いくつもの大学の再生にかかわってきた経歴をもち、財務に強い。

 「KVAルネッサンス」改革では、短期、中期、長期の課題が明示化され、それを教職員は教育活動の行為規範としている。また、「KVAルネッサンスだより」を学内向けに定期的に発行して、理事長の意思や全学の改革の進捗状況を伝えている。理事長の経営方針も明確だ。例えば、無借金経営でいく、教員のクビは切らない、共学化はしない(大学院は例外)という基本方針を明確に掲げており、学内では共通認識になっている。インタビューに同席した教員が口をそろえ、「借金はしない、クビは切らない。」と語っていたのが印象的だった。実際に三番町キャンパス移転にあたり、これまでの蓄積で対応し新たな借金は一切されていない。短期大学の教員も当然、大学の構成員として迎えられた。その分、人件費は増えたが、人文系教員の層が厚いのは「強み」でもあり、それを積極的にとらえながら、教養教育や基礎教育に力を入れていく。「新しい“うつわ”は整った。あとはそのうつわに何を盛るのか。教職員一人ひとりが試行錯誤しながら挑戦していくだけ」と天野学長はいう。改革を推進している大学の学長からは「現実を見据え、そのなかから可能性を切り出し、挑戦していくしかない」という声をよく聞くが、まさにこのパターンのようだ。

大改革により志願者増

 定員割れへの危機感をきっかけに、大改革を始めた同大学であるが、今年は昨年より60名多く入学し、また定員を615名から505名に減らしたこともあり、充足率は91.1%へと大幅に改善した。志願者数も1000名以上に回復してきた(図表3)。また、オープンキャンパスの来場者も昨年から25%ほど増えている。特に健康栄養学科、生活デザイン学科、児童学科の人気は高い。

図表3 志願者数推移

 現代家政学科は、従来の家政イメージが強いのか、高校生に新しい学科のイメージを伝える難しさを実感しているという。また、人間福祉学科は、3Kという社会イメージが定着して苦戦している面があるが、ライフステージ軸でいえば人間の人生の序幕から最終章に至るまで欠くことのできない学科である。この学科の社会的意義を評価する考え方も一方に強く、この2学科の学生募集についてはさらに努力を続けるという。

 三番町へのキャンパス移転は高校生にも浸透し始めている。従来は神奈川北部、東京西部(多摩地区)からの学生が多かった。千葉や茨城からは下宿せざるを得ない立地で、自宅からの通学を希望する女子学生からは敬遠されていた。三番町キャンパスの開設により、千葉、埼玉、茨城、神奈川東部(横浜、川崎)の高校生が興味を示すなど、募集エリアも変わりつつある。ゆっくりだが、確実に志願者が増えている実感があるという。

「現代生活」の魅力をどう伝えるか

 今後の課題についても尋ねてみた。一つ目は、2000名の学生数のうち、ほぼ半数が三番町キャンパスに移動するために生じる町田キャンパスの空きスペースの再利用である。現在、副学長を中心に検討委員会で議論を重ねており、2つの方向での活用が検討されている。一つは、地域に開かれたコミュニティスペースの確保である。地域と共存し、地域と共に発展しないと大学は生き残れないという考えがこのベースにある。例えば、認定こども園の設置、福祉事業者との連携による「高齢者と大学で学ぼう」といった活動、給食関連実習室や介護実習室など施設・設備の開放と有効活用などである。すでに大学図書館、生活文化博物館、テニスコートを地元市民に開放しているが、さらにオープンにしていく。もう一つは、学生がくつろげるアメニティ・スペースを増やすことで、ラウンジの拡張とファシリティの充実、コンビニの誘致などを検討しているという。

 もう一つの重要な課題は、大学の強みをいかに生き生きした言葉で高校生に伝わるメッセージに換えていくかにあるという。「生活をトータルに把握して、新しい生活を提案できる」人材の育成を掲げている大学として、新しい生活とは具体的に何なのか、食の安心・安全が脅かされている現在、どういう提案ができるのか。これらを目に見える形で伝えることが必要だという。

 たしかに家政というと、料理や裁縫のイメージが残る。生活というのもやや漠然とした概念だ。生活者とは誰か、どういう人材を育成すればよいのか。著書に『“生活者”とはだれか』(中公新書)をもつ天野学長が、現代生活学部の立ち上げ時に着任した意義はとても大きい。また天野学長は必要に応じて、他の家政・生活系の女子大学とも連携していく道を柔軟に探っていくことで、こうした専門分野の教育研究に厚みを加えていくことも重要だという。インタビューを通じて、現代生活という分野の魅力に触れ、この良さが高校生に伝わればという思いを強くした。同大学の発展と同時に、この分野の発展も楽しみだ。


(両角亜希子 東京大学大学院教育学研究科大学経営・政策コース講師)


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