マーケットを創出する学部・学科の開発/新潟医療福祉大学

 新潟医療福祉大学は、専門学校などの教育機関を運営する学校法人新潟総合学院の理事長であり、サッカーJリーグのアルビレックス新潟などの経営にもあたっていた、NSGグループの池田弘(ひろむ)代表が、保健・医療・福祉・スポーツのプロフェッショナルである“QOL(Quality of Life)サポーター”を育成するために2001年に設立した大学である。2学部5学科でスタートしたが、現在は4学部10学科へと拡大し、良い教育、高い就職率で志願者も順調に伸ばしている。大学経営の冬の時代と言われる2000年代以降に設置し、決して恵まれた立地条件ではないにもかかわらず、これほどの成長を続ける秘訣はどこにあるのか。山本正治(まさはる)学長にお話をうかがった。

5000名規模の大学を目指した学部・学科の新設

 図1には新潟医療福祉大学の学部・学科の変遷を示した。医療技術学部と社会福祉学部の2学部でスタートしたが、2007年には健康科学部、2010年には医療経営管理学部を開設し、現在は学生数約3000名規模の大学へと発展してきた。開学当時から、池田理事長は「この分野の日本一、アジア一の大学にしたい。学生数5000名規模の大学にしたい」という目標を掲げており、この目標をいかに具現化できるか、教職員一丸となって努力してきた。山本学長は2009年に副学長として赴任したが、建学10年を迎える2010年に学長に就任したのを機に、これまでの大学将来計画を見直し、2年ごとのアクションプランを明記した、より具体的な将来計画(2010~2020年)を策定し、2020年に学生数5000名達成を目指している。2013年4月には健康科学部健康スポーツ学科の入学定員増加(100名→160名)、2014年4月には医療技術学部に視機能科学科(仮称、高齢者や子どもの眼の健康管理や視能訓練士のニーズ拡大)の設置(入学定員50名予定)、及び健康科学部にスポーツ教育学科(仮称、スポーツ基本法制定によるスポーツ指導者・教育者のニーズ拡大、地域スポーツの指導者養成)の設置(入学定員40名予定)を計画し、目標達成に向けて順調に舵をとっている。

図表1 学部・学科の変遷

志願者増とその成功要因

 18歳人口が減少する中で、2001年から2012年にかけて定員は2.7倍ほど拡大させてきたが、志願者もこの期間に2.1倍ほど増加させ、最新の志願者倍率は4.9倍である(図2)。受験生や保護者の認知度も着実に向上してきた。筆者らが私学高等教育研究所の調査で調べたところ、定員充足状況と中退率や実質就職率の間に強い関連があることが分かっているが(例えば、全学科で定員を満たす大学の実質就職率は75%、大学全体で満たしてない場合は66%)、新潟医療福祉大学の場合も高い志願者数を支える一つの理由は全国トップクラスの就職実績である。大学全体の就職内定率は99.5%(2012年3月卒業生実績)で学生1人あたりの求人数は約26.2人である。良い出口実績(就職)が入口実績(志願者増)に確実につながっている典型的な成功例だ。

 また学部・学科の開発方法も独特だ。学部・学科の名称や内容が非常にユニークで、どのようにこうした「新商品」を作るのかを尋ねてみた。既存の成功しているマーケット、例えば「看護学科の人気が高いから、看護学科を作る・増やす」という発想が一般的にはよくあるが、そういう安易な発想に頼らない。現場で埋没している潜在ニーズを見つけ、形にすることに力を入れている。2007年に新設された義肢装具自立支援学科を例に言えば、義肢装具士と福祉機器の両方に融合的な新しいニーズの可能性について現場へのヒアリングから探り、出口を保証するとともに新しいカリキュラムを開発するという方法を用いている。義肢装具士の養成は医療系4年制大学では全国初となるチャレンジだったが、パラリンピックの影響か、それまで2倍ほどの志願倍率が今年度は3.6倍にも増加した。将来予測も含めてこうした潜在ニーズをすばやく形にし、新しい先鋭的な分野のマーケットを切り開いていけば、オンリーワン、ナンバーワンになれるという。潜在需要に着目するが故のリスクを減らすためにダブルライセンスを取らせるなどのカリキュラム上の工夫もしている。こうした攻めの姿勢の学部・学科の開発が厳しい時代に志願者を増やし続けているもう一つの理由なのかもしれない。

図表2 入学定員・志願者数・志願者倍率の推移

独自のカリキュラム─連携ゼミなど

 しかし、新潟県は四大志向より専門学校志向が強い県として有名で、NSGグループの専門学校はまさにその先頭を走っているわけだが、就職の強さや学科のユニークさだけで、専門学校との学生の獲得競争に勝てるのか。NSGグループにも医療・福祉系の専門学校があるが、授業料は明らかに専門学校のほうが安く、学費の点では分が悪い。このあたりの疑問について尋ねてみた。

 山本学長は「大学には、学士の資格、より専門化した資格が取れるというメリットはあるが、教養教育や連携教育を重視することで魅力を作り上げている」という。優れたQOLサポーターになるためには、①専門知識と技術(Science)、②チームワークとリーダーシップ(Team‐work)、③対象者のやる気を起こす(Empowerment)、④いかなる問題も責任を持って解決する(Problem-solving)、⑤自己の可能性を実現する(Self-realization)の5つの能力、それぞれの英語の頭文字をとって“STEPS”を4年間の教育の中で身につけさせることが重要であり、それを具現化するのが独自のカリキュラムである。

 特に魅力的な取り組みが連携教育の実践だ(保健医療福祉基礎科目群)。保健・医療・福祉・スポーツの総合大学であるメリットを生かし、学部・学科の枠を超えて学び、卒業後のチーム医療をはじめ多職種と協働・協同できる実践的な能力を身につけさせている。2年次から始まる「連携基礎ゼミ」では各学科の学生が混成で学び、担当教員の指導のもと、共同テーマを決定し、研究・発表を行う。研究テーマ例は「スーパーメタボをスーパーモデルにする方法」、「健常者と障がい者が共に楽しめるスポーツ」など。3年次の「保健医療福祉連携学」では、医療現場や福祉現場などの現場で行われる専門職の連携について、現場の声や具体的な事例など実体験を通じて学ぶ。3年次後期からの「連携総合ゼミ」では、これまで学内外で習得した専門知識・技能を総動員し、チーム医療などについて実践的に学ぶ。ゼミでは具体的な症例(例えば、「高齢者の骨折予防・治療と生活支援」、「児童虐待に伴う精神発達遅延児への成長・発達支援」など)をもとに、関連する学科の混成チームのグループワークで具体的な支援策について意見交換し、検討結果を発表する。場合によっては患者の具体的な症例を研究事例とすることもある。海外での研修旅行やフィールドワークも豊富だ。

 また入学から卒業まで学年進行に応じた少人数教育で学生生活をサポートする。1年次から教員1名に対して7~8名の少人数で行う基礎ゼミなどを実施し、さらに3年次からの卒業研究ゼミでは、担当教員が卒業研究・国家試験等対策・就職活動を三位一体で指導する体制を構築するなど、きめ細やかなサポートを行っている。

 こうした教育を受けた卒業生は現場での評価も高いようだ。卒後3年間の離職者も他大学卒業生に比べて少ないし、それ以外にも「あいさつができる」「チームをまとめてくれる」と評判だという。

動きやすい組織制度の設計

 こうした連携教育や少人数ゼミは、そのための委員会組織をたちあげて順調に運営されているという。日本の多くの大学では学部内、学科内でも教員が連携して教育するのが難しく、いかに大学全体の体系的な教育システムを構築できるかが近年の政策の焦点になっている。なぜ、新潟医療福祉大学では可能なのか、秘訣について詳しく尋ねてみた。一言でいえば「学部教授会に重きをおかない、ハイブリッド型の合意形成・運営の仕組み」を意識的に構築してきたことが重要なポイントであるようだ。

 理事長は大きな目標は示すが、それを達成する手段などは大学の裁量に任せており、学長を中心の体制が構築されている。大学内の最高意思決定機関は、「総務会」と呼ばれる組織で、月1回開催される。これが学内の合意形成の場であり、各種会議や委員会との連携をとって進めている。意思決定の基本単位は学科であり、学部長に加え全ての学科長が総務会のメンバーとなり、全学的な観点からの審議に参加している。これがうまく機能するためにも、新設大学ということもあり、学部長や学科長を構成員の選挙で選んでいないことも重要だ。総務会にあげる最終案は、副理事長、学長、法人事務局長、大学事務局長、企画室長の5名からなる調整会議(月次開催)で議論され、理事会と大学の意思疎通や連携もここで行われている。

 縦割りになりがちな学部教授会を運営の中心とするのではなく、学科主体の全学的合意形成を目指す仕組みは様々な場面で確認できる。連携教育などのカリキュラムについても全学的な観点で議論・実施がされているし、教員の出張講義も年間120~130件ほどを全学的な協力で行っている。この分野の教育は、入学時からどのような職業になりたいのかが決まっており、1年生から専門的な内容に取り掛かれるメリットがある一方で、「入ってみたらイメージと違った」といったギャップがあった場合は致命的である。そこでオープンキャンパスや広報の工夫だけでなく、高校生に出張講義などでより具体的なイメージを持たせ、体験させること、在学生と直接触れ合う機会を設けることが重要で、職業理解を深めるための活動を教職員挙げて取り組んでいる。

 それ以外にも例えば、新学科を作る際にも、各学部で発案・議論をしているわけではない。企画室で新学科の構想を練っている。毎月、新規アイデアについて検討にあがるというから驚きである。新学科の構想が調整会議などで徹底的に議論され、全学的な決定に至れば、新学科長予定者を含めた設置準備室を全学的に設置し、そこで準備を進めている。また、教員選考プロセスも、各学部・学科内に閉じられていない。山本学長が着任して以来、全ての新任・昇任のケースで模擬授業(ミニレクチャー)をとりいれているし、候補者の法人面接も行い、教員だけでなく職員も入ってもらっている。大学に合わない教員を採用してしまった場合には、学生だけでなく、大学全体が損をするので、教学と経営の両面から選考を行うのは当然だという。将来計画を策定する際も、全学科長はじめ全体で30名ほどの教職員(現在は教員190名、職員60名なので、8名中1名は策定に参加したことになる)に参加してもらう形で進め、それにより全学的な観点からの検討や共通理解が進んだという。

フォロワーシップの重視

 総務会など学部の枠を超えた会議体は基盤的な要素としてうまく機能している印象を抱いたが、こうした組織を作れば、全学的な観点からの議論・協力関係が構築できるとは限らない。問題点や工夫はないのか、尋ねてみた。

 取材に同席した事務局長によれば、開学当初は研究に重点を置き、授業改善に積極的ではない教員もいたが、少しずつ教員の意識が変わってきた実感があるという。仕組みをうまく機能させるためにも学長は「リーダーシップよりもフォロワーシップが重要」と繰り返し強調していた。学長は、法人化をはさむ6年間、新潟大学医学部長を務めたが、その経験から、フォロワーシップの重要性を説く。急速な発展に伴い、教職員の意識改革は必要だが、改革を急ぎすぎるとついてこられない教職員が必ず出てくることを国立大学の法人化の対応で経験したためだ。そこで、学長に就任した際、外部の仕事はすべて断り、学長の仕事に集中し、以下の点を工夫している。

 第一は、教職員自身のQOL(やりがいの実感、成功体験・達成感、意欲の向上)を大事にすること。生きがいを持って働いてもらいたいので、教員の既得権は侵害しないように留意している。例えば、模擬授業や面接は、新任と昇任の場合のみで一気に全員に大きな変化を求めたりしない。その一方で、委員会組織を見直し、70から35まで半減させ、教員により多くの時間を教育研究活動に投じてもらうようにした。また、将来計画の中に、教員の教育担当時間の適正化、教員の人材確保、研究機能の充実、長期留学制度、長期研修制度、若手教員の短期留学制度など、やる気を引き出すようなインセンティブ制度を設けているのもそのためである。この分野は学部・学科の相次ぐ新設で教員の入れ替わりが激しい傾向にあるのだが、こうして働きやすい環境を作っているためか、他の大学に移りたいという教員は多くないという。

 第二は、情報共有、学長と構成員の間の風通し・コミュニケーションを良くすることである。例えば、毎日2回程度の“学長回診”で学内を歩き、学生や教職員に声をかけ、直接話をしている。また学長は、意識的に自分の考え・基本方針を文章で明確化しているという(今回の取材の際も非常に明確な「学長メモ」をご用意下さった)。隔月で「学長室から」というメルマガを全教職員に送信し、自分の考えを示して、「あなたはどう思うか」と意見を募る。メルマガの最後では必ず学長へのメッセージを呼び掛けているが、何件も来ているそうだ。情報を共有し、意識改革をすることが重要だということも学内の様々な場面で実践されている。数値で示せる情報はたくさんあるので、それを示すことも積極的に行っている。例えば、各学科には国家試験の合格率だけでなく、毎月、学科ごとの退学率を示すなどの数値を示している。議論の過程で教員がなんとなく反対していたのが、数字で示すと納得が得られたり、「こういうデータを見せてくれ」という要求が教員から出るようになったり、効果があるという。情報の共有は学内にとどまらない。将来計画(長期計画、中期計画、アクションプラン)は日本語、英語で作成し、ホームページで公開している。自分たちの現状と目指す姿を示すことで、自己規制しているという。

 勢いのある新潟医療福祉大学がいかにして開学時からの目標を達成していくのか、またこの新しい運営モデルが既存の大学にどのように影響をもたらすのか、今後の展開も波及効果も楽しみである。


(両角亜希子 東京大学大学院教育学研究科 講師)


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