強い個性化こそ受験生に訴えるブランド力形成の鍵/北里大学

 本誌「進学ブランド力調査2013」をみると、数年にわたって上位を占め続ける大学が存在する一方、近年順位を上げることに成功している大学のあることに気がつく。近年好調を示す大学、その一つが北里大学だ。

 北里大学は、同調査において理系志望の高校生(関東エリア)が「志願したい大学」の中で8位につけている。昨年の14位から大きく上昇した。もちろん、わずか数年の変化をもって一つの大学の成功や安泰を語れるほどにことは単純ではない。各大学の置かれた環境はますます厳しさや不安定さを増しているからだ。

 それでも、北里大学がなぜ進学希望者から高い支持を集めることに成功しているのか。選ばれるのにはそれだけの理由があるはずだ。それを明らかにすることは、サバイバル競争を迫られている他大学の機関戦略にも、意味あるヒントを提供してくれるに違いない。相模原キャンパスを訪ね、岡安勲学長にお話をうかがった。

北里大学の「個性」を支えるもの

 冒頭からやや性急にすぎるかもしれないが、結論を先取りして言えば、北里大学が選ばれる理由は、歴史に裏打ちされた強い個性にあるように思える。その個性が、外部から見たとき極めて明瞭な大学イメージを伝えるものとなっている。もちろん、個性と一言でいってもその表れ方は一様でない。多様な要素が揃ってこその個性である。

 北里大学の場合、まず何より大学の名前自体が特徴的だ。言うまでもなく、同大学名には学祖・北里柴三郎博士の名前が冠されている。大学の創設自体は1962(昭和37)年だが、その淵源は1914(大正3)年、博士が自ら創設した北里研究所に遡ることができる。研究所創立50周年の記念事業の一環として、東京都港区白金に衛生学部を創設したのが大学としての始まりである。別法人だった研究所と大学は、2008年に学校法人北里研究所の下に統合され、2012年には大学創立50周年を迎えた。さらに、来年(2014年)には研究所創立100周年という大きな節目を迎えることになる。

 このように、「北里」という名称には100年の歴史とそこで培われてきた使命や理念が凝縮されていると言っていい。我が国の「細菌学の父」として知られる北里博士の学術的功績は、破傷風菌純培養法、それに続く毒素に対する抗血清療法の確立やペスト菌の発見でつとに有名であり、さらに博士は我が国における予防医学の発展にも力を尽くした。そこで発揮された博士のフロンティアスピリットは現在、建学の精神「開拓・報恩・叡智と実践・不撓不屈」として継承されている。

 そうした精神は、実際に教育研究を担う学部・学科の構成にもしっかり具現化されている。開学以降の50年間で展開されてきた学部の創設・再編の経緯は図表1に示す通りだ。1962年、衛生学部を設置してスタートした。現在は、薬学部、獣医学部、医学部、海洋生命科学部、看護学部、理学部、医療衛生学部の7学部(15学科)で構成されている(その他、一般教育部、7大学院、2附置研究所、4附属病院がある)。7学部合わせた学生数(学士課程)は2013年現在、約8,000名である。

図表1 北里大学における学部の設置と変遷

 岡安学長は、北里大学における学部編成は、時代のニーズ変化に合わせながら、次の10年・20年を見据えてモデルチェンジしてきたものだったと振り返る。現場から出てくる意見を汲み取りつつ、入学者動向や就職状況にも目配りしながら戦略的に進めてきたという。基礎研究も臨床も対象としていた衛生学部は1994年、理学部と医療衛生学部に分化した。2008年には、水産学部を、より広い領域を包含する海洋生命科学部に名称変更している。

 一般に、学部編成は当該大学の掲げる使命や人材育成目標を端的に反映していると言えるが、北里大学の学部構成は、「生命科学」と「医療科学」に特化した理系総合大学であることを明確に示すものとなっているのが特徴的だ。

 岡安学長によれば、北里博士は研究所時代から手弁当で衛生学の講義を行うなど、実学を重んじ社会に直接役立つ人材の育成に努めていたそうだ。現在の学部構成にも、そんな北里博士の実学重視で社会貢献を目指す精神が受け継がれている。北里大学の強い個性はこうした一本筋の通った歴史に裏打ちされたものなのである。

増える入学志願者

 北里大学が生命や医療を学べる総合大学として明確なイメージを打ち出せていることは、生命科学の時代と言われる21世紀において明らかに強みを形成している。

図表2 2013年度入試における志願倍率

 事実、冒頭でも触れたように、入学志願者からの支持が高まっている。例えば2013年度入試の志願状況をみると、図表2にあるように、多くの学科で極めて高い志願倍率が維持されている。特に、全国規模で学生が集まる獣医学科の人気の高さが目立っている。生命科学や医療科学には資格取得につながる分野が多く、結果として自分の将来像をイメージしやすいこともあり、受験生の目には魅力的に映るようだ。確かに学生が将来像をイメージしやすいことはメリットであり、実際の就職率の高さとなって表れている。2013年3月卒業者の就職率は97.7%(就職者数1164名)であった。

 さらに、本誌「進学ブランド力調査2013」においては、特に理系女子からの支持の高さが注目される。学長は、白金キャンパスにある薬学部への女子人気というだけでなく、「生命科学・医療科学に対する現代的ニーズが女子学生の関心を本学に向けさせている」と分析する。確かに、一貫して生命科学・医療科学の総合大学づくりを推進してきたことが奏功しつつあると言えるだろう。我が国の高等教育において機能分化の議論が始まって久しいが、機関のサバイバル戦略として自らの個性を際立たせることがいかに重要かを、北里大学の事例は教えている。

さらなる個性化を目指して

 ただ、多くの志願者が集まるからといって、北里大学が現状に安住しているわけではない。学長は、質の高い学生を確保するため、全学レベルの事業計画で志願倍率10倍という数値目標を掲げているという。単なる拡大路線には意味がないが、一定量の確保は質を維持するためにも必要だというわけだ。学長が決して今に満足している様子はない。

 加えて、大学としてさらなる個性化・特色化を推進すべく将来構想が検討されてもいる。2008年7月、当時の柴忠義理事長の諮問を受け、各学部・部署の代表者を集めた将来構想検討委員会が組織された。2年にわたって議論が重ねられ、2010年6月には60ページ強に及ぶ将来構想答申が出されている。同答申は、「大学・法人の運営」、「教育・研究」、「病院・附置研究所」といった項目について、今後10年を見据えて広範かつ詳細に考察した包括的なレポートに仕上がっている。

 こうした学内での検討を踏まえ、北里大学は現在、将来像として「環境・食・健康の連携による生命科学と医療科学を学ぶ総合大学」となることを掲げている。具体的には、図表3にあるように、各専門分野における教育・研究を推進する一方、次のような3つの学際的な教育・研究拠点の形成が目指されている。

  • 感染制御教育・研究拠点=感染制御の基礎研究から創薬・ワクチン開発までを一貫して実施
  • チーム医療教育拠点=安全で良質な医療協働のための教育を提供
  • 農医連携教育・研究拠点=環境の保全・創造、食の安全と人の健康増進のために農医が連携した科学を追究

 いずれにおいても、北里大学の伝統と実績を踏まえつつ将来を展望する課題設定がなされている。

 このうち「チーム医療教育」は北里大学の強みが十全に発揮された取組みだ。医療現場では、医師・看護師・検査技師・薬剤師らがそれぞれの専門知識を持ち寄ってチームを結成し実際の診療に当たっている。そのため、高い専門性に加え、チームで協働して問題を解決していく力が必要になる。先に見た通り、北里大学はこうしたチーム医療を担う人材を育成するのに最適な学部・学科を備えている。学生は入学後に各専門分野で確実に専門性を修得し、さらに他分野専門職とも連携できる力を獲得できるような教育機会が提供されている。具体的には、北里大学では「オール北里チーム医療演習」が提供されている。このプログラムは、医療系学部(及び北里大学保健衛生専門学院及び北里大学看護専門学校)の学生1,200名ほどが5月の連休の2日間、相模原キャンパスに一堂に会して実施されている。異なる医療職を目指す10人程度でチームが編成され、与えられたテーマについて各職種に応じてどのような役割が担えるのか議論し、発表し合うことを通してチーム医療を疑似体験する仕組みになっている。

 もう一つ、「農医連携」にも注目しておきたい。農医連携の拠点形成は、環境・食・健康に関わる分野間連携による新たな学際的分野の創出を目指すという意味で大変意欲的なものだ。この推進に向けて農医連携教育研究センターを設置したという。今年6月には同センター開設記念シンポジウムを開催し、動物介在医療(アニマル・テラピー)や漢方医療をテーマに講演や議論が行われている。

図表3 北里大学の将来構想

次なる課題は何か

 ここまで見てきたように、歴史に支えられた大学イメージのまとまりの良さは確かに魅力的だ。しかし課題のない大学など存在しない。北里大学がさらなる飛躍を図るには今後何が必要になるのだろうか。岡安学長に尋ねてみた。

 今後の課題は、国際化に対応した人材育成だと学長は強調する。伝統的に重視してきた実学重視の教育に、国際的素養の修得をどうつなぎ合わせるかが課題だ。国際化の推進を通して一皮むけ、質を上げていく必要がある。研究に関して国際レベルで評価される大学になることを目指すとともに、国際人の素養をもって専門性を活かしていける人材の育成を進めたいという。

 しかし、障壁の一つは理系カリキュラムがタイトで、海外体験を入れることがなかなか難しいことだ。そこで、一部の学部では短期コースを始めた。獣医学部では中国・吉林大学における短期研修で中獣医学を学んでもらう機会を提供している。医学部には、6年次に海外の大学で臨床参加型実習(クリニカルクラークシップ)や研究活動を行う学生交流プログラムがある。看護学部や医療衛生学部でも短期での海外体験プログラムを取り入れているという。

 国際化を進めるには学内のインフラ整備も欠かせない。今後は留学生増加に向けた体制整備や英語による授業の導入が必要だが、まずは、海外から気軽に問い合わせしてもらうように各学部で英語ホームページの整備を進めているという。さらに、国際交流に備えてセメスター制や単位互換制を整備していくことも必要だと学長は考えている。

 もう一つの次なる課題として、学長は全学レベルでのガバナンスの強化を挙げる。北里大学では、これまで学部や大学病院は独立採算制を採り、各部門の自治に任せてやってきたところがあり、中央からの強いリーダーシップがあまり必要とされない面があった。しかしそれでも、近年は経営戦略室や国際部を設置して全学的に取り組んでいく課題も増えてきているという。

 例えば、大船渡市にある三陸キャンパスの問題はそうした例だ。同キャンパスには海洋生命科学部が置かれていたが、東日本大震災の影響を受けて教育を行えない状態に陥った。そこで、教育機能を相模原キャンパスに移し、昨年秋には新しい学部棟も完成した。結果としては、首都圏で海洋科学が学べるということで入学志願者が増加することとなった。だからといって、三陸キャンパスを即閉鎖すればいいという話ではない。キャンパスの去就は地域社会の活性化を左右する。地元からは早期再開を求める要望書も来ている。三陸キャンパスをどうするかは、全学で真剣に考えないといけない問題なのだという。現在も地元と協議会を作って議論を重ねていて、研究や臨海実習の拠点としていく方向で調整中だ。

 こうした切実な課題対応には、確かに大学や法人のガバナンス機能が問われる側面がある。それは、トップダウンで進めるためということではなく、全学の意見収集や理解を得て大学全体の方向性を見定めるために、適切で効果的なガバナンスが必要となってきているということだろう。北里大学は今、これまでの強く明確な個性をさらに活かすための大学運営に向けて歩み始めているのかもしれない。


(杉本和弘 東北大学高等教育開発推進センター准教授)


【印刷用記事】
強い個性化こそ受験生に訴えるブランド力形成の鍵/北里大学