国際的な学びの空間での異文化体験が学生を育てる/麗澤大学

 グローバル規模での社会的変化が進むなか、それに呼応するように、大学教育が輩出する人材への期待も確実に変化している。政府も産業界もこぞって、いわゆる「グローバル人材」の必要性を声高に主張するようになった。語学力、リーダーシップ、異文化理解力を身につけて世界に飛躍できる人材が必要だという。そんな期待に応えようとする大学の挑戦が各地で始まっている。海外留学の必修化、海外インターンシップ、英語による授業時間数の増加等、大学の取組みは多様な広がりを見せ始めている。

 そんなアプローチの一つが、国際寮だ。海外留学さえすれば即グローバル人材になるわけではない。だからといって国内でこれまでと変わらない学生生活を送っていて大きな成長が見込めるとも限らない。国際寮では、日本人学生と留学生が共に学び生活する空間として、日本にいながら異文化状況を体験することが可能だ。麗澤大学はこの4月、新たに学生寮「グローバル・ドミトリー」を開設した。この国際寮は、いかなる仕組みの下で運営され、どのような学習効果をもたらしているのだろうか。中山理学長と井出元学長補佐にお話をうかがった。

寮教育の伝統

 麗澤大学は、東京都心から少し離れた千葉県柏市に立地している。実際に訪れてみると、なるほど、「ガーデンキャンパス」という形容にふさわしい緑豊かなキャンパスが広がる。東京ドーム10個分、46万平方メートルという広大さだ。そこに現在、外国語学部と経済学部の学生を中心に約2600名が学んでいる。

 この森と共生した恵まれた学習環境を活用して、麗澤大学は今、これからの時代を担うグローバル人材の育成に乗り出している。といっても、国際化を見据えた人材育成は麗澤大学が開学以来続けてきた伝統であり、強みとしてきた教育実践だ。今に始まったことではない。

 そもそも麗澤大学の歴史は、法学博士・廣池千九郎が昭和10(1935)年に創立した道徳科学専攻塾に遡る。廣池博士は、モラロジー(道徳科学)を提唱し、専門知識の修得に加えて徳の教育を重視する「知徳一体」の教育を唱えた。そこで目指されたのは「高い品性と専門性を備え、自分の考えを国際的に発信できる人材」の育成だった。これはまさに、現在求められる「グローバル人材」に通じる人材像だといっていい。

 こうした理念を実現すべく、創立以来、教育の重要な柱に据えられてきたのが寮教育だ。寮は単なる生活の場ではない。品性を向上させるための教育施設として位置づけてきたと中山学長は強調する。大学では得てして学問研究だけに重きが置かれる傾向があるが、麗澤大学では品性教育も重要だと考えてやってきたという。

 創立当時は男女共学の全寮制で、四人部屋に各学年の学生が入って最上級生が部屋長を務めた。寮の玄関には「自我没却神意実現之自治制」の扁額が掲げられ、寮生の生活信条になっていたという。寮は、自らを律する自治制を重んじ、学生同士が共同生活の中で切磋琢磨して自己の品性を向上させる人間形成の場として位置づけられていた。

 麗澤大学は、その後、東亜専門学校(昭和17年)、麗澤短期大学(昭和25年)を経て、昭和34(1959)年に四年制大学として新たなスタートを切ることになる。廣池千英初代学長もそれまでの伝統を継承し、自由と自治の訓練を促す寮教育を重視した。昭和47(1972)年には麗澤日本語学校(現在の別科日本語研修課程の前身)を設置し、寮への留学生受け入れを始めている。まだ留学生が少ない時代だったが、その頃からすでに国際寮への歩みが始まっていたと中山学長は振り返る。

グローバル・ドミトリーの構成と運営

 中山学長自身、寮生活の経験者だ。学生時代に寮で築いた人間関係が最も印象に残っているという。今の学生にも学内でより良い人間関係を構築していってほしい。それを、寮生活での共同生活を通して学んでもらいたいという。

 新学生寮「グローバル・ドミトリー」の設置には、そんな強い願いが込められている。時代の変化と学生数の増加に伴って全寮制は希望入寮制に移行されたものの、人間形成と国際交流の場としての学習効果が期待されることに変わりはない。グローバル・ドミトリーにはそのために必要な環境整備が入念になされている。

図表1 麗澤大学「グローバル・ドミトリー」

 この4月に完成したグローバル・ドミトリーは、女子寮2棟(各3フロア)、男子寮1棟(4フロア)からなり、フロアごとに学習室や集会室が配置されている。屋外にはバスケットボールコートやウッドデッキ、芝生広場などセミパブリック空間も整備され、地域社会に開かれた設計となっている。外部との境界を植栽で仕切り、歩行者に圧迫感を与えないようにするといった配慮もなされている。

 こうした周辺的な環境整備と合わせて重要なのは、学生たちが多様性を尊重し合いながら共同生活を送ることのできる「場」をいかに提供するかだ。学生担当学長補佐として寮教育の推進に携わってきた井出教授は、学生は一つの共同空間のなかでの経験を通して大きく成長するという。寮での多様な他者との共同生活にはコミュニケーション能力が求められ、時にはコンフリクトが生じる。しかし、そんな経験が総体として学生を育てるというわけだ。

 そのために新学生寮に導入された仕組みがユニット制だ。グローバル・ドミトリーの各フロアは、4つのユニットから構成される。ユニットごとにリーダーを置き、4人のうちの1人がフロア・リーダーも務める(図表2)。

 1ユニットは日本人学生と留学生の合計6人、しかも異なる学年の学生で構成されている。以前の全寮制では寮長が30名ほどを一斉にまとめる形態だったが、新しい寮ではユニットを単位とし、属性の異なる者同士が育ち合う関係性が形成されることを狙ったと井出教授は説明する。上級生が下級生の面倒を見る、それを通して上級生自身も成長する。そんな成長の連鎖が期待されている。学長も、寮というのは人の世話をすることによって、ほかに対する共感性が育まれるシステムだと強調する。まさに、ユニットという「場」が持つ教育力への期待ということだろう。

 物理的空間としては、ユニットごとに6つの個室と、キッチンとリビングを併設した共用空間としての「グリーンビューラウンジ」が整備されている。全寮制の頃のような相部屋ではなく、その後の独立性の高い個室でもなく、公私いずれの空間も確保できるように工夫されている。個室でプライベートが保障される一方、リビングでは一緒に食事をとることになる。学生の自由を尊重し、現代のニーズやライフスタイルに合わせた仕掛けだ。

 このように、文化的背景や年齢の異なる者同士の集団が意図的に形成され、共同生活が展開されているのがユニットだ。それは家に例えれば、多様なメンバーからなる6人家族だ。一人っ子政策の下で育った中国人留学生からは、ユニットのほうがよほど家族らしいという感想も聞かれるという。その意味では、日本でも6人家族は多くない。他人と暮らした経験のない日本人学生にとってもまたとない経験になる。その点、6人というのは絶妙な数だと井出教授は言う。10人ではコントロールが難しいが、4人はやや寂しい。6人のユニットは管理や集団行動の意識を育むうえで意味のあるサイズなのかもしれない。

 そんなユニットの基本原則は「自治」だ。ユニットのルールは自分たちで決めている。それを統率するのがユニット・リーダーだ。6人が和気あいあいと連れ立って近くに買い物にでかけることも珍しくないが、逆に部屋にこもりがちなメンバーがいれば、リビングに出てくるよう気を配るのはユニット・リーダーの役割になるという。こうして利他的に他者に尽くすことでリーダーとしての資質や品性が身につくと中山学長は指摘する。

図表2 グローバル・ドミトリーの構成

グローバル・ドミトリーで学生はどう育つか

 麗澤大学におけるグローバル・ドミトリーの試みは始まったばかりだ。その学習効果はこれから検証していく必要があると学長は考えている。ただ、グローバル・ドミトリーでは大きく二つの側面で学生の成長が目指されていることが明らかだ。学習効果という観点でみれば、今後はその二つの成長を軸に検証が行われていくことになるだろう。以下整理しておきたい。

 一つは、海外留学とは異なる異文化体験がもたらす成長だ。現在、この新寮には、学生約2600名のうち300名前後が入寮していて、そのうち約半数を留学生が占める。先にみたように、各ユニットに留学生が入って日本人学生と共同生活を送る。麗澤大学では過去30年間で、延べ3000名以上の学生を海外に留学させているが、留学前の事前学習としても寮体験は効果的であり、留学しない学生にとっては寮生活がほかでは得難い貴重な異文化体験となる。

 生まれ育った環境や文化の異なる学生たちが24時間一緒に暮らせばトラブルが起きることは想像に難くない。井出教授は、ユニット内の摩擦は極めて具体的な事柄をめぐって生じるという。例えば、留学生の使う香辛料の匂いや食器の洗い方などがトラブルの発端となる。トラブルが起これば教員に相談が来ることもあるが、教員はアドバイスをするのにとどめ、答えを提示することはないという。確かに、学生たちが自分たちで考え問題を乗り越えていくための絶好のチャンスだ。学生による運営自治の原則にも適っている。

 そんな問題解決のプロセスは留学生にとって日本のことを学ぶ機会になる。例えば、ドイツ人留学生は、寮生が協力して行う掃除のルールを通して、寮が「助け合い」の文化を持っていることを発見したという。他方で、日本人学生も、留学生に日本のことやルールを自分の言葉で伝えなければならない場面が増える。それは自分たちが暗黙裡に身につけた文化や習慣を振り返り、グローバル・リテラシーを身につける機会になる。些細な日常トラブルを通して、学生たちは異文化を肌で理解し問題を解決する力を身につけていく。究極的には、文化を越えた人間と人間の付き合いができるようにもなる。

 もう一つ、寮教育が目指しているのはリーダー育成だ。言うまでもなく、ユニット・リーダーやフロア・リーダーになれば、適切なリーダーシップの発揮が求められる。例えばフロア・リーダーには、フロア単位で使う施設を管理する能力や、異なるルールで生活する複数のユニットを調整しまとめていく能力が必須だ。

 恐らく、各自の経験や自覚を通してリーダーに成長していく側面も強いだろうが、他方で、大学として意図的にリーダーを育成する場を設けている。ユニット・リーダー会議やユニット・リーダー・セミナーだ。前者の会議は月に1回開催され、専門のカウンセラーを含む教職員12〜3名も加わる。リーダー会議では、寮生からの要望を出してもらい、次回に必ず責任をもって答えるようにしている。後者のセミナーは、群馬県みなかみ町の麗澤大学谷川セミナーハウスで2泊3日の日程で開催される。学長をはじめとする専門スタッフが、リーダーの心構えや人間関係の構築方法について講演し、学生たちはさらにワークショップを通して学ぶ。例えば、井出教授は、先代の寮長たちが何を考えたのかを伝え、自分たちは何をすべきか、自治とは何かといったことを自発的に考えさせるようにしているという。

 こうした寮での取り組みは、麗澤大学が力を入れるリーダー育成の一つを構成するものだ。寮に入っていない学生にも配慮がなされており、学友会の役員やサークル・クラブのリーダーに対してもリーダー・セミナーを提供しているという。

 同様に、寮教育のシナジー効果はほかの実践にも及んでいる。例えば、麗澤大学はここ3年連続で「全米模擬国連大会」に参加している。今年も日本人学生に中国人留学生が加わった6名の混成チームが結成され、ワシントンDCで開催された大会に臨んだ。寮教育を含め、麗澤大学が目指す人材育成のあり方がこうした諸々の実践に具現化されていると言ってよいだろう。

今後に向けて5か年計画策定

 では、グローバル・ドミトリーを設置したことは大学にどのようなメリットをもたらしているのだろうか。例えば、大学としての生命線といえる学生募集に効果が得られているのだろうか。

 中山学長は、学生を募集するために寮を作ったわけではない、学生募集をするために寮を建てるというのは学問を行う大学の姿勢として本末転倒だと言下に否定する。あくまで寮の目的は良い学生を育てることにある。優秀な学生が育ち、その結果として学生が麗澤大学を目指してくれることが重要なのだという。学長の言葉と態度は明瞭だ。

 その意味で、麗澤大学の今後の課題は、知徳一体を説いた創立者・廣池千九郎博士の精神をいかに教育実践として継続させ、効果を上げるかという点にあるように思われる。しばしば大学教育では専門教育に目が向きがちになるが、これからの時代を見据えるとき、それだけでは不十分だと学長は述べる。麗澤大学ではこれからも専門教育と品性教育を両輪として重視していくという。

 今後加速するグローバル化時代に通用する道徳を身につけるためには、認知レベルでの学習だけでなく、行動レベルでの経験が必要だというのが学長の考えだ。学問で学んだことを経験によって裏付け、さらに経験を通して学んだことを学問的知性へと高めていく。しかし、そうした学問と経験の往還は教室の中だけでは実現できない。だからこそ寮教育を推進する意義があるというわけだ。

 ただ、寮教育が全てではない。寮は一つのデバイス(装置)であって、決してオールマイティーではないと学長は強調する。ボランティアや地域貢献活動も含め、大学は多様な施策や実践を行っていなければならない。さらに、それを支える教職員の自己研鑽や資質開発も重要だと学長は言う。現在、5カ年計画を策定中だそうだ。そこにいかなる将来像が描かれることになるのだろうか。今後の取り組みにも期待したい。


(杉本和弘 東北大学高等教育開発推進センター准教授)


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