夢を応援するSFCのAO入試/慶應義塾大学 湘南藤沢キャンパス(SFC)

AO入試のセンセーション

 慶應義塾大学に、それまでの伝統に依らない新たなコンセプトの学部が設置されたのは1990年、総合政策学部と環境情報学部は4文字学部の先駆けであった。どちらの学部も、21世紀に向けて人類にとって未解決の問題を発見し、それを解決しようとする人間を育成することを理念として掲げ、それに沿ったカリキュラムを工夫している。重要なことは、この理念とカリキュラムに共鳴し、「学びたい」という意欲を持った学生を集めることであった。そのために編み出されたのが、AO入試という方式だった。高校までに履修した教科の習得度合い=学力を、大学が個別に測定する試験が、日本の大学の入学者選抜の主流であり、それが受験競争・受験地獄といった言葉を生み出していたころである。一部に推薦制があったとはいえ、主に指定校推薦であり、そこではやはり高校の成績が推薦の基準に用いられていた。

 そうしたなかで、自らの意思で自由に出願できる、高校の評定平均値よりも学習動機と意欲を尊重し、受験生のポテンシャルを見極めるという選抜方法は、極めてセンセーショナルな事件であった。しかも、当初は若干名の募集だったものが、すぐに定員850名のうち200人をもこの方式で入学させるとしたことで、SFC の入学者選抜方式は、教育内容と合わせて一躍有名になった。

 日本で初めて実施されたAO入試は、その後、多様な入学者選抜をという政策誘導や学生定員の充足が課題になるにつれ急速に普及し、現在、これを導入している大学は480校にのぼる。他方で、夏休み以前に合格者を決定する大学が登場したり、AO 入試を目指す高校生は受験勉強しない風潮があるといわれたり、こうしたことが原因で大学生の学力低下が生じるといった問題が指摘されるようになり、近年ではAO 入試の募集枠を縮減する大学も現れている。しかし、慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス(以下、SFC)の場合は、開設以来のAO 入試をいくつかの手直しをしたとはいえ、その基本は堅持され、今後もその方針のもとに入学者選抜を実施していく予定である。23年間にわたってAO入試を継続し、それも募集枠200人規模で維持してきたのは、それに期待されている理念が実現しているからにほかならない。それでは、他大学で実施されているAO入試と、どこが異なるのだろう。どこにAO入試を成功と言わしめる原因があるのだろう。

多様化したAO入試

 現在、AO入試には、「A方式」、「B方式」、「C方式」に加えて、「海外出願」や「GIGAプログラム」と5種類の方式があるが、もともとは「A方式」から始まった。「B方式」は2005年、「C方式」は2008年、「海外出願」は2007年、「GIGAプログラム」は2011年と、新方式はいずれも2000年代半ば以降に導入され、対象者と選抜方法の多様化を図っている。他方で、当初は、総合政策学部と環境情報学部の併願を可能にしていたが、2000年に廃止し、2010年には、後述する年3回の試験のうち、同一期における複数の方式の併願も廃止とし、志願の枠組みに制限をかける方向で改革を進めてきた。

 「A方式」は、学業を含めて様々な活動に積極的に取り組んだことが条件である。これは当初は、高校の評定平均値が4.0以上の者を対象にしていたが、1999年にその基準を廃止し、純粋にモチベーションとポテンシャルを見る選抜に変更した。しかし、2005年に、高校の評定平均値を出願条件に課す方式が「B方式」として新たに導入され、評定平均値は4.5以上と一層高い点数に設定された。「C方式」は、例えば、日本数学オリンピックや全国高校生ドイツ語スピーチコンテストなどの各種のコンテストで、一定以上の成績を収めた者を対象にしている。「海外出願」は、海外在住者が来日せずに出願が可能な方式であり、TOEFL® テストとSAT のスコアが求められる。「GIGA プログラム」は、環境情報学部が実施している、ICT(情報通信技術)分野の創造的能力とガバナンス能力の育成を目的とした、英語で実施されるプログラムであり、そのプログラムの希望者対象に英語のみで実施される試験である。それぞれの分野でとがった人材を求め、キャンパスにダイバーシティをという期待が、「A方式」からやや複雑な方式へと進化させてきた。

 とはいえ、AO入試の主流は、評定平均値を問わないA方式である。図表1は、方式ごとの志願数の推移を示したものだが、1990年代は約1000 人、2000 年代前半はむしろ増加して約1400人、2000年代半ばに若干落ち込んだが、新たな方式を導入して持ち直している。また、2013年度で見れば、9月入学を除いた4つの方式において306人を合格としている。

 AO入試といっても、「海外出願」と「GIGAプログラム」は書類審査のみであり、9月入学を前提にしているが、その他の方式は書類審査と面接を課し(C方式は面接のみ)、試験は年3回実施される。4月入学I 期はA・B・C方式、4月入学II期と9月入学はA・C方式について実施する。例えば、4月入学I期では、出願が8月上旬、1次の書類選考の合格発表が9月末、2次選考の面接が10月初旬と、ほぼ3カ月をかけて実施される。受験生にとっても、選抜を担当する教員にとっても長丁場である。さらに、このパターンが3回繰り返されるのであり、言ってみればAO入試は年間を通じて実施されていることになる。

図表1 意思決定フローの起点としてのIR機能

進路指導の場としての面接

 A~C方式には、2次選考として面接がある。これがAO入試の最大の山場である。受験者1名につき、複数名の教員が立ち会い30分をかけて面接を行う。受験生のうち希望者には、7分間をプレゼンテーションに当てることも可能である。面接を実施する教員とは、執行部、AO委員、一般教員の3層から構成されており、執行部は第1次の書類選考から面接までAO入試全体をオーガナイズし、AO委員は書類を読んで面接に立ち会い、一般教員は面接という役割分担がなされている。両学部の全教員100名が担当し、新任の教員は一般教員として面接から始め、徐々に色々な役割を担当する。教員も経験を積むことで、SFCが望む受験生を選抜できるようになっていくのだという。受験生の能力を多面的に見ることができるよう、面接担当の教員に偏りがないように配慮し、また、決して圧迫面接にならないように気をつけているという。

 この面接は例えて言えば、進路指導であり、受験生と大学とのマッチングの場だという。すなわち、受験者とのコミュニケーションを図るなかで、SFCで何をしたいか、そのために高校で何をしてきたかを問い、その夢の実現のためには何が必要であるかをアドバイスし、さらにSFCはどのような教育ができるかを受験生の立場から考える場と位置づけている。そのことによって学生のモチベーションやポテンシャルをさらに高めようという狙いが、AO 入試にはあるからである。その学生のやりたいこととは、「日本農業の活性化について」、「poemを用いた母国語教育」、「メキシコの麻薬戦争の撲滅について」、「ひとり親家庭の問題解決」など、非常に多岐にわたる。

 「受験生がやりたいと思っていることが、もし、SFCで提供できなければ、他学部や他大学を勧めることもあります。受験生にとって最適の進路を見いだすことが、われわれの役割なのです。」と、河添健総合政策学部長は、進路指導やマッチングの意味を語られる。

 さらに、「SFCのAO入試は、一芸一能入試ではありません。過去に何らかの業績を上げていることだけが決め手になるのではありません。それよりも、SFCで何がしたいか、それをどの程度本気で考えているかを見極めるのです。ポテンシャルとはそのことを指しています。」とも言われる。確かに、AO入試と名乗る他大学の入学者選抜には、高校時代の何らかの業績を基準にするものが多いが、それだけでは大学入学のみが目的になりがちで、入学後に何をしたいかまで考えなくなるというお話は納得できる。

 進路指導という観点は、初回の入試に不合格になっても、次のAO入試にチャンレンジすることを可能にしていることにも生かされている。これまでには、複数回のチャレンジにして、ようやく合格した者もいたそうだ。

自分で作るカリキュラム

 モチベーションやポテンシャルの高い学生に対して、SFCではどのようにしてそれを伸ばそうとしているのか。そのひとつは入学前指導である。早い者では、10月初旬と入学の半年前に合格が決定する。大学教育が始まるまでそのモチベーションやポテンシャルを維持し、高校から大学へのスムーズな移行とともに、答えのある勉強をする高校教育と、答えの出ていない問題に取り組む大学教育との違いを学習しておくことも重要である。入学までの期間に、興味関心のある課題について自主課題に取り組ませ、レポートを提出させることとしている。志望理由書に記載し面接で発言したSFCでやりたい課題を、さらにあたためフォーカスを絞らせようとするものである。

 大学生活が始まると、学生1名に対し1人のメンター教員が指定される。この「初期メンター」の教員は、入学前に実施した自主課題研究を評価し、入学後の学習・研究、学生生活についてアドバイスやサポートを行う役割を持っている。メンターは、AO入試による入学者だけでなく全ての学生に対してつくものだが、大変手厚い支援制度である。それもSFCには、語学や数学などのスキル系科目の一部を除いて、専門教育の必修科目はなく、学生が自分の目的に沿って自身で4年間に履修すべき科目を考え、自分の時間割を編成することになっていることによる。また、総合政策学部、環境情報学部と募集も所属も別枠であるが、入学後はどちらの科目も自由に履修できる。近年、カリキュラムの体系化が言われ、開講科目間の関連やシーケンスが求められるようになったが、SFCの場合は、開講科目はフラットな関係である。学生が自ら学びたいという前提から考えれば、履修の範囲や順序を決定するのは学生個人だからである。しかし、この自由裁量の大きさは、時には陥穽になる。それを未然に防止するのがメンターなのである。

 自由という点では、研究会という名称を持ついわゆるゼミにも1年生からの参加が可能であり、卒業に向けては卒業プロジェクトとして4年間の研究成果を提出する。研究会に参加すると、その教員が「研究メンター」として、初期メンターを引き継いで学生の学習支援を行い、卒業プロジェクトにおいては、「卒プロメンター」が指導する。

 こうした制度をうまく利用しているのは、どちらかといえばAO入試による入学者であり、そして、AO入試組の活発さが、他の学生のよい刺激になっているという。

AO入試は成功か

 AO入試は多様性を重視しており、一元的な数字で結果を測定することはAO入試の趣旨に反すると考えるため、客観的データによる比較・追跡調査は重視していないが、概ねAO入試を経た入学者に対する評価は高く、多くの教員がそのことを肌で感じている。

 できればAO入試を経た入学者を増やしたいというのが、SFCの執行部の希望である。それが、AO入試受験者に対する端的な評価ではないだろうか。しかし、現実にはなかなか増えない。現在の志願者数は、近年あまり大きな変動がなく安定傾向にあるが、それは、自分だけが他と異なることに没頭して他よりも飛びぬけるといった環境が、日本の高校には少ないからではないかというのが、執行部の判断のようだ。ただ、一般入試受験者の高校の所在地が徐々に南関東圏に集中していることと比較すると、もっと広範な地域から志願者を集めているし、おそらく一般入試であれば受験者すらいないような高校からもAO入試の志願者がいることが、AO 入試の強みでありキャンパスのダイバーシティを強化する重要な手段となっている。卒業後に起業する者が多いことも、AO入試組の特徴である。

 近頃、1点刻みの入試ではなく面接による人物本位の選抜をと、政府の会議で提言されたことに対して、賛否両論の議論が生じている。反対論の筆頭には、面接では、担当者の主観的好みが反映し、客観的な人物評価などできないという論が展開されている。これに対して、河添学部長は、「SFCの場合、マッチングという点では、相性がないとは言い切れません。しかし、学生の大学生活から将来のことまで視野に入れて、大学での勉強の方向性を考え、その個人に最も適切な進路をアドバイスする面接は、教育指導そのものです。たとえ不合格になっても、面接の結果に納得して帰ってもらうような面接を心がけています。」と言われる。続けて、「入試に通ればよいといった予備校での小手先の練習では、合格には程遠いです。」とも言われる。蓄積にもとづいた、自信にあふれる言葉である。


(吉田 文 早稲田大学教授)


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