「専門性の高いゼネラリスト」を育成する21世紀プログラム/九州大学

 学部や学科を基盤に構成される大学では、その縦割り構造の中で専門教育が提供され、人材が育成される。多様な領域ごとに専門人材が輩出されることは社会の発展や豊かさの実現に役立っている。

 しかし、現代社会の変化はあまりに急だ。日常レベルでグローバル化が進み、社会全体がダイナミックに変化し続ける時代、狭い専門知識だけでは容易に対応不可能な課題も多い。そこで求められるのが、一定の専門性を保持しつつも、それと同時に広い視野から総合的に判断しリーダーシップを発揮できる人材だ。そんな人材を育成できているのか、大学教育に向けられる視線は年々厳しさを増している。

 そうした現代的要請に応えるべく、九州大学は既に2001年から新たな挑戦を始めている。手厚いAO入試でやる気のある良質な学生を選抜し、入学後は学部学科や理系文系といった垣根を超えた横断的な教育プログラムで鍛える。それが九州大学の「21世紀プログラム(以下、2プロ)」だ。2003年度には文部科学省の特色GPにも採択されている。

 入試と入学後の教育とが有機的に連携した同プログラムは、21世紀の大学教育を構想する上で多くの示唆に富むものだ。果たしてどんな効果を上げているのだろうか。

 同プログラムの入試選抜と学生指導を担当する基幹教育院(アドミッションセンター兼務)の林篤裕教授にお話をうかがった。

21世紀プログラムの理念

 21世紀プログラムの狙いは、名称が示唆する通り、「21世紀を担う人材の育成」にある。教育理念は図表1にある通りだ。今年13年目を迎えたが、掲げる理念自体は基本的に変わっていない。キーコンセプトは「専門性の高いゼネラリスト」だ。しかし、それは単なる平板なゼネラリストを意味するものではない。育てたいのはしっかりと専門性を身につけたゼネラリストだと林教授は強調する。

図表1 九州大学21 世紀プログラムの理念

 受験生はこうしたプログラムの教育理念を十分に理解していないと合格には至らない。志望理由書には、その理解を踏まえつつ自分の適性や抱負について記述することや、入学後に追究したいテーマを明確に設定することが求められる。大学はそれを読み込んでプログラムの理念に合致した受験生を選抜する。

 それゆえ、2プロはどんなタイプの学生にも合うというわけではない。明確にやりたいことが決まっている学生や、医師や教師を目指すような将来像の明確な学生には向かないと林教授は強調する。例えば、2プロでは教員免許を取ることはできない。その意味で、このプログラムに向くのは色んなことに好奇心が旺盛で、主体的に広く学びたいと思うタイプだ。学生達は特定の学部学科に所属するわけではない。入学後は、原則として、全学部で開講されている授業を履修することが可能だ。自らの興味関心に合わせて自由に時間割を組み立て、学んだことを様々に組み合せながら既存の学問的枠組みを超える「知識」を形成していくことが求められる。広く学びながら「自分だけの専門」を作ることが必要になる。

 その意味からも、受験生には基礎学力の獲得が欠かせないと林教授はいう。一般に、受験生の目的意識や意欲を重視するAO入試は、学力不問と見なされることもあるが、2プロが学生に求める高い要求レベルを考えれば、その目的達成のために基礎学力が必須となることは想像に難くない。確かに大学入試センター試験は課されていないものの、2プロで実施されているAO入試の内容を詳細に見ていくと、むしろ大学教育において学ぶことの本質を考えさせるような作りになっていることが分かる。

AO入試の方法と内容

 では、実際にどのようなAO入試が行われているのかを確認しておこう。

 選抜は2段階で構成されている。第1次選抜は、調査書・志望理由書・活動歴報告書による書類選考だ。活動歴報告書には、中学校からの各種の活動、表彰、資格等が記載される。このプロセスでは、大きく、プログラムの理念についての受験生の理解度や「求める学生像」との適合度がどうか、そして最低限の基礎学力が確保されているかどうかをチェックする。第1次の倍率は例年4倍程度で、この段階で募集定員の3倍程度、つまり80名程度まで絞り込まれる。

 ユニークなのは次の第2 次選抜だ。2日間にわたって行われ、受験生は「講義とレポート」「討論」「小論文」「面接」をこなさなければならない(図表2)。

 1日目は、講義の受講とそれに関するレポート作成である。受験生全員が中規模教室に集まって、50分の講義を3つ受講し、それぞれについて70分かけてレポートを作成して提出する。

 講義で扱われるテーマは様々だが、基本的に人文科学、社会科学、自然科学の3領域から出される。2013年の例で言えば、「『邪馬台国』と考古学」、「独裁体制はいかに維持されるのか」、「The Wonder ofWater(水の不思議)」の3つの講義が準備された。一つの講義とレポートが120分(2時間)なので3つで合計6時間、朝から夕方までスケジュールはみっちりだ。受験生には、3つの異なるテーマについて新しい知識や概念を吸収しながら、それらをレポートに表現していくというかなりタフな作業が続く。英語による講義や英語資料が使われることもあるというから、まさに大学での授業さながらだ。

 2日目は、午前のグループ討論から始まる。まず受験生が5つの小規模教室に分かれて、150分間の討論を行う。仮に80名が第2次選抜に臨むとすれば、一教室あたり16名だ。

 グループ討論では、各自が1日目の3つの講義の論題から2つを選んで議論するが、当の論題は当日朝に提示される。事前の予習や対策を防ぐためだ。受験生が前日に一夜漬けで準備してきたことを滔々と話しても、それは真の意味での討論ではない。むしろ、他の受験生の考えをしっかり聴いて理解し、そこに自らの視点から意見を加えていけるか、アイデアを提案していけるかが重要だと林教授は強調する。

 グループ討論の教室には評価担当の教員が3名ずつ(合計15名)配置され、それぞれがA~Dの4段階で評価を行うことになる。討論を通して、受験生が日頃周囲の人達とどんな話をし、そこからどう主体的に学び活動しているのかを見ることになる。大まかなコンセンサスはあるものの、細かな評価基準を事前に揃えることはせず、各評価員の観点に基づいて評価してもらっているそうだ。判定会議ではそれぞれの見方と評価を突き合わせて議論を尽くし、最終結果にもっていくのだという。

 そして2日目午後は、小論文と面接だ。小論文が270分で、その合間を縫って15分間の個人面接が行われる。小論文では、先の講義論題に関連した標題を自ら作成し、講義や討論を踏まえて論を展開することが求められる。4時間半に及ぶ長丁場となるため、受験生は別室で休憩をとることも可能だ。

 こうしてAO入試の内容を見渡してみると、全て大学教育で実際に必要となる能力や態度を、複数の視点から問うものであることに気づく。記憶力に基づく知識量を測る従来型入試では、「大学から与えられるものを学ぶ学生」は選抜できても、「大学から与えられるもので学ぶ学生」を選抜することは難しいということなのかもしれない。

図表2 21世紀プログラム「第2次選抜」の構成

入学定員1%がもつインパクト

 それにしても、驚くほどに手厚い入学者選抜だ。2プロの入学定員は現在26名だが、その選抜に要する人員は、教員35名程度、入試課職員10名程度だそうだ。相当な労力がかけられている。

 そもそも2プロは、構想段階を含めれば15年以上も前に始まった。当時の杉岡洋一総長が音頭を取り、柴田洋三郎副学長(現福岡県立大学長)が中心となって進めた入試研究を元に2001年の実施に漕ぎつけた。九大の始めたAO入試は、当時の国立大学の中では筑波大や東北大とともに先駆的な試みだった。

 杉岡総長らの狙いは、ペーパーテストに基づいて高偏差値の学生を獲得しようとする入試のあり方に一石を投じ、大学教育そのものにも変革を迫ることだった。大学は多様な専門分野に立脚するが故にタコツボ化しやすい。学生達も狭い専門性に閉じるきらいがあり、すぐ隣の研究室が何をしているのかさえ知らない、興味がないという状況に陥る。21世紀に向けて本当にそんな大学教育でいいのか。2プロの設置は、幅広い知識の上に専門を立てていける新たな大学教育のあり方を模索した結果だったと林教授は説明する。

 それでは、13年目を迎えた2 プロはどのような成果を上げているのだろうか。定員26名というのは九大の入学定員約2,600名のわずか1%にすぎない。2013年7月現在、学部全体で118名が在籍しているが、2プロの学生は一般入試で入学してくる学生とどこが違い、どんな効果を生み出しているのだろうか。

 林教授は、データとして成果を示すことはなかなか難しいが、一つは、2プロの学生が他の一般学生に与える「カナリア効果」が指摘できるという。学生たちは、「課題提示科目」「プログラム・ゼミ」といった2プロ独自の科目を履修する以外に、色々な学部の授業に顔を出し、自らの学びを進め、海外にも積極的に出ていく。そんな姿勢が一般学生達に刺激を与え波及する。いい意味で競争意識に火がつき、一般学生の学びを促すようになるという。もう一つは、地域社会との関係性だ。2プロの学生達が学内に留まらず、地域の人々と協働して主体的に商品開発やイベント企画等の活動を展開することで、地域との関係が醸成されてきているという。その意味で、全体の1%の学生数であっても、十分に効果が出ていると林教授は見ている。

 さらに、2プロの成果という点からは、そもそもプログラムの掲げる理念に見合った学生が育っているかも重要だ。学生の多くは18 歳で入学してくるが、当然、彼ら彼女ら自身が悩みながら失敗しながら成長していくことになる。入学時に掲げたテーマから方向転換をする学生もいる。しかし林教授は、学生達が迷いつつも、教員・先輩後輩・地域住民といった様々な人々と交流する中で成長していくのを感じるという。

 総じて、2プロの学生は自分の考えをきちんと相手に伝えられる学生だ。興味のあることをとことんやっていく行動力ももっている。大学教育に対しても自分の視点で意見をもっているし、そのぶん教員を見る目も厳しい。林教授自身、2プロの学生を相手にするときはいい意味での緊張感をもって接しているという。そうした日々の学生とのやり取りや、就職した学生に対する企業からの高い評価を踏まえれば、2プロの成果は十分に上がっていると林教授は見ている。

21世紀プログラムの意義と課題

 このように見てくると、「21世紀プログラム」の存在意義は、単に九州大学を超えて日本の大学教育全体に及ぶように思われる。

 確かに、2プロのように手間のかかるAO入試を大学全体に広げて実施することはやや現実的ではない。大学が実際にそれだけのリソースを準備する余裕などないだろう。

 しかし、手厚く丁寧な入試を通して将来性ある若者を選抜し、狭い専門に閉じない形で幅広い学びを提供し成長を促すことは、やはり21世紀の大学教育の人材育成機能として求められていることではないか。林教授の言葉を借りれば、それこそ「総合大学の責任」なのだ。2プロの掲げる「専門性の高いゼネラリスト」は、まさに九大のような総合大学だからこそ可能になる人材像である。その育成に取り組んできた2プロの意義はやはり大きい。

 その意味で、今後の課題はまず、2プロのことをもっと多くの関係者に知ってもらうことだと林教授は指摘する。福岡や九州地区での認知はかなり向上してきたと感じるものの、全国的にみるとまだまだ広報強化の余地が残されているという。

 そしてもう一つ、手間のかかる入試や、入学後の学生の教育や支援を、学内でいかに推進していくかという課題もある。入試や教育に手を抜くと、いい学生が来ないし、学生の成長も望めない。2プロは、学内の「21世紀プログラム専門委員会」が責任を担っているが、現場での日常レベルの学生指導には、よりシステマティックな対応力を高めていく必要性もあるという。

 九州大学21世紀プログラムは、大学教育に対する意義ある挑戦だ。21世紀の日本における大学教育の一つの方向性を構想する上で重要な参照点となるに違いない。今後どう展開していくだろうか。新たな挑戦にも注視していきたい。


(杉本和弘 東北大学高等教育開発推進センター准教授)


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