「東京外大ならでは」のグローバル人材育成/東京外国語大学

 2011年に大学設置基準が改正され、「大学は、生涯を通じた持続的な就業力の育成を目指し、教育課程の内外を通じて社会的・職業的自立に向けた指導等に取り組むこと」が明記され、就業力育成は大学教育の重要な課題となっている。各大学が活動の方向性を模索する中、地域産業人材の育成や地域経済の活性化にもつながるような就業力育成の取り組みが注目されている。

 この連載では、産業界との連携や地元自治体との協働によって学生の就業力を高めることに成功している事例などを、積極的に紹介していきたい。

 今回は、外国語および外国研究(foreign studies)をベースに各業界・各地域に人材を輩出してきた伝統を持つ東京外国語大学の立石博高学長に、グローバル人材育成に注目が集まる社会状況も踏まえてお話をうかがった。

国際系大学・学部新設の動きが契機

 東京外国語大学が卒業生のキャリアパスを解決の必要な課題として認識するようになったのは、5年ほど前だという。早稲田大学国際教養学部、秋田の国際教養大学など、英語力を意図的に強化する先進的な取り組みを行う様々な私立大学が卒業生を出し始め、その就職率・就業力の高さが注目されるようになったのが2008年ごろ。そのころから就職、キャリアパス重視への雰囲気が徐々に生まれてきた。

 立石博高学長は「他大学の動きに加えて文科省の大学設置基準改正もあり、本学がグローバル化を牽引する大学となっていくためには、伝統を守りつつ人材輩出の取り組みをさらに強化しなければならないという流れが、自然とできてきたと思います」と言う。

グローバル・キャリア・センター創設

 こうした状況を受けて2011年度に、グローバル・キャリア・センター(以下GCC)が設立された。キャリア開発授業の提供、国内・海外のインターンシップ、求人情報の提供、キャリア相談(エントリーシート添削なども含む)など、キャリア関連の機能が集約されている。

 「外国語に強い学生を必要とする分野は広汎にわたるため本学の特徴として、ここが就職先として強いということが言えないのですね。3割程度はメーカーですが、その他は1割から1割5分ずつ、各業界に散らばっている。GCCがそれぞれのニーズにきめ細かに対応できているというところに、大変意味があるのです」

 GCCの開講科目の中で目を引くのが、2011年度に始まった「グローバルビジネス講義」「グローバルビジネス演習」だ。「グローバルビジネス講義」は、一流企業のトップなど「本当にグローバルに活躍したビッグな方」を講師に迎え、約500人を収容する講堂で開かれる。講演の後に質疑応答というスタイルだ。引き続いて行われる「グローバルビジネス演習」は人数を30人程度に絞り、ディベート中心の内容だ。

 「1学年750人ですから、講義の受講率はかなり高いと思います。演習のほうは少人数ですが、それだけに講師との距離が非常に近くなります。どちらも学生の反応は非常にいいですよ」。「グローバルビジネス演習」の受講生には、インドネシア、ベトナム、マレーシア、シンガポールの4カ国で実施される海外インターンシップに参加する学生も多いという。

 東京外語会寄付講義「地球社会に生きる―社会人からのメッセージ」は、OB組織「東京外語会」の提供により、各分野で活躍する卒業生が実体験を語るリレー講義。2005年に開始したものを現在はGCCで統括している。

グローバル・キャリア・センター(GCC) キャリア開発講座一覧

豊かなキャンパスライフ

 こうした形で近年キャリア開発の授業を充実させてきたが、それと同時に大事なのは、「いかに豊かなキャンパスライフを送らせるか」だと立石学長は言う。

 「各大学がいろんな形で就業力強化に取り組んでいると思いますが、『知育・体育・徳育』の3つのバランスの取れた学生像という観点からすると、知育に偏って、つまり、知識を与えることによって就業力がアップするような、狭い取り組みが多いのではないかと感じております。

 学生たちは4年間のキャンパスライフを通じて、人間的な豊かさを培っていくわけですから、大学における行事、課外活動、ボランティア活動などを含めて、学生たちの積極性、主体性を培うべきだと思っております」

 この観点では、約3800人の学生定員の中に600人近い留学生がいるキャンパス環境は、東京外語大の強みといえる。9割以上の学生が在学中に半年ないし1年留学したいと希望し、実際に約6割が留学を経験するということもそうだ。

 「社会に出ると大事なのは、社会関係資本です。単純に言えば人と人との付き合いが、重要な要素になってくる。そうしたものが、留学を含めて4年間で自然と作られていくのではないでしょうか」

 学生が豊かなキャンパスライフを味わう最大のイベントが、「外語祭」だ。大学の学園祭は2~3日の日程が一般的だが、外語祭は5日間にわたる。言語ごとの「語劇」を27の言語すべてで上演するためにどうしても必要な日数という。2年生による語劇も、1年生が出店する各国・各地域の料理店も、毎年好評だ。

 「外語祭」は2012年の「学園祭グランプリ」(「レッツエンジョイ東京」主催)で優勝。2013年は、3位に入賞したほか、国際貢献サークル「W-Win」が特別賞を受賞した。指定のメニュー1食につき20円が開発途上国の学校給食事業に寄付される「Table For Two」を外語祭の各国料理店で展開したことが受賞理由だ。

 「こういうボランティアやフェアトレードなど、外国と関わる活動を一所懸命やる学生たちが大勢いる。私はうちの学生たちのそういうところは非常に好きですね」

 また、「アルコールパスポート(アルパス)」も、外語祭「名物」の一つとなっている。入口でもらう「アルパス」に、酒類を飲む(買う)たびにスタンプを押し、スタンプ欄が埋まったらそれ以上は買えないシステムだ。

 「学生たちが自主的に始めたこのシステムが2008年からあるので、トラブルや事故防止のために飲酒を禁止する学園祭もある中、うちはそれをせずにきています。自主性とか積極性とかは、紙の上では育たない。こういう、お互いに議論しあい、今年も頑張ろうとかいう中で育成されていくのではないでしょうか」

課題はトップリーダーの育成

 外国部学部1学部のみだった東京外語大は、2012年度に言語文化学部と国際社会学部の2学部体制となった。語学のイメージが強い外国語学部という看板を、言語文化と産業界・実業界で国際的に活躍する人材の輩出という本来の理念が伝わるものにかけかえたのだという。

 2学部再編のなかで強化されたことの一つが、学べる言語・地域の充実だ。言語はベンガル語を新たに加えて27言語、地域は、従来あまりカバーできていなかったオセアニア、中央アジア、アフリカを含め14地域となった。もう一つの改革は、各地域言語の学習の一方で、英語力(グローバルイングリッシュ)を強化すること。歴史、文化、社会に関する英語による授業も充実させた。

 学部再編に伴うこれらの改革は、全体のレベルの底上げの面が強いが、その一方で、「グローバルリーダー養成プログラム」(仮称)を検討中だという。

 「昭和30年代、40年代までの卒業生の中からは、トヨタとかホンダとか、三井物産とか三菱商事とかの、トップになった先輩方が非常に多く出ていました。しかし近年は、トップリーダーの養成というところがうちの弱さになっている。今までどおり広く社会で活躍する人材を育成すると同時に、トップとして活躍できる人材に集中して、手厚いプログラムを用意していくことも必要だと思っております」

 また、国家公務員、外交官、国連などの国際機関により多くの人材を出せる大学にしていきたいとも言う。

伝統ある大学の資産を活かす

 東京外語大ならではのグローバル人材像を打ち出すうえで立石学長がキーワードとしてあげるのが「コンフリクト=摩擦」だ。「グローバルなものとローカルなものが、色々摩擦を起こしている。それが21世紀だと思うのですね。グローバルスタンダードというのはいい意味も悪い意味もある。ローカルなものも、いいものと悪いものとがある。それらがコンフリクトを起こしている中で、様々に仲介をしていく人材が必要とされているわけです」

 そこで国際社会学部で2014年度から始める予定なのが、「『コンフリクト耐性』を育てる地域研究教育システムの開発と、国際職業人教育機能の高度化」というプログラムだ。色々な問題を抱える地域、内戦のあった地域などへ、地域研究のスタディツアーとして、安全を確保しつつ学生を送り出すコンセプトだ。

 「アメリカの提携校への缶詰留学で留学率100%とかにするのではなく、例えばベトナム、イラン、アフリカなどへ送りたいと。高度な専門職業人の養成として、まさに今求められている人材ではないかと思っておりますので、多少文科省から予算もいただけることになりました。ただこれは、年限の決められた予算です。この事業に限ったことではありませんが、財政力のある大規模な大学ではないので、外部予算の切れた後どうするかという点は非常に難しいですね」

 そこで資金調達策の一つとして、「東京外国語大学建学150周年基金」を立ち上げた。2014年度から10年間で10億円を集める計画だ。留学生と日本人学生の「IJ共学」を支援する設備の建設・運営、海外留学の奨学金、留学生の受け入れ奨学金などに充てる。

 「私が基金にこだわっているのは、単にお金を集めるということではなくて、10年間の活動の中で、各界・各地域で活躍するOBのネットワークを強化したいということがあるのです。基金の呼びかけと同時に、寄付講義の講師、留学や海外インターンシップのサポートなど、様々な形で母校とのつながりを持つことを卒業生に働きかけたいのです。

 例えば東京外語会は、世界60カ所に支部があります。そうした地域へ学生が留学したとき、困ったことがあれば現地の外語会で卒業生に相談できるような仕組みを、強化しつつあります。さらに言えば、日本人の卒業生だけではなく、日本語を勉強して母国に戻り、大学の先生や大臣になったりと活躍している各国の卒業生も多いので、そういう方たちも組織化したい」

 学内には「外語祭」が象徴する豊かなキャンパスライフ、学外には卒業生のネットワーク。いずれも歴史ある大学ならではの資産といえる。この資産が現代社会の要請にもっと活かせるという確信と活かしたいという希望を、立石学長は「夢は大きいのです」と表現している。


(角方正幸 リアセックキャリア総合研究所 所長)


【印刷用記事】
「東京外大ならでは」のグローバル人材育成/東京外国語大学