叡智(SOPHIA)が世界をつなぐ/上智大学

図表1 開学90周年事業

 大学が中長期の将来計画を策定することは、今や特に珍しいことではない。上智大学も、2013年度の創立100周年を視野に入れて、2001年に「グランド・レイアウト」を策定した。2014年の現在は、2023年度までの「グランド・レイアウト2.0」を新たに策定し、そのもとで「世界に並び立つ大学」を目指した各種の取り組みが行われている。

 しかし、敢えてこれを冒頭に紹介するのは、「グランド・レイアウト」の策定に至った経緯が、まさに上智の上智たる所以を再確認し、それを大学のブランドとして発信する契機になったからだ。それは1999年のことである。イエズス会の創立者のひとり、聖フランシスコ・ザビエルの来日450年を記念した国際シンポジウムで、上智大学の原点にあるザビエルの見直しが行われた。そこで、ザビエルが離日に際し、2人の青年と2人の僧侶を連れて旅立ち、彼らに日本以外の世界を見せるとともに、ヨーロッパに日本を紹介しようとしたという記録にあらためて接したことで、関係者はそこにヨーロッパと日本との交流の原点を見いだし、それを上智大学のブランドにしようと考えたという。

 「彼の地に赴いて彼の地の人と交わり、そして互いに学びあうことが、上智大学の核にあるのです。それをいかに、他者に分かりやすく、言葉やイメージで伝えるかを考えました。その延長にグランド・レイアウトがあり、その後の大学の取り組みは、この線に沿ってなされています。それまではどちらかといえば、良いものは良いのだから敢えて宣伝はしないというスタンスでしたが、不変のミッションに時代のニーズを掛け合わせて新しいものを作り出すことが必要だと考えるようになりました」と、髙祖敏明理事長は話す。

 2013年度の100周年を記念していくつかの新聞に掲載した1ページ全面の広告は、「世界をつなぐひとになれ。」というコピーを付した、ザビエルを模した絵画であった。上智大学の創設以来の理念がブランドとして発信された象徴である(図表1)。

国際からグローバルへ

 もともと、上智大学のイメージは国際的である。外国語教育で定評のある外国語学部に加えて、アメリカのリベラルアーツ・カレッジに近く、全ての授業が英語で行われる国際教養学部がある。そして、2014年には、総合グローバル学部を開設した。確かに、グローバルを付す学部・学科は、このところ増加しており、この新学部も産官学を挙げてのグローバル人材育成に対応したかのようである。

 しかしながら、上智の場合、総合グローバル学部は、10年越しの取り組みをようやく学部創設として結実させたのであり、必ずしも近年の政策動向に準じたわけではない。もっと遡れば、1970年代後半に東南アジアのボート・ピープルが日本に到着したとき、時のヨゼフ・ピタウ学長が募金の先頭に立ち、芳志を難民キャンプに届けたこと等が、1つの布石となったという。そもそも外国語学部は、欧米言語中心である。国際教養学部の前身の比較文化学部は、アメリカ流の教育である。従って、アジアをはじめとする非欧米社会への視野の広がりは、必ずしも強くはなかった。しかし、上記の頃から、世界への視点をアジアへシフトして教育プログラムとして構築する試みが始まった。外国語学部に置いたアジア文化副専攻、国際関係副専攻、附置研究所であるアジア文化研究所等が、上智の教育研究をアジアへ導いた。

 それをまとまりのある学部へという動きが生じ、実質的には3年ほどかけて総合グローバル学部開設にこぎつけた。アジアのみでなく、中東やアフリカまでを包含しての非欧米社会を対象にした、国際関係論や地域研究を行うことを目的としており、それが前二者の学部と異なる特色である。アフリカを対象にする教育研究は日本ではあまり聞きなれないが、上智大学がイエズス会というカソリックの教えを基底においていることを思い起こせば、その距離はぐっと近くなる。また、当該学部では3つの視座と3つの言語の獲得を掲げていることにも特色がある。その第1は日本を知ることであり、第2が全地球規模でのグローバルな視座を持つことであり、言語で言えばやはり英語は欠かせない。そして第3が地域の視点であり、とりわけアジア・中東・アフリカの一地域を選択し、その地域を知り言語を習得することが目標であるという。

人間の生涯を考える

 もう1つ、取り上げておこう。既設の学部・学科構成からすれば異色の看護学科を、2011年に設置したことである。これは、学校法人聖母学園との合併によるもので、当時は随分と話題になった。聖母学園の設立母体はカソリック女子修道会であり、イエズス会とのつながりは深く、30年ほど前から合併問題がたびたび登場していたという。しかし、医学部も病院も持っていない上智大学では、とても引き受けることができないという理由で断っていたのが実情であると、髙祖理事長は語る。

 そして再燃した合併問題であったが、最大の課題は、看護という専門職のミッションを上智大学のミッションとどのように擦り合わせていくかであった。ただよく考えれば、上智のキリスト教精神を表す“for others, with others”は、他者に寄り添ってケアをするという看護の精神とも馴染むものであり、また、心理、教育、社会、社会福祉からなる総合人間学部は、いずれも人間の生涯に関わる学問分野ということで、看護の理念を損なわずに一学科として置くことができると考えた。

 興味深いのは、看護という専門職にグローバルな視野を付与しようとしていることである。もともと修道会の関係で、アフリカの看護施設へ希望者を引率して看護の研修を行っていたこともあり、また、イエズス会系の大学であるジョージタウン大学やボストン・カレッジに看護学部があることから、選抜した学生の交流を実施したりと、少しずつ進めている。看護の場合、国家試験に合格することが第一の目的であるため、授業や実習の縛りが大変大きく、その制約条件のもとで何ができるかを模索中といったところであろう。しかし、「看護という仕事は日本に閉じられているのではなく、世界に出て活躍できるということを知ってほしく、そのための道筋をつけているところです。これも上智のミッションに時代の要請をぶつけて新しいものを産み出す試みです」と、髙祖理事長は上智の理念に沿った看護師の育成を目指していることを力説する。

ボーダーを越える

 日本というボーダーを越えようとするとき、学内の学部・学科の枠は、時に足かせになる。自分の専門分野をもつ大学教員は、えてして異分野の人間との交流に積極的ではないものだ。そこでのいくつかの試みとして、これまでの専門分野を超えた学内共同研究に加えて、教員のチームで教授法の開発やテキストの作成を試みる「教育イノベーション」、教員と事務職員とが共同して仕事の効率を上げるための取り組みである「教職イノベーション」を挙げることができる。年間3~4のプロジェクトチームが編成され、実践的な研究がなされている。ブランディング戦略の一環としてビジュアル アイデンティティが作成され、スクールカラー、校章、コミュニケーションマークなどが統一されたが、それも教員と職員との協働の成果である(図表2)。

 もう1つのボーダーは、上智大学という枠そのものである。もちろん学生の教育の責任は上智大学にあるが、その教育をより豊かにするためには資源を学内に限る必要はない。そこで用いるのがカソリック・ネットワークである。イエズス会が設立した国外の大学を資源とみる見方は、これまであまり強くなかったが、上述の1999年のザビエルの見直しによって、あらためてそのネットワークの重要性に気づいた。アジアに焦点を絞るというとき、韓国、フィリピン、インドネシアのイエズス会系の大学との共同のサービスラーニング、また、台湾の大学を加えての5大学によるグローバルリーダーシップ・プログラムなどは、

 いずれも学生の目をアジアに向けるための教育プログラムである。交流協定校もすでに世界中の220校に及んでいるが、さらに倍増を目指している。

 また、国連をはじめとする国際機関との連携強化による学生の送り出しも、ボーダーを越える試みである。JICA、国連、国連の下部組織である国連難民高等弁務官事務所、世界食糧計画などでの学生の研修を実施し、こうした国際的な視野でもって見たとき、問題に遭遇している人々のために働く人材の養成にも力を入れたいという。

 このように、ミッションにもとづく様々な試みがなされているが、それに対する学生の反応は、まだまだだという。というのも、やはり多くの日本人学生は、グローバル化といったとき欧米を第一に考える傾向は拭えず、それをすぐに非欧米地域に転換することは容易なことではない。とはいえ、ここ数年、徐々に変化しているというのが、髙祖理事長の見立てである。

 境界や枠にこだわらずに教育プログラムを拡張していくことが、日本と異なったグローバル、ということの意識をせずに、ごく普通にグローバルに活動する人材を育成することになろう。短期間の華々しい成果ではなく、地道な努力が、将来的には大きな果実を実らせることになるのであろう。

 さらに、「大学入試を変えないと日本の英語教育が変わらない」という想いから、上智大学と日本英語検定協会が共同で開発したTEAPという英語のテストを、2015年度一般入試に全学で導入した。今年度の進学ブランド力調査イメージランキングでも「国際的なセンスが身につく」で1位となっている。高校生が最も注目する“入試”という形でグローバル化を印象付けた意味は大きいだろう。

図表2

開かれたガバナンス

 こうしたボーダーを取り払う試みは、必ずしも学内で積極的な賛同を受けるとは限らないのは大学の常である。こうした事態に対して大学がとってきたのは開かれたガバナンスである。とりわけ、NPO、自治体の首長、卒業生など大学外部の多様な声に真摯に耳を傾けることを目的とした、教育研究諮問会議の存在は大きい。1期2年の計6回にわたって開催されたこの会議では、上智大学がグローバル化をするためのヒントを多々得たという。

 「グランド・レイアウト」の策定にあたっても、理事会は、120名前後の委員が参集する長期計画拡大会議を年間5回開催し、上智大学の将来に関する議論を重ねた。そこで提起された個別の案件については、その会議のもとに各種の専門部会を設置し、そこでの議論をまとめ、理事会に対して中間報告、最終報告を提出する。そして、理事会は、必要に応じて予備調査会を設置し、そこへの諮問と答申により、実施委員会を設けて実施に至るというプロセスを探るという方式で意思決定を図っている。一見回りくどいようにも思われるが、こうしたプロセスを経て全学的な合意形成が可能になるのだと、髙祖理事長は話す。

 ハイアラーキカルな組織を通じて意志の伝達をしようとすれば、どこかで誤解や曲解が生じる恐れがある。そこで、学長と副学長が、年間3回ほど、全教職員に対しての説明会を開催し、上智大学の針路に対する理解を得る試みをしている。さらには、2014年からの「グランド・レイアウト2.0」では、100周年を目指した「グランド・レイアウト」を一層充実し、特に上智大学としてのブランディングと、法人としての一体的なガバナンスとそのもとでのマネジメントに力を入れている。

 内部の風通しをよくすることで一体感を保持し、そのうえでボーダーを越えてのグローバル化というミッションの実現を図ろうとしている試みである。

まだ、残された課題

 少子化により多くの大学が志願者の増減に敏感になっているが、上智大学の一般入試の志願者は漸増傾向にあり、当面の選抜に関する心配は何もない(図表3)。興味深いのは、一般入試による定員を増加させ、しかも志願者も増加するという状況が見られることである。

図表3 一般入試の定員と志願者の動向

 これについて、髙祖理事長は、「各学部・学科の定員を少しずつ増やし、定員の1.1倍をとることを目指す戦略をとっています。そのため志願倍率は下がりますが、それよりも優秀な学生を確実にとることを重視しています。しかし、これは目的ではありません」と、断言する。大学のブランドを決めるのは、いかに社会で活躍する卒業生を送り出すかであって、世界が抱える問題の解決に貢献する人材の育成というミッションを遂行することが何よりも重要だという。

 そのためには、まだまだ課題があるという。それは、大学組織やキャンパスをさらにグローバル化することである。例えば、事務組織を日英両言語にして外国人の利便性を図り、また、教職員の意識をグローバルにすることで、教育研究のグローバル化を図ることがそれである。その反面で、留学生には彼・彼女達の慣習が全ての世界で通用するわけではないことを教えることも重要である。そのためにも、日本人学生と留学生との実質的な交流の機会を仕掛けることも課題としている。教育プログラムにおける様々なグローバル化の取り組みは、まず、キャンパスの学生生活からという思いが、こうした課題を意識化させるのであろう。

 ソフィアとは「上智」のもともとの英語であり、叡智を意味する。「叡智が世界をつなぐ(Sophia-Bringing theWorld Together)」とは創立100 周年記念事業のコピーであったが、人間の叡智とは普遍であり、ボーダーを持たない。その意味では、叡智はそもそもグローバルなのである。新たなブランディングなどなくても十分なブランドを持っている大学は、強い。


(吉田 文 早稲田大学教授)


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