伝統に立脚したブランド戦略/立教大学

立教のブランド─大学イメージの確立

 1874年に米国聖公会から派遣された宣教師によって設立された立教大学は、2014年に創立140年を迎えた。日本の大学の中でも有数の長き歴史を誇る。英語で聖書を学ぶことを中心に据え、リベラルアーツカレッジをモデルにしてはじまった歴史は、揺らぐことのないミッションとして現在に至る。

 とはいうものの、そのミッションも教育の伝統も、学内においても、ましてや学外においては、十分に認知されているとは必ずしも言えなくなっていたのが近年の状況であった。創立140周年を迎え、さらに10年後の15周年という区切りに向けて、もう一度大学のミッションに立ち返り、統一した大学のイメージを構築し、そして未来の立教大学の具体的なありようを模索すること、それが課題となった。とりわけ、学外に向けての大学を知らしめる戦略に焦点が置かれた。

 というのは、「これまで、いろいろ誇るべきことをやってきたのですが、それを大学外部に向けて知らせるという意識は、実のところあまり強くはありませんでした。そうした中、理事会等で立教大学は何をしているのかよく見えないと言われ、将来を考えたとき、その言葉に危機感を覚えました。学内の共通認識を高めることと、それをもとに外部に発信することに、就任以来、力を注いできました」。就任6年目になる吉岡知哉総長は、立教のイメージをどのように高め、そこに実を与え、外部発信するかを課題としてきたと語る。

 その到達点が、「リベラルアーツ」と「国際性」を軸に据えることであった。これらは大学創立時からのミッションである。大学がどのような針路をとるかを考えたとき、やはりこれらのミッションは、どうしてもはずせないものであったという。問題は、ミッションや伝統にもとづいたうえで、時代のニーズや将来を展望し、かつ、外部に対してアピールできる、どのような斬新な教育を構築するかであった。結果として、リベラルアーツというミッションに関しては学士課程のカリキュラム改革という形で、国際性に関しては、これまでの活動を統合拡大した国際化戦略という形で結実した。

リベラルアーツ再考─学士課程カリキュラムの改革

 立教大学では、1991年の大学設置基準の大綱化以降の一般教育改革の中で「全学共通カリキュラム」を産み出し、「専門性に立つ教養人」の育成を掲げてリベラルアーツの実現を目指してきた。これは「全カリ」と称され教養教育の成功事例として広く知られてきた。この理念と方法を核にして、学士課程カリキュラムの改革を行い、そこに改革のもう一つの軸である国際性を組み込んだ。

 吉岡総長は、学士課程カリキュラムの改革の理由について、「全カリは、理念としては教養科目と専門科目の一体化であったのですが、時間が経過するにつれて体系性が希薄になり、学生は早期に全カリの単位を取得して、あとは専門に当てるという履修行動をとるようになってきました。そこで、「専門性に立つ教養人」という全カリの理念はそのままに、それを専門教育と融合し4年間を体系的な教育に再構築しました」と語る。

 それが、「学士課程統合カリキュラム」である。4年間の学修を<導入期・形成期・完成期>の3つの期間に分け、教養と専門とを区別することなく、そこに言語教育やスポーツ実習、さらには正課外活動を加えて、学士課程教育のシーケンスを重視するカリキュラムへの変更である(図表1)。これは2016年度から実施する。

図表1 学士課程統合カリキュラムのイメージ

 この中に国際化戦略を盛り込んだのが、「グローバル教養副専攻」と「GLAP」である(図表2)。「グローバル教養副専攻」とは、どの学部に所属していても履修可能な副専攻であり、大学が認定する海外体験を必ず行うことと、英語による科目等、関心のある領域の科目を体系だって4年間で26単位修得することで修了証が得られるものである。また2017年度から開設する、「GlobalLiberal Arts Program」を指す「GLAP」とは、英語による授業科目のみで学士号が取得できるプログラムであり、外国人学生と共に混住寮などで学ぶことや1年間の海外留学が組み込まれていることを特色とする。

 英語使用環境、異文化環境という点において「GLAP」には特に力を入れている。異文化を理解し、国際共通語としての英語が使用できる、いわゆるグローバル人材の育成には、こうしたプログラムが最適である。しかしながら、多くの日本人高校生にとっての入学のハードルは高く、入学以前の準備と心構えが必要だろう。他方で、「グローバル教養副専攻」であれば、大学入学後であっても興味や関心に沿って選択可能であり、対象者に広がりを持たせることができる。こうした2段階方式のプログラムに、より多くの学生を巻き込んでいくための戦略をみることができる。

図表2 「グローバル教養副専攻」と「GLAP」の展開を軸とした教育改革

図表3 立教大学の国際化戦略 「Rikkyo Global 24」の目標設定

数値目標をトリガーに─国際化戦略

 これら学士課程プログラムの改革も含めて、立教大学全体の国際化戦略が2014年5月に「Rikkyo Global 24」として公表された。この「24」には、24の国際化戦略のプロジェクト数という意味と、2024年の創立150周年を視野に入れての戦略という意味とが重ねられている。

 その取り組みを概観してみよう。これには4つの分野(FIELD)での目標が定められている(図表3)。FIELD 1は、日本人学生の海外への派遣の拡大、FIELD 2は、その逆に、外国人留学生の受け入れの拡大である。これら学生の異文化環境確立のためには、FIELD 3として教育・研究環境の整備が必須である。語学の授業の充実、海外の協定大学の増加、4学期制度の導入等がそれである。そしてこれらを推進するために、FIELD 4として国際化推進ガバナンスの強化が挙げられている。具体的には、外国人教員や海外経験が豊富な教員の増加、国際化推進組織の改革等の取り組みである。

 それぞれのFIELDは、それぞれ6つのPROJECTにブレークダウンされているため、PROJECT数は24となる。ここで重要なことは、いくつかのPROJECTでは5年後、10年後に到達すべき数値目標が設定されていることである。特筆すべきいくつかをみると、例えば、FIELD 1の日本人学生の海外派遣の拡大では、PROJECT 01として、5年後の2019年には50%の学生を海外へ派遣、そして10年後の2024年には100%即ち全立教大生を卒業時までに海外へ派遣することを掲げている。1学年4000人ほどの学生を4年間のうちに全員海外体験させるとは、壮大な試みである。

 それについて、吉岡総長は次のように話される。「実は、立教大学には、第一志望で入学してくる学生がさほど多くはなく、早慶や国立大学を落ちて入学して来る者も多いのです。そうした学生は、自信と誇りを持てば必ず伸びることを実感しています。私だけでなく、多くの教員の一致した認識でもあります。こうした、いわば中間層の学生に刺激を与えて伸ばす。そのために、あえて全員海外体験を打ち出したのです」。立教大学の今置かれたポジションへの対処と、そこからの脱却を目指しての取り組みといってよいだろう。

 FIELD 2では、PROJECT 07の外国人留学生の受け入れの拡大に関して、2014年の500人から2019年には1000人、2024年には2000人と、5年ごとの倍増が計画されている。FIELD 4の国際化推進ガバナンスの強化では、PROJECT 19として外国人教員比率を2014年の14%から2024年には20%へ増加させるとしている。

 このように、いくつかのPROJECTで明確な数値目標を掲げているのは、この「Rikkyo Global 24」が、文部科学省の「スーパーグローバル大学創成支援」(SGU)への申請を視野に入れたものだったからである。そして結果としてSGUに採択されたため、これらの数値は目標を超えて、今や、達成すべき課題となった。数値目標を掲げるにあたって、例えば学生全員の海外体験等、どの程度の見込みを想定して設定したのかという問いに対して、吉岡総長の「確かに、やや背伸びをしているところがないわけでもありません。しかし、絶対に無理な数値を掲げているわけでもありません。数値目標はトリガーの役割を果たします。目標を掲げることで、そこに近づこうという、全学的に結集する力が働いてきます」という回答に、うなずいた次第である。各種の教育活動に数値目標を掲げることに対して批判的な声もあるが、それをトリガーとして使うというのも、一つの方法なのだ。

インパクトと繰り返し─広報活動

 これらの活動をいかに内外に告知・浸透させるかということも、立教大学にとっては重要な課題の一つとされていた。知らせるべき対象としては、第1に高校生、その保護者、高校教員、第2に社会一般、そして第3に学内を含む大学関係者(教職員、学生、その保護者、卒業生)である。それぞれのターゲットに向けて何をどのように伝えるか、戦略を練っての広報活動に力を入れたと、学校法人立教学院の企画部広報課の長野香課長は話す。とりわけ受験生に対しては、分かりやすく、かつ的確に情報を伝達することが重要である。そこで、国際化戦略を前面に打ち出したとき、その推進について、理念的な言葉だけで語るのではなく、明確な数値イメージを示すことを方針とした。それは、数値が与えるインパクトを重視したからである。「Rikkyo Global 24」は、こうした広報戦略も考慮されて作成された。

 SGUに採択されたこともあり、2016年度からは、TOEFL®をはじめとして各種の英語試験のスコアを利用しての入試も開始する。それについては年間300回を超える進学説明会・相談会で常に伝えるとともに、外部の英語団体との共催イベントも開催している。まず、知ってもらう、そのためには繰り返しが欠かせない。また、「学士課程統合カリキュラム」は、学生が体系だって大学の学修をするためのカリキュラム改革だとして高校関係者にアピールした。こうした説明に対する反応は高く、高校関係者への説明がいかに重要かを実感しているという。

 社会一般へ知らしめるには、メディアへの登場が不可欠である。「Rikkyo Global 24」については記者発表を行い、また、4学期制の導入、新しい入試方式、海外事務所の開設といった新たな試みについてはその度ごとにプレスリリースを発行、時には新聞広告を出すなどして、認知度を高める努力をした。

 学内の学生や教職員への周知もさることながら、学生の保護者や卒業生への周知は、大学の身近な応援団を形成するために重要である。校友会や保護者へのニューズレターや冊子の送付は欠かせない。これらの関係者に丁寧に説明を重ねることで、徐々に認知度も高まっている感触があるという。

 インパクトを繰り返し説明するという、これらの広報活動が功を奏したといった軽々な判断は慎まねばならないが、2014年に一旦減少した志願者は、2015年には回復傾向をみせた。新しい方式の入試を導入する2016年にはどうなるか、楽しみである。

Rikkyo Global 24 から Rikkyo Vision 2024 へ

 多くの大学がそうだが、学部の自治の名のもとにボトムアップで議論を進めて大学を運営する伝統が強い。立教大学もその例に漏れない。それは、全学の関与を求める学士課程カリキュラムの改革や国際化戦略を進めようとする方向性とバッティングする懸念がある。これに対し、吉岡総長は、「総長室からの単純なトップダウンでは大学は動きません。学部間の温度差もあります。そこで、むしろボトムアップの伝統にもとづく全学的な議論の場を積極的に作り出し、そこで議論を尽くしました。例えば、企業に役立つグローバル人材という考え方には反発があっても、学生を海外へ送り出すことそのものの教育的な意義について反対することはまずなく、合意形成ができるのです。議論を尽くすとはそういった共通認識に到達したり、確認したりする作業なのです」と、大学という組織の特質を踏まえた運営の重要性を語られる。

 そして、現在進めているのが、「Rikkyo Vision 2024」という10年後の立教大学を考えての計画策定である。この策定に関わっているのは、若手の教職員であり、総長自身はタッチしていない。2015年10月の公表を目指して、10年後の立教大学を支える教職員が、自分達の望む立教大学を考えることを趣旨とし、フリーディスカッションの段階からはじめた。こうしたところにも、ボトムアップの伝統を活かして全学の議論に統一していく仕組みが働いている。

 これがどのような形で結実するかは未知数の部分があるが、恐らく、「リベラルアーツ」と「国際性」という軸はぶれないと総長は話す。なぜなら、学部の独立性が強いといっても、それぞれの学部には無意識のうちにリベラルアーツの理念が根づいているからだという。例えば一般に、法学部はリベラルアーツからは遠いところに位置づく学部のようであるが、立教の場合は、法学部は設立当初から市民教育を教育理念として掲げてきたことなどは、それをよく示すといってよいだろう。

 近年では、「リベラルアーツ」も「国際性」も、大学を語る時の一種のファッションとなっているケースも見受けられるが、付け焼き刃では長持ちせず、早晩潰えてしまいかねない。他方で、無意識のうちに根づいていたミッションや伝統は、やはり重みを持つ。そのことをあらためて意識化し、そこに価値を見いだした大学は強くなる。


(吉田 文 早稲田大学 教育・総合科学学術院 教授)


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