2021年度改革 「メディア表現学部」「国際文化学部」「人間環境デザインプログラム」/京都精華大学

京都精華大学キャンパス

POINT
  • 1968年開学した京都精華短期大学(美術科・英語英文科)を起源とし、1979年に開学した4年制大学
  • 人間尊重、自由自治を建学の理念とし、学問・芸術で人類社会に尽くそうとする人間の形成を重視
  • 2018年に創立50周年を迎えた際に策定したビジョンで「表現」「リベラルアーツ」「グローバル」の3つを教育のビジョンに据えた
  • 2021年4月に国際文化学部とメディア表現学部、人間環境デザインプログラムを設置する


 京都精華大学(以下、精華大)は既存学部を改組し、2学部1プログラムを設置する。その背景について、石田涼理事長、ウスビ・サコ学長の両名にお話を伺った。

中期ビジョンに基づき2050年に必要な人材を育成する

 精華大は2018年に2つのビジョンを策定した。2018‐2020のグローバルビジョン、2018年度からの改革の完成年度について到達像を定めた2024SEIKAである。2024SEIKAでは2024年度における大学づくりの完成形について、「表現の大学」「リベラルアーツの大学」「グローバルな大学」「永続する大学づくり」「不断の教育改革」を5つの軸として掲げ、その達成施策として7つの戦略施策を示している。中長期で見ると今回の改組はこの「7つの戦略施策」の1つである「教育の質向上」に含まれるという位置づけだ。現状の学部体制からの変更は図1の通り。これらは全て、「2050年の世界を見据えた改革の第一歩」であるという。「新しい2学部と1プログラムに共通する教育目標はイノベーション。新しい価値創造を担う人材を育成します」とサコ学長は言う。「今の課題解決に必要な人材ではなく、30年後の社会で必要な人材を育てることが精華大の使命。そのために継続的な改革を立案・実行していく」と石田理事長も言葉を揃える。

 では、30年後の社会で必要な素養をどう見定めているのか。サコ学長は言う。「日本は、グローバル化はしているが、共生社会は実現できていないというのが本学の考えです。そして2050年には共生社会を実現していなければならない。共生とは、自国や地域の文化は持ったまま、他地域と互いを尊重しながらどう共存していくかということ。本学は大学として、真の共生を担う人材育成に軸足を置きたい。学生が多様な地域の抱えるひとつひとつの問題に対して本格的に関わる機会を提供することは、今後の人材育成を見据えるに当たって非常に重要です」。また、メディアリテラシーも必要な素養として重視する。「メディアを社会変革の過程でどう利用するかということも考える必要がある」と石田理事長は言う。こうした観点に加え、「学際」「複合」といった視点も踏まえる。「複合的な社会課題に対し、自分の専門を持ちながらもマルチディシプリナリーに学ぶプログラムも必要と考えた」とサコ学長は言う。


図1 2020年度から2021年度への体制変化

図1 2020年度から2021年度への体制変化

人間中心の社会、テクノロジーの進展、共生社会の実現を標榜する新教育プログラム

 では、新たに設置される2学部と1プログラムの概要を見ていこう。

 国際文化学部は「グローバルとローカルの視点から、多様な人々が暮らす社会のより良い姿を追究すること」を掲げる。グローバル化する世界で体験的に学ぶことが軸だ。異文化を理解しながら自分を取り巻く日本文化と向き合う人文学科と、1年次にアジア諸国で2週間の短期留学を必須とし、そうした体験を軸に海外から今後の世界を見通す力を養うグローバルスタディーズ学科の2学科制である。いずれも大学外での体験、フィールドワークにより、実践してみて分かったこと、行ってみて気づいたこと、といった等身大の課題意識醸成に重きを置く。「日本のナショナリズムを相対化できる視点を獲得し、今後の人口増加エリアであるアフリカやアジアを中心に、そこに住む人々と共に、自分達が今後の世界で大切にしていきたいことをシェアする機会を多く作りたい」とサコ学長は言う。

 メディア表現学部は、テクノロジーを駆使して新しい表現を追求する学部だ。Society5.0時代、AI、IoT、AR、VR、モーショングラフィックスといったテクノロジーを活用し、世の中に新しい価値を創造できるクリエイターを育成する。必修のプログラミングを始め多様な技術・メディアに精通し、コンテンツテクノロジーでイノベーションを生み出すための社会実装(ビジネス)を重視して学ぶ。ただ一方的に作品を生み出して評価されるのを待つアーティストではなく、社会への主体的な価値提供を意識した学びだ。石田理事長は言う。「どちらの学部も、誰かが作ったルールや、今ある枠組みの中で右往左往するのではなく、自分自身で新しい社会のあり方を構想し、創り出していける人間を育てていきたいという点で共通しています。それこそが、本学の建学理念である「自由自治」を体現する人間のあり方です」。

 最後に人間環境デザインプログラムである。学部を横断して学ぶ設計で、その中心テーマは「建築」。人間中心の街や都市、環境づくりを考えることに重きを置く。「今世界中では人口動態や多様な要素の影響で既存のコミュニティからの変容が多く起こっている。そのなかで建築という分野には、多様な期待が寄せられています。ただそれには『建物を造る』だけの建築では応えられない。建築が持つ社会における役割を、『人間』と『環境』という大きな枠組みからもう一度問い直す必要があります」と、自身も建築の専門家であるサコ学長は言う。学長の専門も人の行動や集団のあり方から空間を考察する『空間人類学』であり、このプログラムに通じている。大学として目指す「共生」において、新しい暮らしや生活そのものを提案することが人間環境デザインプログラムの目標だ。当然、その背景に多様な文化理解、ライフステージの設計、人間理解が欠かせない。人間尊重を理念のど真ん中に置いている精華大ならではのプログラムというわけである。1学年は16名と少人数制で、国内外のフィールドワークをベースに、対話を通して学ぶ。

 人間中心の社会、テクノロジーの進展、共生社会の実現。現在の教育体制をこうした軸で見直し、具体化するフラッグシップとなるのがこの3つの教育改革なのである。

人間形成の第一歩となる共通教育を改革する

 精華大は3つの改組に加えて、同じタイミングで共通教育の枠組みと位置づけを見直している。「社会に新しい価値を創造するイノベーターを育てるには、限られた学部だけでなく、大学教育全体を考えることが重要」と石田理事長は言う。精華大の学生であればどの学部に所属していても共通して備えてほしい素養、最低限学ばなければならないものが詰まっているのが共通教育だ。同時に、「大学が大事にしなければならない人間形成の第一歩でもある」とサコ学長は重ねる。言葉、思考、価値観、社会との関わり、世界との関わり。そうしたコミュニケーションや連携を重要視した学びを展開する。「テクノロジーが進化する今だからこそ、人間が持つ思考力や教養から生まれる表現力が重要です」(サコ学長)。そのため、専門を支える要素として精華大が標榜するのが「表現」「リベラルアーツ」「グローバル」という3つの教育ビジョンと、それに基づく3つの教育コンテンツである。

 教育コンテンツの1つ目は、全学部生が受講する「共通講義」。いわゆる「教養」に当たり、人文科学、語学、自然科学等の基礎教養を身につけ、知の土台を造るものだ。

 次に、視野を広げる「マイナー制度」。自分の専門とは異なる分野を学び、新たな視点を獲得する。社会に出ると専門とは別にどんな付加価値を持っているかが問われることに対応したものだ。

 最後は、社会とつながる様々な「社会実践プログラム」。新しい2学部で「体験」を重視するように、学外で多様な経験を積むことで自分の可能性をさらに広げる。「誰しも理論だけで納得するよりも、現場と関わりながら学ぶほうが深い。ディシプリンに忠実に学ぶことが大事なことももちろんあるが、ターゲットを中心にものを考えるほうが有効なことも多い」とサコ学長は言う。実践経験を多く配置することで学生の意欲にも火がつき、主体的な学びにつながっていくという。

 専門に細かく分かれた人文や芸術の領域でこうした共通軸を据えることは学内でも賛否両論あったそうだが、「学生の自立力をどうつけるかが一番大事」とサコ学長は繰り返す。「フレーム化された集団の時代から、これからは個の時代へと時代が移っている。属性に縛られた教育の価値観から学生を解放するために初年次教育が果たす役割は大きい」。精華大は「表現で世界を変える人」を育てる大学であり、自らの術で世界に価値を示すには自発的な意思やマインドが必須となる。そうしたマインドセットを初年次にしっかり据えることで、専門を生かした価値創出ができるようになる。逆に言えばそうした足腰が鍛えられていないのにhowばかり磨いても社会には通用しないということなのだろう。表現者には、いかにフレームの外を向かせるかが重要なのである。そうしたスタンスが獲得できれば、同じ学問のフレームで考える仲間だけではなく、違う文化や専門を持つ仲間と衝突しながら共創していくことができる。いうなれば、そうしたスタンスがない人材は2050年には必要ない。

 「共通教育を生かすには同じ教育構造を持たないといけない。構造改革を抜本的に行うには構成員の理解は不可欠」とのサコ学長の言葉が示すように、次世代人材育成の必要性を頻繁なコミュニケーションにより共有し、学生中心の教育へと意識改革していく必要性を説き、対話により学内をまとめていったという。

次の50年のために抜本的な改革を内外に示す

 理念の話に戻ろう。

 石田理事長とサコ学長が現職に就任したのは2018年。ちょうど大学50周年の年であり、先に挙げたビジョン策定に当たって、これまでの50年を振り返り、これから50年をどう生き残るかを思考する年だった。「その過程で精華大が持つ理念や価値観、実績を再点検しました。できていたこととできていないこと、やるべきこととそうでないこと、本学がどうあるべきかを模索するなかで、理念は今でもタイムリーに通用する内容だと気づいた」(サコ学長)。それは「人間尊重」と「自由自治」だった。

 国というフレームが消失しデジタルとバーチャルでつながる社会は、集団から個へ、単位が小さくなっていく。集団への帰属意識だけではままならない社会で自由に生きる自立人をどう育成すべきなのか。また、日本はこれまで課題解決のできる人材を育成してきたが、今後はどんな課題が来るかも不明な社会で、見えない課題の解決策を学生に教えても仕方がない。むしろ、どんな課題がきても対応できる人材を育てたい。また、技術革新が進むなか、技術に使われるのではなく、人間としての価値を発揮できる人材を育てたい。そうした議論から出てきたのは、今こそ理念に立ち返り、技術を活用できる「人間」中心の社会で「自由」を模索できる人材、即ち「問いをたてる力」を養成するということだった。「50年後の日本は今以上に人口が減少し、外国との交流なくしては経済は成り立たなくなります。多様化した社会を個人がどう生きるのかを見据えると、必然的に学生の力そのものを伸ばす教育によりシフトする必要がありました」と石田理事長も言う。そうしたゴール設定に向けて、段階的に改革しながら次の50年にも残る大学を創ることが2人のミッションとなったのだ。複数の改革を一度に立ち上げたのにも意味がある。今回の改革は部分的修正ではなく抜本的な改革として、一気に進めるスピード感と共に、内外に打ち出す必要があったのである。

マーケットと経営観点を両立しながら世界の中で独自性を高める

 経営的な観点からすると、中長期的視点のみならず、短期的な定員充足見立ても重要だ。実は当時、5学部のうち2学部が大幅に定員割れを起こしていた。「50年どころか存在そのものを危うくしかねないレベルで、この立て直しが理事会の直近の課題でした。今回の改革はそうした現状に風穴を開ける期待も大きい」と石田理事長は言う。一方、定員充足率は低くてもマーケットとしては大きい分野もあれば、現在定員は充足していてもマーケット成長が今後見込めない分野もある。また、オープンソース化の機運やアプリの普及等によりアートやデザインの裾野は以前より広がり、プロとアマの差が縮まるなかで改めてプロの役割とは何かが問われるといった変化の波も大きい。こうしたトレンドを読みつつ、精華大らしさが生きる改革の道筋を模索していったという。「問いを立てる力」を磨くには、技術革新が著しい時代において技術にカバーされうる領域を必死に磨くよりも、その素地となる「社会認識」「他者理解」「教養」といったコンセプトメイクに効く素養をどう磨くのかが肝となる。また、シュリンクマーケットである日本に拘わらず、世界から留学生を獲得することも経営的には重要であり、教育コンテンツが外国人留学生から見ても魅力的でなければならない。「日本の大学でありながら世界とつながっている大学を目指したい。世界中の人達が自由に勉強しに来られる場であり、一度社会に出た人達も再び学べるリカレント教育ができる場でもありたい」と石田理事長は言う。

 世界基準で比較される土俵に上がったとき、選ばれる要素とは何なのか。その問いに、「技術はどこでも大差はないのが正直なところ。差が出るのは教育理念です。教育コンセプトこそが目指す方向性を最も標榜するものとなる。だからこそ本学は理念を大切にしたい。そして理念は世界に通じる言葉である必要がある。本学は世界に平等に教育チャンスを与えるポテンシャルがある大学だと信じています」。サコ学長の言葉は力強い。理念が大事なグローバルにあって、必要なのは事実の意味付けと広報だ。そうした方策がコモディティ化を防ぎ、大学の独自性を引き出すのである。未来に向けた試行錯誤は続く。

カレッジマネジメント編集部 鹿島 梓(2020/10/27)