これからの社会を作る『科学技術』に軸足を置き、総合大学としてAI時代に挑む/京都橘大学 工学部(情報工学科・建築デザイン学科)

京都橘大学キャンパス

POINT
  • 1902年創立の京都女子手藝学校を前身として、1967年京都市山科区に開学
  • 2005年に男女共学化し、教学理念「自立」「共生」「臨床の知」を掲げ、看護学部や現代ビジネス学部、発達教育学部等、多くの実践領域に学部学科を展開している
  • 2021年4月に工学部・経済学部・経営学部を開設し、AI時代に対応する人材を育成する


京都橘大学(以下、橘大)は2021年に工学部(情報工学科・建築デザイン学科)を開設する。その設置趣旨や背景について、学部長就任予定の東野輝夫教授にお話を伺った。

新たな時代のニーズに即した実践人材を新学部で育成する

 京都橘学園は2019年からの第2次マスタープランで、「京都の総合大学として新たなステージの課題に挑戦し、大学を中軸に存在感のある総合学園になる」「教学理念に基づく質の高い教育保育事業を展開し、教育保育で評価される学園となる」の2つのミッションを掲げる。2019~2026年の長期ビジョンにおいて大学に課されたテーマの1つ「教育力強化」には、「社会で活躍する人材を育成する」テーマのもと、「総合大学としてのさらなる発展をめざした社会科学系教育の拡充」「社会の要請に応える新たな学問分野への挑戦と人材養成」等が定められており、2021年はこの文脈で経済学部・経営学部、そして今回取り上げる工学部の設置が計画されている。

 では、女子教育から始まりこれまで人文科学や対人領域で教育を展開してきた橘大が、何故工学部を創るのか。その問いに対し、「まず、Society 5.0時代到来を背景にした情報技術者の中長期的な不足状況、AI技術による社会インフラの変容とそれに支えられたスマートシティ構想等の動きに対し、有用な人材育成が間に合っていない現状があります」と東野教授は言う。さらに橘大の建学の精神は「力を実業教育に注ぎて、将来自営独立の実力を得しめん」。創立者の中森孟夫は「変化の激しい時代においてこそ、自営独立するためにも知識と技能を修得することが大事である」と説いた。翻って現代における必須技能の1つをこうしたIT技術と置き、新しい社会を創る人材を育成することは、橘大の理念に則った動きでもあるのだ。

社会への価値創出に拘ったカリキュラムコンセプト

 工学部設置は現代ビジネス学部都市環境デザイン学科を前身とした改組である。学科ごとの教育の特徴を以下に見ていこう。

 情報工学科は、AIやロボティクス、ビッグデータ、IoT等の先進情報技術について深く学び、社会課題の解決、生活の質向上といった新たな価値創出を担う技術者を育成する。一方建築デザイン学科は、多様な個人・地域・社会が直面する課題に際し、持続可能な環境構築という視点から総合的にデザインに取り組むことができる建築家を養成する。いずれも「社会への価値創出」に軸足を置き、学んだ内容でいかに社会創造に資するかを自ら考案できる人材育成を目指している。

 自らも情報工学分野の専門家であり、数多くの「技術の社会実装」案件を手掛けてきた東野教授は、「楽しいからこそ学びは進む」と断言する。「特に工学は、ゲームやものづくり等、好奇心に支えられた領域です。カリキュラムや施設を含め、知的好奇心をくすぐる仕組みや工夫をどうしていくか、常に考えています」。入学時点の学生のリテラシーレベルはバラバラで、情報工学で言えばプログラミング経験者もいればPCは滅多に使わずスマホを常用するような学生もいることを想定し、「予備知識がない人が気後れしないようにしたい」と東野教授は言う。「プログラミングによって描いた絵が動くとか、おもちゃのレーシングカーが走り回るようになるといった純粋な喜びや成功体験を最初に持ってもらい、PCの仕組みから高い専門性に至るまで体系的に教育する(図1)。全員をステップアップさせ、誰一人取りこぼさない教育を目指します」。導入を厚くして楽しさを学びの根幹に置き、そのための道具として技術を使えるようになってほしい。そうすれば、自ら学びを更新していく人材になれるはず。知的好奇心を喚起して主体性を引き出すこと、初学者がスムーズに高校教育から大学教育へ移行できるように、「何を教えるか」よりも「何をできるようになるか」という成長実感を積み重ねていくカリキュラムが学部の主軸だ。2学科とも基本的な考え方は同じで、最終的には「自分で企画設計しアウトプットを作ることができる即戦力」を育成するのを目標とした体系的なカリキュラムを編成する。年次が進むと、情報工学科は5つのラーニングコース(ソフトウェアデザイン、ネットワークデザイン、IoTシステム、メディアデザイン、データサイエンス)に分かれ、建築デザイン学科は建築・インテリア・環境デザインといった複数要素を複合的に取り扱う演習・実践科目を多く配置し(図2)、1級建築士受験資格とともにトータルデザイン力を身につける、というように、より社会実装に近い視点で学びを深めていく。


図1 情報工学科の技術習得モデル(プログラミング科目)
図1 情報工学科の技術習得モデル(プログラミング科目)


図2 建築デザイン学科の演習・実践科目例(建築設計演習)
図2 建築デザイン学科の演習・実践科目例(建築設計演習)

学部共通の横断活用スキームで実践力を培う

 また、学部の共通スキームとして、以下2点を備える。

  • プロジェクト学習等、社会連動した実践的な学び

 4年間通じて開講するPBL科目や演習等を通じて、「問題発見力」「他者との協働力」等を身につける(図3)。この点について、東野教授は「情報であれ建築であれ、技術というのは人が『創りたい、改善したい』と思ったことに着目してツール化していくもの。本学ではそうした『課題に気づく』経験をしてもらうために、社会の様々なターゲットを対象として、状況に応じて課題を解決する体験もしてもらおうと考えています」と話す。基本的な解決の方法論を知るだけでなく、そこでは解消できなかった課題に思い当たり、それを解決する最新技術を自分で構築する。そうした場数を経て技術者としての勘所が磨かれていく。「実際に使えるアウトプットを出すには、理論と実践のはざまの知恵や工夫を知ることが大事。そして自分で設計・判断するには、目的に即した原理原則を正しく知ることが重要です。本学は、課題に対してひたすら遂行するのではなく、自分で問題意識を持って課題を発見できる人を育てたい。そのために、学生のレベルに即した経験をさせていきたいと考えています」(東野教授)。学部開設に合わせて整備されたキャンパスの新棟には情報機器を配置した、学生の知的好奇心を刺激し、実践を促すエリアも設ける予定だ。各自の技術レベルや個別のテーマによって指導できる体制を整え、実践を通じて修得するサイクルを構築したいという。



図3 プロジェクト科目の配置概観
図3 プロジェクト科目の配置概観


  • クロスオーバー教育

 2021年に新設される工・経済・経営の3学部共通科目としてクロスオーバー科目群を配置。他学部の専門科目を学ぶことができ、文理を越えた幅広い知識・技能を身につけることが目的である。「クロスオーバー型課題解決プロジェクト」の科目では、企業・行政等から実際に依頼された課題に3学部合同で取り組み、各分野の専門知識を交えてアウトプットを創る経験をすることができる(図4)。多様なチームで課題に挑み、自らの専門性を高める意義を見出す意味でも、こうした経験を積む価値は大きいことだろう。



図4 クロスオーバー型課題解決プロジェクトの例
図4 クロスオーバー型課題解決プロジェクトの例


価値創出に必要な素養を「知的好奇心」「論理性」と捉える

 学部のコンセプトである「技術を用いて価値創出できる人材」に必要な素養について伺うと、2つの点を指摘された。まず「ターゲットに対する知的好奇心が高いこと」、次に「価値創出・実現に向けたプロセスをロジカルに組めること」である。

 「工学は、理論に向き合い考え続けることが大事なので、その根幹に好奇心があることは重要な素養です」と東野教授は言う。基礎技術がなければ応用はできず、価値創出しようにも創造物が精緻でなければ成り立たない。クオリティー高くアウトプットを出し続けるには好奇心に下支えされた知的体力が必須というわけだ。

 そのうえで、「他人に分かりやすく説明(プレゼン)できること、制作のプロセス設計を論理的に構成できること、技術に至る理論を構造的に理解できること。これらは全て『論理』の問題です」。高校までの科目で言えば国語であり、学力の3要素で言えば、知識・技能に裏打ちされた思考力・判断力・表現力ということであろう。「情報においては、例えば簡易なプログラミングなら小学生でもできるわけで、予備知識がそこまで必要ではなく、むしろ自身の考えを論理的に組み立てられるかが重要。教科科目の成績よりも、そうした論理性が適性の1つと言えるかもしれません」。論理的か否かの差は、将来的には「仕事のクオリティー」の差となり、給料差となって明確に表れる。「だからPBLを重視し、多様な人々との協働を重視する。簡単なプログラムを組んで動かすのであれば、4年間もかけて勉強する意味はありません」と東野教授は言う。「情報は二次元で建築は三次元という差はあるが、2学科とも求める工学の素養は共通している」そうである。

 また、学部開設に向けてNECと教育研究連携協定を結び、3月竣工予定の「新管理・教室棟」への先端機器配備を行うほか、情報工学科では先端技術に関する講義、NECが提示する課題に取り組むプロジェクト等を展開する。いずれは全学的なAI・IT教育カリキュラムの整備等も検討する予定だという。

 こうした教育実践の先に見据えるのは大学の将来だ。「人口減少と社会の複雑化を背景に、今後大学経営はより厳しさを増す。本学部は5年後に選ばれる大学になるための教育を展開し、学生を確実に成長させる指導法やコンセプトを大事に、しっかり情報発信していきたい」。東野教授の声は力強い。



カレッジマネジメント編集部 鹿島 梓(2020/12/8)