職員のあるべき姿と育成方針を明確化し、大学の魅力化につなげる/大正大学

大正大学キャンパス


髙橋学長、平盛事務局長

 大正大学は大正15年に旧制私立大学として開学され、設立四宗派(天台宗、真言宗豊山派、真言宗智山派、浄土宗)および時宗が協働して運営する大学で、大乗仏教精神に基づく「智慧と慈悲の実践」を建学の理念とする大学である。現在では6学部3研究科を有する人文系総合大学で約5000名の学生を有する。専任教員、専任職員いずれも150名ほどの中規模大学である。大正大学における職員やミドルマネジメント層に期待する役割、育成の方向性等について、髙橋秀裕学長、平盛聖樹事務局長にお話を伺った。

中期マスタープランに基づく大学改革とそれを支える職員

 大正大学では、中期マスタープランに基づいて大学改革を推進している。2009年から3年間の第1次中期マスタープランでは2学部を4学部に改組した。2012年からの6年間の第2次中期マスタープランの際に、運営ビジョンの中に、大正大学の社会的責任(Taisho University SocialResponsibility:TSR)を宣言した。つまり、大正大学の全ての営みが社会貢献に結びつくのだという考え方を示した。経営者である理事会が「3つの経営基盤」を担保し、教職員が「5つの社会的責任」を果たすことによって、ミッション(使命)を達成するとともに、新たな価値を創造し、精神的・知的な満足を得られる大学へ成長することを目指すものである。TSRマネジメントシートというものを作成し、毎年自己点検評価を行うと同時に外部評価も受けている。この「3つの経営基盤」の一つが優れた人材の確保であり、教職員の資質向上、人事制度や研修制度が位置づけられている。第2次中期マスタープランでは、首都圏文系大学の中で、期待・信頼・満足度ナンバーワンの大学を目指すとうたったが、それを具現化するために、創立100周年を迎える2026年に向けた、第3次中期マスタープラン「魅力化(MIGs)2026アジェンダ」を2018年から進めている。第3次中期マスタープランは、大正大学 100年、魅力化構想とそれを実現するための働き方の改革というタイトルがつけられている。「働き方改革をしっかりしないと大学の魅力化構想は実現できない」という思いが込められていると学長は話す。

 こうした中期マスタープランの作成、運用を職員が支えている。第1次中期マスタープランでは、バランススコアカードを用いて作成したが、最初は若手・中堅職員と当時の学長・副学長・事務局長が入って作ったという。次第に、組織として成熟する中で、TSRの考え方の下でそれぞれの部署がボトムアップ的に事業計画書を作成するスタイルに変化してきたが、運用の面での職員が果たす役割は大きい。中期マスタープランを基に事業計画を作り、四半期ごとに進捗管理をして、1年に一度、自己点検評価をしているが、そうした検証作業は事務局が中心となって行っている。また大学のウェブサイトを見ると、様々なステークホルダーを対象に、毎年度「TSR総合調査」を実施し、運営ビジョンやそれを基にした取り組みがステークホルダーの期待に応えているか、満足感を与えているかを丁寧に検証しながらマスタープランが進められている。

職員のあるべき姿と採用・育成方針

  大正大学のウェブサイトには、「大正大学職員のあるべき姿」が示されている。こうした目指すべき姿を文章として提示している大学は少なく、なぜこうしたものを作成したのかを尋ねてみた。

表1 教育ビジョン・職員のあるべき姿と必要な資質能力の関係

 大正大学の建学の理念は「智慧と慈悲の実践」であり、仏教用語の慈悲、自灯明、中道、共生という4つのキーワードに合わせて、「4つの人となる」という教育ビジョンを学生に示している(表1)。だが、なってほしい学生像が必ずしも教職員に十分浸透していないと学長は話す。教育ビジョンが教職員に浸透して同じ認識を持っていなければ、実現されることはないという問題意識から、同じキーワードで職員のあり方を示している。具体的には「愛校心と職員としての自覚、学生への愛情を持って行動できる人(慈悲)」「課題の本質を見出し、その改善に向けて主体的・積極的に自ら考え行動できる人(自灯明)」「広い視野を持ち、偏ることなく柔軟に自分と組織をより良い状態にマネジメントできる人(中道)」「コミュニケーションを大切にし、和をもって助け合い、お互いに高め合うことができる人(共生)」である。そうした姿になるために必要な資質能力も具体的に提示されている。これらの4つの資質能力は、のちに説明する人事考課制度を作ったあとでそれらを抽象化させ、4つの教育・ビジョンと連動する形で作成したという。

図1 職員の採用・育成に関する3つのポリシー、図2 職員育成の体系

 そうしたあるべき姿(大正大学職員ビジョン)を実現するために、求める人材像、職員研修体系、職能等級基準書を定めているが、これはいわゆるAP(アドミッションポリシー)、CP(カリキュラムポリシー)、DP(ディプロマポリシー)に相当するものとして位置づけられている(図1)。採用に関しては新卒が基本で、若くてこれから伸びそうな人を採用しているが、全体のバランスを見て、即戦力になる人を探したりしている。

 この育成・採用方針をもとに、現在行っているのが、図2に示した4つである。外部有識者の助言を受けて定期的に見直している。

 まず、ディプロマポリシーとして位置づけられている「職能等級基準書」は、それぞれの職階(課員、主任、係長、課長、部長)に応じた能力、それぞれの職位の卒業基準を定めた。全管理職が参加して職能等級基準書を作成したところも特徴的だ。上半期、下半期に分けて、上司と第1次面談をして業務の目標を定め、チャレンジシートを作り、そのうえで、逐次コミュケーションを取りながら個人目標を管理する。半年終わってどうだったかの面接を少なくとも年に2回は行い確認している。クリアするために何を勉強すべきか、こういう勉強をしたらといったアドバイスもしている。

 次に、「研修体系」はそうしたゴールに向けて勉強すべきことの体系で、職能ごとに学ぶべきものが定められており、ほぼ必修になっている。図3に詳しい研修体系を示した。学内研修のほか私大連等学外のものも一部ミックスされている。仏教系の大学と共同で実施するものもある。かなり細かいので運用は大変だという。現在は1本で複線化されていないが、職員のあり方の多様性を考えて今後は複線化や選択制にしていく可能性も検討している。

  図2にある「職員ポートフォリオ」は毎年、アナログの形だが自分たちで書いて振り返るものを作り、運用を始めている。職員ごとに、経験した職歴・職務内容、免許・資格の取得状況、今まで担当した業務で業績を残したこと(特に力を入れて取り組んだこととその成果)、今後経験したい業務(異動の希望がある場合、該当する課を3つまで記入)/大学職員としての将来像、地域社会での活動/大学業務以外で取り組んでいること、自分の特徴(強み、弱み、趣味、特技等)、職務上配慮してほしいこと(ある場合のみ)を記入する形式となっている。

 「魅力化手当」はSDの一環で、1年20万円の枠で自身の研究計画に対して資金補助するもので、いわば教員にとっての研究費のようなものである。自分で必要なものを自主的に学ぶのを支援する仕組みである。当初はSD手当と呼んでいたが、大学の魅力化に貢献してほしいし、大正大学の魅力の一つであるという思いを込めて、今年から魅力化手当という名称に変更した。職員の約9割が申請し、実際に半数以上が精算しており、多くの職員が活用している。どのような内容なのかを尋ねたところ、多いのはキャリアコンサルタント等の資格取得や学会参加にかかる費用だが、1年20万円で、翌年以降も毎回、上限20万円で申請できるので、大学院に進学する等、数年単位の計画を考える人もいる。自分がどう成長したいかを言語化して、上司との面談を経て提出してくるので、これまで申請してきたものを人事課ではじいたことはないという。必ず学んだ知見を大学に持って帰ってきてほしいと面談で伝え、学ぶことが推奨されている。職員の学びに対する充実した財政支援に驚いたが、成果について尋ねたところ、「職能等級基準を早めにクリアする人が出てきた」「学会に入ったり、発表しに行ったり、他大学の人とコミュニケーションを取る職員も増えた」等、意義を実感しているという。年齢主義ではなく、職務に優れた人を管理職にしていくうえで、基準を明確にし、見える化した一連の仕組みの効果は大きいのではないだろうか。平盛事務局長によると、「職員の重要性はかなり早くから認識されていた」とのことで、優れた人材確保のための人事制度や研修制度は2008年頃に作ったが、その後も見直しを続け、充実させてきたのだという。

図3 事務職員研修体系

ミドルマネジメント層の役割への期待

 このように大学改革において職員が重要な役割を果たし、その育成のための体制も整えられているが、特にミドルマネジメント層についてどのような役割を期待しているのか学長に尋ねてみた。ミドルマネジメントに求めたいことは、「型を重視しすぎると固定観念にとらわれるが、型がなく独創性だけでは型破りではなく、単なる『型なし』。両者のバランスが大事」と話す。型は受け継ぐが、とらわれすぎずに自由な発想が求められる。大正大学魅力化構想ではイノベーションを起こしたいので、未来を見据えてあるべき到達目標にどう立ち向かうかが必要だが、どうしても現状を見てしまい何ができるかという発想になりがちだ。だからこそ、そうした柔軟性が大事だという。そうした柔軟性を持ってもらうために行っていることとして、2つのトピックスをご紹介いただいた。

ワン・モア・ジョブ

 第一は、第3次中期マスタープランの中で設置した、情報基盤整備、働き方改革、戦略的経営・財務、地域戦略、巣鴨プロジェクト、DAC、大学院、就職という8つのプロジェクトがあり、部長クラスが通常の部の仕事以外に、それぞれのプロジェクトのリーダーとして参加している。いわば、ワン・モア・ジョブであるが、部の仕事とプロジェクトの仕事の割合も指針として示して、現時点では負担過剰になることもなく、良い形で運営されているという。2019年12月には大正大学魅力化研修会を教職合同で開催したが、プロジェクトリーダーである部長クラスがプロジェクトの構想を説明し、説明を受けた教職員に気づきを促した後、グループ内でKJ法を使ったディスカッションをして、その議論の内容を発表してもらった。各グループの内容に学長や副学長がコメントし、学外の評価委員に総評してもらったが、実りのある研修で、こうした研修の企画を今後はミドル層にもっとやってほしいという。

意思決定プロセスの変更

 全学的に取り組む施策はそれぞれの部署が連携して取り組む必要があり、各ミドル層の管理職は、組織としてしっかりしないと力が発揮できないが、そうした思いもあり2020年7月に重要な会議のあり方を見直した。

  以前は、学長、副学長2名、専務理事、事務局長、理事長特別補佐から構成される学長室会議(2015年に設置)で、教学面の重要事項を毎週、審議し、決定していた。それまでは専務理事は経営、教学は学長と切り分けがされてきたが、経営と教学ははっきり線引きができないし、常にお金が絡む。学長が依頼し、専務理事にお伺いを立てると時間がかかる。また案件によっては理事会に上げて方針を決定していては意思決定に時間がかかるが、コロナ禍で迅速に進める必要が出てきた。しかし、学長も理事なのだから、経営に関わってもおかしくないだろうと、常勤理事で経営も含めて議論する常勤理事会のような組織として、学長室会議を総合政策会議に変更した。この総合政策会議には、従来の学長室会議のメンバーに加えて、新たにできた副事務局長、プラス執行役員として各事務部長と学長補佐の代表が出席する。「それぞれのミドルマネジメントが大学の全体的なところを常に視野に入れて仕事に当たってもらうのが一番期待したこと」だと学長は話す。

 コロナ禍を経験した中で「これほど職員の力が必要と思ったことはない」と学長は言う。経験したことのないことにいかに対策を取っていくのか、学生や社会の目も厳しく、大学はいかにあるべきかが問われており、教職が一致団結してやっていくことがこれまで以上に意識されているという。大学の魅力化を実現するためには職員の働き方改革が不可欠、という考え方に強く共感する。こうした仕組みを構築して、力強く柔軟なミドルマネジメント層が育ち、大学改革をリードしていくのは多くの大学にとっても一つのモデルになるのではないだろうか。


(両角亜希子 東京大学)


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