【学部学科トレンド2012】ローカルの特性を生かした新増設アプローチ考

 本誌179号特集では、全国及び大都市圏とローカルに分けて20年間の学科ごとのマーケット・トレンドを分析し学部・学科開発に関しての参考となるデータの分析を行った。

 本誌の分析では、全国の大きなトレンドと大都市圏とローカルの差異について俯瞰して知ることができる。そのため、全国を募集対象とする大手の大学や各ローカルで偏差値上位に位置する総合大学には参考になるが、ローカルで募集に苦慮している大学にとっては、そのローカル独自のマーケット事情があり参考とならない。

 ここでは、全国のマーケット・トレンドを俯瞰しつつ、あるローカル(県単位)における学部・学科開発について考察する。分かりやすく解説するために募集対象範囲をいったん県単位と想定する。

 

プロセス1 マーケットデータを俯瞰する

 まず、そのローカルにおけるマーケットデータをもとに、以下の現状を俯瞰して捉える必要がある。

1. 県単位の18歳人口と今後の推移
2. 県単位の大学進学率(大学、短大進学者数)
3. 大学進学者地元残留率
4. 大学進学者地元占有率
5. 県内に設置されている各大学の学部・学科別募集定員と志願者数
6. 県内に設置されている専修・各種学校の学科・コースの募集定員

 上記1〜6から、図表1-1、1-2に、ある県(X県とする) のデータを元に数値を一般化してモデルとして提示し、シミュレーションを試みたい。

 なお、シミュレーションの条件は以下とする。

※シミュレーションの条件
・X県は、政令指定都市の隣県とし、政令指定都市には、国立大学や大手私立大学があるとした。
・X県の2030年の18歳人口が25%減少するとした。
・2012年-2030年の大学進学率30%で変化しないとした。従ってX県の大学進学者数は、2030年に25%減少す
 る。
・2012年の地元残留率50%だが、2030年には18歳人口が減少するため政令指定都市の有力大学に合格しやす
 くなり県外進学者が増加し、地元残留率が、40%に落ちこむとした。従ってX県在住の高校生が県内の大学
 に進学する人数は、40%減少する。
・実志願者は、実際に大学に進学した者より多いため任意に実志願者は多いとしたが、県外からの実志願者は
 50%減少するとした。そのため実志願者の総数は、45%ダウンとなった。
・総募集定員以下の総志願者数となっても、国立大学や偏差値上位の大学には定員以上の志願者数が集まる
 可能性が高く、不合格者数が出るため、実志願者数より合格者数が少ない人数とした。
・合格者全員が入学することはないため合格者数より少ない人数が入学するとした。

 

図表1-1  2012年度の県内進学マーケット

※クリックで画像拡大図表1-1  2012年度の県内進学マーケット

    図表1-1を見ると、2012年は、県内にある大学の募集定員以上の実志願者数がいるため、地元国立大学と、地元一番手の私立大学から順に、全ての大学の定員が充足している。

図表1-2  2030年度の県内進学マーケット予測

※クリックで画像拡大図表1-2  2030年度の県内進学マーケット予測

    図表1-2は2030年の予測を表している。
  2030年に18歳人口が25%ダウンするだけでなく、県外への志願者の流出と県外の流入の減少で、実志願者数が45%にダウンすることが予測される。地元国立大学の定員充足力が高いとし、一番手の私立大学であるB私立大学から順に入学手続きが進むとすると、それ以外のC、D、E、F私立大学は、淘汰されることになる。

 

プロセス2 マーケット・トレンドからの考察

 それでは、2030年に向けて、県内にある偏差値上位大学以外の大学と専修・各種学校は、どのように学部・学科開発を行いマーケットに生き残りを懸けるべきだろうか?

 様々な戦略が考えられるが、今回は、学科のマーケット・トレンドから考えられる生き残り策について考察を続ける。

 モデルの県の大学の学部構成を以下とする。

A 国立大学(法学部、理工学部、文芸学部、教育学部、経済学部、医学部、歯学部、農学部)
B 私立大学(外国語学部、国際教養学部)
C 私立大学(法学部、工学部、経営学部)
D 女子大学(文学部、家政学部、看護学部)
E 私立大学(人間関係学部、文学部、社会学部)
F 私立大学(国際学部)

 他に地元専門学校として、福祉系、医療系がある。

 紙幅の都合でE私立大学に特化して分析を行いたい。

 本誌179号に掲載した図表2-2から2-13b「20年間の学科のライフ・サイクル図」と図表6-3を参考に学科系統の今後の可能性について検討する。

 全国区で「成長期」にある分野は、以下である。
地理学、歴史学、文化人類学、数学、物理学、化学、栄養・食物学、生物学、生命科学、農学、観光学、マスコミ学、哲学・宗教学、心理学、保育・児童学、地球・宇宙学、環境科学、エネルギー・資源工学、原子力工学、スポーツ学、医学、看護学、リハビリテーション学、医療技術学、機械工学、情報工学、建築学、応用化学。

 全国区で「再成長予兆期」にある分野は、以下である。
日本文化学、森林科学・水産学、情報学、コミュニケーション学、教育学、国際文化学、語学(外国語)、健康科学、通信工学。

 上記の全国成長・再成長予兆トレンドの分野からA国立大学、B、C、D、F私立大学が設置している分野を除くと、観光学、マスコミ学、心理学、保育・児童学、環境科学、エネルギー・資源工学、原子力工学、スポーツ学、リハビリテーション学、医療技術学、森林科学・水産学、情報学、コミュニケーション学、健康科学、通信工学となる。

 次に、図表6-3のローカルで成長・再成長予兆期にある分野に絞り込むと、心理学、保育・児童学、環境科学、エネルギー・資源工学、原子力工学、リハビリテーション学、医療技術学、情報学、マスコミ学、コミュニケーション学となる。

 ただし、上記に絞り込まれた分野で地元の専門学校が募集に成功している分野である医療系を除き、かつE大学の学科資源をもって不可能な分野である環境科学、エネルギー・資源工学、原子力工学を除き、またD女子大学が進出する可能性がある保育・児童学を除くと、心理学、情報学、マスコミ学、コミュニケーション学となる。

 すでに心理学は、人間関係学部で存在しているため残された可能性は、「情報学、マスコミ学、コミュニケーション学」となった。E大学の場合、文学部は、A国立大学、D女子大学の滑り止め的位置づけとなっており、人口減少で志願者が減少すると入学者は激減する。また、社会学部系統も全国区で衰退期、ローカルで撤退期にあり今後の発展は見込みにくい。文学部と社会学部の学科資源を活用した「情報学、マスコミ学、コミュニケーション学」に関連する改組が必要となりそうだ。

 

プロセス3 「独自性ある魅力」からの考察

 さて、マーケット・トレンドだけを重視した学部・学科開発は、有名大学にとっては有効に働くが、そうでない大学においては、必ずしも成功するとは言い難い。参入した分野がいずれ衰退期に入れば、有名大学しか定員を満たせなくなるためだ。そこで重要なのは、個性や差別化された「独自性ある魅力」であることは、本誌162号で述べたとおりである。最後に、これらを総合的に見た学部学科開発について考察する。

図表13 新増設・改組を行うためのアプローチ

① E大学の「建学の精神」「教育の理念」を確認する
   E大学は、仮説の大学であり、ここでは言及しない。しかし、大学の根本的な価値観を表す理念と「情報学、マ
   スコミ学、コミュニケーション学」に関連する新たな学部・学科の整合性が最も重要である。

② 教育目標・ビジョンを策定する
   本来は、理事長・学長をはじめ学内の想いなどを積み上げ、法人・大学のビジョンの策定を行い、その将来ビ
   ジョンを実現するための学部・学科開発を行うが、これも仮説の大学であるため言及しない。「情報学、マスコミ
   学、コミュニケーション学」に関連する分野に関するビジョンを構築していく。

③ 学校資本が活かせる方向を検討する
   E大学の場合、文学部・社会学部が存在し、その教員の研究・教育内容と施設設備が資源となる。「情報学、
   マスコミ学、コミュニケーション学」に関連する分野を複合分野として構築するか単独分野に絞り込み構築する
   かの判断が必要である。また、学内にない資源(特に各専門分野の教員)は、学外から調達することになるが、
   同時に学内で不要になる人資源が必ず改組に伴い出現する。

④ 社会環境・ニーズを検証する
   この場合、全国やローカルのマーケット・トレンドもそうであるが、何よりローカル地域独特の特性を俯瞰して検
   証する必要がある。どんな歴史・文化背景があり、どんな主要産業で成り立っており、今後の年齢別人口構成
   がどのように変化し、産業の方向性もどのようになりそうかという予測を的確に行うことが重要である。地域行
   政の将来像に照らし合わせて「情報学、マスコミ学、コミュニケーション学」に関連する分野のニーズを探りだす
   作業となる。

⑤ 競合にない独自性を開発する
   本稿では、A、B、C、D、F大学と地元専門学校の分野からニーズの差異を見いだしている。独自性開発は、開
   発する学部・学科の分野決定後、競合学校にない教育の方針や教育の中身や教育制度などでの差別化をし
   ていくことが重要となる。

⑥ 入学志願者ニーズを検証する
   本稿のデータである程度のニーズ検証はできるが、「情報学、マスコミ学、コミュニケーション学」に関連する分
   野から開発した学部・学科について実際に調査などを行って地元高校生のニーズを検証し修正していくことが
   必要となる。

⑦ 将来人材ニーズを検証する
   県内における就職先となる主要産業の採用ニーズについて俯瞰する。地元就職率、地元の主要産業の採用
   ニーズなどを検証しA、B、C、D、F大学と地元専門学校が輩出できていない分野は何かを検討する。また、
   「情報学、マスコミ学、コミュニケーション学」に関連する分野の人材ニーズを詳細に分析する。

 以上の7項目の検討を進めることで、全ての条件を満たす「情報学、マスコミ学、コミュニケーション学」に関連する分野の学部・学科開発を行うことが重要である。

 本稿では、本誌179号のデータを活用し、架空の県での学部・学科開発の方法について解説を行った。

 次稿から引き続き、実際のローカル別にデータを分析し、学部・学科開発の可能性について考察を行う予定である。

寺裏誠司  リクルート進学総研 客員研究員 (2013/03/29)

 

【関連記事】
179号 特集 学部・学科トレンド2013