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動き出した科研費改革

科学研究費助成事業(科研費)の平成29年度助成の公募開始に当たり、今回の改革動向のポイントを、鈴木敏之文部科学省研究振興局学術研究助成課長に解説頂いた。


1 第5期科学技術基本計画と科研費

 本年1月、政府は、平成28年度から5年間を対象とする第5期の科学技術基本計画を決定した。日本を「世界で最もイノベーションに適した国」へと導くことを標榜する基本計画は、これまでの実績と課題を総括する中で、日本の研究をめぐる「基盤的な力」が弱体化しているという危惧を示している。そこで着目されるのが、論文の生産数や引用状況の指標である。例えば国別の総論文数では、過去10年間で米国に次ぐ2位から4位へと低下する等、日本は急速に台頭する中国のほか、英独等の先進諸国に対しても劣勢となりつつある。

 こうした課題を踏まえ、基本計画では「基盤的な力」の強化を大きな柱の一つに位置づけ、「イノベーションの源泉」として学術研究・基礎研究の推進を重視している。このことは過去の基本計画と比べても特徴的である。科学研究費助成事業(科研費)は、その要となる施策であり、基本計画においては、改革の三つの柱(①審査システムの見直し、②研究種目・枠組みの見直し、③柔軟かつ適正な研究費使用の促進)とともに、量的な目標として「新規採択率30%」が明記されている。

 本稿では、平成29年度助成に向けた公募が始まる時期に当たって、科研費を取り巻く環境変化とともに、①及び②を中心に改革動向のポイントを紹介し、関係者の参考に供したい。

2 科研費改革の展望-量と質

(1)量的な充実

 科研費へのニーズの高まりは、応募件数の増加というかたちで顕著になっている。その毎年の伸び率(平均)は過去15年で1.8%、過去3年では3.9%となっており、平成27年度の応募は10万件近くに達している。一方で近年の予算が頭打ちとなっているため、採択件数の大幅な増加は難しく、新規採択率は平成24年度の28.3%をピークに漸減傾向となっている。

 その背景には、大学の経営環境、研究者個人の研究環境の悪化がある。今年8月に公表した「個人研究費等の実態に関するアンケート」結果によれば、学内で措置される裁量的な研究費(外部資金は含まない)は減少傾向にあり、年額50万円未満の者が過半となっている。世界と競争しながら、個人の研究活動や研究室の運営を持続させていくうえで、科研費が「命綱」となっている状況が看取される。国私立の別なく、科研費の獲得に関する組織的な目標を掲げる機関が増え、ボトムアップ研究の基盤に係る科研費への依存度が強まるなか、当面、応募件数の増勢が続く可能性は高いと考えられる。現場からの強い願いでもある新規採択率30%の目標達成に向けては、予算の拡充を図っていくことが課題となる。

 こうした科研費の量的な充実は、論文生産に係る日本の存在感の維持・向上にとって不可欠な取り組みである。

(2)質的な改善

 厳しい財政事情の下、もとより予算の拡充は容易ではなく、質を高めるための最大限の努力が同時に求められる。分野や国境の壁を乗り越え、知のブレークスルーを実現すべく、半世紀ぶりとも言われる抜本的な改革が進行中である。

a)審査システムの見直し

 現在、平成30年度助成(平成29年9月公募予定)からの新審査システムへの移行に向けて、大幅な見直しが進められている。日本学術振興会が中心となってまとめた原案「科研費審査システム改革2018」は、学術の新たな動向を踏まえ、①専門分野の過度の細分化を是正(現行の「分科細目表」は廃止)し、審査区分を大括り化すること、②より幅広い専門分野の審査委員からなり、合議を一層重視した「総合審査」を導入することを中心的な内容としている【図1】。

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 この原案は、本年4月から1カ月間のパブリックコメントに付された。寄せられた約1600件の意見は多岐にわたるが、総じては改革の基本的な考え方が理解・支持されていると受け止めている。目下、これを踏まえた修正案が検討されており、年内を目処に審議会での最終的な決定を行う予定である。

b)研究種目・枠組みの見直し

 研究種目・枠組みの見直しについては、平成30年度の新審査システムへの移行と同期させるべきものは同期させる考え方に立って検討が進められている【図2】。具体的には、「特別推進研究」等の大型種目、「若手研究(A)」、「挑戦的萌芽研究」が検討の俎上に載っている。

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 本年8月、審議会では、「挑戦性」を追求する観点から研究種目・枠組みの見直しに関する提言を中間的にとりまとめた。審議会は、前述のような研究環境の劣化を背景に、長期的視点に立った挑戦的な研究が減退していることに危機感を示し、具体的な方策を提言している。

 提言の中心的な内容は、「挑戦的萌芽研究」を発展的に見直した新種目「挑戦的研究」の枠組みである。新種目導入のポイントは、①学術に変革をもたらす大胆な挑戦を促すため、より長期かつ大規模な支援を可能にすること(上限を500万円から2000万円へ引き上げ)、②アイデアの斬新性を重視して研究課題を厳選すること、③新審査システムへの移行を先取りし、大括り化した審査区分の下、「総合審査」を実施すること、④基金制度を適用すること等である【図3】。当面、本提言に基づいて9月から公募を開始するが、採択件数については平成29年度予算編成を踏まえて具体的な規模が確定することとなる。当省としては、研究者からの多様な挑戦の機会が確保されるよう、努めていきたいと考えている。

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 このほか、審議会は、「若手研究(A)」の「基盤研究」への統合(平成30年度助成から)や研究者としての独立を支援する新たな仕組みの創設を提言している。後者については、科研費の新規採択・交付を受ける研究者のうち、PIとなる直前・直後の者に対して、所属機関による研究基盤整備計画の履行を確認した後、科研費の追加交付を可能とすることを想定している(平成29年度概算要求)。

 審議会では、今後、さらに審議を深め(例えば「特別推進研究」の見直しに関する具体設計等)、年明けを目処に最終的なとりまとめを行う予定である。

3 結び

 科研費の予算規模(平成28年度:2273億円)が政府の競争的資金全体の過半を占めることからも明らかな通り、科研費の量・質のあり方は、日本の研究力を大きく規定する。しかし、ピアレビューを核とする科研費は、政府・資金配分機関、大学・学術コミュニティーの信頼関係、相互の理解と協力によって支えられている制度であり、トップダウンに偏った改革では奏功しない。

 例えば、新たな審査システムの定着のためには、審査負担の合理化や審査委員の育成・確保に関する検討も不可欠となる。研究者が所属する大学において、本来の役割である研究環境の整備を怠り、科研費の応募を安易に義務づけるようなことが一般化するならば、応募内容の劣化や審査件数の著増を招き、審査システムが機能不全となる恐れがあろう。

 どのように科研費を、現場にとってより良い制度としていくか、また、日本の研究力向上を牽引する仕組みとして磨き上げ、適切な規模としていくか。コミュニティー全体の英知と主体的な行動が求められる時に来ている。

文部科学省研究振興局学術研究助成課長 鈴木敏之(2016/08/25)

ⅰ) 平成28年7月に科研費採択200位以内の大学等に所属する応募資格者約1万名を対象に実施したもの(回答者は3646人)。その結果の概要は、科学技術・学術審議会学術分科会(8月9日)等で報告された。
ⅱ) 「『科学研究費助成事業(科研費)審査システム改革2018』に関する意見募集について」(平成28年4月 文部科学省)
ⅲ) 「科研費による挑戦的な研究に対する支援強化について(中間まとめ)」(平成28年8月1日 科学技術・学術審議会学術分科会研究費部会挑戦的研究に対する支援強化に関する作業部会)
ⅳ) Principal Investigator(研究室を主宰する者)の略称。独立した研究課題と研究スペースを持つこと等の要件が一般的に考えられているが、制度上の定義は存しない。