(地理・歴史)学習内容と現在をつなぐテーマで興味喚起し、「自分の考えを発信する力」を育む地理

米沢工業高校 定時制(山形・県立)
髙橋 英路 先生

教員歴9年。経済学部で地域経済学を専門に学んで社会科の教員免許を取得。初任校で出会った先輩に自分から学びに出かける姿勢を教わり、県外の研修やセミナーにも積極的に参加するようになった。大人しくて目立たない生徒など、「手がかからない」と思われやすい生徒の思いを汲み取ることを大事にしたいという。

問題に直面したときに授業で学んでことを現在と結びつけて考え、自分の言葉で発信できる人に。

<どんな授業なのか>

教科の学びと安心安全な場で、考えを発信する力を養う

 米沢工業高校の定時制の生徒には、小・中学校で一度不登校になるなど、学校生活になじめなかった経験をもつ生徒が多い。3年前、この高校に異動してきた髙橋英路先生は、担任した1年生総勢10人に、こんな印象をもったという。「周囲に受け入れられるか不安で、自分の考えを表現することにやや苦手意識をもっているようだ」と。

 だから髙橋先生は、2年次から、コミュニケーションに特に困難を感じている生徒数名に、始業前のSST(ソーシャルスキルトレーニング)を始めた。SSTのことは養護教諭から教わり、そこから自分でも勉強したという。

 また、3年次からは、授業にp 4c(philosophy for children=子どものための哲学)という教育手法も導入した。「正解のない問い」について、みんなで輪になって、毛糸玉で手作りしたコミュニティボールを回しながら意見を出し合う手法だ(下のカコミ参照)。授業研究のなかでp4cのことを知り、研修会に参加して理解を深めたという。話をまとめない・誘導しない・否定しないことが原則。生徒の「自分の考えを発信する力」と「他者の考えを受け入れる態度」を育むことを狙っている。

 授業の進め方としては、まずは1コマを使って教科書の内容を押さえ、ある物事について「考えようというきっかけとなる知識」を生徒が習得。そのうえで、次の授業でその知識を使って「現在の社会につながるテーマ」を議論する、という形を取っている。

 例えば、班田収授法(6歳以上に農地を支給して課税もする制度)について学んでから、当時話題となっていた選挙権年齢の引き下げの話も絡めて、「班田収授法の年齢基準、何歳以上が妥当か?」を話し合う。平城京から平安京への遷都を学んでから、地理で学んだ立地論のことも絡めて、「日本の首都はどこにすべき?」を話し合う。

「地理も歴史も、興味のない生徒には、遠い地域や遠い昔の話でしかないんです。そこに現在の社会とのつながりを示すことで、『こうしたことは身近でも起こるんだ』『だったら学びたい』と生徒に感じてほしいと思っています」

 そうして学びながら考えたことの「発信」にも力を入れるのはなぜか。「この先の就職活動でも、仕事でも、自分の考えを説明することが求められていくからです。そもそも生徒たちは何のために地理や歴史を学ぶのか。僕は、『なぜそこにあるのか』『なぜそれが起きたか』を理解するだけでなく、最終的にはそれをもとに自分の考えを発信するためではないか、と思っているんです。仕事や生活で何らかの問題に直面したときに、地理や歴史で学んだことを現在に結びつけて思考し、そこで考えたことを発信して社会と関わっていく。そうしたことができる人になってほしい、と思っています」

<生徒はどう変わったか>

自分の視点で歴史を捉え、考えを口にするように

 髙橋先生は、前任校では貿易ゲームなどもやっていたそうで、以前から生徒主体のアクティブ・ラーニング(AL)に積極的だったと言える。

 でも本人にその意識はない。

「ALが注目されているからと、それをやることを目的にするのではなく、今の生徒たちにはどんな授業が良いかを考えていきたいです。今の3年生に対しては『話す』授業をしていますが、この子たちが1年生のときは、いきなりの対話はまだ難しいと考え、『書く』こと中心の授業をしていたんですよ」

 そうした段階を経て、今や生徒たちはボールを回すことで意見を出し合えるようになった。授業中の笑顔が増え、授業外の生徒同士の会話も多くなった。

 平安末期の院政について学んだときのことだ。ある生徒が「これって今もあるよね。○○の会長と社長のバトルとか」と現在とのつながりを発見してくれた。さっそく髙橋先生は、次の授業でその事例も示したうえで、話し合うテーマを投げかけた。「先輩からの助言・口出しはアリ? ナシ?」

 先輩も間違う、助言があったほうが効率がいいなど、生徒たちは自分の視点をもって歴史と向き合うことができた。

<今後行いたい授業>

授業の対話スタイルをさらに実社会に近づける

 授業中のグループの対話には髙橋先生も参加するが、今のところは話が煮詰まると、生徒から頼られてボールを渡されることが多い。だから髙橋先生がボールを持つ時間が長くなりやすい。この時間を減らし、髙橋先生も1参加者になることが当面の目標だ。

 その先ではコミュニティボールからの卒業も視野に入れる。実社会の対話にボールは存在しない。そうした場でも、生徒が生き生きと活躍できるようになることを目指しているからだ。

(取材・文/松井大助)