(保健)「なんで?」「でもさー」の魔法の言葉で、思考を深め、「伝え方」もみがく

順天高校(東京・私立)
小林 光一 先生

教員歴9年。大学卒業後、ドレスショップ営業やサッカー社会人リーグ(現J3)選手を経て教員に。生徒に頑張れと言う以上は自分も頑張らねばと、日本一の保健の教師を目指すと宣言している。

鑑賞や創作を通して、自分や他者の考えを言語化して考える力をつけたい

<どんな授業なのか>

知っているつもりのことをより深く多角的に考える

ある授業では、たばこの依存性の怖さを訴えるキャッチコピーを考えた。教科書の知識に加えて、伝える技術や感性が問われる。

 小林光一先生の4月の保健の授業は、毎年「甘いものをたくさん食べたらどうなる?」といった問いかけから始まる。生徒は「太る!」などと答えてくる。そこでさらに問いかける。「なんで?」

 小林先生の授業はこれが基本形だ。「保健の学習内容はなんとなく知っていることが多いので、『なんとなくわかりそうな保健クイズ』を出題し、まずは生徒をしゃべらせます。でもその解答には根拠がない。だから『なんで?』と問うと言葉に詰まります。そうして生徒たちに、みんなが『理解しているつもり』のことは『聞いたことがある』にすぎないことを突き付けます(笑)。それをくり返し、3学期には『なぜそう思うか根拠までちょっと話せるようになった』状態になることを目指します」

 授業では1学期からグループ学習も行うが、ここでもおのおのが自分の考えを見つめ直す。そのために小林先生が生徒に授ける魔法の言葉が「なんで?」と「でもさー」だ。グループ内で、ある生徒が意見を出したら「なんで?」と根拠を求めてみんなで「その考えを深める」。あるいはその意見に「でもさー」と何らかの反論を試みて「その考えに対する視点を変える」。

「話し合うときに『深く考えろ』『視点を変えろ』と言っても、生徒はどうすればいいかわかりません。けれども『なんで?』『でもさー』という“オモチャ”を与えると、生徒は面白がってやってみて、そこから議論が広がるんです」

 思考を深めることを重視するのは、社会に出たらその営みが大事になる、という実感が小林先生にあるからだ。

「僕は大学まで競技やスポーツ社会学ばかりやっていたので、保健のことは教師になってから学び直しました。すると、何が健康に良いか悪いかはいろいろ調べてよく考えないと判断できず、自分が『理解しているつもり』にすぎなかったのを痛感しました。少し前の僕は、生徒と一緒だったんです。保健に限らず、社会に出たら、正解がわからないことを今ある知識で考えなければいけない場面が増えます。だから生徒に求めるのは、正解ではなく根拠。答えにたどりつくまでの道のりを、自分で描けるようになってほしいと思っています」

 小林先生はまた、考えたことを「伝える技術」についても、実体験やリアルな教材をもとにレクチャー(左上カコミ記事参照)。そのうえで生徒が論述やプレゼンに挑む機会も増やしている。

「自分の考えを説明することは、どんな仕事でも必要だと思うからです。生徒には、ただ正論を言うのではなく、相手に思いを届けられるような伝え方を身に付けてほしいんですよね」

<生徒はどう変わったか>

授業で学んだことを何につなげるかまで考える

 こうした授業を受けてきた生徒たちの変化は、3学期最後の振り返りシートに寄せられた感想に見てとれる。

「知識がないと考えることができなかった。疑うことも大切だと思いました」「生活に役立つ知識が身に付いて誰かに話したくなって、水曜日の夕食は習ったことを母に話す時間になりました。保健の知識だけでなく、自分の考えをもつ力、それを見せたり聞かせたりする力、多くのことが身に付きました」

「正直、最初はなんで先生は(自分の記述に)晴れ(高評価)をくれないんだろうと思いました。中学では評価してもらえたのに。その分、晴れをもらえたときは本気で喜びました。『わかった』だけで片付けない。何かを学んだあとに、自分がそこから発展して何を考えられるか、何につなげられるかが大切だと教えてもらうことができました」

「1年前の自分が今の僕を見たら驚くと思います」

<今後行いたい授業>

多様な題材と活動を通して生徒全員が活躍する授業に

 小林先生が今関心を強めているのは、ロジカルシンキングやプレゼンなどの「型」をよりきっちり教えることだ。

「日常で考えたり言い合ったりする機会が減ったからか、思考や伝え方の基礎から身に付いていない子が増えたように感じるんです。スポーツもそうですが、まずは『型』を示し、それを生徒が自分のものにしていくのも有効ではないかと考えるようになりました」もう一つ目指しているのは、クイズ、正解のない問いを考えるグループ学習、レポート、プレゼン、テストなど様々なアウトプットの場を創出することで、成績の良い子からビリの子までいろいろな生徒が活躍できる授業にすることだ。

「僕自身も、生徒も、『あの子はこれが得意でこれは苦手』というのを、もっと知ることができたらいいな、と思うんです。そのうえで、他の子のできないことを自分のできることで補い合う、そんな空間を実現できたら嬉しいです」

(取材・文/松井大助)