都心回帰をばねにした飛躍を目指して/拓殖大学

拓殖大学ルネサンス事業─八王子から文京へ

図表1 移転前後での各キャンパスの配置学部と学生数

 1960~70年代の大学の拡張期、都心の大学の多くはその拡張先を八王子市など郊外に求めた。それは、1959年の工業(場)等制限法という、都市への産業や人口の過度の集中を防止する法律の対象に、工場だけでなく大学が含まれていたからであった。ここで取り上げる拓殖大学もその一例である。拓殖大学が八王子に新学部の設置を始めるのは1977年である。1977年設置の外国語学部、1987年設置の工学部、2000年設置の国際開発学部(2007年に国際学部と改称)と次々に新学部を設置し、総合大学化を図った。また、文京区茗荷谷にある文京キャンパスの商学部と政経学部の教養課程に在籍する1~2年生は、八王子キャンパス設置時より、そこで学生生活を送ることとした。こうして、八王子キャンパスの学生数は5840名、文京キャンパスは商学部と政経学部の3~4年生のみの2560名となり、学生の規模でみれば八王子キャンパスがメインの様相を呈するに至った(図表1)。

 それが大きく転換するのは2000年である。2000年は創立100周年を迎えた年だが、それが今後の大学の方向性を考える契機となり、「拓殖大学ルネサンス事業」として打ち立てられた。その中核をなすのが、「キャンパス整備事業」である。特に、文京キャンパスは、1960~70年代に建設された施設が多く老朽化が進み、しかも狭隘である。再開発はたびたび課題にのぼっていたものの、各種の法的規制が立ちはだかっており、具体的には進まなかった。しかし、その頃、工業(場)等制限法の廃止の議論が始まり(廃止は2002年)、それを見越して文京キャンパスの再開発による、収容力の増大が計画されたのであった。

10年にわたる文京キャンパス整備事業

 キャンパスの再開発は、キャンパス内の問題ではすまされない。文京キャンパスでは、キャンパスの壁を取り囲む道路に隣接して住宅地が広がっている。隣接する道路の拡幅工事が必要であり、また、何よりも近隣の住民には、再開発によって学生数が増加することへの理解を得ねばならない。建築物の高さ等についても各種の規制がある。これらの課題をクリアしてこそ、キャンパスの再開発は可能になる。

 学内では、拡張したキャンパスにどの学部を置くかが課題となる。また、学生の定員増はないため、文京キャンパスを拡大すれば、その分、八王子キャンパスの学生は減少する。八王子キャンパスが立地する八王子地域への配慮も必要である。

 これらの課題解決のために、2001年に文京キャンパス再開発構想検討委員会が設置され、2003年の答申を受けて同年に「文京キャンパス再開発プロジェクトチーム」が設置されて、そこでの議論がマスタープランとなった。

 そのプランは、2006年から2015年までの10年を3つのステージに分けて、キャンパス整備事業を行うというものだった。文京キャンパスの体育館、武道館、体育寮は、解体して八王子キャンパスに移設する、その跡地に教室棟や図書館を建設し、さらに老朽化した建物を改修する。これらを平常通りの大学活動に支障が生じないように、かつ、諸活動の安全を確保した中で行わねばならない。更地に建物を造るのとはわけが違う。10年間という長い時間が必要なのだ。

都心回帰効果で志願者増

 キャンパス再編の基本的なコンセプトは、4年間同一キャンパスでの一貫教育体制の確立であった。八王子で行っていた商学部、政経学部の1~2年生の教育を、収容力が拡大した文京キャンパスで実施することとし、全ての学部が同一のキャンパスにおいて、4年間を通じての教育体制の確立が可能となった。

 2015年1月に第3ステージを終了し、2015年4月より商学部と政経学部の1~2年生が移転し、文京キャンパスの学生数は5120名と倍増した(図表1)。

 都心回帰の効果は絶大である。図表2は、志願者数の全体の推移と学部ごとの推移を示したものである。そもそも定員が多く、従って志願者数も多い商学部と政経学部であるが、新キャンパスでの教育が始まった2015年には、政経学部の志願者数は、約3600名から5000名弱へ、商学部では、約3200名から約5300名へと大幅に増加している。

 志願者数が増加することは、前年度のオープンキャンパスへの参加者が増加したことからある程度予想はついていたものの、これほどとは思っていなかった。キャンパスの都心回帰によって、どのような学生層が増えたのだろうか。データの分析結果によれば、東京の周辺の千葉県、埼玉県、神奈川県、やや離れて茨城県あたりまで含めて、関東全域から学生が志願するようになったとのことである。確かに、八王子であれば下宿を余儀なくされるが、文京区であれば自宅からの通学が可能な者にとって、4年間通学できることのメリットは大きい。都心のキャンパスとは、志願者の出身地域のエリアの拡大をもたらすのである。

 では、志願者が増えたことで、いわゆる偏差値は上昇したのか。答えは否である。大学の説明によれば、拓殖大学の学生と同程度の学力を持つが、従来は他大学に進学していた層が、文京キャンパスに移転して自宅からの通学可能になったために、拓殖大学を選択するようになったそうだ。大学としては、志願者の増大による偏差値の上昇は、現在は特段目的とはしていない。むしろ、今後、教育に力を入れ、優秀な学生層を社会に送り出すことで、翻って優秀な志願者が増加するようになるという循環を期待しているという。

図表2 志願者数及び学部配置の推移

八王子「国際」キャンパスへのリニューアル

 学生数の増加した文京キャンパスに対して、八王子キャンパスの学生数は3280名と、ほぼ半減である。広大な敷地と余裕のできた建物をどのように利用していくかについては、都心回帰と並行して計画が進められた。文京キャンパスにあった体育館、武道館、体育寮等の体育施設を移転したことは既に述べたが、加えて、陸上競技場やサッカー場を整備し、スポーツ関連の施設を集中することで、課外活動の充実を図った。

 さらには、400人を収容する学生寮を新設した。この学生寮は日本人学生のためだけでなく、留学生のためのものでもある。外国語学部や国際学部に留学生が多いことは容易に想定できるが、実は、拓殖大学の場合、工学部に最も留学生が多いという。それは、アジアの技術者養成を目的の1つに掲げているからであり、例えば、マレーシアの大学とツイニング・プログラムを持ち、現地の大学で2年間学んだ学生を受け入れ、後半の2年間の教育を八王子で行っているのである。

 2007年には八王子キャンパスも開設30周年を迎え、建物のリニューアルが必要な時期にさしかかった。文京キャンパスが縦に延びたビル型の建物で収容力増加を目指したのに対し、八王子国際キャンパスは、平屋型の横への広がりをもった建物とし、アクティブラーニングやPBL(課題解決型学習)ができるような教室への改修を行い、自律的な学習ができる空間を設けようとしている。

 また、2014年には産学連携を目的として、産学連携研究センター・マイクロ波研究棟を開設し、最新の設備のもとで地元企業との共同研究を行うほか、それ以外の産学連携にも力を入れている。

 これら、郊外型キャンパスの特徴を生かした整備事業は、一方で、国外を視野に入れたグローバルな展開をしつつ、他方で、地域との連携活動をすることで、レーゾンデートルを確保しているといってよいだろう。そして、2015年、キャンパス名を「八王子国際キャンパス」と改称した。八王子という地域に根付きつつ、しかし、国際をキーワードとしていることが、この新名称に表れている。

教育ルネサンス─2020年を目指して

 両キャンパスの整備再編事業が完了した2015年は、新たな事業のスタートでもある。それが「教育ルネサンス」である。都心への回帰は、単に志願者の増加を目的とするものではない。4年間同一キャンパスでの一貫教育体制の確立という基本的なコンセプトをさらに発展させ、2020年の創立120周年を目指しての教育改革が次なるゴールである。それは、グローバルな環境に対応するタフな人間力を備えた「拓殖人材」の育成を目的とするものであり、具体的には、以下の8つの重点施策が定められている。1.国際交流と留学生教育の推進強化、2.スポーツを通したグローバル人材育成、3.実践的な職業教育の充実、4.女子学生比率の向上、5.ゼミナール教育の充実と強化、6.教育組織の見直しとカリキュラム改編、7.高大連携の推進、8.短期大学等との連携強化がそれらである。

 そもそも拓殖大学は、台湾協会学校として設立されており、アジアで活躍する人材の育成を建学の理念としていた。その理念が現在でも引き継がれていることは言うまでもないが、グローバル化が進む近年、再度、理念に立ち返り、その現代版による教育を行おうというのである。

 8つの重点施策は、それぞれに意味がある。例えば、「スポーツを通したグローバル人材育成」は、2020年の東京オリンピック・パラリンピックにおいて指導者的役割を果たす者の育成を目指しており、スポーツを通じて協調性、タフネスを養うことを狙いとしている。また、「ゼミナール教育の充実と強化」は喫緊の課題である。既に、初年次教育として1年生を対象にゼミ形式の導入教育を行っているが、これに、現行の2年生、3年生のゼミを有機的に連携させ、さらに4年生の卒論ゼミにまで拡大することに照準を当てている。特に、商学部、政経学部、外国語学部では、卒論やゼミ論を必修としていない学科があり、そうしたところで、4年間の学習の集大成として卒論を導入することが課題である。この課題は、「教育組織の見直しとカリキュラム改編」にも関連するものであり、カリキュラム・ポリシーを明確にして、科目のナンバリングを行い、カリキュラム・マップの作成を予定している。政経学部には、現在の学科制ではなくコース制の導入も考えている。卒業後の仕事の内容との連関がより見えやすいコースを作り、「実践的な職業教育の充実」を図ろうというのだ。

 「ゼミを強化して、少人数の手厚い教育を行えば、それは学士力の質保証に結び付くものとなります。そのためには、カリキュラムを改革し、ところによってはコース制でもって専門教育として、より実践的な職業教育を行う。8つの重点施策は、それぞれ相互に関連するものなのです。こうした教育を受けた学生が社会に出ていくことで、拓殖大学に対する評価も上がります。地道な努力が、大学のブランドを上げていくと考えています」。川名明夫学長は、教育ルネサンスについてこのように語られる。

 「国際交流と留学生教育の推進強化」は、「拓殖人材」の育成には欠かせない。川名学長は、学生全員を在学中に1度は留学させたいと意気込んでおられる。

 この教育ルネサンスを支えるのが、図表3の教育ルネサンス推進本部であり、「2020広報プロジェクトチーム」が置かれていることは興味深い。教育に力を入れることは、大学として当然のことだが、それを学内外に知らしめていくことも、同じく重要である。というのは、2~3年前、志願者が急激に落ち込んだことがあり、その時には、大学全体に危機感が走った。その原因を探るうち、受験生は拓殖大学に対して、古い、堅い、昔の大学…といったイメージを抱いていることが明らかになった。イメージとは異なる大学であることを如何に受験生に伝えるか、その時より広報戦略に一段と力が入れられるようになったという。それが、この「2020広報プロジェクトチーム」となったのである。「女子学生比率の向上」のためにも、古い大学イメージの払拭が課題である。現在の女子学生比率は約26.5%であるから、伸び代は大きいと言ってよいだろう。

教育ルネサンス─2020年を目指して

図表3 拓殖大学創立120 周年に向けた教育ルネサンス推進本部 組織図

 私立大学の定員管理に関しては毎年厳格になり、2015年に、2018年における収容定員8000人以上の大学について、入学定員超過率が1.10倍以上になると私立大学等経常費補助金の不交付の措置がとられることが発表された。拓殖大学の定員は8400名であり、1.10倍の基準が適用される。こうした基準は、学部の入学定員規模が小さいところほど、学生1名あたりの増減が大きく影響する。文京キャンパスの商学部は600名、政経学部680名と大規模であるが、それと比較すると八王子国際キャンパスは、外国語学部200名、国際学部300名、工学部320名と規模が小さい。リスクを減らすためには、学部再編等も視野に入れ、高校生の受験動向も踏まえつつ考えていると、川名学長は話される。

 いずれやってくる18歳人口100万人時代に備えて、安定的な志願者の確保は必須である。教育ルネサンスにおける「高大連携の推進」とは、高校との連携を強化し、新しい入試方法も検討して、入学者の安定的確保を図ることを意味している。大学のブランド力を上げて、1ランク上の高校を狙っての学生募集を掛けることを考えているそうだ。

 それ以外にも、企業からの資金、学生を留学させるために海外の機関の資金獲得も課題である。

 10年をかけた都心回帰のキャンパス整備事業によって、ハード面での整備は完了した。教育ルネサンスは、ソフト面での改革事業である。2020年まで5年間と、キャンパス整備事業の半分の時間しかない。いよいよ本領発揮の時が始まった。


(吉田 文 早稲田大学教授)


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