一般選抜とは異なるポイントで多様な人材を評価する「総合型選抜(女子)」/東京理科大学


POINT
  • 「理学の普及」を目指して1881年に設立された東京物理学講習所を前身とし、2024年3月現在7学部を展開する理工系総合大学
  • 2031年に迎える創立150周年のビジョンとして「世界の未来を拓くTUS」を掲げ、グローバルに活躍できる人材育成のために、多様な人材が集積する環境構築が必要
  • 2006年より理工系女子の増加を目的に様々な取り組みを展開。2024年度入試より総合型選抜(女子)をスタート

東京理科大学 井手本 康副学長

 東京理科大学(以下、理科大)は2024年度入試より総合型選抜(女子)を導入した。その趣旨や背景等について、入試担当の井手本 康副学長にお話を伺った。

建学の精神を体現するためのダイバーシティ推進

 理科大の建学の精神は「理学の普及を以て国運発展の基礎とする」。即ち、科学技術によって社会の発展に寄与する大学であり続けることが理念だ。こうした理念に基づき、理学・現在に置き換えると理工系分野の発展には多様な人材がこの分野を学び、多様な観点で学問を究めることにこそ、そのポテンシャルを開く鍵があると見る。

 そうした経緯で、理科大は2006年から「ウーマンサイエンティスト体験講座」と称し、女子中高生を対象に、理系職業人の講演会や女子学生との交流会を実施。2008年からは「科学のマドンナ」プロジェクトと改称し、「女性ならではの科学」を武器に強いプロ意識を持って新たな科学・技術等の価値を創出できる人材の育成を目標に、様々なイベントを企画している。こうした取り組みが奏功し、志願者に占める女子比率は2007年19.4%から2023年23.6%(+4.2ポイント)、入学者に占める女子学生比率は19.0%から25.0%(+6.0ポイント)に向上した。

 また、一方で理科大は2031年に迎える創立150周年のビジョンとして、「世界の未来を拓くTUS」を掲げている。グローバルに活躍できる人材育成や技術創出のためには、多様な人材が集積する環境の構築が不可欠であり、加えて、価値創造にはより多くの視点や感性が必要となる。ビジョン実現のためには今まで以上に多様性の包含、D&Iの実現が必要なのだ。こうした背景のもと、約25.0%に向上した女子比率をもう一段高めるために、またグローバルを見据えた基盤整備の一環として、総合型選抜(女子)を導入するに至ったのだという。

 井手本氏はこう話す。「本学は中期計画2026(2022-2026)で、本学で学ぶ強い意欲を持つ志願者を集めること、社会の要請に応え得る入試制度の設計を掲げています。多様な人材が集うキャンパスの実現のため、学校推薦型選抜が中心だった年内入試をテコ入れするタイミングで今回の改革に至りました」。



アドミッション・ポリシーに即した丁寧な選考で一般選抜とは違う人材を評価する

 今回の入試の名称で「女子枠」と称さなかったことには拘りがあるという。「単純に女性の数を増やすのではなく、アドミッションポリシー(AP)に即した丁寧な選考で多様性を確保することが第一義です。理系女子を増やすためのこれまでのアプローチを活かすことはもちろんですが、『本学で学ぶ強い意欲を持つ志願者を集める』ことで、波及効果も大きいと考えています」。理科大の一般選抜は国公立大学との併願者等、基礎学力は高い層が多いが、意欲を効果的に測る選抜方法ではない。この入試ではその「意欲」に焦点を当てているのだ。総合型選抜(女子)の選考方法は書類審査、小論文、面接、口頭試問の4つだが、提出書類の1つである志願者調書に、その意向がよく表れている。

 調書で本人が記載する欄は以下の3つだ。


  • 学部学科の志望理由、入学後に学びたい分野・テーマ及びその学修計画、大学卒業後を見据えた目標(3つのポリシーを参照のうえ記入)
  • 学術的な要素を含む活動:教科・科目の学習に関する活動、「総合的な学習の時間」等において取り組んだ課題研究、科学オリンピック等の学術的要素を含む各種大会、自主的に学習・調査・研究をした内容等について
  • 高校での学習以外(課外活動等)に関する活動:学内外で意欲的に取り組んだ活動(生徒会活動、部活動、ボランティア活動、留学・海外経験等)について

 1では入学志望理由のみならず、その後の学修計画、並びに卒業後のキャリアまで見据えた記述が求められる。どういう将来像を描いて目の前の学科を志望するのか、高い目的意識がなければ、かつ、その意識に応じて思考を深めていなければ書けないだろう。「受験生はどうしても入学を一つのゴールと捉えがちですが、本入試ではそれ以降を見据えた目的意識を持つ人材を求めています。当初の将来像に固定的である必要はなく、大学での学びのなかで変化しても構いませんが、そもそもの目的意識が高く、俯瞰して考えられる人材が欲しいのです」と井手本氏は述べる。2と3は学力のみならず、主体的に多様な活動に取り組んだかどうかが問われる。これらの項目にきちんと答えられる人材は、男女を問わずぜひ入学してほしい人材であろう。入学後の教育についてこられるよう、高校までの履修要件に対応した口頭試問も課される(図表参照)。口頭試問は一般選抜に比べ、瞬間的な思考力や対応力も必要となる。何よりも、十分な基礎理解が前提となり、付け焼き刃では対応が難しい。年内入試による入学者はどうしても一般選抜の入学者に気おくれしてしまうイメージがあるが、選考方法を見る限りそうしたことでもなさそうだ。基礎学力は形態を変えつつも担保しながら、面接で動機も深く掘り下げる。こうした選考方法は一般選抜とは全く別物である。

 入試設計から見えてくるのは、「一般選抜では見ることができない、しかし大学教育にとって重要な要素である目的意識やポリシーとの整合性を第一に置いた入試である」ということだ。

 「理系女子が増えない理由の1つに、出口面でのプラス材料やイメージがないことがあるのではないか」と井手本氏は述べる。「社会では女性エンジニアが不足しています。つまり、現状活躍している人材が少ない。故に、特に親世代は理系で女性だと活躍できないだろうと思ってしまいがちです。本学は、活躍する場が大きく拡がっていることをきちんと見据え、想いを持っている人材が欲しい。内発的動機があれば、教育・研究に対するモチベーションの継続につながりますから、その動機があるのかを丁寧に見定めたい」。単に女性志願者数を増やすということではなく、目的意識を持って主体的に振舞えるリーダーを増やすことで、大学全体の活力やポテンシャルに寄与させたい。

図表 総合型選抜(女子)の募集人数・選考方法(面接、口頭試問)・履修要件
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 ダイバーシティの観点で言えば、「国籍・年齢・性別を問わず多様な属性を集める」「基礎学力重視の一般選抜とは異なる、主体性や目的意識を軸に置いた選抜で人材を発掘したい」といった施策は全て多様性に寄与するものだ。今回はそのうち一般選抜以外・女性に着目した施策である。全学的に導入することも検討されたが、「まずは相対的に女子比率が低い工学領域から、各学科3名ずつの募集人数でスモールスタートすることになりました」とのことだ。今まで取れていなかった属性にタッチしつつ、他の入試制度に大きく影響しない範囲の方策として人数を設定したという。

受験生の認知と分かりやすい制度設計が課題

 現時点で見えている課題や改善点等について聞くと、井手本氏は「十分な広報活動」「入学生のデータ検証」「高大連携推進等による入試の母集団拡充」を挙げた。初回入試は39名が志願し、25名が合格、25名が入学した。この25名については、一人ひとりの成長や目的意識に合致した活動ができているか等を検証したいという。当該入試の認知向上や質の高い志望者確保のため、「学科の出口イメージの想起、入試趣旨に合致する女子生徒が多く在籍するだろう高校との連携等、チューニングを鋭意行っていきます」と井手本氏は述べる。

 また、受験生から見た時の分かりやすさにも留意したいという。「現状、総合型選抜(女子)と公募制推薦の選考基準が似通っています。しかし、女子のほうが入試時期は早い。こうした状況に対して、高校からはどちらに生徒を送るのがよいか判断が難しいというご意見をいただいています。同じ思想なのであれば入試形態をまとめる等、現在検討しているところです」。

 年内に進路が決まり、かつ入学がゴールでない生徒であれば、入学までの間に自己研鑽を積む等も期待できる。そうした学生を確保することで、女性理工系人材の将来を見据えた活躍の基盤を整えることができないか。数の寄与ではなく活躍するリーダー系の女子、ロールモデルになり得る学生の獲得が目的であり、入試制度の発信そのものが大学のスタンスとして伝わる。まさに、入試は社会へのメッセージなのである。



文/カレッジマネジメント編集部 鹿島 梓(2024/04/24)