社会の情報を収集・分析し、情報技術で課題を解決するエンジニアを育成/大阪工業大学 情報科学部 実世界情報学科

2025年4月、大阪工業大学(以下、大阪工大)は情報科学部に実世界情報学科を開設する。その趣旨や背景等について、塚本勝俊学部長、酒澤茂之学科長(着任予定)にお話を伺った。


大阪工業大学 塚本勝俊学部長、酒澤茂之学科長(着任予定)


POINT
  • 1922年創設の関西工学専修学校を起源とし、建学の精神として「世のため、人のため、地域のため、理論に裏付けられた実践的技術をもち、現場で活躍できる専門職業人を育成する。」を標榜する工業大学
  • 2024年11月現在、工学部、ロボティクス&デザイン工学部、情報科学部、知的財産学部の4学部17学科を展開
  • 2025年4月、情報科学部に実世界情報学科を開設。現実世界の情報をあらゆる課題解決のために活用することのできる人材を育成する

学部のリニューアルと合わせて設置する新学科

 新学科設置の背景には、それも含めた情報科学部のリニューアルがあるという。

 塚本学部長は、「1996年開設から28年が経過し、本学部は多彩な情報科学を網羅する学部として、社会や技術の変化にこれまでも対応してきました」と話す。現在は時代の要請に応じた情報科学のスキルセットとも言えるAI・ソフトウェア・プログラミング・ITスキルを5学科共通のカリキュラムに据える。多様な情報科学の専門分野を網羅するため、基盤技術から応用までの5学科・定員460を抱え、全国的に見ても規模が大きい情報系学部だ(図1)。

 塚本氏は、学部の教育方針を「実際に学んだことをすぐに応用できる実践的な情報技術者の育成」とまとめる。「技術は常に更新されていくものなので、技術者は社会に出てからも学び続けないといけません。大学ではそのためのスキルやスタイルを身につけさせる必要がある。また、知識を知っているだけではなく、応用・社会実装してこその技術です。この技術を社会にどのように役立てられるか、という問いを常に持ち続けることが大切です」。それこそが大阪工大の建学の精神に通じる人材育成なのであろう。


図1 情報科学部の5学科の特徴と共通の学び
図1 情報科学部の5学科の特徴と共通の学び


フィジカルの情報を集めて特定した課題をサイバーの技術で解決する

 ところで「実世界情報」とは耳慣れない言葉だが、学科HPで酒澤学科長はその源流について、「アメリカの国立科学財団が重要研究分野として位置づけている『サイバー(情報世界)』と『フィジカル(実世界)』のシステムという概念」と説明している。フィジカルの情報をあらゆる課題解決に活用する研究は世界中で行われている。大阪工大で新学科の構想が始まったのは2020年頃、実世界情報に焦点を絞ったのは22年頃であったという。

 届出書類によると新学科設置の目的は、「様々なIoTセンシング技術とデジタル技術によって実世界の状況をデータとして取得し、ヒト・モノ・環境の情報分析と可視化、生活空間の環境設備やロボット等の自動機器の制御により実世界の具体的な課題を解決できる実世界情報のプロフェッショナル人材を養成する」とある。つまり、「実世界の状況をビッグデータとして取得する」術を学び、「情報分析と可視化」の技術を学び、「解決方法を見つけ」、「その結果を実世界に戻して環境整備や自動機器等のツールを用いる」ことができるようになる教育を行う学科ということになる。では、具体的にはどのような教育を行っていくのか。

学科教育のコンセプトは「実践的」「課題解決」

 酒澤氏によると、新学科の学びのキーワードは2つある。まずは「実践的」だ。

 「最近の学生と接していると、『情報』という概念は分かるが、あくまでスマホやSNSに興味関心が閉じていることが多いと感じます」。一方、大阪工大が注力する高大接続活動や地域活動において、新学科で活用する機器やロボット、ドローン等を用いた演習を行うと、目を輝かせて興味津々な生徒や地域の子ども達が多いという。「実世界」という言葉だけでは想起しづらい内容の理解を担保する意味でも、実機の担う役割は大きい。「スマホから視野を広げて、情報技術はいろいろできることをまず知ってもらいたい。課題解決に至るためには様々な思考やツールを駆使する必要があり、そうしたものが『使うと便利で楽しい』と認識してもらえると、一気に裾野が広がります」。そのため、新学科では入学直後からドローンを使った授業をスタートし、自分の手で機器を動かし、データを収集する経験を重ねる。まずやってみて楽しいと感じ、もっと高度なことをやりたいと学びの循環が回り出す。専門知識や技術の修得のために、また学び続ける人材育成のために、学生の「わくわく」が起点となる学びを提供する。その経験が豊かにあることで、次のキーワードである「課題解決」のスキルが磨かれていくという。

 「講義で学んだ情報技術の実践を通して、社会や企業の課題を具体的に解決することが本学科の特徴です。扱うテーマは人や街、農林水産業、企業活動や防災等多彩であり、こうした多様な領域でAIをはじめとする最新の情報科学技術を活用して実際の課題を解決することができる人材は、就職活動においても高いアピール力を持つと期待しています」と酒澤氏は述べる。社会やビジネスに直結する課題解決を4年間繰り返しトレーニングし続ける学科とも言えそうだ。



試行錯誤の実践を支えるDXフィールド

 実践的な学びを支える新たな場も整備された。2025年4月完成予定の実証実験施設「DXフィールド」がそれだ。教育・研究、地域連携や共同研究等を想定し、テーマに応じた様々なシーンが再現され、応用技術を実践できる。例えばアスファルト敷の道路、スポーツフィールドや農地、地震で被災した状況の再現シーン等に、AI、VR、モーションキャプチャー、ドローン飛行等の技術・実機を展開する。こうした環境により、社会で情報を集め技術で解決することのリアリティを掴むことができるほか、講義で学んだことを学内ですぐに実践し、それを再び授業に持って帰ってくるという理論と実践の往還がスムーズになる。

 知的好奇心を軸に実践を重ねる学びは、新学科のみならず学部が常に大事にしているものであるという。学部として取り組む産官学地域課題解決プロジェクト活動“ソーシャル・オープンイノベーションチャレンジ(通称ソイチャレ)”等はその代表格だ。企業の業務課題や地域コミュニティの抱える社会課題等に対し、アイデアソン・ハッカソン形式で多様なプレイヤーが協働して解決することを目的とする事業で、大阪工大はPBL教育としても推進している。DXフィールドは課題解決のシミュレーション等が可能であり、こうしたPBL教育の質向上に寄与できると考えられる。こうした教育で、多彩な社会課題解決の実践経験があるエンジニアが育成されるというわけだ。


画像 DXフィールド


社会課題に対峙する探究教育との親和性

 特徴的な産学連携について聞くと、塚本氏は第一次産業との連携を挙げた。「例えば農林水産業のフィールドのデータを収集して分析し、ロボットやドローンが協働して課題解決のサポートができるサービスを開発する等、同一法人の摂南大学や枚方市と連携して動いています」と塚本氏は話す。専門とする技術を軸にベンチャー企業を興している教員もいる。社会の課題解決を掲げる以上、個々の専門内において産学連携は必須で、その内容も多彩である。

 では、昨今のデータサイエンス系学部との違いはどのようなところにあるのか。その問いに塚本氏は「学内に専門知識のみならずソリューションのツールやシミュレーションの環境があり、一連の課題解決を自ら実践できること」と述べた。酒澤氏は「アウトプットする先の差」を挙げた。その意図を、「データサイエンスは企業の経営支援、マーケティングやファイナンス等への利活用が多く、情報科学部ではデータサイエンス学科がその教育を柱としていますが、本学科はIoTでインプットした内容を社会や人や物に技術でアウトプットする学科であり、働きかける先が異なると思います」と説明する。

 どのような志願者に来てほしいのか。「情報機器に興味を持っている人はもちろんですが、探究学習等で社会課題に興味を持ち、そこに軸足を置いた知的営みを楽しめる人は、本学科の学びとの親和性が高いと思います」と酒澤氏は話す。大学入学後に「わくわく」が増えていくようにカリキュラムを工夫しており、そのためのきっかけが学生側にあれば、ぐんぐん伸びていくのではないかとの期待だ。

 設置に当たっての入学意向調査では十分な反響があったが、課題は冒頭でも示した「高校生にとっての情報分野のリアリティの低さ」だ。しかし、オープンキャンパスで説明を聞き、実機に触れ、情報で具体的に何ができるのかを理解すると、「これがやりたかったんです!」と一気に態度変容が起こるケースが多くあるという。「情報機器の便利さや使う楽しさからその背景にある技術に興味を持ってもらい、課題解決が楽しくてたまらない学生を1人でも多く育成したい」。酒澤氏の言葉は力強い。



文/カレッジマネジメント編集部 鹿島 梓(2024/11/25)