リカレント教育最前線[9]東京学芸大学 教員・教育支援人材育成リカレント事業

教育現場の人材難という喫緊の課題の解決に向け
教員免許を持たない社会人も学校への入職が目指せる
新たな仕組みを構築


東京学芸大学 理事
神戸親和大学 学長 松田恵示氏、東京学芸大学 教育学部准教授 萬羽郁子氏

図 概要


臨時免許・特別免許を用い学校への入職経路を多様化

 「教育現場には今、多様な人材が求められています」。東京学芸大学「教員・教育支援人材育成リカレント事業」の事業責任者であり、神戸親和大学の学長も務める松田恵示理事は、そう口火を切った。

 「子ども達の主体性やコンピテンシーを育てていくため、ICTしかり、地域との連携しかり、社会の中から様々な経歴を持つ多様な人材が学校教育に携わっていただく必要性がますます高まっているのです。

 加えて、教員の働き方改革には人材不足の解消が必要です。しかし闇雲に担い手を増やすことは難しい。社会人がゼロから大学で教員免許を取得するのは時間がかかり、高いハードルがあるからです。より入職しやすい仕組みを新しく構築しなければなりません」(松田氏)。

 そこで注目したのが、教員免許を持たない社会人が教壇に立てるように自治体が交付する「特別免許」だ。

 「プログラムを修了して臨時教員として入職した後、通信制大学を活用して教員免許を取得してもらう。あるいは、教育支援職として複業の形で携わってもらったり、教員免許を持つ人に学び直してもらったり…など、入職経路を多様化(図1)させることで、多様な社会人が教育に携わることを可能にしたいのです」(松田氏)。


図1 受講者が学校への入職に至る経路例


 同学は2021年、先行してこの課題に取り組んできた認定特定非営利活動法人Teach For Japan(以下TFJ)と連携しプログラムを開発。2023年からは教員養成の通信制課程を持つ神戸親和大学との連携を開始し、教員免許取得への道を整えた。開講以来、教育現場に携わりたいという意欲を持つ社会人から人気を集めている。

受講者同士での対話を重視しプログラムを設計

 プログラムは「基礎科目」「現場実習」「キャリア形成」「総合演習」の4つのパートからなる。授業設計を担う萬羽郁子准教授に聞いた。

 「社会人が教壇に立つうえで最も重要なのは、今の学校現場の課題をちゃんと知り、自分達の強みをどう活かせるか、どう関わっていくか自ら考えることです。授業設計においてはそこに焦点をあてました。

 授業の進め方についても、ただ講義を視聴するのではなく、どの科目も受講者同士で話し合う時間をしっかりとっています。受講者には教員を目指す方だけではなく、教育支援職に就きたい方や、今の会社で働きながら教育と関わりたいという方もおられる。対話の機会の価値は非常に大きい。

 中には、自分が受けてきた教育との違いに戸惑われる方もいらっしゃいます。そうした場合も、すぐに答えて解決というよりは、時間をかけ一緒に考えるスタンスをとっています」(萬羽氏)。

 現場での実習においてもこうした姿勢は貫かれているという。

 「現場実習は、指導案をみっちり書いて授業を行う教職課程の教育実習とは狙いが異なるもの。教育現場で子ども達の様子を見て、自分が何を感じたか、それにどう対応したのか振り返っていただく。実際皆さん、今の学校現場の姿にはとても驚かれます。元学校の管理職をされていた方々にメンターとして帯同していただきサポートします」(萬羽氏)。

 「年を追うにつれ、プログラム全体の中で、受講者同士の対話の機会を増やしてきました。教員養成の正規課程では様々な決め事があり柔軟な対応は難しい。どうしても供給側(教える側)からの考え方を優先しがちです。この事業は、現場の課題を起点とした、いわばディマンドサイドから積み上げていった取り組みなのです」(松田氏)。


教育改革実習の様子(3点とも2024年撮影)


議論を重ね、事業に取り組む意義を全学へと浸透

 当該事業には同学の教職員に加え、提携先であるTFJ、神戸親和大学、実習先・入職先である東京都や神戸市の教育委員会など、多様なメンバーが携わっている。様々な人々の意志をすり合わせていく苦労は大きいのではないか。

 「もともとTFJさんと一緒にやろう、ということになったのは、代表理事の中原氏とお話しする機会があり課題意識を共有したことがきっかけです。神戸親和大学さんも同様の経緯。確かにすり合わせは必要ですが、根っこのビジョンが共有できていますから」(松田氏)。「こまめにミーティングを開催しています。『本音トーク』ができる機会になっているんですよ」(萬羽氏)。

 「むしろ大変なのは事務側かもしれません。この事業では、実際に事業に取り組む『事業実施委員会』(萬羽先生がおっしゃった『ミーティング』です)と、外部の方から評価やアドバイスを頂く『事業運営委員会』、二つの委員会を並行して走らせて、交流しあう形で動かしているのですが、事務局を担う『研究・連携推進課』が非常に大きな役割を果たしてくれています。大学全体で取り組む態勢ができているのです。

 それは、これまで学内での議論を重ねてきたおかげです。各年度の取り組みや実績についても常に情報を共有。本学は教員養成のフラッグシップ大学であることを標榜していますから、教員の人材難という課題から逃げるわけにはいきません。そのための試みであるこの事業の意義は、学長はじめ執行部、そして大学全体に浸透していると思います」(松田氏)

 今後についてはどうだろうか。

 「自分でも関わってみて、いろんな方が教育に関わる良さを実感しています。このプログラムが実現している入職のあり方を、特別なものではなく、当たり前の選択肢としていきたいですね」(萬羽氏)。

 「参画する教育委員会を増やす、企業の人材育成の場としても考えてもらう…。横への展開を進め、ネットワークを広げていこうと思います」(松田氏)。



(文/乾 喜一郎 リクルート進学総研主任研究員[社会人領域])


【印刷用記事】
リカレント教育最前線[9]東京学芸大学 教員・教育支援人材育成リカレント事業