自治体・産業界との共創による地域創生 ②福島県
次世代産業を中核にした6つの重点分野の産業集積と人材育成で創造的復興を実現する
2011年、未曾有の災害に見舞われた福島県。その復興において日本政府が重視しているのは、
震災前の状況に戻すだけの復旧ではなく、震災前よりも良い地域づくりを目指す「創造的復興」だ。
福島県を日本の科学技術牽引拠点とすることで、日本の競争力強化と、
次世代産業を起点にした福島県の復興を両立させようとしている。
山積する復興課題に未来志向で横断的に取り組む
福島イノベーション・コースト構想(以下、イノベ構想)とは、2011年の東日本大震災及び原子力災害によって失われた浜通り地域等の産業回復のために、新たな産業基盤の構築を目指す国家プロジェクトである。図1にある6つの重点分野について、福島ロボットテストフィールド(RTF)等の拠点整備を含めた主要プロジェクトの具体化に加え、産業集積の実現、教育・人材育成、交流人口の拡大等に向けた取り組みを進めている。公益財団法人福島イノベーション・コースト構想推進機構(以下、イノベ機構)の企画戦略室副室長の波多野 茂正氏は、「イノベ機構はイノベ構想の中核的推進機関として福島県が2017年に設立した法人で、6つの重点分野を中心に、5本柱(図2)で事業を推進しています」と説明する。2019年にはイノベ構想を基軸とした産業発展の青写真として、①あらゆるチャレンジが可能な地域 ②地域の企業が主役 ③構想を支える人材育成の3つが施策の柱と定められた。
イノベ構想の進捗については、国や県、市町村等の関係者で構成される福島イノベーション・コースト構想推進分科会で、構想の進捗状況や課題が共有され、今後の方針について議論が交わされている。
日本の国際競争力向上にも寄与するロボット・ドローン産業等の振興
ここでは特に、次世代産業として振興するロボット・ドローン産業についてご紹介したい。
次世代産業振興のために大きな役割を担うのが、陸・海・空のフィールドロボットの一大開発実証拠点であるRTFだ。インフラや災害現場等、様々な使用環境を再現したフィールドで、ロボットの性能評価や操縦訓練等を行うことができる。国が目指すSociety5.0社会の実現、サイバーとフィジカルの融合という概念にはロボット技術が不可欠だが、ロボット技術の実用化・事業化にはその性能を実証できるフィールドが極めて重要である。RTFはそうした経緯から2020年に全面オープンした施設であり、次世代産業振興と震災復興のシンボルでもある。なお、南相馬市はRTFの周辺市内でも社会実用化を見据えた実証実験フィールドを提供しており、地域を挙げて新たな技術の社会実装に貢献するスタンスであるという。
RTF副所長の若井 洋氏によると、RTFには主に3つの活動機能があるという。まず、前述した目的に即した「研究環境の提供」だ。「我々の直近のミッションは福島の経済的・産業的復興であり、そのための関連産業集積・振興を担います。一方、ロボット・ドローン産業全体においてもRTFのような実証フィールドが果たす役割は大きい。ロボット・ドローンが社会実装される状態を作るという、日本の国際競争力向上に貢献する役割も同時に担っています」。
開発拠点である以上、大事なのはシーズを持つ研究機関との関わりだという。RTF内には研究室を多く配置した研究棟があり、複数の高等教育機関が入居しているほか、ロボット・ドローン産業において中核となるベンチャー企業の利活用も多い。シーズの社会実装プロセス検討や連携・横断を進めやすい環境だ。今後は2023年に国が設立したF-REI(福島国際研究教育機構)等とも連携して研究開発を行っていきたいという。「知と産業の集積が同時並行で行われ、地場産業とベンチャーとアカデミアがうまく融合できるとさらに面白いことになるのでは」と若井氏は述べる。
2つ目の機能は「異分野交流・地域交流の促進」である。「定期的に研究分野のカンファレンスを開催してもらい、企業や行政、大学等の交流の場として活用してもらっています」と若井氏は説明する。ロボットの実演や企業マッチング、地域住民がロボットに触れあう等を目的にしたイベント「ロボテスフェスタ」の開催、業界有識者に講演をしてもらう等で、県内外の人流を喚起している。特に工学系の大学生は地元企業を知らずに東京へ就職してしまうことが多いため、地元企業の研究開発等に触れてもらい、Uターン・Iターンの促進にもつなげたいという。さらに幅広い認知の向上が課題だ。追い風となるのは今年6月に、市街地でのドローン配送の社会実装を目指す「新技術実装連携“絆”特区」に指定されたことである。全国に先駆けてドローンの社会実装を実現し、さらなる技術・産業集積を実現することが、こうした課題解決につながると見る。また、認知向上のためには全国レベルの展示会に積極的に参加し、出展者セミナー等で周知を進めていく必要もあるという。
3つ目は「次世代人材育成」だ。イノベ機構や他の事業者と連携し、地元の初等中等教育対象にロボットやAIの実演や出前授業等で、産業普及と啓蒙活動を行っている。「教育活動においては、学校の要望に応えるだけではなく、人材育成という観点でさらに協働していきたい」と若井氏は意気込む。
2030年頃までに自立的・持続的な産業発展の実現を目指す
前述したロボット・ドローン以外の分野を含めた産業集積は現在どのような状況なのか。重点6分野を中心に研究開発実証拠点や企業の誘致が進み、400件を超える企業立地、4000人を超える雇用創出を実現し、域内総生産(建設業を除く)で見ると、全国水準の成長率よりは下回るものの、震災前の水準に戻りつつある。ただし、浜通りの中央に位置する双葉郡の8町村においてはまだ震災前の3割弱に留まっている等、自治体ごとに復興ステージの差がある状態だ。「2030年頃までに全国水準並みの域内総生産等の成長を達成することで、自立的・持続的な産業発展の実現を目指し、引き続き関係機関と連携して取り組んでいきたい」と波多野氏は述べる。
初等中等高等教育における成長段階に応じた人材育成を通じた「イノベ教育」
次に、教育・人材育成についてご紹介したい。福島県では、イノベ教育なる教育を展開している。教育・人材育成部副部長の飯田 喜之氏は、イノベ教育には2本の柱があると話す。「まずは地域への思いを持ち、イノベ構想、福島の復興・創生や地域を牽引する人材育成。そして、福島の地からイノベーションを創出する人材を育成するという点です」。この2点を達成するため、成長段階(小学校・中学校・高等学校・大学等)に応じて、企業や研究機関等と連携した「出前授業」「視察研修」等を通じて、「イノベ構想」や地域理解を深める取り組みを行っている。初等教育にはまず地元に足を運び、理解の裾野を広げる教育を。新課程「探究」をベースにある程度自分の軸足ができてくる高校段階に対しては、学校の専門性、特性・地域性に沿った学校ごとにプログラムを開発する。「企業から高校生にお題を出してもらい、アイデアをぶつけて探究を深めるプログラムを設計したり、より専門性が高い工業高校や農業高校は課題と専門性を結び付けて自分なりの解を出す支援を行ったりしています」。福島ならではの地域性や課題感が初等中等教育の場で子ども達を惹きつけていく。特に双葉郡8町村では、地域の「ひと」「もの」「こと」を題材に取り組む探究的な学習「ふるさと創造学」の実施を支援。各校の「ふるさと創造学」の取り組みを横断共有する「ふるさと創造学サミット」等も開催し、ふるさとに根差した魅力ある学校づくり支援を続けている状況だ。こうした成長段階に応じた教育活動での支援を通じて、地域の将来を担う若い世代が根付いてくれることを目指している。
7年間にわたる活動の手応えとして、「活動を通じて子ども達の学びが広がっている、深まっているのは間違いないと感じます」と飯田氏は述べる。「課題解決、探究を通じて、福島にどう自分が貢献できるかという当事者意識のマインドが強く、キャリア形成をしている若者も増えてきています。地元貢献意欲が高い若者が増えてきているのは非常に喜ばしいことです」。被災地を「学ぶ場」として発想を転換し、その価値の大きさと希少性を軸に多様なセクターを呼び込み、その状況に対する段階的な教育設計が奏功している状況だという。
大学等の教育研究活動を支援し、長期的な人材育成基盤構築を目指す
高等教育機関の知見を復興に生かそうとする動きもある。「復興知」事業がそれだ。2018年度から2020年度の間は、全国の大学等が有する福島復興に資する「知」を浜通り地域等に誘導・集積するため、浜通り地域等で市町村と協定を締結し、拠点を置き教育研究活動を行う大学等の支援を行う「大学等の『復興知』を活用したイノベーション・コースト構想促進事業」を実施。背景について、教育・人材育成部教育研究支援課長の兼子 貴裕氏はこう説明する。「東日本大震災以降、復興を目指す地域の取り組み・課題に対し、全国の様々な大学等が独自に、現地の自治体等と連携しながら教育研究等に取り組んでいる実態がありました」。自治体や大学等へのヒアリング等を経て、浜通り地域等が学生と教員にとって学びの場、あるいは研究テーマとしても非常に有意義であること、そして、イノベ構想を推進し、新たな産業基盤を構築するためには、知の拠点である高等教育機関を活用することが必要であると判断。持続的に先進的な知の集積に向けた取り組みを推進していくため、「まずは3年間、本事業を通じて大学等の現地拠点の基盤を強化し、教育研究活動を根付かせるために組織的に支援を行いました」。
2021年度からは、これまでの活動で蓄積された復興に資する知をさらに生かし、浜通り地域等に人材の教育・育成基盤を構築するため、「大学等の『復興知』を活用した人材育成基盤構築事業」を5カ年の事業として公募し、17大学等21事業を採択し取り組んでいる(図3)。「現事業は、人材育成基盤の構築というなすべき目的に対して、複数年度採択(5カ年)を採用しています。5年間で達成すべきことと、それに応じた各年度の事業計画を提出していただき、事業終了後は自走して活動を継続することを前提にしています」と兼子氏は説明する。
採択事業を見ると、複数の教育機関等が協働してプロジェクトに当たっている事業が多い。これはまさに、多様なプレイヤーが専門知を結集しなければ課題解決の道筋を立てづらい横断的な課題が多いこと、故に参画大学にとっては学生の教育フィールドとして非常に魅力的であることを示していると言えそうだ。
ここまで見てきたように、イノベ機構は2017年の発足以降、復興を旗印に多様な活動を行ってきた。震災前よりも良い地域づくりを目指す「創造的復興」と、その軸足である次世代産業育成。高等教育機関や企業等はこうしたスタンスと横断課題の山積する場の価値に魅力を感じ、共創のプレイヤーとして身を投じているのであろう。
次頁では共創プレイヤーの1つである会津大学の取り組みをご紹介したい。
次世代産業研究と振興人材育成を担う
「若手人材が輝くロボット・ICT 人材育成プログラム」
会津大学は1993年にコンピュータ理工学部単一学部で開学し、2023年に30周年を迎えた。国際化・高度情報化社会が進展するなかで世界的視野を持ち、将来の情報科学を担い、発展させる人材の育成を掲げて教育研究活動を行っている。
同大学は、公益財団法人福島イノベーション・コースト構想推進機構が主催する「大学等の『復興知』を活用した人材育成基盤構築事業」の採択事業として、福島ロボットテストフィールド(RTF)を拠点に「若手人材が輝くロボット・ICT人材育成プログラム」を展開し、福島県の次世代産業を担う人材育成を企業等と連携して行っている。その趣旨等について、復興創生支援センター特任教授で統括プログラムマネージャーの屋代 眞氏にお話を伺った。
ロボット分野にICTからアプローチする大学の独自性
「本学はICTの専門大学で、学生は1年生からプログラミングを徹底して学びます。そこから、情報工学をコアにして半導体、ロボット、AI、宇宙、医療といった多様な領域に専門分野が広がっています」。ロボットに本格的に注力し始めたのは2015年、福島県からの要請を受けてのことだ。「県として、震災復興の柱の1つに次世代ロボット産業振興を置くことが決まり、それ以来、本学も産学連携でのロボット研究を進めつつ、ロボット産業振興や人材育成に取り組んできました」と屋代氏は経緯を説明する。
ロボット分野における会津大学の特徴は、「ロボティクスにICTの立場でアプローチする」点だ。ロボットは機械工学と考える人が多いが、その中身は材料工学、電気電子、ソフトウエア、AI、データサイエンス等多岐にわたる。「近年は搭載するソフトウエアの重要性が増し、ロボット同士を協働させるネットワーク構築や遠隔操作といったニーズも高い。ものづくりの観点からアプローチする大学が多いなか、本学はロボティクスをICTの応用領域と捉え、ソフトウエアの観点からアプローチすることに価値創出の軸足を置いているのです」。大学として強みを発揮できる社会貢献のフィールドを明確に置いている。その社会還元の1つが復興知事業というわけだ。
有効な産学連携を実現するのはマーケット視点のコーディネーター
多様な学問の集合体であるロボットは、多様な専門家が協働して作り上げるプロジェクトであり、産学連携が大前提である。屋代氏が務める統括マネージャーは大学における産学連携のリーダーだ。研究の事業化とその推進のための調整役を担う。屋代氏は日本IBM株式会社で製品開発等に携わった後、科学技術振興機構や情報処理推進機構に勤務したキャリアの持ち主で、長らく「サイエンスをどのように社会実装するか」という点で推進役を担ってきた。その経歴を生かした現職であり、産学連携の要諦をこう説明する。
「双方に有意義な産学連携を形成するには、市場ニーズや組む相手を冷静に見極めるためのコーディネート専門要員が必要です」。産学連携の目的は概ね研究の社会実装や高度化だ。その目的を達成するための方策が、研究主語のシーズオリエンテッドな視点だけでは、手段の最適化という矮小化された結果で終わることも多い。アカデミアの評価軸は社会の評価軸とは異なる。コーディネーターに必要なのは「世の中にどう役立てるか」というマーケット視点であり、技術をどのように届けるかというシステム・サービス視点なのだ。アカデミアよりもスピードが速く、予算規模もはるかに大きい産業の動向に精通し、大学のリソースを市場でどのように最大化できるか、誰と組むとそれを実現できるかを練る必要があるという。
地域の次世代産業人材育成に協働体制で取り組む
採択事業でも、産学連携体制で2つの観点から人材育成を行っている。まず、ロボット・ICT技術に関する知識を身につけ、将来的な産業発展に寄与できる若手人材。次に、ロボット・ICT技術を高校生等に教育することのできる人材だ。
特に前者は南相馬市内3高校や職業能力開発校である福島県立テクノアカデミー浜を対象に、福島大学や福島県ハイテクプラザ、南相馬市内ロボット関連企業等と連携してプログラミングやロボット技術の基礎教育、ロボット制御等の技術習得の研修・演習を行い、昨年度の参加人数は延べ500名を超え、各レベルの受講生の理解度50%以上という成果を挙げている。研修はロボット作成や地元企業見学、実機操作訓練等多岐にわたり、設計は大学、場所はRTF、講師は大学と地元企業といった具合に、得意分野を持ち寄った連携協働体制で運営する。
また、人材育成と並行して、浜通り地域等におけるロボット産業振興に関する取り組みの促進・支援も行う。RTFが位置する南相馬市はロボット・宇宙等に関する企業集積を進め、独自のインキュベーションセンターも備えている。会津大学はRTFに研究室を持ち、ロボット分野へのICTアプローチで独自性と強みを発揮しながら、地元企業のロボット開発技術について、学術的な支援や連携促進支援も行う。「地元産業を振興しようという一体感ある共創のなかで、お互い強みを持ち寄って事を成している実感があります」と屋代氏は述べる。
2019年からは近隣高校を対象にプログラミング教育(Python等)にも力を入れている。その意図を屋代氏はこう説明する。「ロボット人材育成×南相馬市だけではパイが小さいところ、今後のロボットのみならず多様な産業で必須の汎用技術であるプログラミングの教育を広げることは、広く産業振興につながる動きだと考えています」。高校生3~4名に会津大学の学生が1名つく体制で実習を行うもので、高校からの反響も良く、新課程の情報科目と対応させる動きもあるという。「やはり科目に組み込まれたほうが授業時間を使えて参加者も多いといったメリットが大きいため、こうした動きを拡大していきたい」と屋代氏は意気込む。
こうした教育活動は学生の積極的な参加を促し、浜通りへの往来が活発になることも目的の1つだ。福島大学等とも協働し、積極的に参加する学生同士の横の交流促進にもつながっており、「今後もこうした動きや協働的な動きがさらに盛んになることを期待したい」と屋代氏は述べる。
今後の課題は、外部資金がなくても実施が可能となる持続可能なイノベーションエコシステムの構築だ。地域に求められ、認められている事業であるからこそ、復興知事業としての採択予算がなくても自立化できることが課題だという。
多くの地域にとって、地域課題をど真ん中に置いた時に関係者が協働できる持続可能な体制の構築は、各自の強みの明確化と合わせて必須であろう。大事なのは「関係性の質を担保したうえでお互いできることを明確にし、補完し合いながらより大きな価値創出を目指す」というスタンスであるようだ。さらにその前段階として、各自が課題に対して当事者意識を持てるかどうかが肝であるように感じた。連携・共創はあくまで目的達成のための手段の1つである。
(文/鹿島 梓)
【印刷用記事】
自治体・産業界との共創による地域創生 ②福島県