【寄稿】大学経営に関する実践的研究の見地から目指した 理事・評議員へのサポート/大学行政管理学会 大学経営見える化研究会 座長 (学校法人 駒澤大学) 鈴木弘道

大学行政管理学会 大学経営見える化研究会 座長 (学校法人 駒澤大学) 鈴木弘道


 大学行政管理学会(以下「JUAM」とする)のテーマ別研究会の一つである、大学経営見える化研究会(以下「当研究会」とする)では、このたび、『私立大学 新任理事・評議員ハンドブック 初めて大学の経営・ガバナンス・実務に携わる方へ(以下「ハンドブック」とする)』を発行した。今回、貴重な紙面をお借りして、当研究会の活動やハンドブック発行に至った背景、今後の期待等について紹介させていただきたい。

【1】大学経営見える化研究会の紹介

 当研究会は、大学経営評価指標による「大学経営の可視化」を目指し、2002年に「大学経営評価指標研究会(2019年より現在の名称に変更)」として発足した。以後、現在に至るまで、1カ月に1回程度のペースで研究会活動を行っている。

 私立大学のみならず、国立大学法人や一般社団法人日本能率協会などのメンバーにより構成され、これまで、「見える化」という観点から、高等教育業界を取り巻く課題を研究テーマとしてきた。多様なメンバー構成は、大学の視点に留まらず、企業や地方自治体との比較も交えた検討を可能にしている。

 過去の具体的なテーマには、「大学使命群体系と大学経営評価指標の開発」「大学経営評価指標の普及」「教育力向上の方策研究」「教職協働のマネジメント」「大学改革リーダー育成プログラムの開発・実証」「大学ガバナンス評価研究」「新任理事ハンドブックの活用研究」「中期経営計画の有機的活用の促進」「大学ガバナンスの向上方策に関する研究」が挙げられる。JUAMにおける他の研究会が、それぞれの研究会名称を冠する、特定の領域や分野に取り組むことの多い一方で、当研究会は「実践される大学経営マネジメントの仕組みを提供する」ことをミッションとし、幅広い視野から、大学経営の質向上に資する研究テーマを設定してきた。

 いずれも、「見える化」という視座から研究に取り組み、大学の現場で実践的に活用してもらえるような成果を目指すという点は共通しており、本稿で紹介させていただくハンドブックも、これまでの諸先輩方から引き継いできた一つの研究成果であることを申し添えたい。



【2】研究会活動を通じて見えてきた私学法改正のポイントと課題

 まず、ハンドブック発行に至る前段階として、当研究会では、2012年に文部科学省から公表された「大学改革実行プラン」の流れを踏まえ、2013年より大学ガバナンスに関する研究(以下「大学ガバナンス研究」とする)に取り組んできた。その背景には、当時の参加メンバー(現在は顧問)であった、井原 徹氏(現 白梅学園理事長)、福島一政氏(現東京家政学院常務理事)、松井寿貢氏(元 広島経済大学常務理事)、横田利久氏(現 濱名山手学院専務理事)をはじめとする現役役員から、「理事長に対する評議員や監事からのけん制機能」等の問題提起があり、いち早くガバナンスの「見える化」をテーマにしたことが挙げられる。これは、学校法人の役員を務めるメンバーを多く擁す、当研究会ならではの強みであると感じる。

 2025年4月1日から施行される私立学校法(以下「改正私学法」とする)に関しては、既に各方面で論じられていることから、この場では割愛するものの、当研究会としては、大学マネジメントの質向上にはガバナンスの強化が必要ではないか、という問題意識のもとで研究に取り組んできた。その一方で、ガバナンス強化への注力によって、大学の本務ともいえる教育や研究、社会貢献活動へのリソースに影響をきたしては本末転倒になりかねない。とりわけ、一定的な基準のもとで整備が求められる改正私学法に対応することが、各学校法人の置かれた環境によっては負担になる可能性も当研究会では課題として捉えてきた。

 そこで次項では、今回のハンドブック発行に至った背景等について紹介したい。

【3】『私立大学新任理事・評議員ハンドブック』発行に至った背景

 当研究会では、大学ガバナンス研究(2013年~)の一環として、2016年に国内の国公私立大学を対象とした「大学ガバナンスの制度・仕組み・運用に関する実態調査」を実施した。調査の概要を以下に示す。


「大学ガバナンスの制度・仕組み・運用に関する実態調査」の概要


 国公私立の相違や特徴など、様々な点が明らかになったが、ここでは、私立大学の部分のみに焦点を当て、ハンドブック発行に影響したデータの説明をしたい。

 まず、理事の能力適性の担保という部分で、「理事選任時に、組織を代表して決定を行う能力の適性等を担保する仕組みを取り入れている(職務上理事は除く)」の設問に対して、評価項目の事前設定まではしていないものの能力適性等を確認している【B】と、確認する仕組みを入れていない【D】に二極化していることが浮かび上がってきた。


表1 Q13.理事選任時の仕組み(n=194)


 続いて、役員就任に際しての説明という部分で、「行動規範やコンプライアンスについて、役員に対して就任時に説明している」の設問に対して、説明している【A】は3割程度にとどまり、さらには、何もしていない【D】は4割にものぼった。ここからは、新任役員とのコミュニケーション不足や十分でない説明体制等の実態も浮かび上がってきた。


表2 Q79.役員就任時の行動規範やコンプライアンス等に関する説明(n=191)


 また、多様な人材が想定される学外理事へのサポート面として、「大学経営等に関する審議等について、学外理事のサポートを職員がしている(議事を事前に送付し、不明点を事前に説明する)」の設問に対しては、大学によって対応が分かれるものの、1割弱は学外理事が何らサポートを受けていない【D】、もしくは、7割程度は積極的な説明がなされていない【B】、【C】という形で大学経営等に関する審議が進められている可能性も明らかとなった。


表3 Q16.大学経営等に関する審議の学外理事へのサポート(n=197)


 以上のような点から、当研究会では、①約半数の学校法人において理事選任時の仕組みが十分に整備されていないこと、②多くの学校法人において新任役員に対して十分なコミュニケーションをとれていないこと、③今後、増加が予想される学外理事へのサポートが十分ではない面もあること、等を課題として捉えた。

 さらに、調査結果全体に立ち戻り、個別回答ごとの状態設問(全88問)の平均点に目を向けると、収容定員規模が小さいほど、平均点は低い傾向にあることが明らかとなった(表4)。


表4 収容定員区分別 状態設問平均点の分布(n=197)


 これらの点から、上述①~③で挙げたような仕組みや体制が十分に整備されていない実態に留まらず、学生規模が小さいほど、ガバナンス基盤の整備にまでリソースを投入する余力がないのではないかという課題が見えてきた。

 翌2017年には、調査結果から特長的なマネジメント・ガバナンス基盤の整備が見られた6つの学校法人の役員(理事長・理事など)へのヒアリング調査を行い、ガバナンス強化の有効性や成長実感へのつながり、経営層の大学運営の理解・職員のサポート力の重要性などが明らかとなった。

 そこで当研究会では、2018年に「大学の経営力向上には、各理事の知見や能力が重要であり、特に新任理事がその能力を発揮するためには、就任時、大学に関わる情報を付与することが必要ではないか」、という問題意識に立脚し、新任理事向け研修資料のチェックリスト化を行った。

 その後、改正私学法の方向性が明らかになるなかで、2018年にチェックリスト化したような包括的な書籍が存在しない点や、JUAM会員からの要望等もあり、当研究会の趣旨とも合致するものと判断し、本ハンドブックの書籍化を行うこととした。

【4】『私立大学新任理事・評議員ハンドブック』の特長

 本ハンドブックの作成にあたっては、次のようなコンセプトを心がけた。

  • 改正私学法(大臣所轄学校法人)への対応
  • 多様かつ多忙な新任役員を想定し、短時間で必要最低限の知識を習得できるよう、専門的な用語は極力用いず、ポイントを絞った目次構成、かつ読みやすい大きい文字(11pt)を設定

  • 『私立大学新任理事・評議員ハンドブック』目次構成


  • 就任前の事前学習に留まらず各種判断時の参考としても活用できるよう、ポイントと解説による見開き構成

画像 見開きページサンプル
≪紹介ページ:https://www.jma.or.jp/edu/school/guidebook/index.php


 ハンドブック作成の初期段階においては、主な対象を理事に設定していたものの、改正私学法の議論が進められていくなかで、評議員の役割や責務がさらに重要になることも確認された。そこで、作成途中のハンドブック構成を見直し、評議員も対象に含めた内容に再構築するとともに、徐々に概要が明らかとなっていった改正私学法対応版にすることとした。

 さらに、本ハンドブックは、編集に際して現役の学校法人理事長や理事・理事経験者の研究会メンバーにも協力いただいたことで、より実践的な内容なものとなっている。詳細な内容紹介は割愛するが、ぜひともお手に取ってくださることを願うとともに、最後に、ハンドブック発行に込めた期待としてまとめたい。

【5】ハンドブック発行により期待されること

 当初、新任の外部理事への研修資料を想定していたものの、その後の高等教育施策の流れや、研究会顧問からの助言もあり、次のような活用の可能性を見いだすことができた。

①学内役員・学外役員・法人事務局のコミュニケーションツールとしての活用

 現行の学内理事・評議員に目を向けた場合、大学に対する知見は深いものの、改正私学法や大学経営に関する知識は個人差も想定される。また、学外役員は、学内人材が持ち合わせない知見を持つ一方で、大学や学校法人という文脈を抜きにしては、せっかくの能力を存分に発揮することを阻害しかねない。ハンドブックを共通言語的な資料として用い、建設的な議論を進めていくことで、それぞれのバックグラウンドを最大限に生かした理事会や評議員会、大学経営の質的向上にもつながることが期待される。

②大学(学校法人)事務局における活用

 ハンドブックを理事や評議員に配付した場合、事務局が質問を受けるケースも想定されるため、一読しておくことが望ましい。また、第9章では、理事会や評議員会の準備、運営に関する事務局側のサポートに言及しており、法人事務局にとっても全体を通じて活用いただけるのではないだろうか。

 なお、本稿では割愛するものの、ハンドブック冒頭ページに「本書の『対象別』活用方法」として、対象者ごとに確認してもらいたい章と順番が整理されており、役員に留まらず、職員の採用・異動時や、企業人等の教員採用時の研修でも活用できる内容となっている。

 上記のような活用例は、大学経営力の向上に留まらず、改正私学法の対応を含めた業務の省力化によって、リソースの創出にもつながり、最終的には、大学の教育・研究や社会貢献等の、本来目指すべき諸活動に注力するための一助になればと考える。

 さらには、本ハンドブック発行が、大学関連諸団体において、今後の大学経営の向上を目指した理事や評議員への研修プログラムや研修資料等の契機となることを願い、本稿のむすびとしたい。




【印刷用記事】
【寄稿】大学経営に関する実践的研究の見地から目指した 理事・評議員へのサポート/大学行政管理学会 大学経営見える化研究会 座長 (学校法人 駒澤大学) 鈴木弘道