大学を強くする「大学経営改革」[103]淘汰・再編時代の大学経営に求められるもの〜マインドセットの変革と個別具体的な改革〜 吉武博通

吉武博通 学校法人東京家政学院理事長・筑波大学名誉教授

一気に押し寄せる18歳人口減少の衝撃

 2023年度において、入学定員充足率が100未満の私立大学の比率が初めて5割を超え、53.3%となったことは承知の通りである。短期大学では未充足校の割合が92.0%に達している(日本私立学校振興・共済事業団「令和5(2023)年度私立大学・短期大学等入学志願動向」)。

 国公私立大学の経営や評価に関わり、多くの大学関係者と対話を重ねるなか、一般入試の志願者数の減少や入学者の学力低下に危機感を抱く声が数多く聞かれるようになった。特にこの1、2年で学生募集環境が急速に悪化してきたとの認識を示す関係者は多い。

 18歳人口は2017年の120万人を最後に再び減り続け、2023年は110万人、2024年は106万人と7年間の減少幅は14万人に達している。2025年、2026年と若干の回復を見るものの、2027年には110万人を下回り、2035年には初めて100万人を割って96万人になると推計されている(2024年7月19日開催中央教育審議会大学分科会高等教育の在り方に関する特別部会第8回配布資料「関係データ集」より)

 上記特別部会が2024年8月に示した「急速な少子化が進行する中での将来社会を見据えた高等教育の在り方について(中間まとめ)」においても、「これから先の急速な少子化は、中間的な規模の大学が1年間で90校程度、減少していくような規模」で進んでいるとした上で、「この危機に併せた対応をしなければ、今後は、定員未充足や募集停止、経営破綻に追い込まれる高等教育機関が更に生じることは避けられない」と警鐘を鳴らしている。

 問題は、2024年度内には示される予定の答申により、国が将来像を示し、政策誘導を行ったとして、改革の実行主体は個々の大学であり、どれだけの大学がそのための構想力と遂行力を有しているかという点である。

 経営を担うトップは、何としても自校だけは生き残りたいと考え、学生募集の強化や附属校・系列校の拡大などに力を入れるだろう。留学生の受け入れ拡大や社会人教育の本格化などに活路を見いだす大学もさらに増えてくると思われる。

 その一方で、学生確保を優先すれば入学者の学力のばらつきは大きくなり、留学生や社会人の増加は教育・学生支援面での新たな負担をもたらす。教職員の意識・行動や教育・学生支援の仕組みの変革を伴わなければ、大学として教育の質を維持することが難しいことは自明である。

トップマネジメントと現場の乖離をどう埋めるか

 このように環境変化が急速で、取り組むべき課題が増大し、かつそれぞれの難度が高い場合、トップマネジメント(本稿では理事長・学長、常務理事・副学長などを想定。なおトップという場合は理事長・学長)と現場の間で、環境や課題に関する認識、危機感や切迫感などに乖離が生じ、それらが拡大するのはどのような組織においても起き得ることである。

 特に、大学は組織特性上その傾向が強い。トップが踏んだアクセルが駆動輪に伝わらない、伝わっても動き出すまでに時間がかかり、回転力も弱いという点は、改革が急務な大学の致命的な弱点でもある。

 これとは逆に、教職員の中に強い危機感や改革意識を持つ者が現れ、緩慢な動きのトップマネジメントに不安を覚えるケースもある。このような意識を持つ教職員は上層部だけでなく、現状に安住し改革に背を向ける周囲に不満や閉塞感を感じることも多いだろう。

 これらの問題は、理事会の役割や学長の権限などの制度変更や国の政策誘導だけで解決できるものではない。トップマネジメントを担う人材の育成・登用や教職員のマインドセットなど、より根の深い本質的問題の構造を理解し、改善に向けた道筋をつけ、着実に歩を進めていく必要がある。

 ステークホルダーの視点に立脚した規律づけの仕組みであるガバナンス、経営・教学におけるマネジメント、この2つの合わせ技こそ、個々の大学が自己変革できるかどうかの鍵である。

マインドセットを望ましい方向にどう変えるか

 なかでもマインドセットの問題は、大学が危機を乗り越え、持続的発展を目指すに当たり最大の難問といえる。

 事業計画の重点施策に意識改革を掲げる大学もある。しかしながら、現状の何が問題で、いかなる状態を望ましいと考え、そのためにどのような具体策を講じるのかを明確にしない限り、画餅に帰することになる。

 マインドセット(mindset)は心的態度、考え方や物の見方、あるいは心のあり方と説明されることが多い。特に大学においてはマインドセットの問題が変革の前に大きく立ち塞がり、実行を妨げたり、また改革の意欲を喪失させたりすることもある。

 2014年6月に学校教育法が改正され(施行は2015年4月)、教授会は審議機関として決定権者である学長に対して意見を述べる関係にあることが明確化された。それから既に10年が経過したが、今なお教授会の反対を理由に改革を先送りする、妥協を重ねた改革案でやむなしとするといったケースが見受けられる。

 ガバナンスの問題として、学内において役割や責任・権限を改めて明確にした上で、学長が決定するに当たり、現場の声をいかに吸い上げ、決定事項の内容や考え方をどう正確に伝えるか、対話の仕方を工夫する必要がある。後者はマネジメントの問題である。

 教員が自身の研究を深める一方で、学生にとって最良の教育を提供するための組織的な活動を、教員間や教員・職員間の協働のもと推進するに当たっては、マインドセットが大きな意味を持つ。

 また、職員については、シニア層と中堅・若手層の間、変革志向の強い職員と現状維持を望む職員の間で意識の違いが生じ、組織全体の変革が停滞する要因となっている。育児や介護に時間を割かざるを得ない職員とそうでない職員の間でどう相互理解を図るか、上位役職に就きたくないと考える若手職員にどう対処するか、役職定年後のシニアスタッフのモチベーションをどう維持するかなど、職員組織が抱える問題の解決はどれも難しい。これらの多くもマインドセットに関わる問題である。

 心理学者のキャロル•S•ドゥエックは、自分の能力は固定的で変わらないと信じている人を「硬直マインドセット=fixed mindset」と呼び、人間の基本的資質は努力次第で伸ばすことができるという信念の人を「しなやかマインドセット=growth mindset」と呼ぶ。そして、「しなやかなマインドセットの経営者は、人間の、自分の、そして他者の、潜在能力と成長の可能性を信じるところから出発する」と述べている。

 大学におけるマインドセットの変革には多くの困難が伴い、大学ごと学部ごとにも難しさの程度は大きく異なる。特に学部や学科の単位で見ると、変革に前向きな組織と抵抗を示す組織、オープンな雰囲気の組織とそうでない組織と、様相が異なることが多い。一定期間を経て形成された組織文化や組織風土が構成員のマインドセットに深く関わり、変革の難易度に少なからぬ影響を及ぼしているように思われる。

 これらは大学改革を巡る議論においても、これまであまり論じられてこなかった点である。マインドセット変革については、組織文化との関係を含めて、機会を改めてさらに深く掘り下げて論じたい。


マインドセット変革の具体的なイメージ


大規模校では学部長の裁量権拡大も一つの方向

 もう一つ重要なことは、改革は個々の大学の立ち位置や実情を踏まえた個別具体的なものでなければならないという点である。

 国が示す政策や認証評価機関の評価基準に沿うことは当然だが、真に解決が必要な課題やその優先順位等は大学ごとに様々である。設置形態、規模、選抜性、学問分野、立地(例えばキャンパスの数やキャンパス間の距離など)、地域性などによっても状況は大きく異なる。

 設置形態に関しては、国公私立で直面する課題も違う。国立大学の場合、長期にわたり運営費交付金の縮減が続き、現在は成果に応じて配分される割合が増加するとともに、給与単価アップや物件費高騰を賄いきれないという事態に遭遇している。また、施設整備費補助金の総額は国立大学全体の減価償却費総額から見て、低い水準に抑えられており、教育研究環境の維持・改善という点で危惧すべき状況にある。

 公立大学は、平成期に集中的な設置が行われたこともあり、本稿執筆の2024年8月現在101校を数える。それぞれに特色を有し、地域の期待も高いが、設置者である地方公共団体とその首長の意向に左右される面もあり、自治体派遣とプロパー(独自採用)によって構成される職員組織ならではの運営や配置・育成の難しさも抱えている。

 私立大学の場合は、国立や公立との違いもあるが、それ以上に規模や選抜性による違いの方が大きいように思われる。

 私立大学の規模についていえば、最大規模の大学から最小規模の大学までその差は極めて大きい。全学の収容定員が大規模校の一学部にも満たない大学も多い。企業の場合、中小企業については中小企業基本法で社員数と資本金をもって定義され、国が総合的な施策を策定し実施する責務を負うことが明記されている。大企業と中小企業では経営のあり方も課題も大きく異なる。

 規模の大小で理事長・学長の役割や責任が異なる訳ではないが、法人経営や大学運営に当たっては実情に合わせて最も相応しい方法を採る必要がある。

 大規模大学については、大企業が事業部制を敷き、事業部長に大幅に権限を委譲するのと同様に、学部長に運営面でより大きな裁量権を与えることも一つの方向である。その場合、学長が学部の活動を的確に把握し、評価を踏まえた資源配分を徹底するとともに、不都合な情報も速やかに共有される仕組みを整えておくことが前提となる。

 同時に、裁量権の拡大が学部の割拠をさらに進める結果になることを避けなければならない。日常的な裁量を委ねたかわりに、学長には大学全体の総合力の発揮に一層注力することが求められる。

中小規模校に固有の課題をどう克服するか

 一方、中小規模の大学では、トップの意思と工夫次第で現場との距離はいくらでも縮めることができ、決定や実行のスピードを上げ、学生や社会のニーズにより柔軟に対応できる可能性がある。

 他方で、学問分野の多様性が乏しく、一概には言えないが、オープンな雰囲気よりもクローズドな体質が勝る場合があることも否定できない。構成員が少ないがゆえに人間関が組織運営に少なからざる影響を与える可能性もある。

 特に、職員の配置・育成面での課題は大きい。大規模校のように独自の研修システムを整えることも難しく、ジョブ・ローテーションによる育成機会も限られる。職場内にロールモデルを見つけにくいと感じる職員もいるだろう。経営の意思と工夫次第でカバーできる部分もあるが、中小規模校の有する良さや強みを持続発展させるためには、大学の枠を超えた体系的な研修機会の整備、同種の業務を担当する職員の大学間異動の促進なども考える必要がある。

 DXの取り組みについても同様である。本連載でも述べたが、教育、研究、経営の各面におけるDXの取り組みは大学の競争力を左右する。そのためには、自校の業務を知り、かつデジタル技術の可能性を理解できる人材が不可欠である。大規模校でも簡単ではないだろうが、中小規模校はさらに厳しい環境にある。大学を超えた共同開発も有力な手段となり得る。

学生の成長を促す自校ならではの教育の確立

 規模と並び選抜性も個別具体的な改革を進める上で考慮すべき重要な要素である。

 入学者に求める基準や競争の厳しさは大学や学部によって大きく異なり、入試が選抜機能を事実上果たし得ない大学・学部も増加しつつある。

 選抜性が高いとされる大学においても、基礎学力の低下を指摘する声は増しつつあり、選抜性が低いとされる大学では学修意欲のばらつきや学修習慣が身についていない学生にどう対応するべきかなど、それぞれに難しい課題を突きつけられている。

 しかしながら、見方を変えると、これらの問題を解決することで新たな競争優位を獲得でき、大学の持続可能性を高められる可能性がある。目先の学生募集に力を入れることも大切だが、それ以上に高校から大学に至る教育の実情と入学してくる学生の実態を直視し、自校で何ができるかをとことん考え、自校ならではの教育を確立することこそ、生き残るために最も重要なことではなかろうか。

 その答えは政策文書にも評価基準にも書かれていない。規模や選抜性を問わず、学内には学生に向き合い、試行錯誤を繰り返しながら、優れた実践を行っている教員が必ずいるはずである。そのことを最もよく分かっているのは学生だろう。

 学内だけにとどまらず、その周辺、全国、世界を見渡せば優れた教育実践は数多く見つかるはずである。かつて国が特色GPや教育GPなどで優れた取り組み(Good Practice)を支援し、その普及に力を入れた時期がある。これらの支援策は一定の成果があったと評価しているが、これらを通して我が国の高等教育がいかなる知識・経験を手に入れ、共有できたのか。改めて検証する必要がある。

 仮に、予算面での支援を伴わなくとも、全国の大学の現場で組織単位あるいは個々の教員レベルで行っている優れた実践事例を顕彰し、波及させることも一つの方法だと思われる。

 戦略において最も重視すべき要素の一つはポジショニングである。設置形態、規模、選抜性、学問分野、立地、地域性などにより、有利不利は当然にあり、それぞれに直面する問題の性格や大きさも異なる。

 それを直視し、問題解決に取り組むことを通して自校の立つべき位置を定め、その位置での強みを確立して、さらに磨きをかけ続ければ、持続的競争優位を確立することもできる。

 トップマネジメントも教職員もこのようにマインドセットを転換することで、淘汰・再編の時代における生き残りの道筋を見いだすことができるのではなかろうか。



【参考文献】
キャロル•S•ドゥエック(今西康子訳)『マインドセット「やればできる!」の研究』草思社,2016



【印刷用記事】
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