【寄稿】共創の場形成支援プログラムにおける取組み/科学技術振興機構 イノベーション拠点推進部
1)プログラム概要
「共創の場形成支援プログラム」は、大学等を中心として、企業や地方自治体・市民等の多様なステークホルダーを巻き込んだ産学官共創により、国連の持続可能な開発目標(SDGs)に基づく未来のありたい社会像を拠点ビジョンとして掲げ、その実現のため「バックキャストによるイノベーションに資する研究開発」と、それを支える「自立的・持続的な拠点の形成が可能な産学官共創システムの構築」をパッケージで推進するものである。拠点ビジョンの共有により「人が変わる」、持続的な産学官共創システムの整備・運営により「大学が変わる」、科学技術イノベーションによる社会システムの変革により「社会が変わる」ことを目指しており、これを通じて大学等の強みや特色を活かしながら産学官の共創による拠点の形成を推進し、国の成長と地方創生に貢献するとともに、大学等が主導する知識集約型社会への変革を促進している。
共創の場形成支援プログラムには、対象分野、趣旨等の異なる「共創分野」、「地域共創分野」、「政策重点分野」の3分野が設定されているが、本稿では、共創分野及び地域共創分野に絞って紹介する。
これら2つの分野では、それぞれに「本格型」と「育成型」の2つの実施タイプを設けている。これらのタイプの支援規模は、それぞれ3.2億円/年度(共創分野)・2億円/年度(地域共創分野)、2.5千万円/年度であり、支援期間は、それぞれ最長10年度、最長2年度である。育成型で採択された拠点は、その期間で本格型に向けた構想・計画をより具体的に作り込み、採択年度の翌年度の下半期に本格型への昇格審査を受けることとなっている。なお、提案機関の構成は、共創分野では「大学等を代表機関とし、1つ以上の民間企業を含む3機関以上」、地域共創分野では「地域大学等を代表機関とし、1つ以上の民間企業、1つ以上の幹事自治体を含む3機関以上」としており、いずれの型においても提案時から複数セクターとの連携が肝要である。
また、「共創分野」と「地域共創分野」では、5つの領域(ⅰ)を設定し、各領域においてプログラムオフィサー及びアドバイザーから構成されたメンバーが、領域に所属する拠点への定期的な現地訪問や面談等を通じた進捗確認・意見交換を実施している。
2)共創分野及び地域共創分野の採択拠点について
上述したように、本プログラムでは、2つの実施タイプ(本格型、育成型)を設けており、現在、2020年度から2023年度に採択された本格型拠点(共創分野15拠点、地域共創分野12拠点)及び2024年度採択の育成型拠点(共創分野2拠点、地域共創分野4拠点)が活動している。
これら本格型27拠点及び育成型6拠点は、図2に示すように、大都市、特に東京近郊に位置する傾向はあるものの、北海道地方から九州地方までの全国に点在している。また、拠点の所属する大学等は、大規模大学に限らず多くの中規模大学が含まれ、国立大学が全体に占める割合は高いものの、私立大学や公立大学に所属する拠点も存在している。こうした拠点の所属する大学等の多様性は、本プログラムで採択された拠点の特徴の1つである。
次に、拠点の取組内容(拠点ビジョン、社会課題、研究開発内容や専門性)に着目する。拠点自らが掲げた「拠点ビジョン」は、他拠点と類似する点はあるものの各々で異なっており、例えば、ヘルスケア(心の健康を含む)、資源・エネルギー循環、食と農林水産業、社会インフラといった領域と関連し、結果的にプログラム全体として幅広い範囲の領域がカバーされている。また、各拠点は、拠点ビジョンの実現に向けたバックキャストによりイノベーションに資する研究開発課題を設定し、拠点活動を行っているため、各拠点に参画する研究者は、ある特定の研究分野からではなく、人文社会科学を含めた多様な科学技術分野を専門とする者から構成される場合が見られる。こうした多様な専門性を有する参加者に加えて、大学、企業、自治体といったステークホルダーが拠点に参画し、多様な価値観を有する人材が集まっている点も本プログラムのユニークな点であるといえる。
<具体的な取組み事例>
続いて、具体的な拠点の活動内容を紹介する。全ての拠点を取り上げることは難しく、本稿では、地域の特性や大学等の強みを活かしつつ産学官の共創を通じて、社会変革を目指して取り組んでいる二つの拠点について記載したい。
最初の事例は、弘前大学を代表機関とし、村下教授がプロジェクトリーダーを務める拠点である。本拠点は2022年度地域共創分野本格型として採択され、「健康を基軸に地域経済を発展させ、高QOLの健康寿命を延伸するwellbeingな地域社会モデルの実現」を目指して活動を進めている(ⅱ)。その特徴の1つは、短命県返上の一環として2005年に開始した「岩木健康増進プロジェクト(弘前市岩木地区の住民を対象とした大規模住民合同健診)」により蓄積してきた「岩木健康ビッグデータ」である。約3,000項目から構成され個人のゲノムから生理・生化学、生活活動、社会環境にわたる広範囲のデータを含み、世界的にも類をみない、健康人の経時的健康情報データを整備してきている。さらに、このビッグデータの解析による科学的エビデンスの構築に向けて、京都大学奥野教授や東京大学井元教授らとの連携体制を整備し、これまでに、AI解析により3年後の発症予測が可能な疾患予測モデルを構築しつつあり、認知症や生活習慣病等の病気の予兆の発見方法や予防法を開発する研究とビジネス化に取り組んでいる。
こうした他大学との連携を通じた研究開発活動の推進に留まらず、多様な企業との共同研究も着実に進展している。拠点の中心的な活動の場である弘前大学に設置された「健康未来イノベーションセンター」には、22の共同研究講座(2024年3月時点)が開設され、企業からの研究員が常駐・滞在し、大学の研究者と日常的に議論をかわしつつ研究開発を進めている。
次に、熊本県立大学を代表機関とし、島谷教授がプロジェクトリーダーを担う拠点について紹介する(ⅲ)。本拠点は、2021年度地域共創分野本格型に採択され、「流域治水を核として、大災害後も安全・安心に住み続けられ、豊かな環境と若者が残り集う持続可能な地域の実現」を拠点ビジョンとして掲げて活動している。2020年の球磨川流域豪雨災害に端を発し、従来型の治水とは異なる「共創の流域治水」を目指して、森林水文学、土質力学、河川工学といった学問分野を専門とする研究者らが、学術の垣根を越えた共創を通じて、流域治水に関わる研究開発を進めている。さらに、地域住民の理解と協力を得ながら、流域治水の取組みの実証等に取り組んでおり、市民を巻き込んだ活動へと進展させつつある。
また、本拠点では、代表機関である熊本県立大学、幹事自治体の熊本県、幹事企業の肥後銀行が拠点ビジョン実現に向けて一丸となって取り組む体制を整えている。こうした県をはじめとする自治体や地域のネットワークを有する地方銀行との強固な連携、及びそうした機関からの支援も拠点の強みの1つであろう。
3)おわりに~プロジェクトの推進に向けて
本プログラムでは、既に述べたように、各拠点が解決したい社会課題等を踏まえつつ「ありたい姿/ 社会像」を拠点ビジョンとして掲げ、そこからのバックキャストによりイノベーションに資する研究開発を進めるとともに、自立的・持続的な拠点の形成が可能な産学官共創システムの構築を目的としている。しかしながら、ありたい姿/社会像と自身の有する強みや特色とを組み合わせながら、拠点ビジョン実現に向けたストーリーを論理的な根拠を持って描き、それを実現することは簡単ではない。また、代表機関である大学に加え、企業や自治体等から実質的なコミットメントを得つつ、産学官により研究開発から社会実装までを効果的・効率的に推進する機能と体制を有するシステムを構築することは、困難を伴い容易ではない。
一方で、2020年度にプログラムが開始され4年が経過し、中規模大学や地域の大学等を含めた機関を代表機関として本格型27 拠点が活動しているが、拠点設立の背景や大学等が有する強み/特色も様々であり、全ての拠点が本プログラムの目的達成に向けたイノベーション創出の仕組み作りや産学官共創システムの構築のノウハウや実績/経験を必ずしも十分に有しているとは限らない。
そうした状況の中、各拠点は目的達成に向けて自ら探索し、2つの事例で見られたように、多様なステークホルダーとの共創を含めた取組みを進め、一定の成果が創出しつつあるが、その過程においては、他拠点での好事例を参考することも有用であると考えられる。全ての拠点に適応可能な手法はないものの、他拠点での運営ノウハウをはじめとする取組状況等を参考としつつ、拠点活動の加速や成果最大化を目指していただきたい。
また、本プログラムでの各拠点の取組手法については、各大学の置かれた環境等が異なり、必ずしも他大学等がそのまま取り入れられるとは限らないが、各大学等でイノベーション創出の仕組み作りや産学官共創システムの構築の一助にされることを期待する。
- 第1領域(データ駆動型ヘルスケア)、第2領域(心と体の健康)、第3領域 (資源・エネルギー循環型社会)、第4領域 (持続可能で豊かな食と農林水産業)、第5領域( 持続可能な社会インフラ)
- 参考:科学技術振興機構「COIプログラム全体評価 活動実績報告書」、文部科学省「令和5年版科学技術・イノベーション白書」
- 参考:https://www.pu-kumamoto.ac.jp/plannning_flood-control/