文理の垣根を超えた探究活動で社会課題の解決・是正に挑戦できる生徒を育てる/兵庫県立御影高等学校
文部科学省は、2021年に中央教育審議会答申において提言された高等学校の普通教育を主とする学科の弾力化(普通科改革)や教科横断的な学習の推進による資質・能力の育成を実現するため、「新時代に対応した高等学校改革推進事業」として、下記3つの取り組みを実施している。
- 新たな学科として学際領域学科や地域社会学科を設置する学校の取り組みの推進(普通科改革支援事業)
- 遠隔・オンライン教育等を活用した教育方法やカリキュラム開発のモデル事業(創造的教育方法実践プログラム)
- 教科横断的な学びの実現に必要な地域・大学等との連携・調整を担うコーディネーターを支援するプラットフォームの構築(高校コーディネーター全国プラットフォーム構築事業)
https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/shinkou/shinko/1366335_00003.htm
こうした動きに呼応する事例として、普通科改革支援事業の採択校である兵庫県立御影高等学校を紹介する。取り組みの詳細について、特色教育推進部部長を務める橋本淳史教諭に伺った。
- 兵庫県神戸市にある創立83年の県立高校。全日制普通科、文理探究科からなり、1学年あたりの定員は普通科が280名、文理探究科が40名。
- 2022年度より「普通科改革支援事業」の採択を受け、従来の普通科総合人文コースのカリキュラムを改編して2024年度に学際領域学科「文理探究科」を開設した。
- 文理探究科では、3年間、文理融合的な探究活動に取り組むことを通じて探究のプロセスを体系的に学ぶカリキュラムが組まれている。
文系的な探究活動を主としたコースから、文理の垣根を超えた学科に改編
兵庫県立御影高等学校(兵庫県神戸市)は、2022年度より普通科改革支援事業の採択を受け、従来の普通科総合人文コースを改編する形で学際領域に関する新学科「文理探究科」を2024年度に開設した。
背景には、2007年度より設置していた総合人文コースの改革の必要性等があったという。「総合人文コースは人文・社会科学分野の探究活動を学びの中心に据えたコースでしたが、生徒達の興味・関心の幅が広がり、自然科学的な論拠やデータが必要となる課題にも向き合うケースが出てきていました。そこで、対象分野やアプローチ方法を自然科学分野にも広げた学科あるいはコースへの改編を検討していたところでした」と橋本氏は振り返る。
そこに、兵庫県から普通科に設けられているコースを廃止し専門学科や県独自の「普通科特色類型」等への改編を求める方針が示されたこと、また、文部科学省の普通科改革支援事業も立ち上がったことから、普通科新学科への改編を選択したという。
改編にあたっては、普通科としての学びに加えて3年間、課題研究を通じて探究のプロセスを体系的に学ぶことに重きを置くことは総合人文コースから変えず、取り上げる課題や課題の解決・是正に向けたプロセスを、人文科学、社会科学、自然科学、あるいは分野融合的なもののいずれであっても構わないとすることとした。文部科学省が定める「学際領域に関する学科」として「学際的=文理融合的」と定義し、その実践方法を考えた結果だという。
「課題が文系的/理系的/文理融合的、またアプローチの仕方も文系的/理系的/文理融合的と多様であること、さらに、課題によっては一つの課題に文系的にアプローチする生徒と理系的にアプローチする生徒が同じテーブルにいること等により、生徒が文理どちらものアプローチの仕方を知っていく。それが文理融合の一つの形であり、生徒にとっても有意義な学びになるだろうと考えました。社会にある課題が文理どちらかだけで解決できることは少ないですから、今後、実際の課題に直面し、解決策を考えていくときに幅広い選択肢から考えられる人に育てていきたいとも考えました」(橋本氏)
探究活動の繰り返しにより、探究のプロセスを定着させる
具体的なカリキュラムとしては、探究活動を行う科目「Cross」と、探究活動を支える知識や技術、ものの見方・考え方等を培うための科目「Creation」「クリティカルシンキング」「Creative Presentation」により探究学習を深めていく(図)。
図 文理探究科の探究学習に関わる科目
「Cross」では、3年間で5回以上、探究活動のサイクルを回すことにより、「課題の設定→情報の収集→整理・分析→まとめ・表現→自らの考えと課題の更新、さらなる探究」というサイクルを体に染み付かせる。
具体的には、まず1年1学期から2学期の期間で、教員が設定したリサーチクエスチョンをもとに複数テーマの探究活動に取り組む(プチ探究)。そして、1年3学期から2年1学期の期間、「地域探究プロジェクト」として「地域の誰かの困りごとを是正あるいは解決できることを考える」というテーマで、課題の発見から情報収集、情報の整理・分析、まとめ・表現までのプロセスに取り組む。2年4月からは神戸大学の学生と教員が毎時加わり、助言をもらいながら進め、7月に成果発表を行う流れだ。
そして、2年2学期からは、各自の興味・関心をもとに問いを立てて探究活動を行う「アカデミックリサーチ」に取り組む。「探究のサイクルを実直に回し、改善・深化させていくことのできる生徒を育てるべく、短期間で何周も探究活動に取り組むカリキュラムにしています」と橋本氏は説明する。なお、テーマやアプローチ方法を自然科学分野にも広げるにあたっては、同校の理数系教員に加え、兵庫県立人と自然の博物館や神戸大学等、近隣の博物館や大学、研究機関、企業等から助言や協力を得る体制を整えたそうだ。
「Creation」「クリティカルシンキング」「Creative Presentation」の3科目においては、生徒の探究的な学びの引き出しを増やして探究活動に生かせるよう、STEAM分野の学びや、話す言語の異なる人達とコミュニケーションを取る力や物事を多面的に見る力、物事を深く認識する力を育む学びに取り組む。
例えば、「Creation Ⅰ」では、1年の夏休みを利用して生徒の興味・関心に応じて校外でSTEAM分野の学びに取り組む「選択STEAM講座」を実施。2024年度は、「地震と災害」「生物多様性」「経営」「AI」「建築」「都市計画」の6つのキーワードで講座を設け、どの講座においても人文・社会・自然科学それぞれの切り口から学べるよう内容を設計したとのことだ。「Crossを支える科目を通じて、できるだけ多くの引き出しや種を渡すことで、何かのタイミングで『そういえばあのときの!』と学びがつながる場面があるといいなという考えで取り組んでいます」と橋本氏は話す。
「選択STEAM講座」への参加を前に、どのようなことを学び、何を得たいのかをグループごとに検討し、発表。発表の仕方にも様々な工夫が見られたとのこと。
選択STEAM講座「地震と防災」の、阪神・淡路大震災の震源地となった淡路島でのフィールドワークの様子。
リーダーシップを発揮しての課題の解決・是正を期待
2024年度に入学した1期生には、積極的に探究活動に取り組む様子が見られるという。「自主的に放課後に残って探究活動に取り組む生徒もいますし、文系的な志向が強い生徒が校内に導入している3Dプリンターやレーザー加工機を活用して解決策を考える等、文理の境目なく様々な挑戦をしている様子が見られます」と橋本氏。総合人文コースでの長年の取り組みもふまえながら、高校段階で探究活動に取り組む意義を次のように話す。
「大学に進学した総合人文コースの卒業生は皆、『同じ研究室やゼミのメンバーと比べると探究や研究の手法を理解しているから、研究を引っ張るリーダー的な存在として動けている』と口を揃えて話します。そういった学生は、社会に出ても組織のリーダーになっていけるでしょうし、組織に属さない形でも自分で道を切り拓いていけると思います。高校の探究活動で失敗や成功を経験したことで、その経験を生かして次の課題に向き合うことができる。高校段階で探究活動に取り組む意義の一つだと感じます」(橋本氏)
進路についても、生徒の主体的な選択を重視している。「本校の校長が様々な場面で話しているのが、『大学受験のためだけに高校生活があるわけではない』ということです。本当にそのとおりで、私達教員も、生徒が高校生活で幅広い経験をして豊かな人生を送ることのほうが大事だと常に思っています。もちろん、進路指導も丁寧に行っていきますが、普通科としての学びや探究活動、部活動も含めて一生懸命取り組んだ結果、本当に『好き』と思えることや突き詰めたいことが見つかり、行きたいと思える大学に出会ってほしい。そして、社会に出てからも活躍してほしいと思っています」と橋本氏は話す。
今後は、県下の他校との連携も検討しているとのことだ。「2025年度以降、県内の複数の高校に開設される学際領域に関する学科と横のつながりを作っていければ。そうしてこの取り組みを面で進めていけると、何かもっと大きなものが生まれてくるのではないかと思います」(橋本氏)と先を見据えている。
(文/浅田夕香)