「イノベータ」を定義して評価方法を開発。地域と連携して育成を目指す/群馬県立前橋高等学校

群馬県立前橋高等学校

POINT
  • 群馬県前橋市にある公立高校(全日制普通科)。定員は1学年280名。
  • 2019年より5年間、SSH第Ⅰ期の指定を受け、「イノベーションを創出するグローバルな人材を育成する科学教育プログラムの開発研究」を研究開発課題とし、イノベータに必要な資質・能力を定義し、育成・評価方法の開発に取り組んできた。
  • 2024年度から5年間、第Ⅱ期の指定を受け、第Ⅰ期で生じた課題を改善しながら、イノベータに必要な非認知能力の育成・評価方法の開発等に新たに取り組んでいる。

群馬県立前橋高等学校(群馬県前橋市)は、2019年度よりSSHの指定を受け、「イノベータの育成」を目標に、地域や大学、行政と連携しての課題研究や、イノベータに必要な資質・能力の評価方法の開発等を行っている。同校の取り組みについて、探究部 SSH実施主担当の髙橋直之氏に伺った。


群馬県立前橋高等学校 髙橋直之氏


社会の変化を捉え、イノベーションを起こせる人材を育てる

 前橋高等学校がSSH事業を通じて育成する人材を「イノベータ」としたのは、学校目標である「社会のリーダーとなる人材の育成」に基づいてのことだという。「これからのリーダーに求められるのは、社会がめまぐるしく変化する中で時代の流れをつかみ、新しい価値を生み出すこと、即ち、イノベーションを起こせることだと考えたからです」と髙橋氏は説明する。「起業や開発に限らず、例えば、変化する社会情勢を捉えて既存の仕組みを新しいものに変えるなど、新たな価値を創造することもイノベーションだと捉え、文理を問わず、その資質・能力を持った人材を育てることを目標としています」と続ける。

 そのための教育システムを開発するに当たり同校が力を入れたのが、イノベータとして必要な資質・能力を定義し、定量的に測定する評価方法の開発だ。第Ⅰ期では必要な資質・能力として「関連付ける力」等7つのスキルを定義したうえで(図表1)、これらを100段階でスコア化して評価する方法を開発した。「スコアにすることで、生徒は自分がどの力に強みを持つのかをある程度自己認識できますし、私達教員は生徒達の弱い部分をふまえて授業を改善していくことができます。このスキルのスコア化は、ほかのSSH校にはあまり見られない特徴だと思います」と髙橋氏は胸を張る。そして、第Ⅱ期の現在は、新たに非認知能力の育成を目標に掲げ、イノベータに必要な非認知能力を定義し「イノベーティブ・マインド」と名付け(図表2)、評価方法の開発に取り組んでいる。


図表1:前橋高校が育成するイノベータに必要な資質・能力
図表1:前橋高校が育成するイノベータに必要な資質・能力


図表2:前橋高校が育成する「イノベーティブ・マインド」
図表2:前橋高校が育成する「イノベーティブ・マインド」


地元と連携し、地域資源を活用した課題研究にも注力

 生徒に向けては、課題研究を行う科目「探究基礎」(1年次必修)、「科学探究Ⅰ」(2年次必修)、「探究総合」(2年次選択)、「科学探究Ⅱ」(3年次必修)、クロスカリキュラム(教科を横断した発展的な学習)、校外研修、イノベータ講演会等の科目や機会を設け、それぞれ開発した評価指標に基づき目標設定と評価をしながら、イノベータに必要な資質・能力を育成している。

 その際に工夫しているのは、SSHを単独の事業として捉えるのではなく、カリキュラム全体の中に位置づけ、教科学習や学校行事、部活動、進路選択等と関連づけていることだという。「本校は教育方針に『三兎を追え』を掲げ、学習と部活動、行事の3つ全てにおいて成功をつかみ取るよう指導しています。そこにSSHが加わることで『四兎目』になってしまわないよう、カリキュラムデザインを工夫しています」と髙橋氏。

 例えば、課題研究のテーマを、1年次の「探究基礎」では県立高崎高校との定期戦の種目である綱引きや玉入れで勝つための工夫や、部活動で生じた悩みを課題としたり、2年次の「科学探究Ⅰ」では、希望する進路に関連するテーマとする等の工夫をしているという。「医学部志望であれば医学に関するテーマを、物理分野に興味・関心があるのであれば、部活動での課題を研究する場合も物理学的アプローチを促すといった工夫をしています」と髙橋氏。

 加えて、同校が注力しているのが、理系だけでなく文系の生徒においてもイノベータとしての資質・能力をしっかりと育てていくことだ。具体的には、2年次の「科学探究Ⅰ」、3年次の「科学探究Ⅱ」において、理系の生徒は理系の学問系統の課題研究に取り組み、文系の生徒は「前橋市の活性化」をテーマにフィールドワークを重視した課題研究を行い、イノベータに必要な資質・能力・マインドを育んでいる。「文系の課題研究で起こりがちな調べ学習で終わらないよう、外に出て行って前橋市という地元に根づいた研究をする。そこで得たものは、県や全国、世界にも通用するだろうという考えでフィールドワークを重視しています」(髙橋氏)

 また、文理の枠に収まらない研究をしたい生徒向けに文理融合の課題研究を行う「科学研究Ⅰ・3類」を新たに設定し、AIを用いた文献調査方法の研究を進めているグループ等があるという。

 そして、どの類型においても、地元の大学や企業、自治体と連携して研究を進めていることも同校の特徴である。例えば、文系の「科学研究Ⅰ・2類」では、SSH指定当初より前橋商工会議所と前橋市役所、前橋国際大学という産官学との連携体制を整え、講演や課題研究への協力を得ている。また、理系の「科学研究Ⅰ・1類」においても、群馬大学や前橋工科大学から機器の使用や研究に対する助言等の協力を得ている。連携先のうち、大学・研究所等は下表の通りだ(図表3)。


図表3 大学・研究所等の連携先一覧(2024年3月時点)
図表3 大学・研究所等の連携先一覧(2024年3月時点)


 さらに、生徒が自らテーマに応じた協力先を開拓し、地元企業等の協力を得て研究を進めるケースも多いという。「例を挙げると、県内でも問題になっている放置竹林について、竹のエチレン吸着率に着目し、竹炭にして野菜を長持ちさせることに生かせないかという研究をしているグループがありました。テーマはもちろん、実験には群馬大学理工学府の機器を使わせてもらい、竹は生徒が入手先を開拓する等、地元の資源を生かした研究だと思います」(髙橋氏)

外部から得られる刺激が生徒の成長につながる

 SSH開始当初から比較しての評価スコアの伸びや、SSH生徒研究発表会、坊ちゃん科学賞論文コンテスト等全国規模のコンテストでの受賞の増加等、目に見える成果も出てきているという。「最終的な目標は、卒業生が社会に出たときにどれくらいイノベーションを起こせるかです。卒業生の動向も含めてこれから追っていきたいと思います」と髙橋氏は話す。

 加えて、「生徒にとっては、外の世界を見る機会が間違いなく成長につながっている」と髙橋氏は話す。「高校生活自体が、大学・社会人生活に比べて外に出る機会が少なく、とりわけ本校は、入学できたことに満足して井の中の蛙のようになってしまう生徒もSSH以前は見受けられました。それが、SSH以降は、課題研究で外部とつながりができたり、各種コンテストや学会等でハイレベルな課題研究に取り組んでいる高校さんと接したりすることで、帰ってきた生徒が別人のようにスイッチが入ることがあります。これまで学習や部活動で全国レベルに触れる機会のなかった生徒がそのような刺激を受けられるようになる。それがSSHをやって良かったなと思うことです」と続ける。

 今後は、第Ⅱ期の目標としているイノベーティブ・マインドの育成と評価方法の開発を進めるとともに、統計手法の強化等第Ⅰ期の課題の克服にも取り組んでいくという。加えて現在進めているのが、県内のSSH校と非SSH校を双方向につなぎ、課題研究の指導法等を共有する課題研究コンソーシアムづくりだ。「他校にもノウハウが広がって、互いに切磋琢磨できれば、生徒達の研究も、教員のスキルも伸びていくはず。そうすれば、教員の異動があっても県全体の課題研究の質を維持ないし高めていけます。また、同じテーマで課題研究をしている高校があれば共同研究に発展させ、研究内容を深めることもできるのではないかと思っています」(髙橋氏)と先を見据えている。


(文/浅田夕香)


【参考記事】
DXによる新たな価値創出[10]【寄稿】スーパーサイエンスハイスクール(SSH)事業による 理数系人材の育成について/文部科学省 初等中等教育局教育課程課 課長補佐 山本 悟