社会で必要な多様性を大学の学修環境でも実現し、社会に同期した人材育成/愛知工業大学 学校推薦型選抜(女子学生推薦)
- 産業界の第一線で活躍できる技術者育成を目標に設立された名古屋電気学講習所を起源とし、2024年現在3学部7学科14専攻を展開する工科系総合大学
- 建学の精神「自由・愛・正義」のもと、“科学技術の発展のみに邁進するエンジニアではなく、人と地球に優しい「血の通ったエンジニア」を育てる”ため、「創造と人間性」を教育のモットーとする
- 1989年に女子のみを対象にした入試を導入。2024年度時点では学校推薦型として、全7学科14専攻で実施。2024年度は募集人員37名に対して志願者数58名、合格者47名を出した
愛知工業大学(以下、愛工大)は1989年より女子のみを対象にした入試を導入している。その背景や現状等について、入試センター長・学長補佐の中村栄治教授、入試広報課の馬詰恵伍氏にお話を伺った。
初等教育までの理科は楽しくても、進路選択で理系を選ばない女子
女子学生の獲得に関して、中村氏はこう話す。「私が本学に赴任したのは1997年で、入試導入から約10年経過していました。当時の工学部情報通信工学科の女子比率は1割弱でしたが、男子が多いと分かって来ている女子学生達は、皆主体的でよくまじめに勉強し、周囲に良い影響を与える学生が多かったように思います。現在もその傾向は変わりません」。目的意識が高く主体的なので大学としてもほしい人材であったと同時に、中村氏は「男子は数が多いため男子の多様化は進んでいるものの、女子は少数派なのでそのなかの多様化が進んでいないということでもあるかもしれない」と補足する。
また、中村氏は「初等教育までは理科の実験を楽しそうにやっていた女子でも、文理選択において理系を選ぶことに積極的な意義を見いだしにくいのではないかと思います。しかし、企業に目を転じれば、日本IBM等を筆頭に、多くの企業は昭和から平成の時代、文系の女性を採用して企業内で教育し、優秀なエンジニアに育てていった経緯がありました」と言う。当時は大学に人材育成を求めるよりも、企業内で教育するほうに重きを置かれたとも言えるかもしれない。そうした産業界側の動きが先行しつつ時代が進み、「入社後の育成だけではなく、予めエンジニアとして必要な資質・能力を大学での育成に求める」、さらには「その基礎力を入試段階で求める」という現状の流れが起こっているわけだ。
未来志向で固定化を外し、社会に必要な人材を育てる
愛工大での女子獲得の現状については、学科ごとの違いがはっきりしているという。
建築、応用化学、情報系はもともと女性比率が比較的高く、さらに女子を増やす目的で入試が実施された。その他の学科は相対的に少ないため、男女比率を是正する意味合いが強い。そうした学内のジェンダーバランスの解消目的のみならず、当然社会からのニーズも高い。「導入当時は特に、産業集積している中京地域ならではの人材ニーズがありました。現在は社会全体として女性の社会進出が推進されており、ものづくりにおける女性の視点を取り入れた工学のあり方や、情報・経営でも女性ならではの視点を活用しようとするニーズが高い。また、社会で不足するイノベーション人材という観点でも、多様な人材が協働するなかでこそ生まれるわけで、社会で必要な多様性を大学の学修環境でも実現していくことで、社会に同期した人材育成ができるのではないか」と中村氏は説明する。
また、馬詰氏は「本学の起源は、電気が普及していなかった頃に、これからは電気の時代が来るという観点で創設された名古屋電気学講習所です。こうした建学の経緯を踏まえ、われわれは常に先を見据え、未来志向で人材育成に取り組んでいきたい」と補足する。
愛工大はこうした建学の経緯からして産業界との距離が近く、昔から教員の間で地元の会社で勤務していた社会人が教員として招聘されるケースが多い。分野ごとの共同研究等もあり、産学の情報共有・交換が風土として根付いている。そのため、社会ニーズを教育等に反映・チューニングするのが当たり前の文化になっているという。
中村氏はこう説明する。「ある時期から、企業は男女別でモノを言わなくなっていると感じます。企業の立場からすると、先に述べた属性ならではの視点・観点は重んじつつも、男性だから女性より優れているといったこともなく、男女の別なく優秀な人が欲しいのが本音でしょう。なのに、大学や高校は理系女子が少なく、属性が固定化されつつある。本学はそうした固定化を外すために女子対象入試を設定していますが、それは女子というマイノリティの数をある種強制的に確保し、男女問わず優秀に育成するためです」。
学校推薦型選抜でアドミッション・ポリシーに即した丁寧な選抜を行う
具体的な入試設計理解の資料として、愛知工大のアドミッション・ポリシー(AP)についても触れておきたい。図表1に、大学としてのAP、女子学生推薦が属する学校推薦型選抜のAP、そして学部学科のAPのうち、工学部社会基盤学科のAPを例示した。一読すれば分かる通り、大学が求めるもの、当該入試方式で求めるもの、学科に来てほしい人材が解像度高く表記されている。筆者は全国の大学の入試を取材させて頂いているが、ここまで高校生目線で書かれたものも珍しいと感じる。女子学生推薦が学校推薦型選抜に配置されているのも、こうしたポリシーに即した人材であるか、意欲や意思があるかを丁寧に見極めるためだ。
図表1 愛知工業大学のアドミッション・ポリシー(部分抜粋)
高校側のニーズを丁寧に汲み取り、安定した志願者確保を実現
図表2に入試の概観を示した。学校推薦型選抜(女子学生推薦)は通常の一般推薦と同じ内容で、女子に特化した区分として設定することで、女子の受験機会を増す制度になっている。小論文・面接(口頭試問を含む)・書類審査で選考する。この選考方法について、中村氏は「学力は必要条件、やる気は十分条件」と称する。授業についてこれるだけの学力は「入試時点でなくてはならないもの」であり、口頭試問で基本的な内容を確認する。そのうえで、「これからどういう勉強をしていきたいのか」という意向や、APに示した学科ごとの特性に応じたのびしろ・ポテンシャルがあるかを面接や書類を通じて見極める。2024年度は募集人員37名のところ、志願者数58名、合格者47名という結果であった。長く実施している入試ということもあり、高校の認知も高く、また高校の要望も取り入れながら設計しているという。「今後も出願要件(現状は3.4以上)や出願資格等については特に、高校側の要望等を踏まえ、細かくチューニングしながら継続していきたい」と馬詰氏は述べる。
図表2 女子学生推薦入試の概観
また、中村氏は「意識の高い女子は女子だけを特別扱いされることを嫌う傾向もあり、こうした枠組みで女子を獲得していくことが最善かどうかは、常に自問自答しながらやっている」と述べる。そうは言っても現状は、ある程度仕組みで志願者数を確保しないとジェンダーバランス是正にはならないということもあり、まさに過渡期と言えそうだ。
文/カレッジマネジメント編集部 鹿島 梓(2024/07/10)