地元産業界への人材輩出校が挑む女性活躍支援/広島工業大学 学校推薦型選抜(女子特別選抜)

広島工業大学

POINT
  • 1961年広島工業短期大学(電子工学科)として開学し、2025年4月から既存の学びの領域は維持しながら、工学部、情報学部、環境学部の3学部11学科を設置する理工系大学。
  • 2024年度入試より学校推薦型選抜(女子特別選抜)を導入
  • 地元産業界への人材輩出校として企業のD&Iの動きに連動するのと合わせて、学生の進路選びにおける幅広い視野を醸成するキャリア教育としても女性活躍を推進


広島工業大学 アドミッションセンター長 大谷幸三教授

広島工業大学(以下、広工大)は2024年度入試で学校推薦型選抜(女子特別選抜)を導入した。その趣旨や背景にある課題意識等について、アドミッションセンター長の大谷幸三教授にお話を伺った。

県の産業を支える人材多様性の確保

 まず導入意図について、大谷氏はこう話す。「女性理工系人材の育成は国策です。また、広島県は第一次産業である農林水産業のほか、自動車や造船、鉄鋼等を中心とした第二次産業が盛んな県であり、人口減少による労働力不足、企業経営における多様性確保等の課題を抱える地元企業に対し、大学はニーズを満たす人材を輩出し続ける必要があります」。翻って広工大は学生の60%以上が地元・広島出身であり、地元産業界への人材供給のハブを担ってきた。「これまでも地元を支えている気概を持って取り組んできましたが、今後もそこに重点を置くことで、地域における本学の存在意義を明確にできると思います」。である以上、輩出人材の多様性を確保する必要があるというわけだ。

 また、大学経営上、これまでとは違うターゲットを意図的に獲得する必要もある。「18歳人口が減少するなか、男子メインの現在の志願者だけでは入学者の数が足りなくなるのは自明です。今後の大学経営への備えと産業や国の動向を総合的に勘案した動きと言えます」と大谷氏は述べる。

 現在全学平均で女子学生比率は10%台である。「工業大学という名称は女性獲得に有利とはいえません」。ともすれば校名だけで狭まってしまう選択肢をいかに広げるか。イメージ戦略としても女子対象のアプローチは必要だという。現状の学部でも状況に差はあり、情報学部と環境学部は女子学生にも馴染みやすい教育研究が多い一方で、機械や電気電子、建築土木といった領域が主な工学部は、卒業後の就労における女性活躍のイメージがまだまだ少ないのか、相対的に厳しい。となると、情報・環境の両学部が女子獲得を牽引する必要がある。「特に新設の情報マネジメント学科や情報システム学科は文系寄りの思考も踏まえた教育内容になっており、そうした層も呼び込みやすいのではと見込んでいます」。

横断連携をコンセプトとする教育改革の文脈

 広工大は2025年に教育改革を行う予定だ。新カリキュラムの特徴は積極的に学科連携を行うスタンスである。「本学が掲げてきた専門力・人間力・社会実践力の3つの力をさらに強化する動きで、例えば食健康科学の学生が土木工学の勉強もするような、今までにないかたちの連携・分野横断を見据えています」と大谷氏は話す。その意図は、「一方向的な見方では今の社会課題は解決できないので、自分の専門だけに閉じず、隣接他領域の観点も追加して専門性を応用していくアプローチが必要」であるためだ。そのきっかけを教育体系として整備し、社会への価値創出を見据えた専門性の修得を促したいという。

 また、この教育改革には「学生の将来の選択肢を拡げる」というキャリア教育的側面もある。「専門のことだけしか分からない状態では、就職先として選ぶ企業の選択肢も狭い。視野を広げて、様々な企業が社会にはあること、自分の価値発揮の方法は多様であることを知ってほしい」と大谷氏は述べる。日常的にも企業等を招聘した授業を行ったり、進路に悩む学生への声かけを工夫したりと、試行錯誤を重ねる。そうした丁寧な個性を生かすキャリア支援が、地元への定着率をさらに向上させると見込んでのことだ。

 女子学生比率向上はこうした教育改革にもプラスに働くと大谷氏は見る。「分野横断教育と合わせて、多様な人材が働く社会に少しでも近い環境で学ぶことで、多様な見方・考え方に触れ、化学反応が起こることを期待しています」。2024年3月には講義棟Nexus21の4階に「nexus for.(ネクサスフォー)」が誕生した。約3,000平方メートルの敷地に「Cafe」「Lounge」「Studio」「Theater」と役割の異なる4つのエリアを設け、学生だけでなく教職員、企業や地域等、様々な人々が交流を深める学びの場である。多様な属性が交流し、横断融合により新たな価値につながっていくという思想は、今回の教育改革や女子入試と同文脈上にある。


画像 新エリアnexus.for.
新エリアnexus for.


女子学生キャリアデザインセンターの活動で得られた信頼感がベース

 今回の改革には前身とも言える文脈がある。2007年設置の女子学生キャリアデザインセンター(JCD)がそれだ。平成19年度文部科学省「新たな社会的ニーズに対応した学生支援プログラム」にも「技術系女子学生の継続的なキャリアデザイン」として採択された事業で、女子学生の生活やキャリアアップを応援する組織という位置づけで、女性ならではのライフキャリアプランの相談等のほか、女子学生の声を参考にしたい企業との連携による商品開発等、様々なプロジェクトを展開する。企画運営は女子学生が主体で行い、社会に貢献できる女性技術者の輩出において、専門性修得とは異なる多様な社会接点を創出している。広工大ではこのJCD設立と同時に2012年まで女子対象の自己推薦入試(専願)を実施していた。それが12年ぶりに方式変更のうえ復活したのが今回の入試改革なのである。

 入試改革と合わせて設置された女子向け特設サイトでは、「安心感や期待感を持ってもらう」ことを目的に、広工大の学びや在学生・卒業生のほか、世の中の女性エンジニアに関する様々なニュース等も紹介している。「本学のイメージ戦略に寄与するものですが、まずは理工系の学びとキャリアに興味を持ってもらうための裾野を広げる施策です」と大谷氏は補足する。JCDもあり地元産業に継続的に女性エンジニアを輩出している大学だからこそ、女性エンジニアを増やすことは県の将来性に直結するという使命感があるという。


図表 学校推薦型選抜(女子特別選抜)の概観


上位併願を見越した入試設計と手厚い処遇

 今回導入された入試の詳細を図表に示した。学校推薦型(公募制)と同じ内容で、女子だけの定員を分けた形だ。受験生に多様なチャンスを提供すべく、他大併願・学内併願ともに可能である。「志望度合いの高い専願の学生は別の区分で獲得する前提で、この区分はなるべくハードルを下げ、受けやすいようにしています」と大谷氏はその意図を話す。「特にマイノリティであることを理解したうえで工学系を選ぶ女子生徒は上昇志向が強い人が多いため、国公立を含めた上位校併願をしやすいように配慮しました」。地元高校の意向を丁寧に汲み取り、設計に反映させている。

 また、本入試の成績優秀者には「女性エンジニア育成奨励金」という給付型奨学金を用意。年額50万円という給付額は年内入試では最も手厚い支援だ。また、年内入試合格者向けに、e-learning(自宅学習)、入学前セミナーを中心とした手厚い入学前教育を準備している。学習継続のみならず交流の場もこうした一連に含めているのは、入学後のPBL教育等で協働性が重視されるためだ。また、アセスメントテストで入学生一人ひとりの強み・弱み等を把握し、学習データとともに入学後の学生支援アドバイザーによる指導に活用する。年内入試合格者の大学教育への接続、関係性の質向上、継続支援の意味合いを持たせた仕組みなのである。


HITS UP(入学前教育)概要


入学歩留まりと教科科目指導以前の「理工系分野への興味喚起」が継続課題

 初年度の出願はのべ51名。公募制と女子特別選抜を合わせた受験生の女子比率は1.4倍ほどに向上し、一定の成果があったと見る一方で、「併願可である以上ある程度仕方ないことではありますが、歩留まり率が高いとは言えず、継続課題です」と大谷氏は冷静だ。課題を踏まえた措置を講じながら、まずは総定員の20%程度の女子比率を目指したいと意気込む。

 また、長期的な視野に立った初等教育への啓蒙の必要性にも言及する。「科目勉強の前に、学問領域への純粋な興味を喚起することで、工学教育の裾野を広げていきたい。それが10年後の潜在志願者となることを考えると、決して非現実的な打ち手ではない」と大谷氏は述べる。なすべきことは多いが、こうした取り組みが地域産業のバージョンアップにも寄与することを期待したい。



文/カレッジマネジメント編集部 鹿島 梓(2024/08/26)