D&I推進のフラッグシップたる女子枠導入/東京工業大学


POINT
  • 日本最高峰の理系単科国立大学。2030年までに「世界トップ10に入るリサーチユニバーシティ」を目指し、近年学院制導入等の教育改革を展開
  • イノベーションを創発するダイバーシティ&インクルージョン(D&I)を重視し、近年は理系女子を増やす取り組みを積極的に行っている
  • 2024年度入学者選抜より、総合型選抜・学校推薦型選抜で女子枠を導入

 東京工業大学は2024年度入学者選抜より、総合型選抜・学校推薦型選抜で女子枠を導入した。その内容と背景について、理事・副学長(教育担当)の井村順一教授にお話を伺った。

東京工業大学 理事・副学長(教育担当) 井村順一教授

大学経営の中核を担うD&I推進

 東工大の募集要項には「女子枠設置に託した思い」と題し、「地球規模の正解のない問いに対して科学技術の重要性が今後一層高まることは明白」「本学は多様性の持つ力を活かして、新しい価値を創出していくために、社会に多様な技術者・研究者を輩出していく」とその趣旨が明記されている。

 井村氏は、「日本経済の失われた30年と称される停滞で起こっていたのはイノベーション不足です。そしてイノベーションの基盤の一つは多様性。多様な価値観や考えがぶつかり合って化学反応が起こり、新しい価値を生み出していくのです」と話す。東工大がD&Iを掲げる背景にあるのは、日本社会の一様性に対する健全な危機感だ。多様性を受容するだけではなく、そうして受け入れた多様な人材の能力を発揮してもらうこと、即ちD&Iの振興によってイノベーションを起こし、多様な人材が活躍できる社会を実現することでさらに東工大に多様な人材が集まる、というループを作ろうとしている。これは益 一哉学長が2018年就任当時から打ち出してきた方向性である。2022年度には女性の理系研究者・技術者を増やしていくことを掲げ、女性教員公募を開始。今回の入試改革も、当然こうした文脈上にあるという。

 井村氏は、「本学を含めた国立理系大学の女子比率は、実は2000年以降ほとんど増えていません。一方海外に目を向けると、欧米の主要な理工系大学で30%以上。マサチューセッツ工科大学(MIT)は学士課程の女子比率が48%と、男女がほぼ同数。特に、日本では女性に人気がないと思われがちな機械系でも50%を超えています。こうした状況から翻って、高くても20%台という日本の状況は極めて遅れているのです」と話す。故に、「本学だけ頑張ってどうにかなる状況ではありませんが、理工系大学として理工系の女子学生を増やすムーブメントを起こしていかなければと思っています」。こうしたD&Iへの取り組みは、東工大が2030年までに目指す「世界トップ10に入るリサーチユニバーシティ」というベクトルにも整合する。2018年に公表したアクションプランでは最初に「創造性を育む多様性の推進」が標榜されている。今回の入試改革はそのフラッグシップとも言える位置づけなのだ。

ムーブメントの皮切りとして初年度導入の枠を広く設ける

 導入に当たって、大事にしたのが規模感である(図1)。社会的インパクトを狙い、女子枠の募集人員は全体で、2024年度58名、2025年度に143名と段階的に導入し、かなり多い。学院によって様相は異なるが、現在東工大の学士課程における女子比率は平均約13%。短期的なマイルストーンとしては20%台に乗せることが目標だが、最終的には、「キャンパスで性別を意識しなくなるくらいまで持っていきたい」と井村氏は述べる。「一般的にある集団の比率が30%を超えると特別視しなくなると言われますが、MITは1970年代から女性比率向上に取り組み、2000年代後半で30%台、2022年に48%になりました。時間軸では50年かかっています。東工大はもっと時間を要するかもしれません。ポジティブ・アクションでムーブメントを作っていくには、スタートダッシュが肝要です」。その言葉に呼応するように、東工大の女子枠設置の報道以降、全国各地の理工系大学・学部で女子枠の設定が相次いでいる。初手は成功していると言えそうだ。

学院ごとのポリシーに基づき志願者を丁寧に選考する

 具体的な入試内容について見ていきたい。

 前述した通り、初年度定員の規模感が最も拘ったポイントの1つだ。「社会的インパクトに加えて、入ってくる女子学生がのびのびと学べる環境を考えれば、一定の規模数が必要です」と井村氏は補足する。入試を変えるだけでなく、女子枠奨学金導入、女子学生用の休憩室やトイレの整備、学食メニュー開発といったハードの整備と、受け入れる教職員や学生の意識変革にも取り組んでいる。

 選抜方法の議論においては一般選抜での導入も検討したが、あくまで目的である「多様性の確保」という観点において、また各学院が重視するポイントにおいて、総合的に丁寧に評価・選抜する方式に入れるべきとの結論に至った。「各学院のアドミッション・ポリシー(AP)に忠実に丁寧な選抜を行います。総合型選抜中心では学力が下がるのではと懸念する方もいますが、多様性を増やすとは尺度を多様にするということでもある。筆記試験以外の尺度を入れた入試にすることで、そうした多様性を重んじる本学の姿勢を社会に伝えることができると考えました」。ただし、実際の就学において規定以上の学力は前提条件となるため、選考方法に共通テストや個別試験(総合問題)を含めており、かなり学力を重視した総合型選抜と言えるだろう(図2)。「本学の教育にスムーズに入ってこれる水準を注意深く見極めています」と井村氏は話す。まさしく、カレッジレディネスを問うという入試の大原則を押さえた内容だ。




教育効果の高いタフなリーダー層の獲得を狙う

 前述した学力水準に加え、志望理由書や活動実績報告書等の書類を用意し、そこに記載できるだけの内容を経験してきていることを考えると、志願できる生徒は高校時代に全方位的に活躍してきた人材であることが容易に想像される。つまり、こうした評価方法はそのまま、タフで目的意識が高い女子学生が欲しいというメッセージだ。これは既存の女子学生達のポテンシャルの高さも影響しているという。「本学に在籍している女子学生は、成績も良く課外活動でも活躍する傾向が強い分析結果が出ています。そもそも女子比率が低いことを知りながら本学を選んでいる時点で目的意識が高く、自ら様々な機会を求めて活動するので、おのずと輝くのです。女子学生が増えることは教育成果の高い集団の獲得でもあり、翻って男子学生にも良い環境を提供することになると見ています」。そのため、目的意識や学習意欲を総合型選抜の面接で丁寧に見極める。また、「女子枠ができることで男子の枠が狭くなったという非難もあります。しかし、現実の社会と異なる一様性のなかで学ぶことのほうが、懸念が大きいでしょう。社会と同じような集団でフラットに学べるほうが、メリットが大きいと判断しています」と井村氏は話す。社会側、即ち企業からの期待は特に大きい。「ESG投資、D&Iといった観点が企業では非常に高まってきています。女性従業員が極めて少ない企業も多く、日本社会全体が危機的な状況にありますから、女性技術者や研究者を多く輩出しようとする本学の動きは歓迎されていると感じます」。

ジェンダー以外のD&Iを見据えて

 今後の展開としては、ジェンダーだけではないD&I実現を目指したいという。「現在学士課程は75%が関東の学生です。地方出身者にもっと来てほしい。また、今年秋に控える東京医科歯科大学との統合で分野の多様性が一気に広がります。将来社会への貢献を考えると、既存の分野の高度化だけではなく、異分野融合領域を強化し、学問的多様性も広げていきたい」と井村氏は意欲的だ。

 大学院の在籍数のほうが多い研究大学である東工大だが、大学院では博士後期課程の女子学生比率が20.6%、留学生が43.2%(いずれも2023年5月1日現在)と、学士課程よりは良いバランスだという。学士課程でもこうした多様な属性が活躍するキャンパスを実現し、新たな価値創出に挑む。東工大の挑戦はまだ始まったばかりである。



文/カレッジマネジメント編集部 鹿島 梓(2024/03/25)